ルシーフェの乙女心


 わからない……、本当にわからぬ。


 書架の谷間で、ルシーフェは本の山に埋もれながら頭を抱えていた。


 魔王宮の敷地内に建つ巨大な書物庫、通称、迷宮図書館。


 その名に相応しく圧倒的な規模と、膨大な蔵書数を誇る。

 保管されている書物には、古今東西、魔族の手による著作のみならず、人族をはじめとする他種族により書かれた本も多く含まれている。


 ルシーフェがひたすら読み漁っているのは、いずれもスキルにまつわる専門書の数々である。


 人族のみが持つ特殊な能力、【スキル】。

 ルシーフェたち魔族が用いる【魔法】とは、似て非なるものだ。

 同じ様な効果を持つものは、数多く確認されている。が、習得や発動のメカニズムはまるで異なるらしい。


 ルシーフェは、幼い頃からその【スキル】に強い興味を持ち続けてきた。

 スキルにまつわる書籍は手当たり次第、片っ端から読んだ。この図書館内にあるものは、ぜんぶ読破したかもしれない。

 今や、魔族内でも随一のスキル専門家と呼べるほどの知識を有する。

 そのルシーフェですら、まるでわからなかった。


 ワイズの持つスキルは、一体、何だ?


 普通に考えれば、【隠密】系のそれに思えた。

 ただ、闘技場からワイズが二度目に消えた直後、ルシーフェは即座に【索敵】の魔法を用いた。

 けど、あの時、場内には僅かばかりの反応すら捉える事ができなかった。


 ルシーフェの用いる【索敵】は、魔族の中でも屈指の感度と性能を誇る。それをもってしても、塵芥ほどの存在も補足できない。

 そんな超高性能な【隠密】のスキルなど、過去をいくら遡っても前例が見当たらなかった。


 つまり、あの瞬間、ワイズは間違いなく闘技場内にはいなかったと考えるべきだ。


 ならば、【転移】系か?

 だとすれば、なぜ、すぐに逃げなかったのか。転移できるのであれば、入場口が開くのを待つ必要はなかったはず。

 それらの矛盾を解消できる【スキル】が、まるで思い当たらない。


『どちらもハズレだ』


 ルシーフェが、ワイズのスキルについて【転移】か【隠密】なのかを問うたら、彼はそう答えた。

 ただのハッタリかと思っていたが、あながちそうではなかったのか……。


「ワイズ。今すぐ、お前に会いたい」


 そうつぶやいた直後、ルシーフェの頬がポッと赤く染まる。


 わ、我、また恥ずかしい台詞を口に……。


 いや、あれだ。ワイズはおそらく、稀有なスキルを持つ可能性が高い。

 我がワイズに強く拘泥するのは、彼の持つスキルへの強い関心ゆえであって、会いたいのもそのせいだ。

 うん、それ以外に理由などない。あるはずがない。


 しかし、なぜだ。ワイズの事を思うと、己の身体がやけに熱くなる。こんな風になるのは、ルシーフェにとって、生まれてはじめての経験だった。


 我は一体、どうしてしまったのだ?


「ルシーフェ、ココニ居タノカ」


 この図書館は中央が、上から下まで吹き抜けになっている。

 ルシーフェがいるのは、三階部分だ。

 階下から声がしたので見下ろすと、一階の広いホールにブベルゼの姿があった。


「兄上、何か用か?」

「オ前、アノ贄ドモヲ探シテイルラシイナ」 

「な、なぜそれを……」

「俺サマニ、ワカラヌ事ハナイ」


 こちらを見上げるブベルは、嫌らしく笑って見せる。


「だとしたら、何だ?」

「見ツケ次第、俺サマニ引キ渡セ」

「なぜだ、もう人など食いたくないのだろう?」

「アア、ケレド、ヤツラハ、俺サマニ屈辱ヲモタラシタ。許ス事ハデキナイ」

「ど、どうするつもりだ?」

「嬲リ殺シニスル」

「ッ!」


 ルシーフェは翼を広げて、階下のホールへと降り立つ。


「ふざけるな、そんなマネはさせないッ!」


 妹の剣幕に、ブベルゼは眉根を寄せる。


「ナゼ、オ前ガソンナニモ怒ル必要ガアル?」

「そ、それは……」


 確かに、自らの態度は不自然かもしれない。


「あ、あの者は、貴重な存在かもしれない」

「ドウイウ意味ダ?」


 告げるべきか……迷いつつも、ルシーフェはブベルゼを見据えて言った。


「あの者は、恐らく未知アンノウンスキルの持ち主だ」

「本当カ?」

「まだ確信はないが」

「ナラバ、ナオサラデハナイカ」

「え?」

未知アンノウンスキルノ持チ主ハ、我ラニ凶事ヲモタラシウル存在。即座ニ抹殺スベキダ」


 ブベルゼの言葉は、確かに正論であった。

 魔族は、未知アンノウンスキルの持ち主を強く警戒している。

 もっといえば、畏怖している。

 未知アンノウンスキルの持ち主が確認された場合は、もれなく即座に魔族の手により抹殺されてきた。


「こ、殺さずに研究対象とすべきなのだ。その方が、今後の我らにとっても有益となる」

「クダラヌ。芽ハ、ゴク小サイウチニ、摘ンデシマエバヨイノダ」


 ブベルゼは吐き捨てる様にそう言うと、くるりと背を向けて館内を後にした。


 ……させるか。

 ルシーフェは両のグッと拳を握りしめる。 

 ワイズは、けして渡さない。兄上だろうが、他の誰にだって。


「ワイズは、我だけのものだッ!」


 そこでまた、ルシーフェの顔はカアアッと赤くなる。


 我、また恥ずかしいセリフを口にしているう。

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