久しぶりの学園
「ワイズ、ついたよ」
エリイに肩を揺すられてワイズは目を覚ました。豪奢な馬車の柔らかなシートの上で。
昨夜……というか今朝、ワイズとリーファが就寝したのは夜明け近くだった。なので三時間くらいしか寝ていない。
学園へ向かう馬車の適度な揺れが、すぐに寝不足のワイズたちを心地よい眠りへと誘った。
到着するまで、ふたりは一度も目覚める事はなかった。
「んうぅー」
リーファも目を覚ますと、いつもの寝起きの様に両手を上げて大きく伸びをする。
ワイズは車窓の外へ目をやった。すごく馴染みのある外壁がそこにはある。
馬車は、学園の校門からやや離れた位置に停められていた。
外へと下り立ったワイズは、深呼吸をする。
幌馬車からは、えらく不機嫌そうなヴィクターが下りてきた。
兵士たちは、もちろん校内へは立ち入る事ができない。
ここから先は、生徒である四人だけで行く必要がある。
ワイズたちは校門前へと歩を進めた。
(……なつかしいな)
贄に選ばれたあの日から、まだ一月も経ってはいないはず。けど、まるで何年かぶりに訪れた様な気分だ。
一見すると、普段の学園と何ら変わらない様子である。
校庭の一角では、剣術の授業が行われていた。
「それじゃあ、入るよ?」
ワイズが、他のみなを見やりながら校門の中を指さす。
エリイが、不安もあらわな表情で頷く。
ヴィクターの顔からも、さすがに緊張の色が濃く窺えた。
ワイズが、学園の敷地内へ一步踏み込んだ。
……何も起きない。
さらに数歩、校舎の方へと歩き進んでみる。
校庭内にも、ワイズの身にも特段の変化は見られない。
空を見上げても、何かがこちらへ接近してくる気配はなかった。
剣術の掛け声が、辺りには響くのみだ。
「ど、どうすればいいのかな?」
あまりの平穏ぶりに、ワイズは逆に戸惑う。困惑した顔でエリイたちを振り返る。
「ちょっと、いい?」
そう言って、エリイはヴィクターをワイズたちから少し離れた所へ連れ出す。
『誓約について、他言してはならない』
その誓約には、ひとつの例外があった。
同じ【誓約】を課された者同士であれば、それについて話す事に支障はなかった。
ヴィクターなんかとは話したくはないけれど、この場合は仕方がない。
「どうすれば、いいと思う?」
「知るか」
ヴィクターは、いまいましげに吐き捨てる。
「真面目に考えてよ」
そういえば、ルシーフェからは具体的な場所までは指定されていない。
『ワイズを我のもとへ連れ戻せ』
そう言っていたけれど、エリイたちが彼女の居場所なんて知るはずがない。
てっきり、学園へ連れ戻せばよいのだと解釈していたけれど。
あるいは、校内の特定の場所まで連れて行かなければならないのだろうか。
だとすれば……。
ヴィクターも、頭の中でエリイと同じ結論に達したようだ。
「教室か」
ルシーフェがみなに【誓約】を課した場所はそこである。
四人で、教室へと向かう事にした。
校庭では、列をなして生徒たちが木製の剣を振るっている。
ワイズたちと同じ一年生のようだが、指導しているのはザックスではなかった。
「もう何日も見ていないかな」
エリイは、ザックスについてそう述べる。
あいつもワイズを必至に探しているはずだ。今、何処にいるのやら……。
校舎内へと入って、廊下を歩いて進んだ。
この場で、うずまきヘアの上級生らに絡まれた朝が、ワイズには遠い昔に思える。
あの時は、まさかこんな事態がまっているなんて想像もできなったけど。
二階へ上がり、ワイズらは自分たちの教室の前まてやって来た。
さすがに、入るのを少し躊躇う。
あまり注目を浴びたくないので、ワイズはそっと扉を開けた。
室内にいたのは、ぜんぶで十人ほど。全体の半分もいない。恐らく、ここにいない生徒らはワイズを探して何処かを奔走中なのだろう。
最初にワイズに気づいたのは、ドイルだった。
思い切り眼を見張ると、まるで幽霊でも目撃した様な顔をする。
ワイズが無事である事は予め知っていたはず。ただ、本当かどうか半信半疑だったのだろう。
ノンとサーニャもワイズに気づく。ドイルと全く同じ表情をしてみせた。
他のみんなも、ほぼ同じ反応だ。
静まり返る教室内。
「望み通り、連れて来てやったぞッ」
ヴィクターが、誰にともなく大声で言う。
……が、何も起きない。
窓の外を見ても、青空に異質な存在は確認できなかった。
「な、何これ?」
驚きの声を発したのは、サーニャである。
見ると、彼女の足首が光を放っていた。靴下越しにでもはっきりとわかるくらい強く。
サーニャだけではない。他のみなも、それぞれ身体の一部が発光している。
エリイは右脚の膝上辺りらしく、スカートの裾から光が漏れている。
右の袖をまくり上げたヴィクターは、自らの肘から発せられる光に顔をこわばらせた。
(一体、何が起きているんだ?)
今度は教室前方の床に、白く鈍く光る直線や円弧が走る。魔法陣が高速で描かれた。
すぐにみながそれに気づき、そばにいた者らは弾かれた様にその場から離れる。
魔法陣からまばゆい光が放たれる。
全員が思わずまぶたを閉じた。
再び目を開いた時、そこには異型の生き物が現れていた。
鳥の頭に、獅子の胴体、背からは大きな翼。
……げ、幻獣?
ワイズは思わず、身をすくませる。
リーファは、彼の背中の後ろに隠れた。
ただ他のみんなは、ワイズたちほどの驚きや怯えの反応を示してはいなかった。
(あいつを見るのは初めてではない?)
彼らの妙な落ち着きぶりが、ワイズにそう推察させる。
幻獣は鳥の頭を左右に動かして、教室内をきょろきょろと見回している。
やがて、ワイズの方へ顔を向けて止まった。
すると幻獣から言葉が発せられた。
「おお、ワイズッ!」
……ん?
この声、聞き覚えがあるぞ。
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