第2話 婚約破棄

「というわけで娘と貴様の婚約は破棄する。慰謝料の300クレジットは弁護士費用にでもするんだな」

 アニータの父親が吐き捨て、俺は慌ててシート脇の操作卓カバーをスライドさせてキーをタッチする。

 サブモニターの下に俺の口座情報が表示された。

 確かに300クレジット増えている。


 俺が婚約破棄された慰謝料だと?

 最近ちょっとリバイバルしているテラ時代の物語に倣えば、婚約破棄されるのは俺みたいな好青年じゃなくて悪役令嬢に決まっているだろ。

 なあ、神様よ。

 人生の1番いい時期を捧げた俺に酷くねえか。

 ああ、もちろん、神様なんていないことぐらい戦場で嫌というほど味わったさ。 


「ちょ、ちょっと待ってください。何かの間違いです」

「間違いなものか。貴様のカーゴシップの船倉にアガルタベリー・ゼリーが積まれているのは税関記録で分かっとるんだ」

「いやあ、人畜無害なゼリーがそんなヤバいブツなんて知らなかったんで。だいたい、ウバルリー人の住む星域なんて何千パーセクも離れてるじゃないですか。俺、見たことも無いですよ」


「嘘をつくな。5年前の戦役のときに共同戦線を張っていたから知らないはずはないだろう」

 そりゃまあ、樹木のような見た目のウバルリー人は離れたところの同胞と意思疎通できる魔法みたいな能力を有していて頼りがいがあったけどな。

「いや、だから退役した後には見たことがないってことですよ」

「知ったことか。いずれにせよ、もう貴様と話すことはない」

「待ってください。アニータと話をさせてください」


「その必要はない……」

 アニータの父が吐き捨てるのを議員が制した。

「この際はっきりさせた方がいいでしょう。おいで」

 声と共に視界の中にアニータが入ってくる。


「アニータ!」

 18歳を目前に控えているアニータは金髪をかきあげて耳にかけた。

 テラ時代のことわざに鬼も十八、番茶も出花というのがある。

 美しいアニータが最盛期の魅力を画面ごしに振りまいた。

 その肩を議員が抱く。

「紹介しよう。私の妻だ。気安く名前を呼ばないでもらおう」

 は?

「ごめんね、リック。そういうことなの。それじゃ、バイバイ」

 アニータが肩のところで手を振った。

 議員の頬に唇を寄せると視界から出ていく。


「ちょっと待て。なあ。おい。あれだけ俺のことを気に入ってたじゃねえか」

 喚く俺に議員は冷たい笑みを浮かべた。

「見苦しい真似はやめたまえ。それよりも自分の身のことを考えた方がいいぞ。そうだな。大人しく君のカーゴシップの船倉の中身をそっくり我々に譲渡すれば、統一政府に減刑嘆願書を提出してあげよう。それと収監先も条件がいい所になるように運動しようじゃないか。君もこの先の一生を監獄惑星で過ごすのは嫌だろう?」


 監獄惑星か。

 所属する恒星から離れているせいで、その惑星の気温は常に氷点下になっている。

 そのくせ大気の組成がテラ人が生きていける範囲なので流刑地として利用されていた。

 判決時の年齢に刑期を足し上げたものが人類の寿命を超えている凶悪犯専用である。

 推進機構のない着陸船に乗せて片道切符で降下するので、二度と宇宙に出ることは叶わない。


 ビーっと新たな警告音が鳴り響いた。

 くすんだ灰色に塗装された3隻のコルベット艦がミレニアム号に接近してきているのが戦術ディスプレイに表示される。

 コルベット艦は地方政府に所属し警察活動を行うもので、宙賊と渡り合えるだけの火力と装甲は有していた。

 統一政府の軍艦じゃないのか。

 検束ビームを装備している軍艦なら万事休すだったがコルベット相手ならまだ手は残されていた。


「アホぬかせ。地方政府からの減刑嘆願なんて特例中の特例で最大適用しても当初の刑期の25%は残るじゃねえか。刑期が終わったら70近くだぜ。冗談じゃねえ」

 俺は強制的に通信を遮断する。

 指を操作パネルに走らせ戦術ディスプレイにミレニアム号の現況を表示させた。


 ミレニアム号はもともとは軍の高速輸送艦である。

 大戦よりも前に建造されて生き延びた幸運な船だった。

 できた時期が時期だけに最近の船と違った部分も多いが、俺はそこが気に入っている。

 一応ギリギリ合法なラインで軍からの払下げ品として手に入れ色々と改良を加えてあった。

 お上に知られても大丈夫なものから、ちょっとマズイものまで取り揃えてある。

 知られて大丈夫なものの一つが船首にあるシールドジェネレーターだった。


 このシールドというのはポピュラーなもので、小は歩兵の身を護る盾から大は航宙艦の防御兵器までと活用されている。

 ビームやレーザーなどの光波を利用した攻撃を分散して無効化してくれる優れものだった。

 ミサイルなどの実体弾もシールドに触れれば起爆する。


 ミレニアム号には民間のカーゴシップとしては破格の巡航艦なみの出力のシールドジェネレーターが装備されていた。

 戦術モニター上のシールドジェネレータのエネルギー残量は74%ある。

 通常エンジンの燃料も十分にあった。

 問題は亜空間に飛び込むハイパードライブ用のエンジュリウムの残量がほとんどないこと。

 恒星系内の短距離ジャンプ2回がせいぜいといったところだった。

 

 シールドジェネレーターを起動し、それと同時に通常用エンジンをフルパワーで点火する。

 加速によりシートに押し付けられるのに耐えながら、3隻のコルベットのど真ん中に進路を向けた。

 予測進路に一番近いコルベットの艦首に搭載されたビーム砲が発射されるがミレニアム号のシールドと共食いを起こして虹色に輝く。

 残りの2隻は撃ってこない。


 どうやら俺の想像は当たったようである。

 あのいけ好かない議員はミレニアム号の船倉にあるものを引き渡せと要求していた。

 つまり、なんだか分からないが積み荷の中には手に入れたいものがあるらしい。

 まあ、アガルタベリーのゼリーではないだろうが。

 恐らく砲撃の許可は出ていなかったはずだ。


 撃ってきた1隻の砲手はきっと新人に違いない。

 自艦に向かって突っ込んでくる船を見てパニックになったんだろうな。

 地方政府所属の星系パトロールには大学を卒業したひよこしか居ないはずだ。

 もしかするとちょっとばかりチビってしまったかもしれない。

 俺は見ず知らずの砲手にちょっとだけ同情しながら、目標地点の座標を入力した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る