第13話 宇宙酔い

 コンテナに元通りに荷物を詰め直してコクピットへの通路へと3人を誘導する。

 通路脇のキッチンで止まり、制酸剤入りのゼリーをチューブから摂取した。

「ワープアウトしたときの気持ち悪さを緩和できます。飲んでおいた方がいいですよ。無理にとは言いませんが」

 新しいノズルをセットして3人に示す。

「私、飲んでみる」

 ラムリーが自分よりでかいクマ公を抱えながら志願した。


「じゃあ、これを咥えて。ボタンを押したら出てくるからね」

 子供なので押しっぱなしにせず、途中で止め再度押すを繰り返す。

 まあ半量程度でいいだろう。

 飲み終わるとラムリーは感想を漏らした。

「あまり美味しくないね」

「お薬だからね。でも上手に飲めたよ。偉い」

 んふふとラムリーは笑う。


 ノズルを交換して今度はサーシャさんがゼリー飲料を飲んだ。

「確かにあまり美味しいものじゃないわ。でもお薬ですものね。じゃあ、次はミリアムの番よ」

 俺が新しいノズルをセットして渡すとミリアムは胡散臭そうなものを見る目つきになる。

 何か考えているようだった。

 こんなものを飲んだところであまり役に立たなそう。

 そんな顔つきをしている。

「ああ、別に無理に勧めはしない。喉と食道の辺りが多少マシになるだけだし、個人差もあるから」

 じゃあやめておくと言うかと思ったら大人しくミリアムもゼリーを摂取した。

「確かに美味しくは無いね」

 哀れなゼリー飲料は酷い言われようである。

 もし対象が俺だったら穴を掘って自分を埋めたくなったかもしれない。


 垂直通路を通ってコクピットに3人を招き入れる。

 メインモニターに表示される景色を見てラムリーが歓声をあげた。

「わあ、きれい」

 珍しくもない景色だろうに子供だなとちょっと可笑しくなる。

 サブ画面に表示されているカウントダウンは残り5分ほどを示していた。

 ミレニアム号は今は俺1人で動かしているが、元々は乗員4名の船である。

 壁際には正規の席以外にも3席分の簡易シートがあるが今日のところは席は足りていた。

 まず、ラムリーを副操縦コ・パイ席に座らせる。

 サイズが全く合っていなかったがクマ公に抱きかかえさせるようにするとなんとかさまになった。

 ナビゲーター席にサーシャ、火器管制席にミリアムを座らせる。


 俺のシート脇から航宙士標準装備G00を取り出して配って歩いた。

 ラムリーの口に当てて、添付の伸縮性バンドで頭に固定する。

「じゃあ、いい子だからじっとしていてね」

 ラムリーはこっくりと首を縦に振った。

 その様子を見ていたサーシャも見よう見まねでG00を口に当てている。

 ミリアムは手にした袋をしげしげと眺めていた。

 もうワープアウトまで残り時間が2分を切っている。

 俺は懐柔するような笑みを浮かべた。


「今までは平気だったかもしれないが、俺の船は古いからな。念のためってことで大人しく顔に当ててくれないか。おまじないだと思って」

 納得がいかなそうな顔をしていたが、ミリアムもG00を口に当てる。

「あと1分ぐらいだからそのままで」

 俺も急いでパイロットシートに着席するとシートベルトを締めてG00を取り出した。

 おっと、残りが2枚になっている。

 後で倉庫から補充しておかなきゃな。


「ハイパードライブ駆動終了まで30秒。29、28、……」

 カウントダウンが始まる。 

 毎度のことながらまたあれが来るかと思うと落ち着かない。

 大きく息を吸って吐く。

「所定の手続きの順守を強く推奨します。9、8、……」

 俺もG00を口に当てた。

「3、2、1、アウト」


 不安に反して今回のワープアウトによる体の変調は軽いもので済む。

 ほっとした俺に異音が響いた。

「おええ~」

 すばやく視線を巡らせる。

 右隣のコ・パイ席のラムリーはクマ公に抱えられて大人しくしていた。

 シートベルトを外して反対側後方に体を捻って視線を向けるとサーシャさんと目が合う。

 再び嘔吐の音が響いた。

 俺はシートから抜け出すと右後方に飛び出す。

 

 真っ青な顔でミリアムが体を絞るようにしてG00に戻していた。

 ミリアムの手にあるG00はパンパンに膨らんでいる。

 その一杯になったG00の口のところを絞るようにしてミリアムの顔から放し、俺が今まで口に当てていたものを代わりにあてがった。

「おえっ」

 付属のテープで満タンのG00をしっかりと封をする。

 涙目になったミリアムが力なくつぶやいた。

「もう、最悪……」


 とりあえず俺は手の中のG00をダストボックスへ持っていき中へと投棄する。

 火器管制席に戻ると少しだけミリアムの顔の顔色が良くなっていた。

 シートベルトを外してやり、背中を撫でてやる。

 ミリアムは身を強張らせた。

「こうすると落ち着くんだ。別にやましい気持ちは全くないからな。頼むからその袋で俺を叩いたりしないでくれよ。コクピットが大変なことになる」

 撫でているとサーシャが漂ってくる。


「それ、未使用です?」

「はい」

 吐しゃ物の臭いを嗅いでいるとさらに吐き気に襲われることがあるので、サーシャのものと交換してやった。

 2個目のG00を捨てて戻る頃にはミリアムもかなり落ち着いている。

 ラムリーの席に行くとG00を膨らませたり萎ませたりして遊んでいた。

「ミリアムお姉ちゃん大丈夫?」

「たぶんね。ちょっと具合が悪いだけだよ。ラムリーちゃんはいい子にできたね。それ、お兄さんが片付けるからくれるかな」


 ラムリーの世話はサーシャがしてくれると言うので、残りの2つのG00を捨ててからミリアムを連れて居住区画まで連れていく。

 口を漱ぐとミリアムはようやく人心地がついた顔になった。

 新しいタオルを渡してやると顔の周りを拭いている。

 俺はさりげなくついでのように手を洗うと、手に着いていたミリアムの口から出てきたものを洗い流した。

 

 

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