ザックスは最後の賭けにでる、その二


 ワイズは、こちらをずっと見続けてくる。


 よもや、正体に気づかれた訳ではないよな。この距離で、そう簡単にバレるとは思えないが。

 念の為、ザックスはその場から離れる。十メートルほど歩いて振り向くと、店先からワイズの姿が消えていた。


 向き直ったザックスは悲鳴を上げそうになる。

 すぐ目の前に、ワイズが立っていたからだ。

 ……い、いつの間に。


「もしかして、ザックス?」


 ワイズから問われたザックスは、咄嗟に激しく首を振る。


「それ、つけ髭ですよね? あと頭も」

「な、なぜわかった?」

「だって、地面に落ちてたから」

「は?」

「あ、いや。何でもないです」


 まさか、こんな容易に見破られるとは……。


「わ、私を自警団につき出すつもりか?」

「うーん……ま、いいや」

「え?」

「ぼく、これから行く所、あるんで」


 ワイズは踵を返し、また同じ店へと戻っていく。

 助かりはしたものの、ザックスは妙な屈辱感に包まれていた。

 彼を目で追っていたザックスは、ある人物に目を留める。

 ワイズへ近寄る空色の長い髪の娘。例の転校生も一緒だったか。確か、名をリーファという。


 公爵家の落し胤だという話は本当なのか?


 俄には信じられないが、あの男が只者ではないのは事実である。それを踏まると、信憑性は増す。

 本当だとすれば、あの娘には計り知れない価値がある事になる。


(これは、自らに与えられた最後のチャンスかもしれない)


 ワイズは、ぱんぱんに膨れた買い物袋を抱えて歩き出す。リーファもそれについていく。

 ザックスは、こっそりと二人の後を追った。


 リーファはずっとワイズにべったりくっついている為、手を出す隙がない。


 町の外れまでやって来た時だ。

 一匹の猿が、ワイズらの背後に忍び寄っていくのが見えた。

 猿は高く飛び跳ねると、ワイズの頭頂部に着地する。紙袋の中からオレンジを一つ掴み取ると、素早く逃げ去った。盗っ人猿スティールエイプである。


 ワイズは足下に紙袋を置き、猿を追いかけた。あの猿にものを盗まれたら、取り返すのはまず無理と言われている。運の悪いやつだ。


 次の瞬間、ワイズは姿を消した。恐らく、スキルを用いたのだろう。

 このタイミングで何の為かはわからないが、リーファは一人きりとなった。 

 辺りに人気はない……チャンスだ。


 ザックスは、リーファとの間を一気に詰めた。剣を抜いて彼女の首筋に突きつける。


「がう、がうがうッ!」


 吠えて威嚇してくるリーファ。


「おとなしくしろッ」

「な、何してるんだよ?」


 振り向くと、そこにワイズがいる。どうやってあの猿から奪還したのか、オレンジを手にしていた。


「う、動くな、この娘を傷つけられたくなければ」

「危ないから、よせ」

「安心しろ、殺しはしない」


 末代まで祟られたくはないからな。


 例えばこの娘を監禁した上で、公爵家を脅迫すれば、大金を巻き上げる事もできるはず。

 闇の組織などに売り渡しても良い。

 間違いなく、莫大な富を生み出しうる存在だ。


「とにかく剣を収めろ。本当、危険だから」

「うるさいッ! わたしにはもう、捨てるものなどないのだ。この娘がどうなろうと……」

「いや、お前が危ないと言っているんだよ」

「は?」


 次の瞬間、リーファの強烈な蹴りがザックスの土手っ腹にめり込んだ。


「ぐはあッ!」


 あまりの勢いに、背後に転倒しかけるが、何とかもちこたえて体勢を保つザックス。

 リーファの姿を見失った。

 ぐるりと見回すも、どこにもいない。

 頭上から落下してくるのに気づいた時は、すでに遅かった。

 顔面に踵落としを食らったザックスは、その場に昏倒した。


 ◇


 襲う相手が、悪すぎるよ。

 地面で完全に伸びているザックスを見ながら、ぼくは呆れ果てる。


 何せぼくらはつい先日、高位の魔族ブベルゼを倒したのである。あの瞬間、ぼくらのレベルは跳ね上がった。

 ふたりとも、軽く五十を超えている。

 ザックスもかなりの使い手だろうけど、今のリーファに勝てるはずがない。


「……うっ」


 ザックスが気がついて、ゆっくり身を起こす。

 ぼくらを見て、思い切り身をすくめる。


 別に見逃してやっても良かったけれど、少々、懲らしめたほうが良さそうだ。


「ワールドイズマイン」


 ザックスの姿は消えた。目の前には剣や衣服の他、髪の毛ともじゃもじゃの髭が落ちている。つまり、これらは偽物という事だ。

 つけ髭を拾い上げて、ぼくはリーファを連れてその場を離れる。


「ワールドイズノットマイン」


 ザックスの方を見やる。その顔からつけ髭が消えている。

 異変を察したのか、自らの顔に触れたザックスは思い切り目を見張る。

 辺りを窺い見ると、慌てた様子でその場から走り去った。


 ぼくらは町の外へと歩を向ける。


 これから、紙袋いっぱいのおみやげを持って〈境界の森〉の奥深くへ潜るつもりだ。


 友だちに会うために。



【第一章、完】



 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

 評価、フォロー、応援、ありがとうございます。

 とても励みになります!

 二章は未定ですが、なるべく早く開始できたらと考えております。

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ワールドイズマイン〜ヤバすぎる名前のスキルを得たので、無能のふりして生きる僕(実はチート)。魔族の生贄にされそうなので、本気出します 鈴木土日 @suzutondesu

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