レムニア星の3人の魔女

新巻へもん

第1話 禁固200年?

「ハイパードライブ駆動終了まで30秒。29、28、……」

 俺好みの可愛らしい女の子の声にチューニングしてある人工音声が秒読みを開始する。

 リクライニングさせておいたシートを元に戻し俺はこころもち前かがみになった。

「20、リック、ちゃんと衝撃に備えてね。17、16、……」

 カウントダウンが続いた。


「所定の手続きの順守を強く推奨するわ。9、8、……」

 メインコンピュータの指示に従って俺はシート脇からいつものブツを取り出す。

 大きく息を吸って吐いた。

「3、2、1、アウト」


 七色の粒子が俺の方に向かって流れるだけだったメインモニターが漆黒の闇を背景に点々と星が浮かぶ宇宙空間の映像を映し出す。

 亜空間からワープアウトし、ハイパードライブから通常エンジンへ切り替わった。

「おえ~っ」

 俺はぎゅうっと縮みあがる胃からこみあげてくるものを口にぴたりと当てた航宙士標準装備G00ゲロ袋に吐き出す。


 吐き気が収まり安堵の吐息を漏らした。

 ついうっかりしているとさして広くもないコクピット内を吐しゃ物が飛び回ることになる。

 そうなると、はっきり言って地獄であった。


 まあ、この貨物船カーゴシップミレニアム号の現在のクルーは俺1人であるからして、ゲロは俺の体内から出たものなのでまだマシである。

 これが多数が乗り込む軍の戦闘艦艇だったりすると赤の他人のゲロを浴びることになった。


 それがいくら戦術オペレーターのカワイコちゃんのセクシーな唇から出たものとはいってもゲロはゲロである。

 遥か古代、人類の生息域が地球テラという1惑星だった頃に、処女が口の中でくちゃくちゅした穀物粥を吐き出して発酵させたアルコールがあったらしい。

 俺には飲むのはちと無理だ。古代人はすげーなと思う。


 それで、このゲロパニックに関して面倒なのは、亜空間から出るときに必ず胃を鷲掴みにされるわけでもないということだった。

 大丈夫なときと大丈夫じゃないときがある上に、個人差も大きい。

 俺の相棒だったヒューゴのやつは、俺以上にワープアウトに弱く毎回航宙士標準装備G00が手放せなかった。

 俺も戦闘艦に乗っているときはそれほどじゃなかったんだが、このミレニアム号のハイパードライブとは相性が悪いらしい。

 そして何度も経験していると慣れのようなものも出てくる。

 そんなわけで数回ゲロ袋が不要だったりして、まあいいかと油断した時にやらかすわけだ。


 俺の愛機である千年王国ミレニアム号はかなり年季が入っているカーゴシップである。

 そうじゃなくても色んな臭いがこびりついているのに、ゲロの饐えた香りが加わると悲惨というほかない。

 コクピットのクリーニングは結構な金額になるので、俺は毎回無駄になってもいいので航宙士標準装備G00を使用していた。


 用心深くG00の口を閉じる。

 付属のテープでしっかりと封をした。

 これで一安心。

 視線を移すとメインモニターに懐かしの惑星サンターニ3が映し出される。

 半年ぶりに目にすると感慨深いものがあった。

 中継基地でエンジンが調子が悪くなり足止めされたせいで帰還が遅れたが、積み荷を売ればかなりの利益が出るはずで、後は約束通りに華燭の典をあげるだけである。


 手元のコンソールを操作して目の前に5分の1スケールの婚約者の3Dホログラフを映し出した。

 もうすぐ18歳の誕生日を迎えるアニータが俺に微笑みかけて投げキッスを送る。

 遠い星々の中を航行するときでも寂しくないようにと撮影して持たせてくれたものだ。


 この縮尺でもはっきりわかる艶のある金髪と見事な胸が魅力的なアニータが恥ずかしそうにして映像が終わる。

 たったこれだけの映像だがデータ容量はかなりのものになった。

 もうすぐ、実物を抱きしめられると思うと、ゲロを吐いた憂鬱さが消える。


 俺はシートベルトを外すとふわふわと漂って壁沿いにあるダストシュートの前に行った。

 脇のボタンを押してダストシュートの蓋を開ける。

