ザックスはひとりでピンチに陥る
テーブルに置かれた似顔絵を、ザックスは何度も指さしながら怒鳴りつけた。
「早く、こいつを捕まえてくれッ!」
オーハスの町、目抜き通りに面した所に建つ自警団の詰所。そこへ、ザックスは訪れていた。
学園の教室をひと回り小さくした程度の部屋には、ザックスの他に三人の男がいる。
自警団の拠点だけあり、棍棒や槍などの武器がそこいらに放置されていた。
テーブルを挟んでザックスと向き合うのは、三十代後半くらい、短髪、細マッチョの男である。この町の自警団長だという。
「この少年が、強盗犯ねえ……」
団長は、胡乱げな目で似顔絵を見る。
学園で芸術の指導を担当する教師に描かせた、ワイズの似顔絵である。
さすが【絵画】のスキル持ちだけはある。本人を前にした訳でもないのに、実物そっくりに描かれていた。
おかげで、酒や飯を散々奢らされるハメになったが。
数日前、ザックスはこの似顔絵を携えて、強盗容疑でこいつを捕まえるよう自警団へ要請した。
理由は何でも構わない。ワイズが見つかりさえすればよい。その一心で、自警団を利用する事にしたのだ。
が、一向にワイズが捕縛されたという報が届かない。もっと気合を入れて探せと文句を言うため、再びここへやって来た。
「目撃者だって、いるぞ」
「ああ。確かに、この少年があんたに剣を突き付ける姿を見た者はいる」
路地裏にいた、あの若い労働者だろう。
「ならば、グズグズしていないで、さっさと捕まえろッ」
「それだけで、彼を強盗犯と決めつける訳にはいかない」
「剣で脅している時点で、立派な犯罪だろ」
「ただ、別の目撃証言もある」
「な、何だ?」
「先に剣を突き付けたのは、あんたの方らしいな」
「う……」
「大勢の人間が、それを見ている」
確かに、最初、ワイズの前でザックスが剣を抜いた際、周囲には多くの通行人がいた。
「その剣をヤツが私から奪った」
「ならば、正当防衛では?」
「ち、違う。その上で、私から金やら時計まで奪ったのだ。あの極悪人めッ!」
「そもそも、剣術の達人であるあんたから、どうやって剣を?」
「す、隙を見て奪われた」
「ならば、この少年も相当な達人という事になるな」
「か、かもな」
「そんな人物が、強盗などするか?」
「ぐ……」
確かにそんな腕の持ち主であれば、強盗などセコい真似をする必要はない。
金を稼ぐ方法は、他にいくらでもあるはずだ。
「と、とにかく、そいつは危険で凶悪なヤツだ。野放しにしてはならんッ!」
「ふーむ」
団長はザックスに思い切りジト目を向ける。
「わ、私の言う事が信用できないのか?」
「にわかには、できないな」
バンッ!
ザックスは、力任せに掌でテーブルを叩くと、怒鳴り散らした。
「貴様ッ、私を誰だと思っている? 名誉子爵だぞ、学園でも有力な
「ならば、【真偽の判定】を受けるか」
「へ?」
「我々の仲間に、発言の真偽を判定できるスキルの持ち主がいる」
まさか、そんなヤツがいるとは……。
ザックスにとってそれは計算外だった。
「そいつの前で、証言をしてみればハッキリするだろう」
「そんなに、私が信用できないのか?」
「嘘でないのなら、判定を受けられるはずだ」
ザックスは、似顔絵を引っ掴んで席を立つ。
「もういいッ、お前らになど頼まん。私に対する無礼な態度は、学園側に報告させてもらうからな」
「まて」
「今さら謝っても遅い」
部屋から去ろうとするザックスの前に、ふたりの団員が立ち塞がる。
どちらもザックスより体格が良く、頭ひとつぶんは背が高い。
「そ、そこをどけッ!」
ザックスは、巨漢の団員らにより無理矢理もとの場所に座らされる。
再び対面した団長が、鋭い視線をザックスへ向ける。
「もし、強盗の話が嘘ならば、あんたはありもしない罪をでっち上げようとした事になる」
「う……」
「それは、立派な犯罪だ。このまま帰す訳にはいかない」
ザックスの顔が一気に青ざめる。
「改めて問おう。この少年は、あんたに強盗を働いたのか?」
「そ、それは……」
「【真偽の判定】のスキルの持ち主の前で、それを証言できるかッ!」
ザックスの額に、冷や汗が滲む。
ふたりの巨漢の自警団員がザックスを見下ろしてくる。
「い、いや」
「ん?」
「この少年は、強盗など犯してはいない」
「ならば、あんたは誣告罪に問われる。身柄を拘束し、治安官に引き渡す」
団員のふたりが、ザックスの腕を掴んで強引に立たせようとする。
それを振り払って、ザックスは立ち去ろうとする団長に縋りつく。
「ま、まってくれ」
「弁解は治安官の前でしろ」
「確かに強盗の話は嘘だ。けど、この少年は本当に罪を犯しているんだ。強盗なんかよりも、ずっと重い犯罪をッ」
「ほお、どんな?」
「そ、それは……」
「なんだ?」
「国家反逆罪だッ!」
一瞬の静寂。
その後、団長の笑いが爆発する。
「ぶははははははッ、国家反逆、この少年が? もう少しまともな嘘を……」
「本当なんだッ!」
「ならば、彼が具体的にどんな行為に及んだのか言ってみろ」
「それは、贄に選ばれ……」
ザックスは目を大きく見張る。次いで顔を歪ませて、右手首を押さえる。
「うげええ、痛えーッ!」
床の上を転げ回るザックス。
団長は、呆れた様な目でそれを見ている。
連れていくよう、団長は顎を動かして団員たちに指示する。
ザックスは、二人の巨漢に身体を引きずられる様に、部屋から連れ出された。
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