一番会いたかった人
エリイはふいに目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。
投票を終えたエリイたちは、寮へと戻った。
ノンからは「気晴らしに、一緒にどこかへ出掛けない?」と誘われたけれど、とてもそんな気分にはなれなかった。
何もする気になれず、ひとり部屋で机で突っ伏していたら眠りに落ちていた。
すごく怖い夢を見ていた気がする。けど、内容はよく思い出せない。
(どんなだっけ……)
そこでエリイは、ハッとさせられる。
恐ろしい事は、現実でこそ起きたのだと気付かされたから。
今、何時だろう?
窓の外は、まだ明るい。けど、ワイズはきっとすでに……。
エリイの青い瞳に涙が溢れてくる。散々、泣いたはずなのに不思議だ。
(涙って、無限に湧いてくるのかな)
トントン。
部屋のドアがノックされる。
クラスの誰かが、心配して様子を窺いに来てくれたのかもしれない。けど今は正直、誰とも会いたくはなかった。
ずっと泣き続けていたから、きっと酷い顔をしているはず。
居留守を使うつもりでいたら再びノックの音。
さすがに無視はできない。エリイは指先で涙を拭った。
鏡を見ると、目は真っ赤で頭もボサボサだ。
髪だけ軽く整えてから、エリイは部屋のドアを開けた。
外には誰もいない。
廊下へ出て左右を見渡すも、人の姿はどこにも見当たらなかった。
(いたずら? 誰なの、こんな時に……)
ため息と共に、エリイはドアを閉じる。
室内へと視線を戻した途端、時間が止まった気がした。
エリイが一番会いたかった人がそこにいた。
「わ、ワイズ?」
ベットの傍らに佇むワイズが軽く微笑んだ。
(まだ、夢を見ているの?)
エリイは自らの頬をぎゅっと抓ってみる。
痛い、ふつうに。夢じゃない!
ワイズに駆け寄ると、エリイは彼の身体にそっと手を触れた。
いる……ワイズは、確かにここにいるッ!
問い質したい事は山ほどあった。
なんで、どうやって?
けど、エリイはまずはとにかく、ワイズにぎゅっと抱きついた。
「わたし、信じてたよお。ワイズならきっと平気だって」
とっくに枯れ果てたと思っていた涙が、またもエリイの瞳から零れ落ちる。
「ワイズはすごいから、賢いから、優しいから。だから、だからッ……」
溢れる思いを言葉にしようとするが、とても追いつきそうになかった。
「エリイ、ごめん。ぼくらは、あまりゆっくりはしていられないんだ」
……ぼくら?
そこでエリイは、室内にもうひとり存在する事に気づく。
隠れる様にワイズの背中にぴったりとくっつく空色の髪の小柄な少女がいた。
「リーファ、あなたも無事だったのね」
「あう」
ワイズがそわそわしつつ、エリイに言う。
「ひとつ、頼みがあるんだ」
「な、何?」
「服を貸してほしくて」
「えッ」
「あ、リーファにだよ。ぼくらは今、いわばお尋ね者だから」
ワイズの服装は濃紺色の上下に、カーキ色の外套を羽織っている。目立つのを避ける目的で選んだ色合いだろう。
一方のリーファは、ライトブルーの制服姿のままである。確かに人目を引いてしまいそうだ。
「ちょっと待ってて」
エリイはクロゼットを探り、なるべく地味めな色の衣服を選んで取り出す。
深緑色のワンピースとグレーのニーソックス。
それらをリーファに渡す。けど、受け取ったまま彼女はキョトンとしている。
「わたしが、着させてあげるね」
「う、うん、頼むよ」
ワイズは気まずそうな顔で、部屋の入口へと移動してこちらへ背を向けた。
エリイはリーファの制服を脱がせる。汚れひとつ知らない様な純白の素肌が露になる。
ワンピースを着させて、さらにニーソックスを履かせた。
(顔も隠せた方がいいかな)
クロゼットの中に、フード付きの衣服は一着しかなかった。魔獣の毛を用いた茶色くてもこもこの外套である。
それをリーファに羽織らせると、思った以上に似合っていた。
エリイから見ても、リーファは美少女と呼ぶに相応しいと思う。
「終わったよ」
こちらを向くワイズに、エリイは問い掛ける。
「どうかな?」
「ぼ、ぼくに聞かれても」
戸惑いの顔をするワイズ。彼は普段からおしゃれにはまるで無頓着だから仕方ないか。
「わたしはすごくかわいいと思うよ」
リーファがエリイをじーっと見つめてくる。無垢そのものを思わせる透き通った瞳。
エリイは思わず、目をそらしてしまう。
結局、エリイは投票用紙に誰の名前も書く事ができなかった。
だって、書けるわけないよ。たとえ、あまり好きではない子の名前であっても……。
けど、クラスメートの何人かは、リーファの名前を書いた。その中には、エリイと仲が良い子も含まれているのかもしれない。
リーファがエリイのそばへ歩み寄る。
「な、なに?」
すると、エリイのお腹にリーファは自らの頭を擦り付けた。
「ひっ、へ」
その様を見て、ワイズはくすりと笑う。
「たぶん、エリイに感謝を示したんだと思うよ」
「そ、そうなの?」
「あう」
あるいは、エリイを慰めてくれようとしたのかもしれない。
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