冒険者登録


 目を覚ますと、すぐ違和感に包まれた。


 ここは、寮のベッドではない。

 それは即座に判断できた。布団の感触からして異なる。

 寝起きのぼんやりしていた頭が、ようやく働き始める。


(そうだ、ぼくは逃亡中の身だった)


 つまり、ここは町の宿屋か……ただ、違和感の理由はそれだけに留まらなかった。


(ベッドの中に、何かいる?)


 掛け布団を捲ってみると、そこではリーファが丸くなって、すーすー寝息を立てていた。


「な、何やってるんだよ?」

「すー、くかー」

「おいッ!」

「……んー、あうぅ」


 まぶたを薄く開けて、目をこすりながらこちらを見やるリーファ。


「あうッ」


 勢いよく身を起こすと、リーファはぼくのわき腹に頭を擦り付けてくる。

 だから、よせってそれは。まじで、くすぐったいんだよ。

 ぼくは彼女の両肩を掴んで引き離すと、その目をまっすぐ見て言い聞かせる。


「いいか? 人は普通、こんな風にくっついて寝たりしないんだよ」

「あう」

「お前は狼じゃない。人間なんだ」

「がう」


 ……読み書きよりも、まずは人としての常識を教えるべきかもしれない。


 朝食は、宿近くのお店でパンを買ってふたりで食べた。

 ついに、手持ちの資金はほぼ枯渇してしまう。

 このままでは、今夜の宿代どころか夕食にもありつけない。


(お金を稼がなければ……)


 大通りは、まだ朝早いせいか人影もまばらだ。


 ぼくは、路端に設置された掲示板の前で思わず足を止めた。


 そこには十枚ほどの似顔絵が貼られている。ほとんどが若い男だが、女性や老人も含まれる。

 いずれも目つきが悪く、凶悪さを匂わすツラ構えの持ち主ばかり。

 ぜんぶ、指名手配犯の似顔絵である。


 一枚ずつ確認していく……ぼくとリーファの似顔絵は見当たらない。


 贄に選ばれておきながら逃げ出す行為は、魔族との約束を反故にするものだ。

 へたすれば、国家反逆罪である。

 ここに貼られたどの似顔絵の主より、きっとぼくらは重い罪を犯しているはず。


(手配されてないはずはない、と思うけど……)


 まだ、ぼくらの似顔絵が用意できていないだけかもしれない。


 いずれにせよ、現段階では殊更に顔を隠す必要はなさそうだ。

 ぼくは深く被っていた外套のフードを脱ぐ。リーファのそれも外してあげた。


「いらっしゃいませ」


 その建物へ入ると、奥のカウンターに座っている女性がにこやかに声をかけてくれた。

 すごい美人で、耳が横に長く尖っている。エルフ族?


 ぼくの故郷はほぼ人族しか住んでおらず、学園の生徒は全員が人族。これまで、異種族との接点はほとんどなく過ごしてきた。


 ここオーハスの町には、冒険者ギルドの館が存在する。さすが、都会である。

 町の入口付近に建つその館は、宿屋を一回り大きくしたくらいの木造二階屋だった。


 受付のエルフさんは、訝しそうな顔をこちらへ向ける。あまりジロジロ見ては失礼だ。


「はじめての方ですよね、入会希望ですか?」

「は、はい」


 まさしく、立て板に水の対応だ。

 差し出された用紙に、必要事項を記入するよう促される。

 氏名、年齢、性別、種族の他、スキルや各ステイタスの記入欄もある。

 ぼくはペンを持つ手を動かせずにいた。


(念のため、偽名にしておくべきかな……)


 こちらの様子を気にかけたらしく、エルフさんが小声で助言をくれた。


「スキルやステイタス値は、空欄でもかまいませんよ」


 それらの詳細は、ぼくに限らず安易に他者にバラしたくない人も少なくないだろう。

 ただ、ぼくが記入を躊躇う一番の理由はそこではなかった。

 相変わらずペンが動かせないぼくに、エルフさんはさらに声を潜めてこう告げる。


「ご安心ください。知り得た情報はけして外部には漏らしませんから」


 相手が王国だろうが魔族だろうが、そこは厳守すると彼女は断言した。

 ぼくはその言葉を信じて、本名を書き記す。


 エルフさんは記入済みの用紙を手に、いったんカウンターの奥へ引っ込んだ。

 リーファの姿が見当たらない……と思ったら、床に座り込んで、ふわあーっとあくびをしていた。


 館内は酒場も兼ねているらしい。まだ朝だから、十ほどあるテーブルはほとんど空だ。けど、すでに酒盛りをしている人たちもいる。


 程なく、エルフさんが戻ってきて、一枚のカードをぼくに差し出した。

 鈍い銅色ブロンズカラーで、掌に収まる程の大きさ。軽いけれど、やたらと硬い。


「こちらが冒険者のライセンスカードです」


 思っていたよりも簡単に発行できた。

 銅色ブロンズカラーは、最低ランク「E」の証だという。


 冒険者となったぼくはリーファを連れて、掲示板の前へとやってくる。

 壁のほぼ一面を、膨大な数の依頼書が埋めつくしている。一枚ずつ丁寧に確認していたら日が暮れてしまいそうである。


 それもあってか、依頼書は難易度ごとに色分けされていた。

 最も高難度な依頼は赤、中程度はオレンジや黄色で、難度の低いものは緑と青。


 ぼくが現段階で受注できそうなのは、青かせいぜい緑だろう。

 けど、それらはおしなべて成功報酬が低く、依頼内容も地味。


(溝清掃や引っ越しの手伝いは、あまりやりたくないなあ……)


 それと、できれば魔獣を退治する類の依頼が望ましい。


 今のぼくは、お金も必要だけど、同時に基礎能力を高めておきたい。

 特にぼくのスキルの性質上、MPの最大値はできる限り引き上げたかった。

 その為にはレベル上げ、即ち魔獣を多く倒す必要がある。


「ぼくにでもできそうな、魔獣退治の依頼とかってありますかね?」


 ダメもとで受付のエルフさんに尋ねてみる。

 すぐ隣のカウンターにいた厳つめな外貌の男が、こちら一瞥すると鼻で嗤っていた。


 エルフさんも頬に指を当てて、困惑を顔に浮かべている。


(やっぱり難しいか……)


 そこで、エルフさんはハッと何か思い出したかの様な顔をする。

 ついで、ぼくにこう聞いてきた。


「解毒魔法って使えますか?」

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