第9話 姉妹の会話

 密航者が女の子で、しかもレムニア人のマギとなるとトラブルの種としか思えない。

 とはいえ、話を聞かないことにはこの先どうするかの判断ができなかった。

 サーシャさんが居住まいを正す。


「そこまでお分かりなら正直にお話しした方が良さそうですね。船長が仰るように私たちはレムニアのマギです。正確にはまだ見習いの身ですけど」

 俺の斜め向かいの席でミリアムがむすーっとした顔で姉を見ていた。

 それを気にせずサーシャさんが話を続ける。


「5年前にサンターニ星域を航行していた私たちの船はターフの巡洋艦に攻撃を受けて、あの星に不時着しました。幸いにしてターフの船も大破しましたけど、私たちの船もエンジンが故障してしまってあの星に閉じ込められてしまったんです」

「なるほど、下手に救助を求めるわけにもいかなかったと。まあ、5年前じゃ住民は全員避難していたし、その後降下してきたのは行儀の良くないやつらばかりか」

「はい。食料もなかったので、コールドスリープで待つことにしました。そこに降りてきたのが……」


「俺のミレニアム号だったわけか」

「はい。乗っていた方が船長のような男の子で本当に良かったですわ」

 テーブルに置いたコーヒーカップを弄んでいた俺の手にサーシャの手が重なった。

 その途端に俺の体には電流が流れたようになる。

 はっとしてサーシャの顔を見ると柔らかな笑みを浮かべた。


「姉さん」

 ミリアムの固い声に、サーシャは一瞬俺の手をギュッとしてから手を離す。

 向かいの席ではラムリーが目をとろんとさせていた。

 料理はほぼ食べ終わっているが、添え物のピーマンだけは端に寄せられている。

 途中でミリアムに食べなさいと言われていたが断固拒否していた。

「ああ、ラムリーちゃんが眠そうだ。とりあえず、今日のところは寝てください。普段俺が使っていた部屋で申し訳ないですが」

「それで船長はどうなさるの?」

「コクピットのパイロットシートで寝ますよ。そういうのには慣れているんで気にしないでください」


 居室のすぐ隣にある寝室に案内する。

 戦闘艦じゃ個室なんて考えられないし、続き部屋なんて艦長ですら保有していない。

 しかし、ここでは俺が王様である。

 素敵な女性と一緒に宇宙を股にかけて活躍することもあろうかと居住空間を可能な限り大きく取っていた。

 寝室に入るとぐちゃぐちゃの毛布とシーツにミリアムが白眼になる。

 いや、だって毎回ベッドメイクするの面倒じゃん。

 慌ててリネン類を交換して、予備の枕も出す。

 アニータが遊びに来たときのために用意しておいたものがあって良かった。

 まあ、実際には使用することはなかったわけだが。

 目をつぶって眠るラムリーを抱きかかえたサーシャさんがえくぼを作る。


「マツダイラ船長。本当にありがとうございます」

「いえいえ、気になさらずに。」

「それではお言葉に甘えさせていただきます」

「では、お休みなさい」

 挨拶をすると寝室から出て居室エリアも通り抜けた。

 洗濯物入れにリネン類を放り込みスイッチを押す。

 通常空間に戻ったら超低温と紫外線による消毒、殺菌、消臭が行われるはずだ。


 短い通路を経て人工重量が発生していない区画に踏み出す。

 壁の手摺を掴み、小さなでっぱりを蹴って急いでコクピットに向かった。

 シートに座るとコンソールで寝室の音声をヘッドレストに出力する。

 ミレニアム号はワンオペ船なので、就寝中にもメインコンピュータが指示を仰いでくることがあった。

 このために居住区域の音声も拾えるようになっている。

 もちろん、プライバシーが必要な場合は居住区域側で切断できた。


 ヘッドレストに内蔵されたスピーカーから音声が流れてくる。

「ねえ、お姉ちゃん。若い男の子だからって船長に気を許しすぎじゃない?」

「そお?」

「見習いだってこと言わなくても良かったんじゃないかな。下手なことをしたら痛い目にあわされると思わせていた方がいいと思うけど」

「でも、マツダイラ船長はレムリアのマギのことを知ってるのよ。見習いだってかなりのことができることも分かってるわ」


「それはそうかも知れないけど……。お姉ちゃんは美人なんだからさ、下心持って近づいてくる人に気をつけないと」

「そうかしら、マツダイラ船長は悪い子じゃないと思うけど。それにミリアムも可愛いわ」

「ボクのことはいいから。それで、船長の手を握ったでしょう? あれ、絶対に勘違いさせてるから。お姉ちゃん、少し人との距離感がバグってるよ」


「声を落として。ラムリーが起きちゃうでしょ」

「ごめん。だけどさあ、本当に考えないと。船長が勘違いして交際してほしいと言ってきたら困るでしょ? それに、ハンツさん、あれ見たら気を悪くすると思うよ」

 ハンツか。何者だろう。さん付で呼んでいるな。

 元はテラのマイナー言語で使われていた敬称だが、性別や既婚未婚に関わらず使えるので普及していた。

「そうかしら。じゃあ、故郷に帰ったらどう思うか彼に聞いてみる」

 でかいため息の音がスピーカーから聞こえてくる。


「ぜったいに聞いたらダメ。ハンツさんショックを受けるから。そうじゃなくても新婚の奥さんと5年も離ればなれなんだよ」

「確かに5年会ってないわね。でも、マツダイラ船長の手を触っちゃいけないのも、それをハンツに話しちゃいけないのもよく分からないわ。そういうものなの?」

「なんで心底驚いた声だすの。お姉ちゃん、見た目に反して中身がポンコツ過ぎない?」

 くそー。サーシャさんは旦那持ちか。


「違うわよ。ミリアムがしっかりしてるのよ。いつも助かるわ。ありがとう。そんなミリアムにも素敵な彼ができるといいわね。それじゃあ私たちも寝ましょ」

「いい。ボクは起きてる。船長がノックせずに入ってきたらやっつけてやるんだから」

 聞きたい話題はほとんど出ず、後ろめたさだけが募ったので音量をゼロにする。

 俺もひと眠りしようともぞもぞと体を動かして少しでも楽な姿勢を探した。

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