ステイタス確認
「おい、起きろッ!」
突如、浴びせられた怒声に、ぼくはハッとして目を開ける。
ふたりの髭ヅラの男達が、こちらを見下ろしていた。
ぼくは、瞬時に状況が把握できない。
(ここ、何処だっけ?)
狭くて、妙に薄暗いけど……。
「たく、いつの間に潜り込みやがった?」
そうだ、ここは幌馬車の荷台。いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「悪ガキどもめ」
ぼくは、隣で寝息を立てているリーファの肩を揺する。
「おい、起きろ」
「……あうぅ」
リーファは薄くまぶたを開けて、目を擦る。
「立て。お前ら、家出か?」
髭ヅラ男のひとりがぼくの腕を掴もうとする。
ぼくはリーファの手を握った。
「ワールドイズマイン」
無人となった馬車の荷台から、ぼくらは地面に降り立った。
すぐ目の前には、無数の家々の灯りが見える。かなり大きな町のようだ。
少し離れた位置に、やたら背の高い樹木が生えている。その太い幹の陰に、ぼくらは身を隠す。
「ワールドイズノットマイン」
幌馬車の荷台から髭ヅラの男たちが飛び出して来て、辺りを見回している。
彼らの目を避けつつ、ぼくはリーファの手を引いて町の入場門を目指す。
恐らく、ここは〈オーハス〉の町だ。
学園からほど近くて、大きな町といえばそこくらいしか思いつかない。来るのは初めてである。
煉瓦造りの塀は、高さ五メートル超。その一角に人だかりが出来ていた。
そこには門が設けられており、兵士らによる身分確認が行われていた。集っているのは、その順番待ちをする人々だ。
門前にある台座に、人間の頭部ほどの大きさの水晶玉が置かれている。
町への入場希望者はそれに手を触れさせられ、前科の有無などが判定される。好ましくない者は入る事を許されない。
大きな町の入口では、ごくありふれた光景だ。
ぼくらの行為は、すでにこの町にも伝わっているのだろうか?
把握されているとすれば、確実に水晶玉はぼくらが町へ入る事を拒むだろう。さらに、その場で兵士らに身柄を拘束されてしまう。
まあ、それを回避して門をくぐるくらい、ぼくには造作もない事だけど。
リーファの手をぼくは握る。
「ワールドイズマイン」
兵士らも、門の前で待つ人々も一斉に姿を消す。
静寂に包まれた門の中を、ぼくとリーファは悠々と通り抜けた。
「ワールドイズノットマイン」
町の中央を貫く大通りは人々で溢れていた。
ぼくはその数もさる事ながら、密度に圧倒されてしまう。
正確に言えば、人だけではない。様々な種類の亜人も含まれていた。
ぎゅうるるぅー。
派手な音を響かせたのは、リーファのおなかである。
ちょうど夕食時だ。通りに立ち並ぶ多種多様な飲食店からは、あらゆるおいしそうな匂いが漂ってきて鼻と胃袋を直撃する。
「はら、減ったのか?」
「へった」
「ぼくもだよ」
無駄遣いはしたくないから、あまり贅沢はできない。
とりあえず、店構えなどから判断してさほど高級そうでないお店に入った。
メニューを見ると、お手頃な価格のようだ。
おすすめのパスタを、二人前注文する。
運ばれてきたのは、魔獣肉を用いたミートソースパスタ。甘辛くて濃厚なソースが、もちもちのパスタとよく絡んでおいしい。
リーファを見ると、まるでスープをすくう要領でパスタを口へ運ぼうとしている。当然、麺はほとんど、口へ到達する前にフォークからすべり落ちてしまう。
「いいか? こうするんだ」
ぼくは手本を示す様に、フォークにパスタをぐるぐると巻きつけて見せる。
リーファはそれを真似して、一生懸命にフォークを動かす。覚束ない手つきで巻きつけたパスタを口へ運ぶと、リーファは眼を見張る。
口の周りをソースまみれにしながら、夢中でパスタを食べはじめた。
宿は、町で一番安いランクの所を選んだ。
それでも手持ちの資金は、もはや枯渇しそうである。
(生活するのって、お金が掛かるんだな……)
ぼくは部屋に入るなり、外套のポケットから一枚の
水色の半透明、片手に収まる程の大きさで、表面には掌を象った模様が刻印されている。
ステイタスを確認するには、主に二つの方法がある。
【鑑定士】に視てもらう。
もしくは、【鑑定】の機能を持つ
ぼくが手にしている
現在のLV、HPとMPの現在値/最大値。
比較的安価であるため、学園では各クラスに一台ずつ支給されている。
ぼくは、備品庫からひとつ拝借してきた。……いや本当、借りただけだから。
目の前に、数値の羅列が浮かび上がった。
氏名:ワイズ・ブルームーン
LV:7
HP:125/125
MP:438/504
……MPが思いの外、減っているな。
馬車での移動中に、恐らくマックスまで自然回復したはず。
その後は、二度、【世界はぼくのもの《ワールドイズマイン》】の使用したのみ。馬車から逃げた時と門をくぐった際、合わせて三十秒ほど。想定より、倍近く消費している。
もしかして……。
「リーファ、ちょっといいか?」
ぼくは、ベッドの上でへそ天で寝転がっているリーファの手を掴んだ。
「ワールドイズマイン」
1、2、3、4、5。
「ワールドイズノットマイン」
すかさず
MP:428/504
やっぱりだ。
リーファが一緒だと魔力の消費量も二人分、即ち倍になるらしい。この点は、留意しておくべきだろう。
「よし、リーファ、お前のステイタスも……」
ぼくは
この鑑定器は、掌を置いた本人しか数値を確認する事ができない。個人情報保護の観点では優れた機能といえる。
が、リーファはきっと文字も数字も読めない。
一応、彼女に
目の前に浮かんでいるはずの数値を伝えさせようと試みるも、ムリだった。
……まずは、文字の読み書きを教える必要がありそうだ。
「今日はもう寝よう」
ベッドに横になると、リーファはぼくの寝床に潜り込もうとする。
「いや、お前ははそっちだよ」
ぼくは隣のベッドを指差す。何の為に割高なツインの部屋を借りたと思っているんだ?
リーファは意味がわからないような顔で、首を傾げている。
ぼくはなかば無理矢理に、彼女を隣のベッドへ連れていき寝かせる。
「おやすみ」
「……あう」
リーファは、ひどく寂しそうな顔でこちらを見ている。
そんな風に見られると、ぼくがすごく冷淡な事をしている気分にさせられてしまう。
妙な罪悪感をおぼえつつ、ぼくは室内の魔導灯を消した。
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