鑑定の館
町の目抜き通りから、ぼくは脇道へと入る。
縦横、複雑に伸びる細い路地を進んだ先に、その建物はあった。
思っていたよりもずっと簡素で、こじんまりとした煉瓦造りの二階屋である。
(ここで、合っているよね?)
ちょっと不安にもなるけど、メモの住所と照らし合わせても間違いはなさそうだ。
入口の看板にも、こう記されている。
〈鑑定の館〉
扉を開けて中へ入ると、そこは待合室のようだった。
木製のベンチが三つ並び、ぜんぶで五人の【鑑定】待ちと思われる人たちがいた。
ぼくは奥の受付カウンターに座る女性の下へ。
「こちらで【鑑定】を受けられるのは、はじめてですか?」
「えと、ここへ来るのは初めてです」
ただ、この館の主からは何度か【鑑定】を受けた経験はあった。
「では、こちらへご氏名とご希望の鑑定内容をご記入ください」
ぼくはカウンター上に差し出された用紙に、ペンで必要事項を書き込んでいく。
待合室の顔ぶれは様々だ。
冒険者か傭兵を思わす風貌の男もいれば、高齢の男性や幼い子供を連れた若い女性の姿も。
ぼくとリーファの存在を、殊更、気にかけてくる様子はなかった。
程なくして、受付の女性がぼくのそばへやってきて、耳元でささやくように告げた。
「アリッサさんが、お呼びです」
ぼくは待合室の人たちへ視線を向ける。
「ぼくら、来たばかりですけど……」
「すぐきてほしいとの事です」
まるでVIPみたいな扱いに気が咎めつつも、ぼくは待合室の奥へと向かう。
【鑑定】は、重宝されるスキルである。
冒険者の間では引く手あまた。貴族や大商人などのお抱え鑑定士となれば、高い地位や報酬が約束される。
けれど、彼女はこうして町の人々の為に、お手頃な料金で鑑定を行っているらしい。
診療室の様な雰囲気を想像していたけど、案内された部屋はそれとはだいぶ印象が異なる。
机や棚に、分厚い書籍や紙の束などが雑然と置かれた倉庫室のごとき空間である。
それらの資料に埋もれる様にして、アリッサさんは椅子に腰掛けていた。
「ワイズ、どうしてこの町に?」
彼女はぼくを見て、無性に驚いた顔をする。会うのは、約半年ぶりである。
アリッサさんは年に一度、子供らの【鑑定】を行う為にぼくの故郷の町へやって来た。
その都度、ぼくはアリッサさんとこっそり会って、【鑑定】を受けていた。彼女からの申し出によるものだ。
ぼくが、【
アリッサさんには、ぼくの身に起きた事をすべて包み隠さず打ち明ける。そのつもりで、ぼくはここへやって来た。
彼女のことは信頼している。何せ、ぼくのスキルを知る世界で唯一の存在だ。
「に、贄にえらばれたあ?」
アリッサさんは、その眼をこれでもかと見張る。
「こ、声が大きいです」
ぼくは人差し指をくちびるに立て、すぐ隣の待合室の方へ目をやる。
「す、すまない」
アリッサさんは軽く咳払いしてから、声を潜めて問い掛けてきた。
「スキルを使って逃げ出せたのだな?」
「はい」
ぼくは頷く。
彼女は、眉根を寄せて首を傾げた。
「しかし贄が逃走したなんて話、新聞にも載っていなかったぞ」
その点はぼくも不可解に思っていた。
けさ、売店で新聞を購入して、隅々まで目を通した。が、ぼくらに関する記事は、どこにも見当たらなかった。
本来であれば、一面を飾ってもおかしくない大事件のはずなのに。
つまり、ぼくらが逃げた事実は世間に対して伏せられている?
だとすれば、何の為に……。
「で、新たなスキルでも得たのか?」
アリッサさんは、ぼくがここへ来た理由をそう推察したらしい。
「いえ、ぼくじゃなくて彼女を視てもらいたくて」
ぼくは、背中の後ろに隠れていたリーファを手前へと連れ出す。
「な、なんだ、この娘は?」
「もうひとりの贄です」
「そ、そうか。一緒に逃げ出せたのだな?」
「はい。ちょっと、特殊な子でして」
「あう」
「……う、か、かわいい」
アリッサさんは、目がハートになっている。
「リーファっていいます」
「へ?」
「彼女がどんなスキルを持っているか、知りたくて……」
「そうか、では、さっそく……」
「あ、その前に、おいくらでしょうか? 鑑定料は」
「ふふ、
「いいんですか?」
「かくいうキミの頼みだからな。それに、こんなかわいい娘が視られるなら……」
「え?」
「あ、いや、何でもない」
アリッサさんはリーファと相対する。右掌をかざすと、目を閉じる。
「……いくつか、スキルを発現させているようだぞ」
ぼくが目撃したのは、【
アリッサさんはそこで、急に驚いた様に目を見開く。
「どうかしました?」
「……あ、いや、何でもない」
他のスキルや各ステイタス値についても、アリッサさんは紙に書き出してくれた。
ちなみに、リーファのレベルは17……。
(ぼくよりもぜんぜん上じゃんッ!)
各ステイタス値も、魔力と最大MP値を除けばおしなべてリーファの方が高かった。
アリッサさんは、心配そうな顔で問い掛ける。
「これから、どうするつもりだ?」
「当面は、この町に滞在しようかと」
「わたしにできる事があれば、何でも言ってくれ」
「え?」
「キミは、わたしにとって大事な存在だからな」
「……ありがとうごさいます」
ぼくはアリッサさんへ頭を下げる。
「ほら、リーファ。お前もお礼しろ」
「おれい?」
「うん。ありがとうって気持ちを、伝えればいいんだよ」
「あう」
リーファは、アリッサさんをじいーっと見つめていた。
すると徐ろに、彼女の脇腹辺りに自らの頭をこすりつけ始める。
「はひッ」
突然の事に、アリッサさんは身をすくめる。
ただ、顔を赤らめた彼女はどこか嬉しそうでもあった。
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