リーファのスキル


 およそ三十分後、ぼくはリーファを連れて町の外へ来ていた。


 前方、草地の中、かなり背の高い樹木がそそり立つのが見える。

 ぼくらは、慎重な足取りでその木のそばへと歩み寄っていく。


 高さ二十メートル程、地上から垂直に生えた大木だ。

 樹冠の下辺りから太い枝が水平に伸びる。そのつけ根に、異様な物体がある。

 ほぼ球形、茶褐色で表面はマーブル模様。下部には黒い穴も確認できた。


 キラービーの巣である。


(……で、でかいな、思っていたよりも)


 近くには、畑や牧草地もある。こんな場所に危険な魔蟲の巣なんて作られたら、さぞかし大迷惑だろう。

 実際、農作業中に襲われた人や、家畜の被害も出ているらしい。

 一刻も早く駆除してもらいたいと思うのは当然である。


 ちなみに依頼書の色は、黄。

 この難易度の依頼が、一番もてあましがちなんですよね、とエルフさんはぼやいていた。


 低ランクの冒険者には手が出せない。高いランクの強者たちには物足りない。報酬面でも、やり甲斐においても。


 ちなみにこの依頼は、受注制限がない。つまり、冒険者ランクを問わず誰でも受けられる。

 最低のEランク、しかもついさっき登録したばかりのぼくであっても。

 誰でもいいから早く駆除してくれと、依頼主は自棄になっているのかもしれない。


 ぼくとリーファは、大樹から十メートルほど離れた地点で立ち止まる。

 これ以上うかつに接近するのは危険だ。

 あの巣には、おそらく百匹超のキラービーが棲息している。


(まともに相手していたら、解毒剤がいくつあっても足りないよな)


 キラービーは、さほど強い魔物ではない。

 ただ、厄介なのは毒を持つ点である。


 エルフさんが、解毒魔法の有無を問うたのはその為だ。

 ただ、ぼくがその依頼の受注を申し出るとすごく驚かれた。

 あくまで他のパーティーとの協同クエストを仲介するつもりだったという。


単体ソロではひっじょおーに危険ですからね、解毒魔法が得意な方であっても」


 もちろん、ぼくは解毒魔法なんて使えない。解毒薬すらひとつも持ってきていない。

 そんな状態でキラービーの巣に立ち向かうのは、ふつうであれば自殺行為である。


「いくぞ、リーファ」

「あう」


 ぼくはリーファの手を握る。


「ワールドイズマイン」


 巣の真下までやってくる。


 すぐ近くで見ると、改めてその大きさが実感できた。まるで岩石のようである。

 今、あの巣に蜂は一匹もいないから、危険はないけれど。


(……て、あの高さまで、どうやって登ればいいんだ?)


 ぼくは、運動神経に優れた方ではない。樹木の下の方には枝がなく、手や足を掛けられそうな突起もあまり見当たらない。


「がうがうッ」


 リーファが上を向き、巣に向かって吠える。


「お前、あそこまで登れそうか?」

「あうッ」


 ぼくの言葉を理解しているのかいないのか。

 リーファは屈伸運動の様に膝を曲げると、そのまま真上にジャンプする。

 いくらなんでも、あの高さまで届くはずは……と思った瞬間、ぼくは眼を見張る。


 リーファが、宙に浮いた。ぼくの目線くらいの高さで。

 いや、見えない板の上に着地した、という表現の方が適切かもしれない。

 さらにリーファは跳び上がり、もう一段高い位置に降り立つ。

 まるで透明な階段を上がるみたいに、どんどん高く昇っていく。


(これは、もしや……リーファのスキル?)


 彼女も人族なのだから、当然、何らかのスキルを保持していてもおかしくはない。


 巣のある高さまで到達したリーファは、すぐ近くの枝の上へぴょんと飛び移った。


「取れそうか?」


 その巨大な巣を、リーファは両腕で抱えると、足を踏ん張り、歯を食いしばる。


「んううぅー」


 バゴッ!

 派手な音を立て、巣が枝から取り外される。


 リーファはそれを抱えて、今度は見えない階段を下りる様に地面までやってきた。

 キラービーの巣は、それを抱える彼女の上半身を完全に覆い隠すほど大きかった。


「あ、ありがとう」

「がう」


 ぼくはリーファから巣を受け取る。

 大きさの割に、重さは大した事がなかった。巣の中が空っぽだからかもしれないけど。


 ぼくらは樹木から百メートル近く離れた木の影まで移動する。

 ここまでくれば、安全は確保できるはず。


「ワールドイズノットマイン」


 巣のあった大樹から、黒い塊の様なものが現れる。

 いびつに変形しつつ蠢くそれは、百匹超のキラービーの大群である。


(……て、ヤバッ!)


 ぼくは背筋に冷たいもの感じる。


「あううぅ」


 リーファも顔を強張らせている。あれが危険な存在であると、本能的に察知したのだろう。


 やがて塊が崩れだして、蜂たちが各々てんでバラバラにそこいらを飛び回る。

 住む家が突然に消えてなくなったのだ。パニックに陥って当然だろう。

 キラービーたちは雲散霧消する様に、四方八方へ飛び去っていった。


 巣を失ったキラービーは、そう長くは生きられないはずだ。少なくとも、この場における脅威は除去されたとみていい。


 ぼくらは巣を携えて、町の冒険者ギルドの館へ戻った。


 受付のエルフさんはキラービーの巣を見て、目を丸くしていた。

 よもやぼくらが依頼を達成でるとは思っていなかったのか、俄には信じられないようだ。

 けど、戦利品の存在が駆除成功の何よりの証拠となっていた。


「そ、それは、あちらへお持ちいただけると」


 彼女が指差すのは、一番端のカウンター。素材買い取りを専門に行っている所らしい。

 そこで巣を検分する老齢の人族男性は、驚愕と感嘆の顔をしてみせる。


「どうやって、こんな完全な状態で?」


 キラービーの巣は様々な薬の材料となるため、重宝されるらしい。

 これ程状態が良ければ、かなり高値での取引が期待できるという。


 依頼クエスト成功報酬、七〇〇ヴァル

 キラービーの巣の売却額、四五〇ヴァル


 思いもがけず、千ヴァル以上もの大金を手にする事ができた。


 ちなみに、ぼくの一月のお小遣いは二〇ヴァルである。つまり、およそ五年ぶん……。

 たった一回の依頼で!


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