ゴブリンなんて怖くない


 頭上、約十メートルの高度から、リーファが垂直落下してくる。


「グギャアッ!」


 彼女の強烈な踵落としが、ゴブリンの脳天に炸裂した。

 うめき声を上げながらゴブリンはその場に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなる。


「がうッ」


 ぼくらが今いるのは、〈境界の森〉のだいぶ深い領域である。

 木々が少し開けた場所だ。

 地面の上には、ぜんぶで五体のゴブリンが倒れ伏している。

 ぜんぶ、ぼくとリーファが今始末したばかりの魔獣たちである。


 この五日間で、ぼくらは累計、百体以上はゴブリンを狩っているだろう。


 まず、ヤツらの縄張りに深く踏み込んで、ふたりで討伐しまくる。

 増援のゴブリンが増えすぎて、もはや対応しきれなくなったら、ぼくのスキルで逃げる。

 ごく単純なヒットアンドアウェイだけど、この森のゴブリンたちに対しては極めて効果的な戦法といえた。

 まあ、ぼくら以外に真似できる人はそういないだろうけど。


 結果、ぼくのレベルは「25」まで上がった。


 リーファの方も、相応にレベルアップしているはずだ。

 何せ、相当強いはずのこの森のゴブリンを一撃ワンキルするくらいなのだから。


 アルゲーナにおけるゴブリンの討伐報酬は、一体あたり三〇〇ヴァル。

 他の町の相場と比べて、およそ倍の額だという。

 さらに、回収した武器の売却で得られたお金もぼくらの収入となる。


 ぼくは、持ち主がわかるのであればそのまま返却してもよいと考えていた。

 が、それは彼らの側から頑なに固辞された。


 依頼クエストを遂行中に得た武器やアイテムは、それを獲得した者に所有権がある。

 その原則を曲げて無料タダで譲渡してもらうのは、冒険者としての矜持が許さないようだ。


 なので、ぼくがまず武器屋で売却して、その後で必要ならば持ち主が買い取る形になる。


 ゴブリンたちが使用していた武器は、碌な値のつかないものも多かった。が、中にはミスリルナイフなど高価な品も含まれており、それなりの収入源となった。


 ぼくらの現在の残金。

 三万七五〇八ヴァル。

 ……大金すぎて、よくわくらない。


 宿屋は、当初よりもランクが高めの所へ移った。

 ツインルーム一泊の料金が八〇ヴァル。

 ……計算するのも面倒だけど、三食付きでも数か月は余裕で宿泊できるだろう。


(もはやある程度森の深くまで来ても、あまりゴブリンと出くわさなくなってきたな)


 恐らく、森には、まだかなりの数のゴブリンがいると思われる。

 ただ、短期間に多くの個体が失われたせいで組織が崩壊し連携が取れなくなっている。町の冒険者らは、そう推察していた。


 ここ二、三日前からは、ぼくら以外の冒険者たちも積極的に森へ入って来てゴブリンを狩っているみたいだ。


 ゴブリンの総数が減って危険が減れば、さらに多くの人たちが森へ来られるようになる。


 まさしく、好循環というやつだ。


 町も、俄に活気を取り戻しつつある様に思えた。


 カサ……ガサゴソッ。

 ふいにすぐそばの茂みの葉が揺れる。


(またゴブリンか?)


 ぼくもリーファも、もはやさして恐れる事もなくなっていた。

 が、枝葉を掻き分けてのっそりと現れたのは、予想よりもずっと大きな図体の持ち主だった。


 全身を真っ白な毛に覆われた、ぼくらの倍近い巨躯を持つ大型の獣。

 白狼ホワイトウルフだ。

 確か、かなり稀有レアな魔獣のはず。


 これまでは、ゴブリンの存在に脅えて他の魔獣たちも身を潜めていたのだろう。彼らも、活発に動き回るようになってきたようだ。


「がうッ」


 リーファが、その白狼ホワイトウルフへと駆け寄る。


「おい、危ないぞ」


 ぼくが留めるのも聞かず、リーファは白くて大きな狼のすぐ眼の前まで接近する。


「がう、がうがうがう」

「ガルゥ……グルルゥ、ガルガル」


 両者は、至近距離で互いに吠え合っている。ただ、どちらからも敵意や険悪さはまったく感じられず、威嚇している訳ではないようだ。

 どうやら二人……もとい、ひとりと一匹は会話を交わしているらしい。

 リーファの持つ【獣語】のスキルか。


「がうッ?」


 リーファは驚いた様に眼を見張った。


 白狼ホワイトウルフは頷く様に頭を縦にふると、くるりと踵を返して茂みの奥へと戻っていく。

 リーファもその後を追って茂みの中へ。


(おい、どこへ……)


 すぐに、リーファがぴょこっと茂みから顔だけ出すと、ぼくを見て言う。


「くる」

「えっ、ぼくも?」

「あう」


 一体リーファたちが何を話していたのか、ぼくにはまったくわからない。


 けど、とりあえず言われた通り、ぼくも茂みの奥へと足を踏み入れる事にした。


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