 その中にゲロ袋を入れて、閉じるボタンを押したときだった。


 突如、けたたましい警告音が鳴り響く。

 航宙士連中がバンシーと呼ぶ耳障りな音と共に、メインモニターのバックライトも赤く変わって明滅を繰り返した。

 メインコンピュータが面白みのない初期設定の声で告げる。

「本船はロックオンされました。照射元の数は10以上。即時に対応指示をしてください」


 メインモニターが赤くなるぐらいならそれほど慌てる必要はない。

 進路上に小惑星やなにかがあって衝突の危険があるときにも出る。

 バンシーが鳴ると緊急度が一気に上がった。

 そして、コンピュータの人工音声が標準に戻るということは非常にヤバイ。


 まあ、宇宙はまったく平和ということはなかった。

 5年ほど前まではテラ人類と2つほどの異星人がドンパチを繰り返していたし、統一政府による治安維持活動が回復しきっていないせいで停戦後も宙賊の出没が続いている。

 それでも惑星サンターニ3はかなりの辺境とはいえこの周辺宙域の中心であった。

 かなりの数の警備艇が常駐しており、宙賊が出るはずはない。

 しかも攻撃管制システムによるロックオン元が10以上ということは……。

 俺はとりあえず停船のための減速を指示した。


「サンターニ3からの通信を受信しました。モニターとスピーカーに出力します」

「こっちは音声のみ繋いでくれ」

 壁を蹴ってパイロットシートに戻ったタイミングで、サブモニターに若い制服姿の男と中年男性が映し出される。

 その背景には統一政府とサンターニ地方政府の旗が掲げられていた。

 やっぱりか。

 俺の船はサンターニ3の防御衛星に狙われていることになる。


 若い男は直接会ったことはないが街中のモニターで何度か目にしたことがあった。

 確かサンターニ選挙区から選出されている統一政府の議員だったと思う。

 顔がいいので女性票を獲得して当選していたはずだ。

 ちなみに俺はこいつが大嫌いである。


 その横にいる中年男性はサンターニ地方政府の首席執行官であり、俺の婚約者であるアニータの父親だった。

「お、お義父さん?」

 俺が声を出すと未来の義父は顔をしかめる。


「君にそのように呼ばれるのは心外だな」

 5年前の戦役の英雄ではあるがその後パッとしない人生を送っている俺とアニータの婚約を義父は元々あまり歓迎していなかった。

 若い議員が口を開く。


「ミスター・マツダイラ。君には統一政府から禁制品の密輸の嫌疑がかかっている。残念だよ。英雄が堕ちた姿を見るのは」

「なんだよ、禁制品の密輸って。そんなの俺は知らないぜ」

 議員が左の掌を上に向けるとそこに赤い木の実の映像が現れた。


「君の船にはアガルタベリー・ゼリーを積載しているだろう。2か月前、統一政府はウバルリーの政府と通商条約を締結した。君も知っていると思うが、アガルタベリーはウバルリー人には中毒性のある危険物質だ。通商条約を結んだ以上は……」

 くっそ。

 俺がアガルタベリー・ゼリーを仕入れたのはそれよりも少し前の時期だ。

 あの商人のやつ、知ってて大幅に割引しやがったな。


 議員は左手を握って開くと木の実が消えた。

「アガルタベリー・ゼリーが10トンか。ウバルリー人の住む宙域に持ち込むとグラム当たり1/10クレジットになるそうだよ。最近流行の新型麻薬には及ばないがいい価格じゃないか。総額100万クレジット。それ以外にも申告が必要なものを隠匿しているようだし、収監されれば禁固200年は固いだろうね」

 

 はあ?

 軍の駆逐艦の建造費がたしか20万クレジットなんだが。

 テラ人にとってはアガルタベリー・ゼリーは紅茶に入れるかパンに塗って食う嗜好品だぞ。意味分かんねえよ。

「おいおい。冗談だろ。それとも、なにか変なヤクでもキメてんのか?」

「残念ながら真面目な話だよ。ミスター・マツダイラ、大人しく投降したまえ」

 議員は薄笑いを浮かべた。

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