第8話 ミーコとクリスマス。
今夜は、楽しい夕食だった。うまい焼き肉を腹いっぱい食べて、みんなで笑って、おしゃべりしてミーコのうれしそうな顔を見られて、俺も満足の一日だった。
浴室からは、ミーコとメグミの声が聞こえた。相変わらず、楽しそうだ。
そう言えば、泡ブクブクが何なのか、聞くのをすっかり忘れていた。
洗い物をした母さんが父さんとお茶を飲んでいる。俺は、リビングでテレビを見ていた。
その時、ふと思ったので、考えるよりも先に、父さんに聞いてみた。
「ねぇ、父さん。ミーコは、このまま人間になったままかな? それとも、また、ネコに戻ったりするのかな?」
これは、俺の真剣で深刻な問題だった。獣医をしている父さんなら、もしかしたら、わかるかもしれないと思った。
だけど、答えは、俺の期待した答えではなかった。
「さぁな、こればかりは、父さんにもわからん」
やっぱり、そうか・・・ そうだよな。俺は、ガッカリしながらも納得するしかないと思った。
「ミーコが、どうして人間になれたのか? その原因とか理由がわからないと、なんとも言えんな」
それはそうだろう。それくらいは、高校生の俺でもわかる。
でも、俺としては、人間としていっしょに暮らしていたい。
「ケイタも頭のどこかで、もしもミーコが、また、ネコになってしまったらと、思ったことがあるはずだ」
「イヤ、俺は、そんなこと、考えたことはない。それに、そんなこと、考えたくない」
これが、俺の答えだった。また、ネコに戻るなんて、そんなこと、絶対にイヤだ。
「ケイタの気持ちはわかる。でもな、もし・・・もしも、また、ネコに戻ったとしても、ミーコはミーコで変わりはない。前にも言ったことを覚えているか? 例えネコでも人間でも、ミーコは、家族の一人に変わりはない。違うか?」
「違わない。ミーコは、ミーコだ」
「その通りだ。だから、もし、ネコになってしまったとしても、ケイタは、今まで通りミーコのお世話をすることに変わりはない。そうだな」
「だけど、俺は、ミーコがネコに戻るなんて、絶対にイヤだから」
俺は、ハッキリ言った。これが、俺の正直な気持ちだからだ。
「そうね。ミーコちゃんは、ミーコちゃんだもんね。せっかく、人間になれたんだもの、ネコに戻るなんて、きっと、ミーコちゃんだって、イヤだと思うわ」
母さんの言葉で、救われた気になった。
「ママ、ミーコちゃん、上がるわよ」
その時、風呂場からメグミの声が聞こえた。
「ハイハイ」
母さんは、バスタオルを持って、ミーコを迎えに行った。
「あのね、ママさん、きょうは、おふろでアヒルさんをうかべて、メグミちゃんとあそんだニャ」
「そうなの。楽しかった?」
「うん、とってもたのしかったニャ」
濡れた身体を拭いてもらいながら、ミーコは俺にも聞こえる声で話していた。
そんな声を聞くと、ますますネコに戻ってほしくなかった。
「ごしゅじんさま、アヒルさんは、ガァーガァーってなくニャ」
「そうだな。それじゃ、今度、本物のアヒルさんを見に、動物園にでも行こうか」
「ウニャ、いくニャ。いきたいニャ」
そう言って、ミーコは、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる。
「今度の日曜日にでも、行ってきたら。お母さんがお弁当を作ってあげるから」
「ウニャ~、うれしいニャ」
ミーコは、濡れた髪を拭いてもらいながら母さんに抱きつく。
「少し、じっとしろ。髪がグシャグシャになるだろ」
俺は、ミーコをおとなしくさせる。そして、髪を櫛でとかしながらドライヤーで乾かしてもらっていた。
パジャマに着替えて、風呂から上がったメグミと、買ってもらったクレヨンで、早速、絵を描き始めた。
その間に、俺は、風呂に入る。俺は、浴槽に体を沈めながら、いつまでもミーコといたいと思った。
ミーコは、まだ子供だし、少し大きな赤ちゃんみたいだ。これから、大きくなるだろう。成長したミーコを見てみたいと思ったし、大きくなるミーコの傍にいたいと思った。俺にも兄として、保護者として、御主人様としての自覚が出てきたのかもしれない。
