第5話 交戦

 さすがにスパイダータンクの上に乗ったままではこれ以上の行動は無理なのでハッチを開けて中に潜り込む。

 これから宇宙船の残骸を使って地下深くまで潜航するのだ。

 5点支持のハーネスを着用する。

 ターフ人の宇宙船は船尾部分から着地したのか船首から100メートルほどの部分が塔のように残っていた。

 くそ頑丈なターフ製の船だけあって、船殻はほとんど無傷である。

 それでも地表近くには大きな亀裂があった。


 俺はスバイダータンクの車輪を引っ込めると、8本の脚を動かして亀裂の中へと侵入する。

 前方を照らし出すライトを点灯した。

 これで見た目は金属製の蜘蛛が目から光を発しているように見えるだろう。

 スバイダータンクは元々は外殻が分厚いターフ製軍艦を強襲揚陸するために開発された兵器だった。

 ターフ人というのはゴリラを一回りほど大きくしてオレンジ色にしたといえばだいたいのイメージは伝わるだろうか。

 なので艦内のあちこちのサイズもでかかった。


 勝手知ったる懐かしの我が家とまではいかないが、それなりになじみのある艦内通路を下りていく。

 通路にはあちこちにワイヤーがさがり、コの字型の金具が打ち込まれていた。

 髭面の仲間が降下するのに使っているのだろう。

 中には半分隔壁が下りていて通路を塞いでいる部分もあったが、スバイダータンクはモデルになった生物同様に脚を縮めるとかなり細くなる。

 それでも通れないところはアークトーチで焼き切った。


 姿勢保持や降下はドロイドのマーキーがアシストしてくれるので、それほど苦労せずにどんどん進める。

 相棒として非常に役に立つのだが、マーキーは発声モジュールが搭載されていない。

 暇つぶしの会話の相手がいないというのが玉に瑕だった。

 500メートルほど潜ったところで、大きな空間に出る。

 元は戦闘ユニットの格納庫だろう。

 底の方にその名残が転がっていた。


 スバイダータンクは姿勢を保持していた通路の壁から脚を放してピョンと飛び降りる。

 かなりの衝撃があったが脚の折り曲げがその大部分を吸収していた。

 サーチライトで壁を照らす。

 高さ10メートルくらいのところに横穴が空いていた。

 軍艦からの戦闘ユニットの発進、帰還用の出入口だったところだと思われる。


 スバイダータンクをジャンプさせて横穴に取りついた。

 水平方向に手堀りで掘削したような小さな穴が口を開けている。

 俺はスバイダータンクの脚のアタッチメントを付け替えた。

 ドリルでせっせと穴をほじくり返す。


 機体2つ分の大きさの穴を開けたところで、アタッチメントをシャベルに交換した。

 一掬いしては別の脚で支えている篩にかける。

 別の脚で受けているバケットに入った残土は後ろにポイっとした。

 多脚であることを最大限に活かしてエンジュリウムの採掘を進める。

 エンジュリウムのいいところは結晶化するので精錬作業が不要なところだった。

 まあ、こういうところで採掘したものは純度が低いものが混じる。

 そういうものを使って亜空間ジャンプした場合はゲロ袋の出番が多くなると言われているが、本当か嘘かは明らかでは無かった。


 ふと車外カメラを上に向けると、穴の縁に人の顔が見える。

 表にいた髭面の仲間らしい。

 スバイダータンクを指さしながら何か喋っていた。

 指向性集音マイクを向けてみる。

「……チマチマやってんのが馬鹿らしくなるな」

「ただ、あれだけ派手にやってるとヤツが来るんじゃねえか?」

「だな。俺らも巻き込まれんように離れていよう」


 こうやって盗聴している間にも採掘作業は進んでいた。

 篩にはかなりの量のエンジュリウムの濃緑色の結晶が溜まっている。

 もう恒星間でのハイパージャンプが1度できる量はあるだろう。

 俺は一連の流れを中断して、篩の中身を小型コンテナに移した。

 コンテナを機体脇の窪みに収納する。

 あと2つコンテナがあるので、そいつもエンジュリウムで1杯にしようと作業を再開してすぐに特徴的な振動を感知した。


 ちっ。

 アタッチメントを大急ぎで元に戻す。

 あの作業員連中の話を盗み聞きしておいて良かった。

 最大出力でシールドを展開して穴倉から飛び出す。

 そこにビーム砲が直撃した。

 シールドと干渉しあって眩い光を放つ。


 その向こうに見えるシルエットはターフの戦闘ユニットだった。

 でかい球から4本の金属製の触手が生えている外観には見覚えがある。

 墜落から5年経ってまだ稼働できる無人機が生き残ってやがるとは。

 スバイダータンクは優秀だがあくまで対人、対軽装甲用兵器である。

 火力の面でも装甲の面でも宇宙空間でも行動可能な戦闘ユニットとやり合うようにはできていなかった。


 やっべえよ。

 覚悟を決めてスバイダータンクを前進させ、脚を縮めてから大きくジャンプをする。

 それを追って壁にビームが線を刻んだ。

 空中で姿勢制御用バーニアで上下逆さまになると、ケツからアンカーワイヤーを射出する。

 そのタイミングで戦闘ユニットのビームがシールドを捕らえた。

 やべえ、シールドのエネルギー残量がもつか?

 先ほど下りてきた通路の壁に上手くアンカーが貫通する。

 ウインチでケーブルを巻き取りながら上昇を始めた。


 同時に格納庫に固定されている錆びついたクレーンの根元に向けて車載のビーム砲を連続で放つ。

 ビームが直撃してクレーンが崩れ落ち、長年溜まった埃を巻き上げた。

 スバイダータンクを見失ったのかターフの戦闘ユニットからの発砲が止む。

 まあ、この濃密な埃の中ではカメラもセンサーも役には立たないだろう。

 ウインチを巻き終わったのでアンカーを切り離して、すたこらと上方へと撤退した。

 コクピットのちっこい火器管制モニタのシールドエネルギー残量ゲージはレッドゾーンに突入している。

 いや、まったく寿命が縮んだぜ。

 しばらくして暗い竪坑の先に明るい外光が見えたときには、俺はほっと胸をなで下ろした。

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