第7話 招かれざる客
ミレニアム号は加速を続け亜空間ジャンプが可能な第2.5宇宙速度に到達する。
事前に決めていたとおり、トラータ星系へと進路を定めて、ハイパードライブを駆動させた。
メインモニターに七色の光の帯が映し出される。
さて、24時間ほどは自由な時間ができたので、これからのことを考えるとしようか。
「6掛ける9はいくつになるか?」
愛用するキーワードを唱え俺は瞑想状態に入った。
トラータ星系はテラ人類が構成する統一政府に加入する星系の中では一番の辺境にある。
その一方でターフ人とチュルーク人の領域に近かった。
一応はテラ人類の勢力圏内だが地方政府はなく、緩衝地帯として半ば放置されている。
そのため、筋目の正しくない連中が跋扈し、それなりの活況を呈していた。
品行方正でないのが居るのは異星人も同じであり、トラータ星系からハイパードライブで跳んでいける範囲にある2つ異星人の支配する宙域もそれぞれのならず者の吹き溜まりになっている。
そんな環境となれば自然と市場が形成された。
もちろんブラックマーケットである。
同胞との種族のつながりよりも利害を優先する連中が意気投合した多種族連合による営利集団が仕切っていた。
各種族とも先の大戦で傷ついており、自国の再建で手一杯である。
当然のことながら首都周辺が優先され、辺境は手が回らない。
誰かのリーダーシップにより一つにまとまれば大変なことになるが、そこは協調性とか忍耐力とかに欠ける連中の集まりである。
いくつかの団体が緩い協商を結んで集合離散しつつ活動していた。
そんな状態なので正規軍が乗り込んでくれば勝ち目はない。
なので、トラータ星系で活動するグループは表立っては宙賊活動をしていないことになっている。
宙賊とも物の売買はすることもあるが、自らは襲撃事件などに加わらずあくまでも商取引を行っているという体裁だった。
その建前を維持するためにトラータ星系では宙賊行為は発生していない。
そして、相場が適正かどうかはともかく、どんなものでも取引ができた。
俺が大量の在庫を抱えているアガルタベリー・ゼリーだって売り買いが可能である。
もちろん、俺だって、トラータ星系に巣くう連中と取引なんぞはしたくない。
ただ、こうまで追い詰められてしまうと他に選択肢はなかった。
ミレニアム号は民間船としては最大距離を跳ぶことができる。
トラータとの間の途中のいくつかの星系は軍基地があったり、サンターニよりも鄙びすぎていたりして、寄港地として不適切だった。
やむを得なかったとはいえ星系内パトロールのコルベットに攻撃を加えたとなれば、統一政府の宇宙軍に出動要請する理由として成立する。
ただ、俺のカンだが、もともと軍が乗り出そうというのを地方政府の誰かが個人的な事情で突っぱねたという気がした。
統一政府が用があるのは何かの積荷だけだが、軍が俺を捕まえれば事情徴収はしなければならない。
妻の元婚約者が重大犯罪者というのは外聞が悪いと考えたんだろうな。
そろそろ休息をしよう。
そう思ったところで気がついた。
統一政府が手に入れたいと考えているものはなんなのだろうか?
100万クレジットもの高額の禁制品密輸船なら、最悪撃墜しても問題にはならない。
手柄を立てつつ俺の口を塞ぐという魅力的な選択肢なのに、サンターニ3の指導層がそれを選べないほど統一政府から入手を強く要請されているものが俺の船にある。
そいつは俺の切り札だから、知らずに売り払ったらマズい。
積荷をチェックしないとダメか……。
深い瞑想から覚めるとメインコンピュータが呼びかけていた。
「マツダイラ船長。緊急のお知らせです。船倉に密航者がいるようです」
は? 密航者だと?
「なんで離陸前に気づかなかった?」
「申し訳ありません。サンターニ2からの脱出と防御衛星のコントロール、ハイパードライブの制御のためにリソースを割いていたため気付けませんでした」
「ああ、済まなかった。驚いただけで別に責めたわけじゃない」
「ご理解頂きありがとうございます。それでどうしますか? 空荷であれば処分は簡単ですが」
大昔であれば宇宙船に諸々の余裕がなく、問答無用で密航者は船外遺棄と決まっていたらしい。
それをついうっかり検束してみたら生き別れの肉親を探すために乗り込んだ子供だったりして大いに悩むことになる。
美少女や美少年だとなおさらだ。
それは方程式としてある文学ジャンルのテーマとして盛んに創作されたこともあるらしい。
今でも医薬品を運ぶ高速運搬船などギリギリで運用しているケースは皆無とは言えないから、ときに悲劇は起きている可能性はあった。
しかし、我がミレニアム号はカーゴシップである。
ペイロードに余裕はあるし、燃料、酸素、水、食料、エネルギーも十分にあった。
数人が乗り込んでいたところで運航に支障は全くない。
そうとはいえ、伝統的に密航者の取扱いについては船長に権限がある。
「食品を積んでるからな。ノックアウトガスが付着するのは避けたいし、減圧して破損が生じるのも困る。それにグロいものも見たくない。俺が確認しにいくよ」
シートから立ちあがると船倉に向かった。
どのみち積荷のチェックをしなきゃいかないしな。
とっ捕まえて船賃代わりに働かせてもいいかもしれない。
しかし、急いでいたとはいえ、船に乗り込まれるとは間抜け過ぎだ。
悪意を持っているやつが爆発物でも持ち込んだら大変なことになったところである。
メインコンピュータとは別系統の監視警戒システムを入れるか。
また金がかかるなあ。
通路を進み船倉の扉の前に立った。
手を掲げてカメラに向け、顔と指紋、虹彩の三重認証をクリアする。
身構える俺の目の前でシュッと扉が左右に開いた。
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