第17話 買い物
果報は寝て待てじゃないが、どこかのホテルに入って体を休めるというのが合理的ではある。
酔っぱらいや客引きにからまれてトラブルになることもないし、カジノで熱くなった俺が借金をこさえる心配もない。
体力も温存できて一石二鳥。
ただ、最大の問題は一緒にいるのがミリアムだということだった。
二人きりでホテルに入ろうと言ったら絶対に誤解される。
サーシャなら何も気にせずに素直に従いそうだし、ラムリーならさすがに圏外過ぎて何の問題もないが……。
俺としても下心がゼロとはいわないが、少なくとも今はそんなタイミングじゃないことは分かる。
「実は時間を持てあましている。風光明媚な観光名所でもあれば見にいってもいいが、そんな洒落たものがある場所じゃないしな」
「だったらボク、買い物にいきたいな」
「それは構わないが、何を買うんだ。ものによって向かう場所が変わるけど」
「今着ているものしか服がないから買い足しておきたいんだよ」
「ああ、そうか。確かに不便だな。しかし、そういうものとなると滞在客向けじゃないな。特に子供用となると手に入れにくいだろう」
「確かにそうだね」
「まあ、分からなければ知っているやつに聞けばいい。何はともあれ時間はあるんだ」
取引所の建物を出て通りを歓楽街へ向けて歩き始めた。
周囲を油断なく見ながら青色のサインが溢れるエリアの端に到達する。
悪い先輩に指導されたのでこういう場所での振る舞いは知っていた。
まあ、明日死ぬかもしれないという兵士をしていたから仕方ない。
ざっと見回してけばけばしい化粧をしたキツめの女に歩みよった。
女は俺たち2人をじろっと見る。
「1人2時間で100トークン。部屋代別だよ。価格交渉はしない」
「オーケー」
俺は2クレジット相当のトークンを取り出した。
女に手渡すと意外そうな顔をするが余計なことは言わずに実際的な質問をする。
「で、ベッドの当てはあるのかい?」
「それよりも衣料品を買える店を教えてくれ。女性と子供が日常使いするものを扱ってるところがいい。こいつはオプション料金だ」
さらに50トークンを渡した。
一瞬だけ様々な感情が女の瞳に浮かんでは消える。
ただ何も言わずにくるりと踵を返すと先に歩き出した。
少し通りを歩くと目立たぬ地味なビルに入っていく。
そのまま通り抜けると裏口から出た。
雑多としており生活感が溢れる空間が現れる。
ごく普通のどこにでもある裏町だった。
商店らしき構えの建物もあるが、ほとんどシャッターが下りている。
女はその内の1軒の呼び鈴を連打した。
スピーカーからひび割れた声がする。
「なんだよ。ジェシカ。まだ営業時間じゃないぜ」
「悪いね。でも、お客さんなんだ。金払いのいいね。なんてったって紹介料で50も払おうっていう太っ腹だ」
「ああ、分かった、分かった。今開ける」
しばらくするとシャッターが開いて、鳥の巣のような頭の男が出てくる。
「どうもこんばんは。随分と変わった趣味だね。いや、手数料払ってもらえれば俺は文句ねえ。場所代で200。あと、汚したり破いた分は実費ってことで。とりあえずデポジット込みで500でどうだい?」
「ちょっと待て。なんの話だ?」
「店員を2人がかりで襲うプレイを希望なんだろ? ディテールにこだわりがあるってことだよな? 確か2年ぐらい前にも1人居たよ」
ゲホッ。
ミリアムが咽せたのか変な咳をした。
「とりあえず中に入らせてもらうよ」
中に入り店主に向かいあう。
「悪いね。ここでの目的は本当に衣装の調達だけなんだ。相方が選んだものを……、あの肩掛けバッグも売り物だよね? あれに詰めてもらおうか。クレジットで支払う」
大人1人ぐらい余裕で入りそうなバッグを指さすと店主は大人しくそれを手にミリアムに張りついた。
ミリアムは下着や肌着、インナーウェアからカジュアルな外出着まで、次々と選んでバッグに放り込んでいく。
ジェシカは俺の横で疑問の声をあげた。
「あんなにたくさんの服をどしようってんのさ? それにあれはあたしには入らないよ」
ミリアムが手にするカバーオールに視線を向ける。
「まあ、ありゃ完全に子供用だね」
「というか、ここまでで結構時間が経ってるんだけど」
「ああ、買い物が済んだら元の場所に戻って終わりだ」
「ちょっと待って。あたしのことを馬鹿にしてんの?」
「いや、そんなつもりは全くない。ジェシカさんがその時間で得られるだろう稼ぎを補償しただけだが。逆に聞くが無料で町案内をしてもらえるほど俺はいい男じゃないだろ?」
「端的に言えばクソガキだね。だけど、そのためにあれだけの金を払うなんて」
「それほど衣類が必要だっただけさ。お、支払いみたいだな。悪いね」
俺はジェシカの横をすり抜けて店主のところへ向かった。
店主の示す端末には9クレジットほどの料金が示されている。
「深夜に騒がせた迷惑料は含まれてるかい?」
「いや、不良在庫になっているのも買ってもらったから別にそれは構わないよ」
「おじさん、商売が下手だって言われない?」
「ああ、ジェシカにもよく言われるよ。だが商売ってのは正直なのが1番だってのが死んだ婆さんの遺言なんだ」
生き馬の目を抜くグリュースファルでの商売にあまりにも向いていない。
店主の返事に内心苦笑しながら俺は情報端末を向けて支払いボタンを押した。
それから肩掛けバッグを受け取り代わりに100トークンを渡す。
「ほんの気持ちだよ。受け取って」
「お客さん。困りますよ」
「いい買い物ができて相方も満足している。まあ、そういうことで」
店主は困った顔をしていたが、その辺の棚に乗っていた勲章を俺の手に押し付ける。
「先の大戦で大活躍した兵士が授与されたものらしいです。お客さんもそれにあやかれますように」
どう見ても正規の勲章だった。
俺も同じものを持っているから見立てに間違いはない。
こんなものまで横流しされてんのか。
なんとはなしに裏返してみる。
そこに刻まれたものを見て俺は大人しく受け取っておくことにした。
先ほどジェシカに声をかけたところまで戻り、そこで別れを告げる。
「今度はちゃんと客になっておくれよ」
少し不服そうだったがジェシカは壁に寄りかかって手を振った。
パンパンに膨れたバッグを一度ミレニアム号に置いてくるかと電動カートを拾う。
もうすぐ宙港に到着しようところで、けたたましいサイレンと共に統一政府の軍艦が接近中という緊急放送が流れた。
はっとして街中にあるスピーカーを仰ぎ見る。
それと同時にサイレンの音が鳴りやんだ。
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