ブベルゼ対ぼく


 講堂は、学園の全生徒、およそ三百名を収容できるほどの広さがある。


 前方には、子供の背丈くらいの高さのステージが設置されている。

 天井は、校舎の三階ぶんに匹敵するくらいに高かった。

 椅子等はすべて撤去されており、今は何もない状態なので、がらんとして必要以上に広々と感じる。


 その真ん中で、ブベルゼは腕組みして仁王立ちしていた。

 傍らの床には青い顔のヴィクターがへたり込んでおり、身体を小刻みに震わせている。


 ぼくはリーファと共に、講堂内へ正面から堂々と入っていった。

 すぐに、ブベルゼはこちらに気づくと唇の端を上げた。


「五秒、遅刻ダ」


 ……えっ、まじか?

 深呼吸は余計だったかもしれない。

 ブベルゼは、ヴィクターの首根っこを掴んで持ち上げる。


「や、やめてくれえーッ!」


 顔を引きつらせて脚をバタつかせるヴィクター。


「マアヨイ、逃ゲズニ来タカラナ。オマエハ、モウ用済ミダ」


 まるでゴミでも放るみたいに、ブベルゼはヴィクターの身体をぶん投げた。

 放物線を描き、入口側の壁に激突して床に落下したヴィクター。すぐに身を起こすと、こちらを見ようともせず猛烈な勢いで外へと駆け出ていった。


「残念ダッタナ。闘技場デハ、セッカク命拾イシタノニ」

「悪いけど、この場でも、ぼくはお前に食われるつもりなんてない」

「言ッテオクガ、俺サマハモウ、オマエヲ食ウツモリハナイ」


 贄はもう必要ない。

 ルシーフェはクラスのみんなにそう言ったらしいけど、どうやら本当みたいだ。


「ならば、何のためにここへ来たんだ?」

「オマエラハ、俺サマヲ愚弄シタ。ケシテ許ス事ハデキナイ」

「どうするつもりだ?」

「嬲ル、殺ス」


 どちらにせよ、ぼくらの命を奪うつもりである事に変わりはないようだ。


 ぼくはリーファを見やる。

 彼女はコクリと頷くと、即座に【宙歩スカイウォーク】を用いて、天井付近までぴょんぴょんと上がっていく。


(それで良い。ずっと、安全なそこで待機しているんだ)


 ブベルゼをまっすぐに見据えて言い放つ。


「ぼくが、お前の相手をしてやる」

「イイダロウ。俺サマハ、好物ガ先ダ」


 ぼくはゲイボルグを構える。

 もちろん、槍術なんてロクに習った事もない。我流といえば聞こえが良いが、素人による雰囲気のみの適当なポーズである。


 ブベルゼはこちらを見て、感情の読みづらいその双眸をやや細めた。


「ナカナカ、良イ武器ヲ持ッテイルヨウダナ」


 さすがに、ちょっと見ただけでもこの槍が特別である事は見抜けるらしい。


「ダガ、忠告シヨウ。ソノ槍ハ、オマエニ扱エハシナイ」

「……」

「身ノ丈ニアッタ武器ヲ使ウベキダ」


 それくらい、言われなくてもぼくは十分に自覚している。

 このゲイボルグを完全に使いこなせる技量の持ち主なんて、王国じゅうを探しても片手の指ほどもいないはずだ。

 ぼくがこれを手にした所で、この武器の潜在能力ポテンシャルの二……いや一割ほども発揮できないだろう。


 両者の間に、時が止まった様な緊張感が漲る。


 ブベルゼはほとんど何の予備動作もなく、こちらへ向かって真一文字に向かってくる。


(……速い)


 けど、闘技場で感じた程ではなかった。

 見切れるぞ。

 ぼくはさほどの苦も無く、その巨躯の突進をひらりと回避する事ができた。


 確かに、体型の割には異常に素早い。けど、高位の魔族にあっては、ブベルゼの俊敏性はきっと大した事がないのだろう。

 あくまで素早さのみの話であり、それは他の能力値が突出して高い可能性を示唆してもいた。


 ブベルゼがこちらを見て、口を大きく開く。

 例のアレがくるッ!


「ワールド……」


 そこまでぼくが唱えた時、めいっぱい開かれていたブベルゼの口が強制的に閉じられた。

 リーファの膝蹴りが、ヤツの脳天に炸裂したせいだ。


(……バカ、下りてくるな)


 こちらの憂慮を察してくれた様に、リーファはすぐに【宙歩スカイウォーク】を使ってまた天井付近まで昇っていく。


 ブベルゼは顔を上げ、彼女を睨みつける。

 ヤツの意識は今、完全にリーファのみへと向いているぞ。


(……チャンスかもしれないッ!)


 ぼくは何も考えず駆け出した。

 ブベルゼの背後に回り込んで、流れのままゲイボルクを力任せに突き出す。

 くらえッ!

 ヤツの背中に、槍の先端が突き刺さ……らなかった。


(な、何で? 刺した手応えがまったくない)


 とても硬い皮に、ただの棒の先端を突き立てている様な感触である。


「ブハハハハハハハーッ!」


 こちらへ背を向けたまま、ブベルゼはけたたましい笑い声を堂内に響かせる。

 ぼくは一旦、ヤツから飛び退く。

 槍の先を突き立てていた箇所に注目する。

 ……何ともなっていない。


「言ッタダロウ、身ノ丈ニアウ武器ヲ使エト」


 全力で突いたのに、かすり傷ひとつつけられないなんて……。

 これでは深く突き刺すなんて、到底ムリだろう。


 振り向いたブベルゼが、大口を開く。

 ぼくはすかさず唱える。


「ワールドイズマインッ!」


 すぐに【重ね合わせスーパーポジション】を発動する。

 ブベルゼの幻影は、口を全開にしたまま、やや身体を沈めた姿勢でいた。叫び声を発しているらしいと察せられた。


 ……え?

 天井付近に目をやると、リーファの幻影が落下してきている。

 ぼくは、一も二もなく駆け出した。




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