クラスメートたちへの試練
教室は静けさの限りを尽くしていた。
いつもであれば、朝のホームルームに当たる時間である。
誰も声を発しようとせず、おそるおそる教壇を窺い見ている。
そこに立っているのは、担任のノーマ先生ではなかった。
ていうか、人ですらない。
「我が名は、ルシーフェ」
教壇に立つ女性は、生徒らを睥睨しつつそう名乗った。
息を呑むくらいの美貌の持ち主である。
露出度が高い純白のドレスを纏うその身体は、誰もが羨む様な抜群のプロポーションだ。
側頭から二本の黒い角が伸び、背からは禍々しさを感じさせる黒く大きな翼。
外貌だけで断言できた。彼女は魔族である。
「まず貴様らに告ぐ。贄が逃げた」
瞬間、教室内がどよめく。
みな、耳を疑い、即座には言葉の意味が理解できていない様子の者もいる。
やがて各々の顔に、驚きと動揺の色が濃く浮かんでいく。
「うそだろ」
「どうやって?」
そんな声も聞こえてきた。
唯一、エリイだけは驚かなかった。すでに、その事を知っていたから。
「貴様らが選んだ贄が、だ」
エリイは、教室内の全員が一斉に固唾を呑む音が聴こえた気がした。
「責任を取ってもらおう」
ルシーフェの言葉に誰もが凍りつく。
責任、うちらが……どうやって?
「ぼ、ぼくはワイズには入れていないッ」
震える声でそう言ったのは、フースである。
サーニャもそれに同調する。
「私もリーファには投票してません」
「俺も」
「あたしもですッ」
次々と上がる抗議の声をルシーフェは一言で切り捨てる。
「黙れ」
教室内は、
「貴様ら全員の責任だ。あの者、ワイズ・ブルームーンの真の実力を見抜けなかった」
ヴィクターが立ち上がり、ムキになった様に反駁する。
「あいつは何の力も持たない無能だッ!」
対するルシーフェは冷徹な口調で言う。
「ワイズは無能ではない。恐らく、貴様よりもよほど強い」
「ば、バカな……」
「この教室にいる誰よりも、あの者は強いだろう」
「ッ!」
ヴィクターは、眼を見張ったままゼッ句する。
エリイは複雑な心境だった。
教壇に立つ女性は魔族。自分たちの敵。
けど、彼女はワイズの凄さを理解している。認めてくれている。
「貴様らに問う。ワイズ・ブルームーンのスキルは何だ?」
ルシーフェの問いに、答える者はいない。
当然である。 なぜならば……。
「あいつは何のスキルも持たない無能だッ!」
みなを代表する様に、ヴィクターが言い放つ。
「いいや、ワイズは明らかに何か稀有なスキルを持っている」
「まさか……」
「我自身がそれを目撃したのだから、間違いない」
ワイズは何のスキルも与えられなかったと、エリイは子供の頃から知らされてきた。
けど、それはウソだときのう確信した。きっと、何らかの理由があって、ワイズは自らのスキルを隠していた。
どんなスキルかは、本当にわからないけれど。
「誰も知らぬのか?」
反応する者はいない。
ルシーフェは全員に向けて言い放つ。
「我を刮目せよ」
教室内の全生徒が緊張の面持ちで、美貌の魔族女へ視線を向ける。
「命が惜しければ目をそらすな」
みなが己の双眸を可能な限り見開く。
ルシーフェがブツブツと詠唱をはじめた。
彼女の立つ教壇周辺の床に、鈍い光を放つ魔法陣が現れる。
まばゆい閃光がそこから放たれ、教室全体を包みこんだ。
エリイをはじめ、大半の生徒たちは思わず目を閉じてしまう。
まぶたを開くと、ルシーフェの隣に異型の生き物が姿を表していた。
グリフォンである。
鼓膜に突き刺さる鳴き声が室内に響き渡り、グリフォンが嘴を高く振り上げる。
「きゃあーッ」
「うわああぁーッ!」
「ひええッ」
前列の席の生徒たちは、机や椅子をなぎ倒しながら後方へと逃げ出す。
教室全体がパニックに包まれた。
ただ、グリフォンは程なく霧のごとく消えた。
……げ、幻影だった?
安堵が教室内に広がりかけるが、各々が身体に違和感を感じる。
エリイは、右の太ももあたりに痛みを孕んだ熱を感じる。
おそるおそるスカートの裾を捲ると、そこには鋭い鉤爪を思わす黒い痕が……。
他の生徒たちも、自らの身体に黒い鉤爪の痕跡を見つけていた。
ある者は二の腕、他のある者はくるぶし。
足首、肘、手首……。
箇所は様々だが、全員の身体に黒い鉤爪の刻印が施されていた。
「貴様らにみっつの誓約を課す」
ルシーフェは右手の指を三本立てる。
「ひとつ、誓約とその内容については一切他言無用。ふたつ、贄が逃走した件についても他言してはならない。みっつ、只今より全身全霊でもってワイズ・ブルームーンを捜索しなければならない」
全員が顔をこわばらせて硬直する。
窓辺へと歩きながら、ルシーフェはさらにこう告げる。
「誓約を破れば、貴様らは身体の刻印がある箇所を失うことになる」
教室のあちこちで、悲嘆の声が上がる。
「ま、まじかよ」
「うそだろお」
「いやあー」
窓を開け放ちつつ、ルシーフェは言う。
「嫌なら、ワイズを我のもとへ連れ戻せ」
サーニャが素朴な疑問を投げかける。
「どうして、ワイズなんですか?」
ルシーフェは彼女を振り向く。身をすくめつつ、サーニャはさらに問う。
「に、贄が必要なら、もう一度投票をすれば……」
「贄はもうよい」
ルシーフェは、ぴしゃりと言い放つ。
ブベルゼが人を喰いたいと欲するのは、年に一度きり、ごく短い期間のみだ。
その時期以外は、人間への食欲は完全に消え失せるらしい。
ゆえに、贄はもうしばらく必要ない。
ただ、そうなるとサーニャの疑問はより深まる。
「ならば、どうして……」
ルシーフェは返答に困る。
別に人族からの疑問に答えてやる義務はない。
ただ、彼女の
「ワイズは、我にとって大切な存在だからだ」
「え?」
ぽかんとした顔をするサーニャ。
他の生徒たちも、その回答の意味がよく咀嚼できていない様子である。
ルシーフェ当人すらも、戸惑いの顔をしていた。
気まずさをごまかす様に、彼女はくるりと生徒らに背を向ける。
そのまま、開け放たれた窓から飛び去った。
大空を飛翔しながら、ふと自分が先程口にした言葉を反芻するルシーフェ。
その顔が、ポッと赤くなる。
我、すっごく恥ずかしいセリフを口にしたような気が……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます