第4話 放棄された惑星

 アニータの顎を持ち上げてキスをかわす。

 シャツの下に手を潜り込まそうとするとアニータは身をよじって俺の手から逃れた。

「ダメよ。これ以上は。それは結婚してからね」


「……起きてください。リック」

 俺は泡沫の夢から覚醒する。

「お早うございます。今日も元気に頑張りましょう。リックなら大丈夫です。それじゃ、バイタルチェックをしますね」


 アニータの声をベースにもうちょっと蠱惑的な雰囲気を加えた人工音声は、従来なら心地よいものだった。

 しかし、こっぴどく婚約解消をされた今となってはむしろ虚しさの方が大きい。

 俺はシートを起こすとコンソールを操作して音声をデフォルトのものに戻した。

「船長。バイタルチェック完了です。どこにも異常はありません」


 事務的な声を聴きながら戦術ディスプレイに目をやると何も脅威となるものは表示されていない。

 思った通りだった。

 俺は手早く液体のみの朝食と排泄行為を済ませる。

 パイロットシートに戻ってベルトを締めた。

 サンターニ2の衛星軌道上の半ば放棄された古い防御衛星が識別信号を送ってくる。

 ミレニアム号はもちろんテラ人類共通プロトコルでの番号を有しているので問題はない。

 それに、万が一何かの間違いで敵と認識されても防御衛星は大戦前の旧式なので大した損害は受けないはずだった。

 

 衛星軌道にちょいとした置き土産をして、ミレニアム号は徐々に加速しながら大気圏に突入していく。

 俺のカーゴシップは完全ではないものの重力制御ができるため宇宙空間だけでなく大気圏への侵入、飛行、脱出を単独で行えた。

 その点が恒星系内の宇宙専用警備艇であるコルベットとの違いで、やつらは大気圏内まで追ってこれない。

 俺が余裕をぶっこいていられたのもそれが理由だった。


 ミレニアム号は順調に高度を下げ、高度40万メートルほどで一時的にブラックアウトしていたメインモニターが復活する。

 船体の下部前方の景色が映し出された。

 比較的平坦な茶色い大地が見渡す限り広がっている。


 ミレニアム号はサンターニ2に残る唯一の町を避けて3千キロほど離れた場所に着陸した。

 着陸した場所は直径100キロほどのクレーターとなっている。

 5年前までの戦役で墜落した異星人の艦艇が引き起こしたものだった。


 船を離れる間の指示をセットして、俺はカーゴシップ下部の上陸デッキを目指す。

 その途中で船倉を覗いた。

 床に固定されているコンテナを見てため息をつく。

 このアガルタベリーが全て売り物にならないとすると、手持ちのクレジットはかなり乏しくなる計算だった。


 やれやれ。

 俺はアガルタベリーのサンプルのチューブを棚から取り出して手にする。

 まあ、当分食い物には困らないな。

 上陸デッキで全身が銅色をした円筒形ドロイドのマーキーが俺を出迎える。


 装輪多脚戦車スバイダータンクの発進を命じ、外出用のバッグに必要なものを詰めて肩から下げてからハッチを開けた。

 エアカーテンを抜けると乾燥した暑い空気を感じる。

 埃っぽいし世辞にも美味い空気とは言えなかったが深呼吸をした。

 なんだかんだで地面に足が付いているのはいい。

 斜路をくだって地上に降りる。


 バッグからパンの容器を出し開封すると、1枚にチューブから絞り出したアガルタベリー・ゼリーをたっぷりと乗せて食べた。

 甘酸っぱさの中にプチプチとした食感もあり、まったりとしながら癖がなく実に美味い。

 さすがセレブが愛食しているだけはある。

 安物のパンのパサつき気味な感じも気にならなかった。


 セレブ連中はアガルタベリーが食えなくなって嘆いたりするのだろうか。

 まあ、たぶん金持ちはさっさと他のものに切り替えるんだろうな。

 俺は服に付いたパンくずを払った。

 こういうところに気を遣わなくていい地上は、ガサツものの俺にとって最高である。


 追加でアガルタベリー・ゼリーをたっぷりと塗りつけてパンをムシャムシャした。

 そこに邪魔と言わんばかりのクラクションが鳴る。

 ガシャガシャと音をさせながらスバイダータンクが降りてくるので、俺は最後の一欠片を口に放り込むと進路を開けた。


 俺は脚の1つを伝ってよじ登る。

 タンクデサントは軍においては禁止事項だったが知ったことか。

 折角地上にいるのに何が悲しくて狭い中に閉じこもらなきゃいけないんだ。

「発進!」

 俺は機嫌よくマーキーに命じる。

 スバイダータンクは軽く振動して胴体下部から車輪を出すと滑らかに走り出した。


 ミレニアム号から宇宙船の残骸までは10キロほどである。

 もうちょっと近づいて着陸したかったところだが、空中でのソナー探査で地中に結構な陥没があるのが分かっていた。

 まあ、車両形態のスバイダータンクの速度なら10分もかからない。


 心の準備を与えた方が変な突発行動をしなくていいしな、と視線の先にあるホバーシップを見ながら考える。

 ホバーシップの上で動きがあり、シールドがいくつか陽光に煌めいた。

 あまり歓迎しない表情の一団を乗せたホバーシップの鼻先にスバイダータンクを停める。

「おい。クソガキ。何の用だ?」

 レーザー銃や荷電粒子ライフルを持った髭面グループの1人が怒鳴った。


 俺は立ち上がって両手を広げる。

「驚かせて悪いね。敵意はないんだ。ちょいとエンジュリウムを採取したいだけなんだよね」

 こんなところでコソコソやっているということは、俺同様にまともな奴らじゃない。


 俺は若いながらも立ち居振る舞いには軍人ぽさの欠片があるし、軍の払い下げの船とスバイダータンクに乗っている。

 そもそも着ている服が以前所属していた部隊の制服を着崩したものだった。

 そんなわけでぱっと見には取り締まりにきたパトロールに見えてしまう。

 ただ、まあ、言葉を交わせば俺の本性はすぐにバレた。


「するてえとあれか、上でコルベット同士で盛んに通信をして追いかけてるのはお前さんか」

 髭面のおっさんはゲラゲラと笑う。

「若えのに大したもんだぜ。まあ、そういうことなら好きにしな。俺たちもあんたも互いに何も見なかった。それでいいだろ?」

「ああ、それでいい。それじゃ、遠慮なく進ませてもらうよ」

 俺はおっさんに同意した。


 アウトローにはアウトローのルールがある。

 やつらが俺を簡単に捕まえられるなら喜んでふんじばりお上に突き出すだろう。

 しかし、あいにくとスパイダータンクのビームキャノンの方がやつらの銃より威力が大きい。

 強い奴とは争わないという実に分かりやすい行動原則に従って、盗掘者たちと俺との間の和平に合意が得られたのだった。

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