風呂から上がると、眠くなったミーコを連れて、部屋に行った。
ベッドの中で、ミーコが寝るまで、俺は絵本を読んで聞かせた。
それが、毎晩の日課だった。学校の図書館で借りてきた絵本を毎日読んでやった。
ミーコは、笑ったり楽しそうに俺の下手な絵本の読み聞かせを聞いていた。
中でも、一番のお気に入りは『迷子の子ネコちゃん』という話だった。
迷子になった子ネコは、自分のウチを探しに街を歩く。
その時に、犬やスズメ、ネズミやカエルなどと知り合って、無事に家に帰るという話だ。
ミーコは、何度もこの絵本をねだった。自分がネコだから、この話が好きらしい。
俺は、ミーコの言う通り、何度もこの絵本を読んで聞かせた。
そのウチ、ミーコは、寝てしまう。眠りについたミーコをベッドの中で優しく抱きしめて髪を撫でてやる。ミーコの小さな可愛い寝息が聞こえる。可愛い寝顔をすぐ傍で見られることに俺は、優越感を抱くようになった。ミーコを独り占めできる瞬間なのだ。
「おやすみ、ミーコ」
「ムニャムニャ・・・」
ミーコは、寝言のようなことを言いながら、スヤスヤ寝ている。
俺は、そんなミーコを見ながら、眠りについた。
ミーコの見る夢は、どんな夢なのか?
きっと、俺のお嫁さんになる夢なんだろう。それが、実現するといいなと思う。
翌朝、俺とメグミは、いつものように学校に向かった。
母さんとミーコに見送られながら行くのも、いまじゃ、すっかり慣れてしまった。
「あのさ、お兄ちゃん、ミーコちゃんのクリスマスプレゼントって決まった?」
いきなりメグミに言われて、俺は返事に困った。実は、まだ、何も考えてないのだ。
「その顔じゃ、まだ、考えてないよね」
俺は、返事ができなくて、黙るしかなかった。
「あたし、考えたんだけど、ミーコちゃんのクリスマスプレゼントって、お兄ちゃんと結婚するってのはどう?」
「ハァ? なに言ってんだよ」
「もう、本気にしないでよ。お嫁さんごっこよ。だって、ミーコちゃんは、お兄ちゃんのお嫁さんになるのが夢なのよ。だから、お兄ちゃんのお嫁さんにしてあげるの。どう、いいアイディアでしょ?」
「イヤ、でも・・・」
「大丈夫よ。あたしとママで、ウェディングドレスを作るから。お兄ちゃんは、黙って隣にいればいいだけだから簡単でしょ。ミーコちゃんには、最高のクリスマスプレゼントになると思うんだけどな」
確かにいいアイディアだけど、お嫁さんごっこなんて、なんだか子供っぽい気がして、あまり気が進まない。
「ねっ、お願い、協力して」
メグミに言われると、俺も無下に反対はできない。しかも、ミーコのためだし、それで喜んでくれるならお安い御用でもある。何より、クリスマスプレゼントを考えてない俺だから、メグミの考えもいいかもしれない。
「それじゃ、やってもいいけど、どうやるんだよ? 子供用のドレスなんてないだろ」
「大丈夫よ。あたしにいい考えがあるから、任せておいてよ。お兄ちゃんは、お婿さんで、パパにカメラマンしてもらうから」
そう言うと、メグミは、足取りも軽く、学校に歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら、俺は、期待と不安が入り混じった、複雑な気分になった。
俺たちが学校にいる間のミーコは、友だちのネコたちと遊んだり、父さんの動物病院でくつろいでいる。
そして、俺たちが下校する時間になると、校門の前で待っていてくれる。
今日も校門の前でミーコが待っていた。いつものように、俺は、ミーコと手を繋いで帰る。しかし、この日は、ちょっと違った。あらかじめ、メグミからすぐに帰らず、少し寄り道してから帰るようにスマホのメールで言ってきたので、俺は、ミーコを連れて、駅前のハンバーガーショップに向かった。
「お腹空いてるだろ?」
「うん、すいてるニャ」
母さんが作る弁当では、足らないらしい。ミーコは、食いしん坊なのだ。
「ちょっと、寄り道して帰ろうか」
そう言って、駅前のハンバーガーショップに入った。
