夜の森
オーハスの町についたのは、もはや日が暮れかかった頃である。
兵士らの半数はそのまま帰還させられていた。
隊長は、ぼくらにはもはや逃走の意志はないと判断したのだろう。
あるいは、ぼくがその気になって逃げ出そうと試みれば、人手がいくらあっても無意味と考えたのかもしれない。
アリッサさんも、仕事場で自宅も兼ねている鑑定の館へと帰っていった。
ぼくらを含む他の面々は、町の宿屋で一泊する。
さぞかし、ハイグレードな所を想像していたのだが、連れられた先はごく一般的な宿であった。
ヴィクターから、文句や愚痴のひとつやふたつ、いや十くらいは出るだろうと思った。
が、幌馬車で、兵士たちに囲まれての移動が相当に応えているようだ。
疲弊し切った様な顔で、さっさと部屋へと引っ込んでしまった。
リーファは、エリイと同部屋が好ましいだろうとぼくは考えた。
一応、同年代の女子同士だし。
けど、リーファはぼくにくっついたままで、けして離れようとはしない。
仕方なく、いつもの様にぼくと同じ部屋で寝る事になった。
そんなリーファを見て、エリイが言う。
「リーファ、本当にワイズが大好きなんだね」
「単に、懐かれているだけだよ」
さらに、エリイがぽつりと何か呟いた。
「え、なに?」
「ううん、何でもないよ。おやすみ」
はにかんだ笑顔で言うと、エリイは部屋へと入っていった。
外はもう真っ暗である。
隣のベッドからは、リーファが立てる寝息の音が聞こえてくる。
ぼくは彼女を起こさないよう、そっとベッドから抜け出した。
明日にでも、ぼくは再びあの魔族兄妹と対峙させられるかもしれない。
今さら、やれる事なんて限られている。
けど、ヤツらに勝つため、できる事は何でもしておくべきだろう。
外套をまとい、音を立てない様にぼくは部屋の扉を開く。
「あう」
リーファがベッドの上で身を起こしている。
「悪い、寝ていていいぞ」
ぼくがそう言うも、リーファは立ち上がってぴょんとベッドから飛び降りる。
こちらへ近寄ると、ぼくの腕をぎゅっと掴んだ。
是が非でもぼくについてくる。そう言いたげな顔である。
彼女もまた、ぼく同様、ヤツらの贄という立場ではある。強くなっておいて、損はないよな。
「なら、一緒に来るか?」
「がう」
夜の森は、昼間とはまるで別世界だ。
活動する魔獣たちは、日中と比べ段違いに強く、桁違いに危険である。
一応、夜の森における
難易度を示す紙の色は、当然、赤。
それらを受注できるのは、ほぼSやA級の冒険者らのみに限られる。
(あまり深くへ潜るのは、さすがにやめておこう)
恐らく、ゴブリンが暴れ回っていた境界の森よりもさらに危険な環境のはずだ。
……前方の木々の間に、何かがいる。
四足歩行で、一見すると虎の様である。
が、月明かりに照らされたその口からは、顎の下まで伸びる恐ろしく長い牙が確認できた。
いきなり、かなりヤバめな魔獣と遭遇してしまったかもしれない。
これ以上、ウカツに接近するのは禁物である。
「リーファ、平気か?」
「あう」
ぼくは彼女の手を掴む。
「ワールドイズマイン」
【
突然、ぼくらが消えたのにもかかわらず、虎は悠然としておりゆっくりと首を左右に動かす。
ゴブリンやザックスとは、違うな。
リーファは虎の幻影を観察すると、ミスリルの
どうやら、彼女の方がこの魔獣への対処法をよく理解しているようだ。
この虎の皮膚は非常に硬い。
リーファは虎の幻影のすぐ傍らで屈み込んで、
ぼくはあえて、
幻影とはいえ、牙の鋭さに身がすくむ。
(落ち着け。
一度、呼吸を整えてから、ぼくはつぶやく。
「ワールドイズノットマイン」
虎の双眸が、ぼくを捉えた。
その瞳孔が大きく開いたのがわかった。
ぼくは思わず硬直する。
が、次の瞬間、虎の方も硬まった。
リーファが、虎の腹部を
さらに、二度、三度と剣先を腹へ突き刺す。
「ギャオオアッ!」
「リーファッ!」
ぼくの呼びかけに彼女は素早く反応して、こちらへ飛ぶように移動してくる。
その手を掴んで、ぼくは唱える。
「ワールドイズマイン」
虎の幻影は、怒り、悶え、吠えていた。夥しい鮮血が腹から流れ出ている。
やがて動きが鈍くなり、呼吸も酷く乱れていく。
リーファは、そんな弱りきった
ぼくの方を見て、彼女は頷く。
「ワールドイズノットマイン」
リーファはすかさず、虎の口元めがけてミスリル
キイイいンッ!
小気味良い音と共に、長く鋭い牙が地面に落ちる。
牙は
どすんと音を立て、虎はその身体をの地面に横たえた。
もう一本の牙も、リーファが
この牙って、確かものすごい高値で買い取って貰えるんだよな。
二本とも、回収しておく。
ただ、ぼくらがここへ来た目的はお金ではない。
その後、
ぼくのレベルは、「38」。
リーファも同じくらいだろう。
ブベルゼたちを相手とするのに、この程度では焼け石に水かもしれないけど。
ぼくらが、宿に戻って床に就いたのは、もう日が昇りかけている頃だった。
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