第15話 特技
疑念は疑念として、とりあえず今後の活動のためには衛星グリュースファルへ入港しなくてはならない。
俺は居住エリアに行ってサーシャたちに入港することを話した。
船で大人しく待っていてくださいと頼んだら、ミリアムが自分も連れていけと言い張る。
「いや、さっきも言ったとおり君があの中に入っていくのは危険すぎる。こういうことはあまり口にしたくないが、君に……その……よろしくないことをしようとしたり、売っぱらったりしようという連中がわんさといるんだ」
「ちょっと、船長。2人だけで話したい」
意図は察したので俺はサーシャさんに断りを入れて、ミリアムと船倉へと出かけた。
扉が閉まるとミリアムは腰に手を当てる。
「お姉ちゃんやラムリーに変なことは聞かせたくなかったから。船長も言葉を選んでくれて助かったよ。それじゃ、はっきり言いましょうか。あの衛星にはボクたちを強姦しようとしたり、売春させたりしようというクズがいるって言うんでしょ」
「あまり若い子が口にする単語でもないと思うんだが」
「言葉遣いのことはどうでもいいよ。実態は変わらないんだし」
「まあ、君がお姉さんより世故に長けているというのは分かった」
「姉がレムニアの外に出るのは初めてだから。ウバルリーを除いてね。ボクはその点、外の世界も知っているもの。ボクたちの容姿が他の人間に与える影響も、世の中にはとんでもない悪人もいることもね」
「その言いぶりだと随分と辛い経験をしてきたんだな」
「それほどでもないけどね。ボクのことをマギと知らなかった奴には手厳しく反撃してやったけど」
「それで、危険を理解しているのに、どうしてついてくるって言うんだ?」
「船長に何かあったらこの船を動かせないボクたちは結局あの衛星に閉じ込められるのも同様だよね」
「そうかもな。だけどそんなに俺のことが頼りないか?」
「いいえ。でも、船長の背中に気を配る人間が居た方がより安全でしょ」
「だが、俺の背中を見張る君の背中は誰が守るんだい?」
「船長に決まってるじゃないか。軍隊じゃ2人がチームを組むんだよね。ボクと船長がバディを組むのさ」
「いや、理屈としてはその通りなんだが、君の顔は目立ち過ぎる」
「じゃあ、顔を隠せばいいよね。色付きのアイシールドとレスピレータを装着すればいいでしょ? 戦時中にガス攻撃を受けて常に呼吸補助が必要な戦傷者と思わせることができるさ」
俺は腕を組んで考えた。
確かにレムニアのマギが背中を守ってくれるというのは心強い。
俺も独立系トレーダーとして活動してきたが、犯罪者の巣窟に一人で乗り込んだ経験はなかった。
魔法中隊の一員として軍務についていたことがあるので、ごろつきにそう簡単に負ける気はしない。
ただ、兵士として活動している時は常に戦友のヒューゴとお互いにカバーし合っていたのも確かだった。
目の前の小柄な少女を見る。
意志は強そうなんだが戦士としてはどうだろうか?
俺の視線の意味を気付いたのかミリアムはため息をついた。
「ボクの能力が信用できないんだよね。いいよ。少しだけ見せてあげる」
ミリアムが一言つぶやくと次の瞬間にはその腕にラムリーお気に入りのでかいクマの縫いぐるみを抱きかかえていた。
「これがボクの得意な
「制約もあるよな?」
ミリアムはためらいをみせる。
「そこまで言わなきゃダメ? あまり手の内を明らかにするのは、マギとして死命を制せられることになるのだけど」
「そりゃ俺の背中を預けるんだぜ」
ミリアムはうーっとうなり声をあげた。
可愛い顔の眉を寄せて真剣な悩む姿をみると罪悪感に似た感情が浮かぶ、
まあ、ここは1つ、こちら側から歩みよりますか。
「じゃあ、1つだけ。アポートは生物を対象にしてでもできるのか? 例えば、この船に俺を呼び寄せるというのはどうだ?」
「そういうことね。お勧めはしない。前に生きたままの海老をキッチンに取り寄せたことがあるんだけど移動したら死んでいたから」
「そうか。分かった。そうだな、どうしても一緒に出かけると言うなら支度をしてくれ。まずは武装だな」
俺は船倉に付属するロッカールームにミリアムを誘導する。
ロッカーを開けて予備のガンベルトを取り出した。
跪くとミリアムの腰に巻いてやる。
太いベルトはワンピース姿に違和感ありまくりだが、意外とサマになっていた。
創作物に出てくる女性捜査官という趣がある。
「レーザーピストルを撃ったことは?」
「ないよ」
「抜いて狙いをつけて引き金を引けばいい。動作はたったの3つ。簡単だろ?」
「雑な説明ありがとう」
「まあ、今は誰でもシールド装備だ。あまりレーザーピストルに効果はないし気にしなくていい。それより、シールド発生装置のボタンはこれだ。全身を包むタイプだよ。危ないと思ったらすぐ使うんだ」
貸し出ししたのはベルトの後ろ側に追加のエネルギーパックが備わっているのでかなり長持ちするはずだった。
俺は少し距離を取る。
「それじゃ試してみよう。ミリアム!」
2秒ほどは驚いていたが、慌ててシールドのスイッチを入れた。
黄銅色に輝くいくつかの円筒形で構成されたシールドが形成される。
全身を覆うタイプはエネルギー消費が多いということもあるが、兵士が使うのはダサいというイメージもあり、要人警護に使うというのが一般的だった。
「初めてにしちゃ悪くない反応だ。レーザーピストルを抜いてみて。同期させてあるから銃口だけはシールドの外に出るはずだ」
ミリアムがぎこちなく銃を抜いた。
「大事なことを言うぞ。撃つ気がなければ銃口は人に向けるな。引き金に指を入れるのも撃つときだけ。了解?」
言葉を噛みしめているのか、しばらく間が空く。
「分かった。撃つとき以外は、銃を人に向けない、引き金に指を入れない」
「よし。即席だが新兵訓練は終了だ。シールドを解いていいよ」
真剣な面持ちのミリアムの顔が現れた。
「次はシールド展開ももっとスムーズにやってみせる」
「ああ、そうしてくれ。ここにあるものは好きに見て触ってくれていい。まあ、衛星内で使うには向かないものもあるが。俺はお姉さんたちに留守中の注意事項を話してくる」
俺はロッカールームを出ると作業台の上からクマ公を拾いあげた。
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