第8話 密航者

 左の腰にあるシールド発生装置に手を添え、右手でレーザーピストルを抜いて進み出る。

「よーし、パーティは終わりだ。手を上げろ」

 俺の声に砂嵐にも耐えうるデザートローブ姿の密航者が振り返る。

 髭面のおっさんを想像していた俺は虚を突かれた。

 整った可愛らしい顔のあちこちにアガルタベリー・ゼリーをくっつけた女性たちが容器にスプーンを突っ込んだ姿で固まっている。

 鳶色の瞳を見開いていた1人が質問をしてきた。


「なぜ手を上げなきゃいけないの?」

 3人の中で真ん中の年かさの娘は小首を傾げる。

 アニータより少し年下ぐらいに見えた。

 そんな場合じゃないが小首を傾げる様子は胸を突かれるほどに魅力的である。

 ゼリーの容器にスプーンを突っ込んで頬に赤い汚れが付いていることが気にならないほどだった。

 俺はしばらく呆けていたらしい。


「ねえ、お兄さん。息してる?」

「あ、いや、息してるさ、もちろん。さっきの質問に驚いちゃってね。俺はこの船と君が今食べているものの持ち主だ。勝手に船に乗って他人のものを食べちゃダメだってことは……さすがに知ってるよな?」

 サンターニ2のような半放棄惑星に住んでいると、初等教育も受けていないケースは珍しくない。

 少女はぷっとツヤツヤほっぺを膨らませる。

 ゼリーが付いているが、それでも愛らしさが人間の浴びていい量を超えていた。


「それぐらいは知ってるよ」

 自慢気に胸を張るので、俺は手にしたゼリーの容器に視線を向ける。

 ちょっとだけたじろいだような表情になった。

 少し離れたところではこの会話を気にしないように小さな女の子がスプーンでゼリーを食べ続けている。

 幸せそうな顔をしていた。

 まだ10代に過ぎない俺の中に父性が思わず目覚めそうになっちまう。


 その脇に屈んだ若い女性が女の子が服に食べこぼしているのを拭いてやっていた。

 俺の視線に気づくと申し訳なさそうな笑みを浮かべ顔を伏せる。

 純情可憐かつ上品な仕草に心を奪われた。

 やべえな、すっげえ美人じゃねえかよ。

 元相棒のセリフを借りるなら、土下座どころか三跪九叩頭してでも付き合って欲しいとお願いしたくなるレベルの素敵な女性だった。

 こほん。

 俺に質問してきた少女が咳払いをする。


「とってもお腹が空いていたんだ。まさかボクたちみたいなか弱い女の子が空腹で倒れそうだったときに、ほんの少し食べたのを怒ったりはしないよね? 一応確認してからと思ったけど、その扉開かないんだもの。その……食べちゃった分は、ちゃんと後で代金を払うから」

 近くの床にはドロイドのマーキーがひっくり返っていた。

 か弱いねえ。よく言うぜ。

 そんなことを考えていると清楚なお姉さまが頭を下げる。


「大変申し訳ありません。このお詫びになんでもしますわ」

「姉さん、そんなこと言ったらダメだよ。男ってこういう時には破廉恥なことを言い出すんだから。この子、そんな顔してるもの」

「ミリアム。初対面の方にそんなこと言うのは失礼よ」

「でも……」

「ね?」

 俺は自分の船なのになぜか闖入者は自分なんじゃないかという気がして仕方なかった。


 それから30分後、人工重量を発生させてある居住エリアで俺は3人と、食べ散らかした食器が並ぶテーブルについている。

 俺の横に座る1番年上の女性が立ちあがると深々と豊かなブロンドの頭を下げた。

 デザートローブを脱いで飾り気のないワンピース姿であったが、身体のラインがはっきりとして女性らしさが強調されている。

 面白くなさそうな顔をしているもう一人は似たような服を着ており、小さな子だけがフリフリのついたカバーオールを着ていた。

 

「寛大にも私たちを受け入れてくださりマツダイラ船長にはなんとお礼を申し上げたらいいのか」

 俺は慌てて席から立つと顔を上げるように言う。

 女性は少し潤んだような目で俺を見た。

「改めまして、私はサーシャと申します。この子がミリアム、あちらの小さい子がラムリーです」

 シルバーブロンドをショートにしたミリアムは気だるそうに右手を上げる。

 ピンクがかった髪がくるくるしているラムリーはピンと手を伸ばした。


「私、ラムリー。お兄さん、いい人だねっ」

 パンとハンバーグ、それにコーンスープを提供したせいかラムリーは俺に対する評価がすこぶるいい。

 いや、こんなに簡単に食い物で釣られるとか大丈夫だろうかと心配してしまう。

 そういう意味では俺を油断なく睨んでいるミリアムぐらいの方がいいかもしれない。

 まあ、兄でもない俺が心配することじゃないんだが。

 

「とりあえず座りましょう」

 俺も腰掛けながら、サーシャさんも座るように手で示した。

 色々と聞きたいことはあるが、まずは2人を安心させることが先決だろう。

 ミリアムもそうだが、一見俺に対して親しげにしているサーシャさんも俺のことは警戒しているに違いなかった。


「あー、こう言っても信用されないかもしれないが、俺は君たちに危害を加えるつもりはない。もちろん、変なこともする気はない」

 ミリアムが信じられないという表情をする。

 まあ、それは無理もない。


「というのも、俺も命が惜しい。君たちはレムニア星の出身だろ?」

 はっと息を飲む声がサーシャとミリアムの口から漏れた。

 俺は急いで言葉を続ける。

「そんなに警戒しなくていい。俺はある意味で君たちの弟子みたいなもんだ。俺は魔法中隊の元兵士さ。いろいろと弄られて疑似魔法が使える。だから君たちの実力は分かっているよ。この船に気づかれずに接近でき、ドロイドと頑丈なコンテナを破壊してアガルタベリー・ゼリーを食べていたよな。レムニアの魔法使いマギでもなきゃ不可能だ」


 俺はスープの素が入っていた箱を手に取った。

「いいかい。これはデモンストレーションだ。害意はないぜ」

 空中に投げ上げて、呪文をつぶやき意識を集中する。

 落ちてくる前に空き箱はパッと燃えて煤と塵になった。

「これぐらいの手品はできる。でも、君たちも当然できるよな」

「さあ、どうかしら」

 サーシャはコケティッシュな笑みを浮かべる。

「ということで、事情を話してくれないか。少しは役に立てるかもしれないぜ」

 俺は背もたれに体を預けて話を聞く姿勢を取った。



 

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