辺境の町
上下に激しく車体を揺らしながら、馬車は走り続けていた。
一体、どの辺りを走行中なのか、ぼくにはまるきり見当がつかない。かなりの悪路である事だけは、確かだろうけど。
オーハスの町はすぐに離れるべきと考えた。
ザックスには、ぼくらの滞在を知られてしまったし、あいつのせいで町民から強盗犯の疑いまで持たれている。
追っ手がザックスのみとは限らない。むしろ、あのバカひとりに、ぼくらの捜索を任せるとは考えにくい。
ぼくは取るものもとりあえず、リーファを連れて町外れの駅馬車の乗り場へ向かった。
出発が近くて、空席さえあれば何でも良い。行き先もろくに確認せず、客車へ乗り込んだ。
オーハスを発って、はや三日が経つ。
当初は八人いた乗客は、途中駅でみな下車してしまい、客車に残るのはぼくたちのみである。
リーファはぼくの肩に寄り掛かって、すぴーっと寝息を立て続けている。
(……この揺れの中、たくましすぎだよ)
ぼくはもはや、尻が限界に近かった。
もう無理かもと音を上げかけた時、ようやく馬車は停車する。
御者が終着駅にたどりついた事を告げた。
「おい、ついたみたいだぞ」
「んううぅー」
ぼくが肩を揺すって起こすと、リーファは思い切り伸びをする。
馬車を下りると、すぐ目の前には高くそびえる城壁が見えた。
御者いわく、ここは〈アルゲーナ〉という町らしい。まるで耳に馴染みがない。
地図で確認すると、隣国との境界線近くに位置する。いわば、辺境の町である。
現在、人族の国家間で目立った紛争は起きていないから、国境付近だからといって特段の危険や緊張はないと思うけど。
念のため、
結構、大きな町のようだ。オーハスよりはやや小さいかなという印象である。
(……何か、活気に乏しいな)
ひとしきり、町内を歩き回ってみた上での率直な感想がそれだ。
有体に言えば、やけに寂れている。
目抜き通りですら、人の往来はちらほらである。立ち並ぶ店も覗いてみた限り、おしなべて閑古鳥が鳴いていた。
廃屋と化している建物も散見できる。
この町にも、冒険者ギルドの館があるようなので、さっそく訪ねてみる事にした。
そこはまるで、この町の様子をそのまま体現しているかのような雰囲気だった。
まず、人があまりいない。
今はもう夕刻だから、そのせいもあるかもしれない。
けれど、掲示板に貼られた依頼書の数も明らかに少なかった。
併設された酒場には、一組だけ冒険者と思しき四人組がいる。が、暗い顔で会話もなく、ちびちびとコップに口をつけていた。
ぼくは、掲示板に貼られた依頼書をざっと眺めてみる。
数も寂しければ、内容も冴えなかった。いずれも報酬の低い雑用の類ばかりだ。
(それにしても少なすぎる気が……)
オーハスの冒険者ギルドにはこの倍、いや三倍くらいの依頼書が貼られていた。町の規模からすれば、この少なさは異様だ。
受付にいるのは、まだ年端もいかなそうな女の子である。
栗色の髪を三つ編みにしており、そばかすの目立つあどけない顔は、ぼくやリーファはと変わらない年頃を思わせた。
退屈そうにカウンターで肘をついている。
「あの」
ぼくが声を掛けると、受付の女の子は慌てた様な顔をする。
「は、は、はいッ」
「依頼書って、あれで全部なんですか?」
掲示板の方を指さしてきく。
女の子は申し訳無さそうな顔をする。
「す、すいません。今はそれだけですぅ」
辺境の町というのは、どこもこんな感じなのだろうか?
それが誤解であると、この後すぐに知らされる事になった。
「あんちゃんたち、よそもんかい?」
突然、声をかけてきた男性に、ぼくはぎょっとさせられる。背が高く、身体には軽鎧を身に着けている。頭部は黒い毛で覆われ、狼そのものだ。
獣人族を何度か見かけはしたけど、言葉を交わすのは初めてである。
「あ、ついさっき、着いたばかりです」
「よくまあ、好きこのんでわざわざこんな所へ」
狼頭の男性は、首をすくめる。
「依頼って、いつもこんなに少ないんですか?」
「つい一年前までは、板を埋め尽くすほどの紙が貼られてたんだけどな」
「なら、どうして?」
「森に、入れなくなったせいだ」
この町の南には、鬱蒼とした大森林が広がっている。
隣国とを隔てる存在である事から、〈境界の森〉と呼ばれているらしい。
辺境領は隣国との最前線ゆえ、武に重きを置く風潮を持つ傾向がある。
アルゲーナもまさしくそうだった。
ただ、人族同士の争いはなくなり、魔族との戦争も休戦となった。
活躍の場をなくし、力を持て余したアルゲーナの武人たちは、〈辺境の森〉へ潜る様になる。魔獣を狩るために。
やがて、森の深層部には希少な魔獣も棲息しており、素材としての価値が極めて高い種も存在する事がわかった。
それらを求めて、各地から人々が集まってきた。
アルゲーナの冒険者ギルドの館は活況を呈し、町は短期間で急速に発展した。
「その森にヤバい魔獣が現れたんだ」
狼頭の男性は、苦々しげな顔で舌打ちする。
その魔獣はあっという間に他の魔獣たちを圧倒して、森での勢力を急拡大させた。
今では、彼らは〈境界の森〉の広大な領域を縄張りとしている。もはや、迂闊に森へ立ち入る事も危険らしい。
森での狩りが出来ず、収入の得られなくなった冒険者らは、よそへ移るか廃業するかの選択を迫られた。
冒険者らを顧客とする武器屋や鍛冶屋の仕事も大幅に減り、宿や飲食店の客も激減した。
まさしく負のスパイラルというやつだ。
「で、どんな魔獣なんですか?」
町ひとつを、ごく短期間でそこまで衰退させてしまった程だ。
ぼくは、極めて危険で強力な魔獣の名前を想像する。それこそ、
狼頭の男性は、いたって真面目な顔でこう告げた。
「ゴブリンだ」
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