ザックスは最後の賭けにでる
朝の大通りを歩いていたザックスは、思わず立ち止まった。
路肩に設置された掲示板が目に入ったからだ。
そこには、十人ほどの指名手配犯の似顔絵がずらりと貼り出されている。
右すみに貼られた一枚は、紛れもなくザックスの似顔絵である。
(くそ、ムカつくほどそっくりに描きやがって)
罪状欄には、「誣告罪、および逃走罪」とある。
思わず、辺りを窺い見る。
多くの人々が行き交うも、ザックスを気に掛ける者はいなかった。
長めのかつらと、もじゃもじゃのつけ髭のおかげで、似顔絵とはまるきり人相が異なる。
並べて見比べても、同一人物てあると気づく者はそういないだろう。知り合いでもない限り。
今、ザックスがいるのは〈アルゲーナ〉という町である。王国の南端、隣国との境界近くに位置している。こんな辺境の地で、知り合いと遭遇する事などまずない。
ザックスは、自分のそれの隣に貼られた似顔絵を見やる。
オーハスの監獄で同房だった男だ。こちらもよく似せて描かれていた。罪名には、「逃走罪」とだけ記されている。
(あの男、一体何者だったんだ?)
そもそも、何の罪であそこへ入れられたのかすらわからずじまいだ。
あの夜、唐突に男から脱獄話を持ちかけられたザックスは小声で問い掛けた。
「どうやって逃げるつもりだ?」
「あんたには病気になってもらいたい」
「仮病かよ」
ザックスは鼻で笑うほかなかった。
あまりに古典的な手法だ。そうやって逃げ出そうとするヤツは、ごまんといるはず。
監獄の側も当然、対応策を講じている。
大きな所であれば【鑑定】のスキル持ちが常駐している。小規模な監獄でも、状態異常の有無を判定する簡易な鑑定器くらいは用意されている。うそなど一発でバレる。
「仮病ではない。本当に病気になってもらう」
「どういう事だ?」
男は、他人にいくつかの状態異常を付与できるスキルを持つという。そんなすごいスキルの持ち主だったのか。
「やってくれないか?」
ザックスに、申し出を断る選択肢はなかった。刻印がそれを許さないだろう。
それに出られるものなら、こんな場所には一秒だっていたくはない。
即座に了承すると、男はザックスの腹部にそっと手をかざした。
「【
……い、いでえ。
途端に腹がめちゃくちゃ痛くなってきた。
「誰か来てくれ。腹がすんげえいてえッ!」
ザックスの叫び声を聞いてやって来た若い看守は、呆れた様な顔でため息をつく。
「おとなしくしていろ」
それだけ言うと、すぐ立ち去った。
「本当だって、おい、まじでヤバいんだッ!」
看守たちは端から詐病と決めつけており、ザックスの訴えには応じる気すらないようであった。
たた、あまりにもザックスがしつこく騒ぎ続け(まじ痛なんで当然だが)、他の囚人たちからもクレームが上がった為か、看守の一人がようやく鑑定器を持ってきた。
最初からそうしろよ。
「どうやら、本当みたいだな」
悪びれもせずに言うと、その看守は一度、房の前から離れていった。
程なくして、別の二人の看守が医者らしき人物を連れてやって来る。足もともおぼつかない様なヨボヨボ老齢の医師だ。
看守の一人が鍵を開けて、房内へ入ってきた。
その瞬間、ザックスの腹痛はウソみたいにすっと治まった。
同房の男は、看守の背後に回り込んで自らの腕を首に絡ませて絞め落とす。スリ師のような手つきで看守から鍵束と棍棒を奪い取った。
まさしく、電光石火の早業。
棍棒をザックスに投げてよこす。
……な、何なんだ、こいつ。
もう一人の看守は慌てて走り去り、老齢の医者は床にへたり込んでいた。
外へ出た男は、隣の房の囚人に看守から奪った鍵束を渡す。
「こいつを使って逃げろ。他の房のヤツらも出してやれ」
「あ、ありがてえ」
脱獄者の数が増えれば、それだけ混沌の度合いがより深まる。自分たちが逃げ切れる可能性が高まると判断しての行動だろう。
その後の事をザックスはよく覚えていない。
棍棒を振り回して、何人かの看守を殴り倒したとは思う。
素手で看守たちを叩きのめす男をひたすら追いかけているうちに、屋外へ出られた。
町は、混沌の極みに陥った。
「ここで、お別れとしよう」
「あんた、一体、何者なんだ?」
「ただの知りすぎた男だ」
「それは、ただのとは言わないだろう」
男は背を向けたまま手を振り、雑踏へ消えた。
ザックスはその後、紆余曲折を経てあの町を脱出してこの辺境の地までやって来た。
いつの間にか、右手首の刻印は消えていた。なぜなのかは不明である。
ともかく、ワイズ捜索の労苦からは解放された。
が、今や逃走犯の身である。
日銭を稼ぐため、毎日、冒険者ギルドの館へ足を運ばざるを得ない。
昔取った杵柄ではあるが、よもやまたこんな生活に戻るとは思ってもみなかった。
(全部、あいつのせいだ)
そんなことを考えながら歩いていた時だ。とある店先に佇む人物に思わず目を留めた。
もしかして、ワイズか?
いや、あいつがこんな所にいるとは思えない。けど、よく似ていた。横顔なので、断定はできないが……。
ふと、向こうもこちらを見た。その瞬間、すぐに確信できた。
ワイズ・ブルームーンである。
なぜ、こんな所に……。
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