ザックスはうっかり重大機密に触れる
町の西端付近に位置する、いかにも堅牢そうな石造りの建造物。簡易監獄である。
(なぜ、自分がこんな場所にいなければいけないのか……)
ザックスは現実が受け止められずにいた。
軽めの犯罪の嫌疑をかけられた者らが、一時的に留め置かれる施設である。
内部には、細い通路を挟んで二十ほどの狭くて汚い鉄格子の房が並ぶ。
ひとつの房の広さは安宿の部屋の半分程度。簡易トイレがあるのみで、薄暗くて殺風景である。
ここにぶち込まれているのはこそ泥、酔っ払い、ヤクザ者などがほとんど。
ザックスは、自分には一生涯、無縁の場所だと思っていた。
ただ、ここにいる限り、とりあえずワイズの捜索からは解放されるか……。
「いつぅッ!」
さっそく、右腕が痛みだしやがった。
(べ、別に、ワイズの捜索を放棄した訳じゃないぞ)
ザックスは己の右腕にそう言い聞かせる。
「怪我をしているのか?」
突然、同じ房内の隅の暗がりから声がして、ザックスはめちゃくちゃ驚く。
「だ、誰かいるのか?」
のっそりと、暗がりで何かが蠢いたかと思うと、ひとりの男が灯火の照らす場に姿を見せる。
(……ど、同房者がいたのか)
五十絡みで、白髪交じりの男だ。
強面ではなく、むしろ優しげで上品そうな印象である。痩せていて、身なりがよい。町中で会えばどこぞの紳士かと思うだろう。
男はさらに問いかけてくる。
「喧嘩でもしたのか?」
「いや」
「なぜ、ここへ?」
「あんたこそ、何やらかした?」
「なんにもしちゃいいさ」
「はっ、冤罪か。ならば、私だってそうだ」
「あえて言えば、知りすぎたせいだろう。あまりにも多くの事を」
そう言って、男は薄く笑う。
何なんだ、こいつ……。
「ならば、知りすぎたあんたに聞きたいね」
「何だね?」
「誣告罪ってのは、どれくらいの罪なんだ?」
「それは、でっち上げようとした罪による。それと同じ重さの罪が、当人にも課せられる」
という事は、ザックスの場合は強盗罪か。さほど、重い罪ではないよな……まてよ。
あの後、自警団員に対して、ザックスはワイズが「国家反逆罪」を犯していると主張してしまった。
て、ことは……まずい。
「おい、あの話は嘘だ。ワイズはただの強盗犯なんだあッ!」
房の外へ向けて、必死で叫ぶザックス。
「うるせえぞッ」
「ねらんねえだろが」
他の房から、罵声の数々が飛んで来る。
「ここで、何を言っても無駄だ」
同房の男が苦笑まじりに言う。
「まあ、治安官の前であっても無駄である事に変わりはないがね」
「く……」
ザックスはもはやなすすべもなく、項垂れる。床に寝転がり、不貞寝を決め込もうとする。
「魔狼少女を知っているか?」
男が、急に脈絡もなく聞いてくる。
ザックスは思わず身を起こす。
「知っているも何も……」
「ん?」
「あ、いや、なんでもない。そういやそんな話もあったな」
贄については、禁句である。
「あの娘は、極めてセンシティブな存在だ」
「どういう事だ?」
「さるお方の落し胤という話だ」
「まさか……」
「あくまで、うわささ」
「さるお方って?」
「空色の髪の一族、知っているか?」
「たしかそれは、どこぞの公爵家では……」
うろ覚えだが、わが国に隣接する小国の公爵家だったと思う。その一族は、みなが同じ空色の髪を持つという話だ。
あの娘の髪、確かに淡い水色だった。
もちろん、それだけでは何の証明にもならないだろうが……。
「本来、生かしておいてはまずい娘だったらしい」
「なぜ、森に捨てられた?」
「詳しい経緯など知らん。ただ、問題なのは、今頃になってその娘が発見された事だ」
まず間違いなく、揉め事の種となり得る存在であるのは想像に難くない。
「一刻も早く、消えてもらいたがっている者らがいる」
「さっさと手を下してしまえばよいではないか」
知恵も力も持たない娘である。
暗殺くらい、容易だったはず。
「それが簡単ではない」
「なぜ?」
「空色の一族を殺めたものは末代まで祟られる」
「……ただのうわさの類では?」
「いや、過去には本当に祟られた者もいる」
そこで、ザックスはハッとさせられる。
人の手では殺めてはいけない娘……。
ならば、魔族にやってもらおうとしたのか?
魔族であれば、祟られても構わない。
あるいは、人族の祟りなど魔族には無縁なのかもしれない。
だとすれば、それを企図した者たちは事前に把握していた事になる。我が校のあのクラスが、贄の候補に選ばれると。
(一体、どうやって?)
方法が、まったくない訳ではなかった。
たとえば、【予知】のスキルだ。
無論、魔族側も【予知】への対応はしていない訳ではない。
贄の候補の決定は、予知に対する強力な妨害魔法を施した上で行われているときく。
正確な予知は極めて難しく、それに成功したという話も聞かない。
あるいは、人族側に魔族と内通している者がいる。
その手のうわさは枚挙に暇がなく、可能性としてはそちらの方が高い気がする。
だとすれば我が国もその計略に関与していると考えるべきだろう。あるいはうちの学園も……。
(学園長も、魔族と繋がりがあるのか?)
いや、あまり考えるのはよそう。
ザックスが、ウカツに知りえてよい類の話ではないのかもしれない。
「なあ、あんた。ここから逃げないか?」
男が、またも唐突にそんな事を言う。
「逃げられるのか?」
「あんたの協力があれば」
「……」
仮に逃亡を図って捕まれば、課せられる罪はさらに重くなる。
こんな得体の知れない男に、自らの命運など託したくはない……い、痛え。
どうやら、ザックスはここから逃げ出す努力を惜しんではならないようだ。
そうしないのは、ワイズを全身全霊でもって探すという誓約に反する事になるから。
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