ヴィクターは子分に見限られる


「おかしいわねえ」


 玄関先で、ワイズの母親は思い切り眉根を寄せてみせる。

 ヴィクターは、可能な限りの温和な作り笑いを顔面に貼り付けて問い返す。


「な、何がですか?」


 ホルストの町。

 ワイズ・ブルームーンの生まれ故郷である。学園から態々、馬車で丸一日かけてヴィクターはここまでやって来た。

 ほんっとーに何もないしけた田舎町だ。


「あなたがはじめてじゃないんですよ」

「えっ?」

「これまで何人も、ワイズのクラスのお友達がうちへ訪ねて来ていまして」

「そ、そ、そうなんですか?」

「ええ、みなさん、ワイズの事を色々と聞かれていくんですよね」

「はは、そいつはまた奇遇ですね」

「ワイズに、何かあったんでしょうか?」


 ヴィクターは、慌てて両手を振ってみせた。


「いえいえ、ワイズくんは元気でやっています」

「はあ……」

「偶々、こちらへ来たので、寄らせてもらっただけで」


 ワイズの母親は、思い切りジト目を向けてくる。

 ……確かに、ただのクラスメートが、態々、実家を訪ねてくるなんて不自然極まりないだろう。


「し、し、失礼します」


 逃げ出す様にヴィクターはワイズの家から立ち去った。


(くそ、アホなクラスメートどもと同じ行動を取るなんて)


 ヴィクターは、自らに腹を立てずにいられなかった。


 恐らく……いや、まず間違いなくワイズはこの町にはいない。


 町民たちに話を聞いた限り、最近、ワイズを見かけたものは一人も存在しなかった。

 もし、この町にワイズが匿われているのなら、うわさぐらいは誰かが耳にしているはず。が、そういった話すら一切出てこなかった。


 嘘をついている者はいない。ヴィクターには、それが断言できる。

 なぜならば……。


 コートのポケットから、真っ白で平たい丸石を取り出す。

 ただの石ではない。その表面には、銀色の線で描かれた幾何学模様が施されており鈍い光を放っている。


 【真偽の丸石】


 バロウズ家に伝わる家宝にして力の源泉。


 近くにいる者が嘘をつくと、この丸石は赤く染まって教えてくれる。対象者に接近させるほど、その反応はより顕著になる。


 宝物庫から勝手に持ち出した事がバレれば、親父からボッコボコにされる。

 が、背に腹は代えられない。


(こっちは右腕がかかっているんだッ)


 ワイズに関する質問を町の人間にした際、この石が僅かでも赤くなる事はなかった。


 わざわざ手間と時間をかけてこんな所まで来たのに、とんだ無駄足である。


「おい、のろのろしてんじゃねえよ」


 ヴィクターは、やや離れた位置を歩くゾルキに苛立ちをぶつける。


「……うるさい」

「あ?」

「僕に命令するな」


 ゾルキからの反論に、ヴィクターは耳を疑う。

 態度もその口ぶりも、いつものゾルキとはまるで異なる。

 ヴィクターは、ゾルキの方へ歩み寄った。


「誰に向かって言ってやがる?」

「ただのクラスメートだろ」

「あ?」

「上も下もないはずだ」


 学園内において、生徒らは身分に関係なく平等に扱われるべきである。

 それが我が校の基本方針ポリシーであった。


 が、そんなものは、あくまで建前上の話に過ぎない。ヴィクターはそう割り切っていた。

 ド田舎の下級貴族にすぎないゾルキと自分が同等のはずがなかった。


「ふざけるなよ、お前と俺が……」

「きいたぞ、ヴィクター」

「あ?」

「部室棟で寝泊まりしているらしいな」


 動揺が顔に出そうになるのを、ヴィクターは必死に堪える。


「……わ、わさわざ、うちまで帰る時間がもったいないだけだ」

「家から、追い出されたんだろう? 誓約の事がバレて」

「ば、バカいうなッ、そんなワケ……」

「僕がお前の言いなりだったのは、有力貴族の息子だったからだ。本当はお前の事が大嫌いだったんだッ!」


 ヴィクターは、ちらりとポケットの中の【真偽の丸石】を見やる。

 色は全く変わっていなかった。


「そもそもはヴィクター、ぜんぶお前のせいじゃないか」

「な、何がだ?」

「お前がクラスのみんなに金貨をばら撒いたりしなければ、ワイズは投票で一位にはならなかったはずだッ!」


 ヴィクターは大きく目を見張り、咄嗟に辺りの視線を走らせる。


(だ、誰にも聞かれていないよな?)


 ゾルキに向き直ると、その胸ぐらを掴んで締め上げた。


「声がでかいんだよ、このバカ」

「ぐ……」


 ヴィクターは顔を思い切りゾルキに近づけ、声を潜めて忠告する。


「いいか? 金貨ワイロの件はお前も共犯だからな」


 それに関しては、ゾルキに反論の余地はなかった。

 ヴィクターは、クラスの男子をひとりずつ呼び出して金貨を渡した。その際、ゾルキもその場に居合わせたのだから。


 胸ぐらを掴むヴィクターの手を、ゾルキは力任せに振り払う。 


「とにかく、僕はもう、お前とは一緒には行動しない」

「お、お前みたいに使えないヤツは、こっちから願い下げだッ!」

「必ず、僕が先にワイズを探し出してみせる」


 くるりと背を向け、ゾルキは肩を怒らせて足早に歩き去る。


 ヴィクターは思わず、腰の長剣の柄を掴む。

 あたりの草木を、めったやたらに切りつけてやりたい気分だった。


(落ち着け、当たり散らした所でもどうにもなりはしない)


 一度、大きく息を吸い込んで吐き出す。


 自分には、まだワイズのゆくえに関する有力な手掛かりが残されている。


 ヴィクターは、一軒の家に目を向けた。

 ワイズの実家から目と鼻の先にある、小さな煉瓦造りの平屋。

 エリイ・クールズの実家である。


 あの女なら、きっと何か知っているはずだ。ワイズが今、何処にいるのかについて。

 既に、手は打ってある。


 必ず、この俺が、誰よりも先にワイズ・ブルームーンを見つけ出してやる。

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