エリイの本心
オーハスの町へ来るのは、エリイにとって二度目の事だ。以前、休みの日に、ノンと一緒に買い物に来て以来である。
ただ、前回は大通り沿いにあるお店にしか入らなかった。
こうして、細い路地を歩くのは初めてだ。思った以上に入り組んでいて、迷いそうである。
一軒の煉瓦造りの建物の前で、エリイは立ち止まる。
「ここで、いいんだよね?」
独りごちながら、その住所を確認する。
どうやら、間違いないようだ。
ただ、入口のドアには札がぶら下げられており、こう記されていた。
エリイは、ふうと息をつく。
辺りに人目のない事を確認してから、建物の外壁に右の掌を押しあて、つぶやく。
「【
閉ざされた空間の内部の様子を知る事ができる。
それが、エリイの得たスキルだった。
はじめは、小さな箱の中くらいしか探知できなかった。今では、あまり大きくなければ、建物一軒くらいは調べられる。
館の中には……誰もいない。
(今日って、何曜日だっけ?)
エリイたちのクラスは、もう何日もまともに授業が行われていない。全員が、ワイズを探しているため、ロクに登校さえできていないのだから仕方がないけど。
もし見つかったら、ワイズはどうなってしまうんだろう……。
途端に、エリイの右の太ももが疼きだす。
(だめ、考えたら……)
そう自らに言い聞かせる。けど、訪問先に誰もいなくて、ちょっと安堵する気持ちがあった。
「うちに何か用かい?」
唐突に声をかけられ、エリイはびくっと肩を竦める。振り向くと、銀色の長い髪を風になびかせたスマートな女性の姿があった。
アリッサは膨れた紙袋をふたつ抱えており、買い物帰りのようだ。
エリイは、ぺこりと頭を下げる。
「えっと、キミは……」
アリッサは、眉の間にシワを寄せる。
覚えていなくて当然だと、エリイは思う。彼女と顔を合わせるのは、幼い頃に【鑑定】してもらって以来である。
「わたし、エリイ・クールズです。ホルストの町の……」
「ホルスト?」
アリッサは、まだぜんぜんピンときていない顔だった。
「ワイズ・ブルームーンの幼馴染です」
その名に、アリッサは強く思い当たる点があるような表情をしてみせる。
「ワイズの?」
彼の行き先について、エリイにはまるで本当に心当たりはなかった。手掛かりとなりそうな事柄も何一つ思い浮かばない。
ただ、エリイにはひとつ、ワイズについて気になる事がある。
それを知る為に、ここへ来た。
「あの、教えてもらいたい事があるんです」
「何だい?」
「ワイズは、どんなスキルを持っているんですか?」
アリッサは、間違いなくその答えを知っている。幼い頃、ワイズを【鑑定】した張本人なのだから。
ワイズのスキルの詳細がわかれば、彼を探し出す重要な手掛かりとなるだろう。
ちょっと辺りを気に掛ける素振りをしてから、アリッサは建物を指差す。
「中で話そうか」
エリイは、鑑定の館の中へと招き入れられる。
案内された先は、普段は彼女が人々の【鑑定】を行っている部屋らしい……ぜんぜん、そうは思えない雰囲気だけど。
書籍や紙の束が山と積まれたデスクに、エリイはアリッサと対面して座る。
「すいません。お休みの日に」
「いいんだ。ていうか、思い出したよ」
「えッ?」
「キミ、ガッカリしていた子だよね? 【鑑定】の結果を知って」
「覚えているんですか?」
「当然さ。【鑑定】した相手の事は、みな覚えているよ」
本当だとすれば、すごい。
きっと彼女はこれまで、何百、いや何千という人たちを【鑑定】してきたはず。
確かに、エリイは自らのスキルを知って酷く落胆した。
だって、お料理とぜんぜん関係ないから。
アリッサは真剣な顔になる。
「聞いたよ、ワイズの事」
「えッ?」
「贄に、選ばれたと……」
「やめてくださいッ!」
強い口調で、エリイはアリッサの言葉を遮る。
「……あ、安心してくれ、彼は無事だ」
「あの、すいません。知っています。けど、その話は……つッ」
痛そうに顔を歪めると、エリイは自らの右の太ももを手で押さえる。
「ど、どうしたんだい?」
「な、何でもありません」
その彼女の一連の反応に、アリッサはピンと来るものがあった。
「失礼、視させてもらうよ」
許可も得ずに他人を【鑑定】するのは、不躾に当たる行為だ。けど、アリッサは確認せずにはいられなかった。
鑑定結果のある欄に目を留める。
状態:誓約
アリッサは、エリイを見て頷く。
「悪かった。キミはもう何も言わなくていい」
恐らく、エリイは、ワイズにまつわる何事かを話す事が【誓約】により禁じられている。
一方で、彼女は態々、ワイズのスキルを調べる目的でここへやって来た。
矛盾を感じる行動だ。
つまり【誓約】により、彼女はワイズについて調べる事を強制されている……。
(一体、誰が彼女にそんな誓約を課したのか?)
アリッサは言葉を選びつつ、エリイに問い掛ける。
「ワイズのスキルについて、だね」
「はい」
「すまないけど、私の口から話す事はできない」
「……ですよね」
「本人から聞いてみるべきじゃないかな」
エリイは眼を見張り、腰を浮かす。
「ご、ご存知なんですか? ワイズが今、どこにいるか」
アリッサはエリイをまっすぐに見て頷く。
「教えてくださいッ。どこなんですか?」
「会いたいのかい?」
アリッサに問われたエリイは自問する。
ワイズを探さなければならない【誓約】を、自らは課されている。
けど、ワイズを見つければ、彼の身に危険をもたらしてしまうかもしれない。
ただ、エリイの本心を言えば……。
「あ、会いたい……わ、私、ワイズに会いたいですッ!」
「そうか。きっと、ワイズもキミに会いたいと思っているはずだよ」
その言葉を受けて、エリイの瞳からポロポロと涙が溢れ出す。
アリッサは席を立ちエリイに歩み寄ると、彼女の肩を優しく抱いた。
エリイは、涙を留める事ができなかった。
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