再会、その二


 その数は、ぜんぶで十人ほどだ。


 衛兵……いや、多分それは違う。装備などから判断するに、王国兵ではなさそうだ。

 恐らくは、私兵である。


 アリッサは掌を前にかざすと、ぼくらを包囲する兵士らの幾人かを素早く【鑑定】する。


「……どうする? いずれの兵もそれなりの手練れのようたぞ」


 ただでさえ多勢に無勢、まともに戦っても勝ち目はなさそうである。


 リーファはともかく、エリイとアリッサは戦闘に適したタイプではない。

 いざとなれば、三人とも〈ぼくの世界〉へと連れてきた上で、この場から離脱するしかない。

 エリイたちにであれば、自らのスキルについて明かしても構わないとワイズは考えていた。


(けど、一体、何物だろう? なぜ、ぼくらがこの場にいると……)


 その時、もう一台の豪華絢爛な馬車の扉が開き、二人の人物が下りてくる。

 ひとりは、他の兵よりも立派な鎧を身に着けた、三十代くらいの長身の男性だ。佇まいなどから、この隊のリーダーであると察せられた。


 その隊長らしき人物を引き連れる様に、我が物顔でこちらへ歩いてくるのは、ワイズとエリイのよく知る少年であった。


「……ヴィクター」

「な、何で、あなたがここに?」


 ワイズにとっては、エリイに続く久しぶりの再会である。

 こちらはあまり嬉しい再会ではないけれど。


 ヴィクターは、勝ち誇った様に、ニヤリと笑ってみせる。


「思った通りだ、エリイ・クールズ」

「えっ?」

「お前をマークしておいたのは、正解だったようだな」

「ど、どういう事?」


 ヴィクターの隣に佇む隊長が、ぼくらの方へ向けて呼び掛ける。


「もうよいぞ」


 次の瞬間、エリイのすぐ傍らにひとりの若い女が姿を現す。

 身体のラインが露な黒い装束をまとい、顔も目の部分以外は黒い布で覆われている。


 エリイは思い切り身をすくませる。

 すかさず、アリッサは掌をかざして、その黒ずくめの女を【鑑定】する。


「この女、極めて高度な【隠密】のスキルを保有しているッ!」


 エリイは、そこで事態を察する。


「ずっと、私をつけさせていたの?」


 ヴィクターは得意げな笑みを浮かべてみせる。


「お前は、ワイズと一番の仲良しだからな」


 つまり、この女性はここ数日、ずっとエリイのそばにいて見張っていたのだろう。

 外を歩いている時、食事中、もしかしたら就寝時やお風呂に入っている間さえ……。

 エリイは、怖気を感じて身震いする。


 ワイズに向き直ると、エリイはしょんぼりと肩を落として言った。


「ごめん、ワイズ。私のせいで……」

「いや、むしろ、ちょうどよかった」

「えっ?」

「あいつも、ぼくを探していたんでしょう? せっかくだ。彼らの馬車で、学園まで連れていってもらおうよ」


 見た所、ヴィクターが乗車していたのは、かなり乗り心地のよさそうな高級車である。


 ワイズは一歩前へ出て、ヴィクターへと向き直った。

 兵士たちが、一斉にそれぞれの武器を構え臨戦態勢を取る。

 両手を上げて、ワイズは言い放つ。


「安心してくれ、ぼくは逃げるつもりはない」


 意外とも言えるワイズの態度と言葉に、ヴィクターは眉根を寄せる。


「これから、ぼくは学園に戻るつもりだ」

「はっ、もう逃げられないと覚悟を決めたか?」


 ワイズは思わず嘆息する。

 体の良い理由を考えるのも面倒なので、そういう事にしておくか。


 アリッサがワイズのそばへ歩み寄ってきて、耳元でこう伝えた。


「あの、えっらそーな少年だが」

「ヴィクターですか?」

「彼も、【誓約】の影響下にある」


 ……やはりね。

 恐らく、魔族たちは、ワイズのクラスメート全員に【誓約】の魔法を施して、ワイズの事を探させているのだろう。


 ワイズは、ヴィクターのもとへと、つかつか歩み寄る。


 その堂々たる態度に、ヴィクターは身構える。

 兵士たちも、いつでもワイズに対応できる様、長剣や槍を構えていた。


 ヴィクターのすぐ目の前まで来たワイズは、兵たちをぐるりと見やりながら小声で問い掛ける。


「ところで、彼らは知っているのか?」

「何を、だ」

「ぼくが逃げ出した贄だと……」

「や、やめろおッ!」


 思い切り目を見張り、大声でワイズの言葉を遮るヴィクター。

 隣にいる隊長が、胡乱げな目を向けてくる。


「そ、その事は言うんじゃねえ」


 ヴィクターは、顔を青ざめさせている。同時に、自らの右腕を庇う様に押さえていた。

 その様を見て、ワイズは思う。


(ザックスとまったく同じだな)


 恐らく、ワイズが贄であった事に言及する事を【誓約】で禁じられている。

 さらに、右腕に何らかの問題を抱えているらしい。


 つまりヴィクターの命運は、いわばワイズが握っているといって過言ではない。


 果たしてヴィクターは、その事をちゃんと理解しているのだろうか?


 彼の態度を見ている限り、とてもそうは思えないのだけれど。

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