決着の時


 リーファが落下してくる地点まで、ぼくは全速力で走った。


「ワールドイズノットマイン」


 一旦、ゲイボルグを床に放り置く。リーファの身体を両腕でしっかりと受け止めた。


 腕の中の彼女は、全身が硬直してしまったかの様で、まるで動けなくなっているみたいだ。

 表情も固まり、唇だけを微かに震わせている。


 どうやら、ブベルゼの【叫び】を聞かされると、動作の自由を奪われるのみならず、使用中のスキルも強制的に解除されてしまうらしい。


 これ以上、ヤツとの戦闘をむやみに長引かせるのは危険である。


(そろそろ決着ケリをつけないといけないみたいだ)


 ようやく少し動ける様になったのか、リーファは頭を起こして目をパチクリさせる。


「立てるか?」

「あうぅ」


 床に降り立ったリーファは、ぼくにしがみつく様にしている。

 すごく怖かったのだろう。

 ぼくは、彼女の頭を優しく撫でてあげた。

 

 ゲイボルグを右手で拾い上げたぼくは、ブベルゼに向き直って聞く。


「最後にひとつ確認させてくれ」

「何ダ?」

「今すぐこの場から立ち去り、二度とぼくらの前に現れないと約束してくれないか」

「何ノハナシダ?」

「そうすれば、お前の命だけは助けてやる」

「ブハハハハハッ! 今マデ聞イタ中デ、一番、面白イ冗談ダ」

「ぼくは本気で言っているんだ」


 ブベルゼの顔から、完全に笑みが消える。


「ナラバ、全ク、オモシロクハナイ」


 瞬間、空気が震えた様な気がした。

 ブベルゼの全身から、強烈なる殺気が発せられているのが伝わってくる。

 ぼくは気圧されて退きそうになるのを、何とか堪える。


 堂内は、まるで凪の海面みたいな静けさに包まれている。

 外からも物音ひとつ聞こえてはこなかった。

 恐らく、学園の生徒らも教師たちも、既に全員がどこかへ避難し終えたのだろう。


 大口を開けて、息を吸い込むブベルゼ。


「ワールドイズマイン」


 すぐに、【重ね合わせスーパーポジション】を発動する。

 ブベルゼの幻影は叫ぶ事はやめており、代わりになにやら詠唱し始めていた。

 ヤツの身体が、ぼんやりと白く光る。

 さらにその両掌からは、バチバチッと火花の様な閃光が繰り返し発せられていた。


(……なんか、すっごくヤバそうだ)


 きっと、ブベルゼはとてつもない一撃を準備している。まともに食らえば、ぼくなんかひとたまりもないような。

 仮に全方位へ向けて放つ類の魔法であれば、避けようがないかもしれない。


 もう、〈あちらの世界〉へ戻るのは危険である。

 この状態で、ケリをつける以外ない。


「リーファ、ひとりで立てるか?」

「あう」


 ぼくはゲイボルグを両手で持つ。

 いかに伝説級の強力な武器を用いたとしても、ぼくの力ではヤツの身体に傷一つつけられない。

 それは、よくわかった。


 ブベルゼの幻影は警戒感が窺える所作で、首を左右へゆっくり動かしている。

 ぼくらが現れるのを待ち構えているようである。


 ブベルゼの幻影のすぐ背後にぼくは立つ。


 果たして、これから行おうとしている方法がうまくいくのか?

 ぼくには確信が持てなかった。ゲイボルグはちゃんと作動してくれるかどうか。

 けど、正攻法ではまずもってこの槍をヤツに突き刺せそうにはない。ぶっつけ本番、このやり方に賭けるしかない。


 ヤツの幻影の腰のあたりへ、ぼくはゲイボルグの槍先を突き立てた。

 そのまま、思い切り突き出す。

 相手は幻影なので、もちろん何の手応えもない。

 けど、しっかりと先端の黒い刃はブベルゼの体内に位置している。


 この状態で、〈もとの世界〉へ戻る。

 うまくいってくれよ。


「ワールドイズノットマイン」


 ブベルゼの腰に、ゲイボルグの先端部は深く突き刺さっていた。

 ザシュッ、ダッ、ドス、ドスドスッ!

 瞬間、音とともに、無数の手応えが槍の柄を通じてぼくに伝わってくる。

 ヤツの体内で、刃から十以上もの鋭い棘が突き出てくれた証拠だ。

 黒い棘の突端の一部は、その脇腹や背中の皮膚から飛び出していた。


「……グ、グハアッ!」


 ブベルゼが、こちらを向こうとする。

 ぼくは、槍から手を離して飛び退く。


 向き直ったブベルゼの腹からも、いくつか棘の尖端が露出している。

 それを確認してから、ブベルゼはこちらへ顔を向けた。


「ナ、何ヲシタ?」

「お前はもう終わりだ」

「グアアアアアッ!」


 ブベルゼは顔をより醜く歪ませ、両手で苦しげに宙を掻く様にする。

 その手を今度は自らの背後へと回した。自らに刺さるゲイボルグの柄を掴もうとしているのだろうけど、手が届かないようだ。

 今更、それを引き抜いた所で、もはや手後れだろうけれど。


「クソオオおおおォーッ!」


 凄まじい憤怒を感じさせる表情で、ブベルゼは激しく地団駄を踏んだ。

 棘の突き出た箇所から、夥しく出血する。


 ひとしきり暴れた後、諦観したのか、ブベルゼは動くのをやめた。

 代わりに、何やらブツブツ呟き始める。恐らく、詠唱している。


(この状態で、なんの魔法を?)


 ブベルゼの身体が、先程の様にまたぼんやりと輝き出す。

 ただ、今回はその光がさらにより強まっていく。


(……何か、ヤバそうだ)


 ぼくは、リーファの手を掴んだ。


「ワールドイズマイン」


 ブベルゼの幻影は、先程よりもさらに全身から放つ光の強さを増している。その光は、どんどん強くなっていく。

 やがて光がヤツの全身を覆い、もはやその姿すら確認できなくなる。

 眩しくて、もはや直視し続けられないほどである。


 次の瞬間、あちらの世界は真っ赤に染まった。

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