全ての物はぼくのもの


 スキルがなければ、ぼくはあまりに無力である。それは重々、自覚している。


 ともかく優先すべき事はMPの回復だ。枯渇してしまえば、せっかくのスキルも宝の持ち腐れである。

 MPは時間の経過とともに自然と回復するが、じっとしている方がより回復の速度は早い。まずは、ゆっくり休めそうな所を探そう。


 兵士らは恐らく血眼になってぼくらを捜索しているだろうから、もちろん闘技場へは戻れない。

 かといって森の中は、危険な魔獣と遭遇するリスクがある。


 用心を怠らずに、しばらく森の中を歩いていると細い林道へ出た。地面には交錯する車輪の轍が乱雑に残されている。

 こうした人の往来が頻繁な場所へは、魔獣はあまり寄り付こうとはしない。

 とりあえず、道端に腰を下ろしてこの場で休息を取る事にした。


 静かで穏やかな時間が流れる。


(ちょっと、眠たくなってきたな……)


 リーファも隣でうつらうつらし始めている。

 が、急に彼女は跳ねる様に立ち上がると、姿勢を低くして、近くの茂みを凝視しだす。


「がう、がうがうッ!」 


 強い敵意と警戒心が窺える吠え方だ。どうやら、茂みの奥に何か潜んでいるらしい。


(……魔獣か?)


 ぼくも立ち上がって身構えた。


 ゴソ……、ガサゴソッ。

 茂みの葉が、激しく揺さぶられる。 

 リーファはぴょんと飛び跳ねて、ぼくの背中の後ろへと隠れた。


(おいおい、そんなにヤバい魔獣なのか……)


 草むらを掻き分けて、ひょっこりと姿を現したのは人間だった。 

 粗末で古びた革鎧を身に着け、小太り。薄汚れた無精ひげだらけの顔をした中年男である。


 ぼくは、拍子抜けしつつも安堵する。


 男はこちらを見て、訝しそうに眉根を寄せた。


「お前ら、こんな所で何してんだ?」

「いや、その……」


 客観的に見れば、場違いなのは圧倒的にぼくらの方だろう。

 何せ、二人とも学園の制服姿である。


「迷子にでもなったのか?」

「そ、そんな所です」


 説明するのが面倒なので、そう答えておいた。本当の事など言えるはずがないけど。


 男は目と首を忙しく動かして、辺りの様子を窺いだす。

 こちらへ向き直ると、ごく当然の様な動作で腰から短剣ダガーを引き抜く。


「とりあえず、金目のもん置いてけ」


 ……野盗かよ。

 下手すると、魔獣よりもよほどタチの悪い存在に遭遇してしまったのかも。


「そんなもの、持ってません」


 つい先程まで、ぼくらは魔族の生贄だったのだから当然だ。


「学園の坊っちゃん嬢ちゃんだろ?」

「本当、何もないです」


 野盗は顔を顰め、舌打ちする。ただ、ぼくの背後を覗き込むと、いやらしい笑みを浮かべて言う。


「ならば、その女よこせ」

「……」

「よく見りゃあ、なかなかのタマじゃねえか」

「あうぅ」


 リーファはぼくの背中にしがみつく。

 ぼくは野盗をにらみつけて言い放つ。


「うせろ」

「……てめえ、自分の立場わかってんのか?」


 野盗は短剣ダガーの刃先を、ぼくのすぐ眼前にちらつかせてくる。


「それは、こっちのセリフだ」

「あ?」


 ぼくはリーファの手を握る。


「ワールドイズマイン」


 野盗の姿は、ぼくの目の前から忽然と消えた。粗末な革鎧一式と、短剣ダガーだけを地面に残して。

 その短剣ダガーをぼくは拾い上げる。


 ぼくがものを手にした状態で〈もとの世界〉へ戻ると、どうなるか?


「ワールドイズノットマイン」


 短剣ダガーはぼくの手に握られたままだ。


 ぼくが手にしたものは、〈こちらの世界〉へ持ち出す事ができる。

 ただ、同じものは世界に二つ存在する事はできない。

 恐らくそれは、この世界の厳然たる法則ルール……。


「えッ?」


 野盗は思い切り目を見張った。

 突然、自らが手にしていた短剣ダガーがなくなったのだから、驚くのも無理はない。


 ぼくが〈ぼくの世界〉からものを持ち出す。すると〈こちらの世界〉にあったそれは消滅する。


「ど、どうやって」


 問い掛けた野盗は、何か察した様にハッとした顔をする。


「て、てめえ、どんなスキルを?」

「答える義務はない」

「【盗賊】のスキル……」


 どうもぼくの【世界はぼくのものワールドイズマイン】は、様々な類のスキルと勘違いされがちなようである。


 手ぶらとなった野盗の首筋に、ぼくは短剣ダガーの刃先を突きつけた。


「今すぐ、ぼくらの前から消えろ」

「ま、まて、その短剣ダガーは返してくれ」

「断る」

「頼むッ、大事な商売道具なんだよ。そいつがないと……」

「うせろ。さもなくば、刺すぞ」

「ひいッ!」


 野盗は慌てふためいた様子で、転びそうになりながら木々の奥へと走り去って行く。


 ぼくは、改めて自らとリーファの姿を見やる。


 どちらも鮮やかなブルーの制服。森の中ではいかにも目立つ格好である。

 それは町中であっても同様……いや、余計に人々の目を引いてしまうかもしれない。

 明らかに、逃走中の身に相応しい服装ではないよな。


 着替えたい所だけど、服を買うお金なんて持っていない。


(一度、学園の寮へ……いや、あそこへ戻るのはさすがにリスキーすぎるか)


 あるいは、まさかぼくらが戻ってくるとは誰も思っていないかもしれない。


 歩いていけない距離ではない。

 さて、どうしようか……。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る