第3話 脱出計画
このサンターニ星系から他の星系に脱出するには、長距離を跳躍するハイパードライブを使うしかない。
ハイパードライブを使うにはエンジュリウムが必要である。
この星系でエンジュリウムを購入できるのはコルベットと防御衛星が守りを固める惑星サンターニ3だけ。
三段論法からすると人生オワタとなりそうだが、実はそうではなかった。
惑星サンターニ3はその名についている数字のとおり、恒星サンターニの第3惑星である。
古代のテラにおいては神話に出てくる神の名にあやかって惑星の名前を付けていたようだが、この広大な銀河には無数の星があった。
そのため、神様の数がまったく足りないので、とうの昔にそんな命名法は使われなくなっている。
恒星をゼロとして内側から順番に惑星に数字を振っていく方法が取られていた。
サンターニ星系の人類生息可能帯には2つの惑星が属している。
1つは多くの人が住んでいて星系首府となっているサンターニ3だが、その1つ内側にあるサンターニ2もギリギリ人が住めた。
少々乾いていて、くそ暑くちょっとだけ二酸化炭素濃度が高いが宇宙服を着用しなくても大丈夫である。
そして何より今の俺にとって大切なことはエンジュリウムの採掘が可能だった。
もっとも、サンターニ2表層のエンジュリウムはほぼ取りつくしており、地下深くまで潜らないと手に入らない。
異星人との戦争が始まるまでは大規模な採掘計画があった。
しかし、休戦してまだ5年しか時間が経っていない。
あちこちにまだ大戦の爪痕が残っていることからその余力がなく、計画は中断したきりそのままになっている。
将来的には分からないが、今はまだサンターニ3に十分な量のエンジュリウムがあるからだった。
俺はサブモニターに星系図を出して計算し、ハイパードライブによる短距離ジャンプを行う。
どっと前方にあった星々の光がミレニアム号に押し寄せてくるような景色がモニターに映し出された。
俺は新しいゲロ袋を取り出し口に当て亜空間からのジャンプアウトに備える。
「おえええ」
モニターの景色が戻った瞬間に空っぽの胃袋から胃液だけがこみあげてきた。
レモンのような酸っぱい味が口の中に広がる。
ハイパードライブによる亜空間ジャンプの前に通常なら制酸剤入りのゼリー状の食物を摂取するのだが、今回はそんな余裕がなかったし忘れてもいた。
通常エンジンじゃ他星系に到達するのに時間がかかりすぎる。
そういう意味ではハイパードライブ様々なのだが、このワープアウト時の吐き気だけは何とかして欲しい。
俺は航宙士標準装備G00の口を閉じるとパイロットシートのベルトを外す。
少量の胃液と唾が入っただけのG00をダストボックスに放り込むと、コクピットを出てキッチンに向かった。
キッチンというのはジョークで名付けただけであり、実際には垂直のトンネルを下りた先にある廊下のくぼみに過ぎない。
それでもここには各種のチューブのノズルがずらりと並んでいる。
カルシウム強化したミネラルウォーターから野菜や果物のスムージー、コーンポタージュから味噌汁まで各種の液体が揃っていた。
もちろん、液体だけだと顎が弱るので一口大になった各種フレーバーのブロックもある。
チューブの横にある容器からノズルの先端を取り出すと、僅かにアルカリ寄りにpHを寄せてあるミネラルウォーターの注ぎ口に装着した。
ノズルを口に咥えるとボタンを押す。
口の中に水をためボタンから指を離し、ノズルを口から出した。
ぐちゅぐちゅと口の中をゆすぐと我慢して飲み下す。
人口重力を発生させてある居住区まで戻れば洗面台に吐き出せるが、わざわざ戻るのが面倒くさかった。
ノズルを付け替えると桃のような爽やかな香りのするゼリー状の合成飲料を500ミリほど摂取する。
使い終わったノズルは回収ボックスに入れた。
後は勝手に洗浄、消毒、乾燥をして容器に補充しておいてくれる。
少しだけ考えて1辺が3センチほどの固形ブロックのパウチを1つ取り出した。
封を切ってパウチを捨て、中身を口の中に放り込んで咀嚼を始める。
ビーフステーキ味とされているそれは俺のお気にいりの味だった。
ブロックは絶妙な固さで何度も噛む必要がある。
俺は口をもごもごさせながらコクピットの下にある垂直トンネルまで戻り廊下を軽く蹴った。
その間ももぐもぐと口を動かしている。
あまり行儀はいい行為ではないが、ここには俺1人しか居なかった。
パイロットシートに戻るとメインモニターに茶色いサンターニ2の姿が映っている。
大急ぎで計算したせいで精度に自信がなく、衝突しないように安全側で算出したため、亜空間からジャンプアウトしたときには惑星から少し離れた場所に出ていた。
宙港の管制官の協力なしではまあこんなものだろう。
サブモニターに表示されているサンターニ2への推定到達時間は現在の巡航速度であと4時間ほどとなっていた。
まあ、この間にコルベットが追いついてくることはないだろう。
星系間ジャンプに比べて航跡を追うのが簡単なので俺がサンターニ2へ着陸しようとしていることは理解しているはずである。
それならコルベットは一度サンターニ3の月面基地に戻るはずだ。
時間的な余裕が生まれたらすることは一つである。
優秀な兵士は眠れるときに寝なければならない。
睡眠不足は判断を誤らせ、反射を遅らせる。
俺はパイロットシートに収まると思いきり座席をリクライニングさせた。
「ミレ。4時間後か着陸態勢になったら起こしてくれ」
口頭でメインコンピュータに指示を出す。
「了解、リック。今日も頑張ったわね、お疲れさま。良い夢を」
耳障りの良い女の子の声に戻って返事をしてくる人工音声を聞きながら、俺は目を閉じて眠りについた。
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