第14話 衛星グリュースファル

「落ち着くまでここに居るといいよ。また気持ち悪くなったら……」

「もう平気だよ」

「無理しなくていい。今まであそこまで酷い症状が出たことがなかったんだね。ハイパードライブは便利なんだがワープアウトのときのあの症状だけは辛いよな。あれを改善できる奴がいたら結婚してもいい。いや、即プロポーズするね」

 和ませようとした俺の冗談にミリアムが変な顔をする。

 やべ、ちょっと滑ったか。


 ミリアムは表情を引き締めた。

「もう本当に大丈夫だよ。ボクもコクピットに戻る」

「いや。どのみちコクピットには居ない方がいい。トラータの連中には君の姿は目に毒だ。その……色々と刺激を受けるのが大勢いるだろう。映像をつながないという手もあるが変に勘繰られるのも面倒だし」

「そうだね。分かった」

 俺がコクピットに戻ろうとするとミリアムが呼び止める。


「あの、船長。迷惑をかけてごめんなさい」

「気にしないでくれ。幸い被害はなかったし」

「でも、手にボクのがついちゃったでしょ。気持ち悪いよね」

「あれぐらい大したことない。戦友にヒューゴってのが居たんだが、こいつは無理に耐えようとして失敗しモロに俺にぶちまけたことがある。それに比べたら全然平気さ。それじゃ、戻らないと。そろそろ通信が入りそうだ」

 俺は急いでコクピットに戻った。

 

 ちょうどグリュースファル当局からしつこく通信をつなぐように要請が入っている。

「ミレ。あと1分待たせろ」

 メインコンピュータに指示すると俺はサーシャにラムリーを連れて居住空間に戻るように依頼した。

「ミリアムさんの世話をお願いします。俺も通信が終わったら行きますので」

 2人がコクピットから姿を消すと通信をつながせる。

 メインモニターに顔は悪くないが冷たい目をした男とあちこちゆるんだ男が現れた。

 その画像は粒子が荒くときどき画像が乱れる。


「ったく。すぐに応答しろよ何やってんだ?」

 ぶくぶくと太った男が文句を言った。

「いや悪いね。ワープアウトしたら盛大にこれでさあ」

 俺は口から派手にゲロをしたという手真似をしてみせる。

「そりゃお気の毒に」

 冷たい目の男がちっとも心のこもらない返事をした。

「それで衛星グリュースファルへの帰港目的は?」


 トラータ星系には人類が居住可能な惑星はない。

 トラータ4の衛星のうちの1つ、長径100キロ、短径70キロのラグビーボールのような形の岩石をくり抜いて作り上げたのがグリュースファルであった。

 大気圏内航行能力のない宇宙船でも帰港することができ、いざというときにも素早く発進できるので、むしろこの方が諸々都合が良かったりする。


「そりゃツキに恵まれるためさ」

 宇宙船乗り共通のお定まりのジョークを口にした。

 グリュースファルという単語にはテラの1言語にそういう意味がある。

 しかし、寄港した者はケツの毛まで毟られ、運営している側が肥え太るというのは半ば常識のようなものであった。

 冷たい目の男は眉をあげるだけで口もきかない。

 もう聞き飽きたというのが顔にありありと出ている。


「まあ、命の洗濯をというのもあるが、少しばかり商売をしたいかな」

「何を売るつもりだ?」

「アガルタベリー・ゼリー」

「まあ、品薄状態ではあるな。だが、食糧庫の棚から出てきた開封済みの瓶の1つや2つじゃ話にならないぜ」

「48個入りの木箱1つだよ」


 沈黙が回線を満たした。

 しばらくすると太っちょが口を開く。

「ボウズ。それが本当なら寄港を歓迎するぜ」

「ちなみに買取価格はいくらになる? 金額次第では他所に持っていくけど」

「3千クレジットぐらいかな」

「少し安くない? それなら、直接ウルバリーに運んだら燃料代差し引いてももっと利益が出るよね」

「今のは最低保証価格だ。グリュースファルの各ファミリーが入札する。実際にはもうちょっと高値がつくだろう」


「分かった。それじゃあ、積み荷の通関情報を送信する。これを見れば俺の言ってるのがホラ話じゃないってのが分かるよ」

「今受信した。確かに間違いなくアガルタベリー・ゼリーだ。日付は取引禁止発令日の10日前か。しかし、その後どこにも寄らずによく抱え込んでいられたな。ここ以外の星系なら問答無用で没収だぞ。この2月ほどあちこちで大変なことになってる」

 冷たい目の男が探るような視線を送ってきていた。

 まあ、タイミングが良すぎて疑念を抱くのも無理はない。


 あ、そういうことか。

 あることが閃いたがとりあえず返答をしておく。

「余計な詮索はやめてくれと言いたいところだが、出所と経緯は気になるだろうな。単純な話さ。統一政府の加盟域外の無人の補給基地でエンジントラブルが発生してね。修理部品の取り寄せに時間がかかったんだよ。で、2か月ほど空費したってわけだ」


「そういうことか。運が良いんだか、悪いんだか分からねえな。それで謎が解けたよ。それで淋しすぎてそんなもんをコ・パイ席に置くようになっちまったんだな。まあ、懐が豊かになったら、歓楽街に金を落としていってくれ。色々とそろってる。じゃあ、8番バースに停船してくれ。案内ビーコンを出す」

「了解」

 会話が終わり冷笑を閃かせていた2人の映像が消えた。

 俺はコ・パイ席にそのまま置きっぱなしになっていたクマのぬいぐるみに目をやる。


 こりゃ、とんでもない性的倒錯者と思われたかもしれないな。

 ま、宇宙ステーションの雇われ管制官になんと思われようがどうでもいい。

 それよりも、俺がタイミングよくアガルタベリーを入手したことの方だ。

 ミリアムから話を聞いて以来、ずっと違和感がつきまとっていたが、さっきの会話で考えついたことがある。

 実は禁制品になることを俺が知らずに手に入れたのではなく、俺が手に入れたから

禁止リストに追加した。

 バカげた考えだと思ったが、それなら話のつじつまが合う。

 とんでもない陰謀に巻き込まれつつあるんじゃないかという懸念が頭の片隅にこびりついて払拭することができなかった。

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