贄の候補


 かつて、人族と魔族は戦争状態にあった。


 敗色濃厚となった人族側は、停戦の条件として魔族との間でいくつかの約束を結ばされた。


 そのうちのひとつ。


 人族は年に一度、魔族へ生贄を差し出さなければならない。

 十三歳の男女を各一名ずつ。


 生贄を選定する方法についても、詳細に規定されている。

 まず魔族側が、人族の各王国内にある全学園の中から、十三歳の生徒が所属するクラスをひとつ任意で選び出す。


 それが、『贄の候補』となる。


 候補に選ばれたクラスの生徒たちは、贄となる男女一名ずつを投票により決めければならない。


 なぜ、そんな方法でないといけないのか?

 魔族側から一切の説明はない。


 ただ、講和会議が行われている段階で、人族側にもはや継戦の余力は皆無だった。

 理不尽な要求であっても、受け入れざるをえなかったのだろう。


 ちなみに、贄に選ばれるのは『大変な栄誉』とされている。人族の平和と安寧を保つのに、大いに貢献した事になるからだ。

 先生が、「おめでとう」と言ったのは、そのためである。

 本気でそう思っている人なんて、まずいないのだろうけど。


「投票は午後一時からの開始。それまで、諸君らが校内から出る事は禁じる」


 それは外の様子を見れば言わずもがなだ。

 外部との連絡も、一切禁止らしい。


「もう一つ、キミらに伝える事がある」


 ノーマ先生の表情と口ぶりが、俄に変化したのを感じた。


「わがクラスに今日から新しい仲間が加わる」


 あまりに予想外すぎる報告だった。

 女子の誰かが、戸惑いを隠さずに問う。


「て、転校生ですか?」

「そうだ」


 ……このタイミングで?

 誰もが、そう思ったはずだ。教室内が、俄にざわつく。


「入りたまえ」


 ノーマ先生が、教室前方のドアへ向けてそう呼びかける。

 みなの視線が一斉にそちらへ集まった。けれど、扉が開く気配はない。

 ため息を一つ漏らしてから、先生は前方のドアへと歩み寄ってそれを開けた。


 教室内へ入ってきたのは、真新しいライトブルーの制服に身を包んだ小柄な少女である。


 ぼくらと同年代にしては、やや幼げな印象。胸も、エリイと比べれば控えめだ。

 空色の髪は、腰のあたりまで伸ばしている。

 先生の隣に立たされた彼女は、コバルトブルーの大きな瞳をぼくらへ向ける。


「リーファくんだ。みんな、よろしく」


 そう紹介されても、彼女は不思議そうな顔でキョロキョロとこちらを見回していた。


「ほら、みなに挨拶したまえ」


 先生に肩をポンと叩かれ、リーファはびくっと肩をすくめる。

 彼女は一度、ノーマ先生の方を見る。こくんと頷き、ぼくらへと向き直ると、か細くて小さな声を発した。


「……りいふぁ、です。よおしく、です」


 その言葉には抑揚がなくたどたどしい。

 ぺこりと頭を下げるも、その動作もどこかぎこちなく機械的であった。


「それじゃ、あそこの席につきたまえ」


 先生は、ぼくの隣の席を指差す。

 そこは今、この教室内で、唯一の空席となっている。まるで、無能と思われているぼくの隣だけ、みなから避けられている様に。


 リーファはぽかんとしている。

 ノーマ先生から、身振りや手振りを交えて席へつくよう促される。

 彼女はこくんと頷くと、ようやく教室後方へ向けて歩き始めた。


 クラスの生徒全員から、好奇と戸惑いの視線が彼女へと注がれる。


 リーファが教室の中ほどまで来た所で、ひとりの生徒が席を立ち、そのゆく手を遮った。

 整った顔立ちとスマートな体型の持ち主である男子生徒、ヴィクターである。


「僕は、学級委員長のヴィクター・バロウズ。よろしく」


 微笑を浮かべつつ、ヴィクターは彼女へ右手を差し出す。

 ただ、リーファはそれが何を意味しているのかもわからない様な顔をしていた。


 訝しむような顔をしつつ、ヴィクターは強引に彼女の右手を掴もうとした。

 すると、逃げる様にリーファは一歩退く。

 さらに……。


「あう」


 リーファは吠えた。

 まるで、ヴィクターを威嚇するみたいに。


「がうがう、がうッ!」


 ノーマ先生が、失望を露にしたような深い嘆息を漏らす。


 ヴィクターは目を見張り、固まっている。

 他の生徒たちはみな、ただ呆気にとられている様子だった。

 おそらく、ほとんどの生徒が、彼女が何者であるのかを察したはずだ。

 そのうちのひとりである男子生徒が、口に出して言う。


「ま、魔狼少女?」

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