約束だからね
「これから、どうするの?」
エリイから問い掛けられ、ワイズは苦笑いを浮かべつつ答える。
「とりあえず、どこかで身を隠すしかないかな」
「そう……だよね」
「さすがに、
「ちょっと待ってて」
本棚の上に置かれた陶器のブタ型の貯金箱を、エリイは両手で持ち上げる。力任せにそれを机に叩きつけた。
散らばった破片を除け、かき集めた銀貨や銅貨をワイズの掌に乗せる。
驚いて眼を見張る彼に、エリイは言う。
「きっと、必要になると思うから」
「いや、悪いよ」
お金を返却しようとするワイズの手を、エリイは押し留める。
「あげる訳じゃないからね」
「か、返せるかどうか……」
「ダメッ!」
ワイズの弱気な言葉を、エリイは強い口ぶりで遮る。
「返すって約束してよ」
このままお別れなんて、イヤだ。そんなの、ゼッタイに。
「必ず、またここへ戻ってきて」
つついたら泣き出しそうな顔で見つめてくるエリイ。ワイズは頷きを返す。
「……わかった」
「約束だからね」
「うん、必ず戻ってくる」
ようやくエリイの顔に笑みが浮かんだ。
つられた様に、ワイズも微笑む。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「もう?」
「あまり長居すると、エリイに迷惑かけてしまうかもしれないから」
「そんな事……」
「ぼくらは追われている身だからね」
「けど、どうやって?」
そもそも、ここまで入って来られた事が不思議である。
女子寮は、当然、男子は立入禁止だ。
門前には守衛さんが常駐しており、その目を盗んで侵入するなんて容易ではないはず。
ワイズは隣に立つリーファの手を握ると、何かを小さくつぶやいた。
次の瞬間、二人の姿がフッとエリイの目の前から消えてしまう。
室内はおろか、ドアを開けて廊下を見渡してもワイズたちは何処にもいない。
……す、すごい。
エリイは呆気にとられる。同時に確信する。
(ワイズは、すごい能力の持ち主なんだ!)
一方で、こんな事も頭をよぎってしまう。
(……リーファが羨ましいな)
二人の置かれている立場を考えたら、そんな事を思うのは不謹慎だよね。
エリイは、自らの頭をこつんと叩いた。
◇
既に日は傾きかけていた。
できれば暗くなりきる前に、どこかへ移動したかった。
夜になってからの行動には、様々なリスクがつきまとうから。
ぼくは、校舎の裏門付近に大きめの幌馬車が停まっているのを見つけた。
すぐ傍らには、御者か作業員らしき格好の男たちの姿もある。
学園では日々、食料を始めとする膨大な物資が必要となる。何せ、生徒だけでも三百名近くが在籍している。
それらの運搬を担う馬車は、ひっきりなしに学園へやってきているはずだ。その一台であれば、時間帯から考えて帰路につく所だろう。
「ワールドイズマイン」
辺りには、誰もいなくなる。
ぼくとリーファは馬車へ駆け寄り、荷台へと上がった。
幌の中には、樽と木箱がひとつずつ積まれているだけ。それらも中身は空っぽだ。やはり物資の配送を済ませた後のようだ。
ぼくらは木箱の陰に、座りこんだ。
「ワールドイズノットマイン」
逃げ出すくらい、いつでもできた。
ぼくのスキルさえ用いれば、それは指を鳴らすくらい簡単な事だ。
投票前に逃げなかったのは、エリイの存在があったから。
彼女とぼくが幼馴染である事は、クラスメートたちも知っている。
ぼくが逃げたら、クラスの男子は有力な投票先を失う事になる。憤懣の矛先がエリイに向く可能性は否定できない。
男子と女子では投票の対象が異なる。けど、ぼくのせいでエリイが不利になるかもしれない状況だけは避けたかった。
ぼくが贄に決定した後でも、逃走の機会はいくらでもあった。
投票結果の発表直後や、移送用の馬車に乗せられる前……。
実行に踏み切れず躊躇していたのは、リーファの存在が気に掛かっていたからだ。
無論、ぼくにはリーファを助ける義務も義理もない。
けど、階段の踊り場で、リーファはぼくの身体へ頭を何度も擦り付けてきた。
多分、ぼくへ感謝の気持ちを伝えてきていたのだと思う。
子供の頃、近所で飼われていた犬が飼い主の子によくあんな風にしていた。
ぼくは、ずっと他人からろくに相手にされず生きてきた。
無能だと思われていたから。
人から、あんな風にストレートに感謝の念を示されたのは初めてかもしれない。
ぼくには、リーファを見殺しにするなんてできなかった。
彼女と共に逃げる方法はないかと考え、隙を窺っているうちに、闘技場へと到着していた。
結果として、無事、ふたりとも逃げられたから良かったけど。
程なくすると、外から鞭を振るう音と馬の嘶きが聴こえてきた。
ぼくらの乗り込んでいる馬車が動き出す。
ガタゴトと車体を揺らしながら、薄暗い街道を勢いよく走り出した。
(果たして、どこへ向かうんだろう?)
今は、この馬車に、すべてを委ねるしかないけれど……。
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