第19話 巡航艦
レオパルト・マークスの悪あがきをかわして8番バースに到着する。
俺たちの確保を優先したようでミレニアム号は攻撃を受けていなかった。
船に乗りいれると、俺は這々の体でスパイダータンクから出てコクピットに向かって走る。
ミリアムはムスッとしながらも大人しく俺についてきた。
「居住区に居てもいいんだぜ。衣服の回収もあるし」
「分かった。でも、コクピットの様子が分かるようにしてよね」
「了解。ダイニングのモニタとコクピットをつなぐ」
通路を走りラダーを登ってパイロットシートに滑り込む。
発進準備を指示しながらミリアムからの頼みごともこなした。
「居住区へ映像と音声を相互につないでサブモニターへ」
茶色いバッグを取り囲んで3人が衣類を広げている。
「ハーイ。マツダイラ船長」
サーシャが片手を振った。
もう一方の手にはなかなかにセクシーなブラを手にしている。
「ちょっとお姉ちゃん」
ミリアムがブラを奪い取って衣類の山の中へ突っ込んだ。
「あら、今のはミリアムのだった? そろそろ、そういう可愛いのも付けたくなるお年頃よね。でもサイズが……」
「違うわよっ!」
これは余計なものはまったくこれっぽっちも見えなかったフリをした方が良さそうだと判断する。
「衛星グリュースファルの重力圏からの緊急発進になる。ちょっとは衝撃があるかもしれないから注意してくれ」
俺はシート脇のボタンを押し、普段は使用していない操縦桿が出てくるとそいつを握った。
コンピュータにマニュアルでの操作に切り替えるように命じる。
軽かった操縦桿にぐっと重みが加わった。
このご時世では宇宙船の操縦というのはコンピュータ任せのオートパイロットであることが多い。
しかし、今はグリュースファルの管制室が協力を拒否というかむしろ妨害している状況である。
管制室から送られてくるデータはでたらめに違いない。
コンピュータといえども諸データが誤っているのでは離陸が上手くいくはずもなかった。
恐らく船体を8番バースのランディングデッキに尻もちをつかせるような妨害をするつもりのはずだ。
俺たちがミレニアム号に戻った後はグリュースファル側が目立つ妨害行為をしていないのはつまりそういうことである。
擱座させてしまってからゆっくりと制圧すればいいと考えているのだろう。
こうなってしまうと普通の船ならば逃げ道はない。
しかし、ミレニアム号は旧型なのでなんと人間様が手動で操縦する機能がついていた。
まあ、こんな何キロトンもある金属の固まりを人間が飛ばそうなんて正気の沙汰ではない。
設計者としてみればコンピュータが死んだときのための冗長性を担保しただけのつもりだろう。
実際にやってみれば初めての人間がこなせるレベルの難易度ではないことが分かるはずだ。
ただ、俺は単座戦闘艇のパイロットの経験があるし、機体の重さも性能も全然違うカーゴシップでもなんとかなるだろと思うほどには楽観主義者である。
世間一般ではイカれているとも言うけどな。
繊細なタッチで操縦桿をそろりと動かし、推力ペダルを踏んでメインエンジンの出力を調整する。
衛星グリュースファルの自転に同期するようにして発進した。
こういう真似ができるのも宇宙空間に対してオープンな構造だからである。
分厚い壁で覆われた閉鎖デッキじゃなくて良かった。
ようし、とりあえずはグリュースファルから離陸することできたが、まだ安心はできない。
離陸後には砲撃してくることが予測された。
レーザーキャノンやミサイル発射台などの防御施設の死角をつくようにしないとな。
戦闘艇のように複雑な機動ができる構造ではないミレニアム号にジルバを踊らせる。
よし、この角度だ。
メインエンジンに姿勢制御用のサブエンジンも加えてフルスロットルでぶっ飛ばした。
後方にシールドマッシュルームをばら撒く。
こいつはメインエンジンの噴射口があるという特性上シールドを張れない船体後部を守るための装備だった。
シールドマッシュルームは射出後すぐに予め定められた方向にキノコ状の頭を向けてシールドを展開する。
ほんの数秒間しかシールドを張ることができないが、その間に本船が射程外に逃れることができた。
操船をオートクルーズに戻す。
パイロットシートに操縦桿を格納した。
コンピュータは俺の指示通りに曲線を描きつつ、一気に加速して惑星トラータ4へと進路を取る。
惑星の近くを通ることによってその公転エネルギーを拝借するスイングバイで加速しようとした。
当然その進路は予測していたようで、統一政府の巡航艦が追いすがってくる。
しかも3隻もとは恐れ入ったぜ。
さすがに戦闘艦と輸送船じゃ勝負にならない。
ミレニアム号は高速とはいえカーゴシップだ。
戦闘艦、しかも足の速さが売りの巡航艦はどんどん距離を縮めてくる。
戦術ディスプレイにシミュレーション結果が表示された。
第2.5宇宙速度に到達する前に拿捕されるとの結果が出る。
まあ、その速度に到達したところで、エンジュリウムは恒星間ジャンプするほどは無いんだけどな。
くそ。
禁固200年プラスアルファか。
刻々と近づいてくる巡航艦の形をした悪夢を眺めているとついつい呪いの言葉が口から出る。
「くそ。巡航艦からは逃げられないか。全くついてないぜ」
まあ、ミリアムたち3姉妹にとってみれば、衛星グリュースファルの連中に捕まるよりはずっといい待遇を受けられるだろう。
サンターニ2から脱出する手助けはしたので、将来恩返しに監獄へ差し入れぐらいしてくれないかな。
そんな虫のいいことを考えながらサブモニターを見ると、3人は寝室に移動し手をつないで輪になっていた。
ん? 何をしているんだ? フォークダンスでも踊ろうってのか?
そう思った瞬間にメインモニターに表示されていた空間が消失し、再度表示される。
なぜか戦術ディスプレイから巡航艦が消え、コクピット内にバンシーが鳴り響いた。
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