第12話 才女

「あらあら、2人で深刻な顔をしてどうしたのかしら? ねえ、ミリアム。折角の可愛いお顔が台無しよ」

 ふわーっと漂いながらやってきたサーシャがミリアムの腕につかまって止まる。

 そして、ほっぺをむにむにと両手で触った。

 ミリアムは煩わしそうにその手を振りほどく。

「ボクがどんな顔をしていてもいいでしょ。そんなことよりもお姉ちゃんの方の作業は終わったの?」

「それを船長さんに確認してもらいたくて」

「それじゃあ、積み荷のチェックは一時中断しましょう」


 六面のうちの一つが完全に外されていたコンテナの周辺に散乱していた木箱の欠片やアガルタベリー・ゼリーの容器が無くなっていた。

 それらはきれいに組み立て式の収納ボックスの中に収められている。

「おお、凄いな」

「私が片付けたんだよ」

 えっへんという顔をしてラムリーがボックスの横に立っていた。

「偉いぞ、ラムリー」

 言葉をかけ、さらに本人が望んでいそうだったので、頭を撫でてやる。

 きゃっきゃっとラムリーが喜んだ。


 コンテナの中の木箱が一つ無くなっている場所は充填材が代わりに詰めてある。

 あとは一辺が2メートル半もある金属製の板をくっつけてコンテナの形に戻すだけだった。

 無重力なので金属板を元の位置に戻すのは簡単だが、一体化させるには溶接する必要がある。

「それじゃ、溶接機を取ってきます」

「マツダイラ船長、その必要はないですわ。ぴたりと当てて押さえておいて頂ければ後は私がやります」


 俺が言われた通りにすると、サーシャが節を付けて何かを唱えだした。

 60秒ほどそのままでいると声がする。

「もう手を離しても大丈夫です」

 確認してみると一筋の線を残して板はしっかりとくっつきコンテナを形作っていた。

 サーシャに近づいてみるとかなり冷涼な気温にも関わらず頬が上気し、額にうっすらと汗をかいている。

 実に艶めかしい姿に俺は視線を逸らして船倉の入口を指さした。

「少し休憩しましょう」


 お茶をした後は、当たりをつけた3つのコンテナの中身を全員で確認する。

 コンテナの封印をはがしてしまうと陸揚げ時に税関で留め置きされスムーズな通関に支障が出ることになるが、この際そんなことは気にしていられなかった。

 梱包用の箱を開け中身を取り出し、データと異なるものがないか、内部に何か隠していないかを確認する。

 かなり手間がかかる作業だったが、手が多くて助かった。


 まあ、途中からはでかいクマのぬいぐるみを見つけて遊び始めたラムリーが脱落したが、ぐずらず大人しくしていてくれただけで十分である。

 結局、そのクマ公はラムリーのお友達として引き取られることとなった。

 なんでこんなものを買ったのか俺も覚えていないぐらいなので丁度良い活用方法と言える。

 妙に懐かしさを感じる愛嬌があるというので買ったんだっけか?


 最終的に1メートルほどの箱の中にぎっしりと入った電子機器のジャンクパーツの山が残る。

 ジャンクパーツとしているが、何の機械の一部か分からず動作確認ができないため、便宜上そう呼んでいるだけで中には正常に機能するものもあった。

 旧式の機械を使っているところでは、こういったジャンクパーツを修理用として活用しているところもあり、意外な値が付くこともある。

 また、我がミレニアム号は建造から時間が経っており、現在流通するものでは規格が合わなかった。

 修理を依頼するときにジャンクパーツをため込んでおくとエンジニアが上手く適合してくれる。

 そのため、状態がいいものがあると俺は買い込むことにしていた。


 ミリアムが電子機器に視線を注ぐ。

「船長。これがなんだか分かっているんですか?」

「いや、ぜんぜん。俺は機械は全然詳しくない。資格も無いしな。ただ、この船は古いんでね。修理を依頼するときにパーツがあるなしで値段が大幅に変わる。だから、値段が折り合えば買っているんだ。他にもいっぱいあるぜ」

 ミリアムが1つの部品を指さした。

「これ、たぶん、この船なんかよりも比較にならないほど古いものですよ。逆に古すぎてこの船のどんな機器にも合わないと思います」

「へえ。凄いな。ミリアムは電子工学に詳しいんだ」

 横からサーシャが割り込む。


「そうなんですよ。ミリアムは電子工学と機械工学の学位も持っているんです。ええと……」

 それからサーシャはウバルリーの首都にある有名な大学の名を告げた。

 その名前はこの俺でも聞いたことがある。

「その辺の三流大学の博士号より取得が難しいやつだろ? その若さで学位をダブル取得か? 一体何歳なんだ?」

「ほぼ初対面の相手に年齢の話をするなんて、本当にデリカシーがないんですね」

 文句をいいつつも、俺が本気で驚いていることには少し嬉しそうだった。

 聞けば飛び級で卒業したらしい。


「それは凄すぎるな。頭の中に脳みその代わりにスポンジが詰まってると言われた俺に褒められても嬉しくもなんともないだろうが。マジで尊敬するぜ。なあ、この船のエンジニア兼メカニックやらねえか?」

 何も考えなしに口をついて出た言葉にミリアムは驚いた顔をした。

 目を見開き口をポカンと開けている。

 おお。こういう顔をすると素の可愛さが表に出るんだな。

 おっと、今はそれどころじゃない。


「あはは。すまない。ついスカウトしちゃった。3人はレムニアに帰らなきゃいけないんだったね。5年も音信不通じゃご両親も心配でならないだろうし。そうだ。すっかり忘れてたけど統一政府の欲しがってるものを探してたんだった。このガラクタってことはないだろうし、結局分からずじまいだが仕方ない。もうワープアウトまで60分ほどだ。片付けよう」

 無駄骨を折らされたことが不満なのかミリアムは顔をしかめたが、それでも文句は言わなかった。

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