再会


 青々とした草原が、ずっと広がっている。遠くの山々や、地平線が見渡せるほど。


 その中にぽつんと放り置かれた様な、盾をひっくり返した様な形状の高さ五メートルくらいの大きな一枚岩。

 ワイズとリーファは、その手前までやって来る。


 ここは、アルゲーナとオーハスのちょうど中間くらいに位置する場所である。

 小さな村の前でふたりは馬車を下りて、さらにそこから結構な距離を歩いてここまで来た。


 ワイズたちは、今日、ここでエリイとアリッサと落ち合う約束をしていた。


(ふたりは、まだ来ていないようだ)


 全方位、視界を遮るものはこの岩以外には何もない。何者かが近づいてくれば、かなり遠くからでもすぐに見つけられるだろう。

 それがエリイたちであれ、ワイズたちを捜索する何者かであっても。


 突如、ワイズの視界が真っ暗になる。

 背後から、誰かが掌で彼の目を覆ったらしい。

 一瞬、ワイズは酷く焦るが、すぐにその手が取り払われる。

 振り向くと、弾ける笑顔がそこにあった。


「……エリイ」


 何も言わないまま、エリイはワイズにぎゅっと抱きつく。

 柔らかな感触と甘い香りがワイズを包みこんだ。


 せいぜい十日ぶりくらいの再会だけど、ワイズはものすごく懐かしいと感じる。


 エリイのすぐ後ろには、優しい笑みを浮かべて佇むアリッサの姿もあった。

 どうやら二人はワイズを驚かせるため、岩の裏側に隠れて到着を待っていたようだ。


「あ、そうだ」


 ワイズは何か思い出した様に言う。


「エリイに渡すものが……」


 ポケットから取り出したものを、ワイズはエリイに差し出す。数枚の銀貨と銅貨だ。


「約束したから、必ず返すって」

「……ばか」


 そう言って、エリイは再びワイズに抱きつく。


 お金なんて、どうでもいいよ。

 ワイズとこうして、また無事に再会できた。エリイにとっては、その事に、他の何よりも価値があるのだから。


「……あ、相変わらず、かわゆい」


 アリッサは、愛でる様な眼差しを、キョトンとした顔で佇むリーファへ向けていた。


「えっ、ぼくに刻印マーキング?」

「すまない。先日、うちへ訪ねてくれた際に、念の為、キミに付けておいたのだ」


 他人の現在地を常に把握できるスキルを、アリッサは持っているらしい。

 それを用いて、彼女はワイズのいる位置を知る事ができた訳だ。


「べ、別に構わないですけど……」


 結果として、そのおかげでエリイともこうして無事に再会できた訳だし。


 ワイズは、真剣な顔でエリイと向き合って問い掛ける。


「エリイ、答えられなければ、それでいい」

「……うん」

「ぼくの事を、探さなきゃならないの?」


 彼女は何も答えない。いや、恐らく答えられない。その事が、何よりエリイの置かれた状態の深刻さを物語っていた。


「もう、何も言わなくていいよ」

「……」

「ごめん、エリイ。ぼくのせいで……」

「ううん、ワイズは何も悪くないよ」

「いや、もとはといえば、全部、ぼくが撒いた種なんだ」


 リーファはどこか悲しげな顔で、ワイズたちを見ていた。話している内容は、よく理解できてはいないはず。

 けど、ふたりの表情や雰囲気から、何か察しているのだろう。


「で、ワイズ。これから、どうするつもりだ?」


 アリッサが問い掛ける。


「ぼくは、学園に戻ります」

「だ、駄目だよ、そんな……つッ!」


 エリイは顔を歪めて、自らの太ももを押さえる。


「だ、だいじょうぶ?」


 ワイズはエリイの身体をを気づかうも、成すすべのない自分に気づく。


 今、学園に戻れば、ワイズの身の安全は保証できない。ルシーフェに、彼を差し出す事に等しい。

 それを引き止めるのは、明らかに【誓約】に反するだろう。

 けれど、エリイは言わずにいられない。


「逃げよう、ワイズ。私と一緒に……うぅッ!」


 エリイは、右の太ももに激痛を覚えた。

 ワイズは彼女の両の肩を掴んで言う。


「もう何も言っちゃダメだ」

「けど……」

「だいじょうぶ、ぼくを信じてよ」


 仮に、あの魔族たちと再び対峙する事態になったとしても、ぼくならば平気だ。

 【世界はぼくのもの】だから。


「けど、今から学園へ戻るとなると、日が暮れてしまうぞ」


 アリッサの言う通りではある。


「一度、オーハスに戻って……ん?」


 草原のずっと向こうから、何かがこちらへ近づいてくる。

 かなりの速度で、三つの影が接近してくる。

 ……馬車だ。


 まず、無骨な外観の幌馬車が走行している。

 その後ろを、やけに豪華絢爛な装飾の施された馬車が走る。

 さらにその後ろを、もう一台の幌馬車がついてきていた。


「……な、何だ? あれは」


 アリッサの顔に、緊張の色が窺える。

 リーファはおびえた様にぼくの背後に隠れた。


 近くには、この巨岩以外、本当に何もない場所である。

 土埃を巻き上げながら、馬車は明らかにこちらへまっすぐ向かって来ていた。


 やがて速度を緩めると、三台はぼくらからやや距離を取った位置に停車する。

 と、同時に、武骨な二台の幌馬車から人々が次々と駆け足で下りてくる。

 いずれも軽鎧をまとい、槍や長剣で武装している。

 兵士である。


 彼らは、機敏な動作で移動して、ぼくらをぐるりと取り囲んだ。


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