ミーコは、ハンバーガーは、大好きなのだ。
俺は、席にミーコを座らせて、ハンバーガーのセットを買ってきた。
今日は、てりやきバーガーとココアのセットだ。
ミーコは、袋を破くと、早速、一口齧った。
「ウニャウニャ・・・ごしゅじんさま、とってもおいしいニャ」
ミーコは、相変わらず、ウニャウニャ鳴きながら食べる。口元が、ソースだらけだ。
「口を拭いて」
俺は、ナプキンでミーコの口を拭いてやる。しかし、大口を開けて食べるので、また、口元がソースだらけになる。
でも、ミーコは、おいしそうにニコニコしながら食べるので、注意もできない。
そして、ミルクたっぷりのココアを飲む。
「ごしゅじんさま、これは、あまくておいしいニャ」
「それは、ココアって言うんだよ」
「ココア? おぼえたニャ」
幸せそうな顔を見ていて飽きない。ミーコは、何でもおいしそうに食べてくれる。
ハンバーガーを食べると、手を繋いで、散歩しながら帰る。
時計を見ると、一時間くらい経っていた。歩いていると、途中の公園で、白ネコで化け猫のシロに話しかけられた。
「そこの飼い主」
いきなりだったからビックリして足が止まった。見ると、知らないウチの家の壁に乗っているシロと目が合った。
「シロ」
「今日のミーコは、ご機嫌だな」
「うん、ごしゅじんさまとハンバーガーをたべたニャ」
「そうか、それは、よかったな」
ミーコとシロが会話を始めた。
「人間、ミーコの夢をかなえてやれよ」
「わかってるよ」
俺は、面倒に思って、軽く答えた。ネコと会話するなんて、どう考えてもやっぱりおかしい。
「わしは、お前を信じているぞ。必ずかなえてやれよ。人間としての悔いを残さないようにな」
それだけ言うと、シロは、壁の向こうに消えてしまった。
いったい、なにを言いたかったのか? 悔いを残さないようにって、どういう意味なのか?
この時の俺は、まったくわからなかった。でも、それは、いずれ来る、悲しい別れの始まりだったのだ。
「ただいま」
「ただいまニャ」
俺たちは、家に着くと、玄関を開けながら言った。
「お帰り」
出迎えてくれたのは、メグミだった。
「早めに帰宅したの。やることあったから、部活は、サボっちゃった」
そう言って、メグミは笑った。手を洗いに洗面所に行くミーコを見てからメグミが言った。
「お兄ちゃん、ありがとね」
「それで、もう、できたのか?」
「クリスマスまでには、出来るから」
いったい、何を作っていることやら、俺には、さっぱりわからないし、聞いても教えてくれない。
手を洗ってきたミーコと俺は、夕飯ができるまで、ひらがなの練習をすることにした。
今日は、ば行とぱ行だ。ミーコには、難しいかもしれない。
それでも、ミーコは、ノートに何度も書いて練習している。
しばらくすると、母さんが帰宅した。
「ただいま。今、夕飯を作るからね」
「ママさん、おかえりニャ」
「今夜は、すき焼きよ」
「ミーコ、今夜は、すき焼きだって。楽しみだな」
「うん、たのしみニャ」
ミーコは、そう言って、うれしそうに言った。だけど、ミーコは、すき焼きは、まだ食べたことがないので知らない。
果たして、ミーコは、すき焼きというのを食べてくれるだろうか??
それからは、箸の使い方の練習をして、夕飯ができるのを待つことにした。
その間、メグミは、母さんと何やらひそひそ話をしている。何を話しているのか気になる。その後、父さんが帰宅して、お楽しみの夕飯ができた。
テーブルにカセットコンロを用意して、鍋に肉と野菜を入れてグツグツ煮込む。
それをミーコは、興味深そうに見ている。鼻をクンクンさせて、うまそうなニオイを嗅いで、自然とよだれが出てきた。
「ミーコ、まだ、早いぞ」
そう言うと、ミーコは、恥ずかしそうによだれを拭いた。
「さぁ、もういいわよ」
「いただきます」
「いただきますニャ」
母さんの声で、俺たちは、箸を伸ばす。
「ミーコ、そのまま食べると熱いから、卵を付けて、フーフーしてから食べるんだぞ」
俺は、ミーコに食べる見本を見せると、ミーコは、俺の真似をして食べ始める。
フーフーと息を何度も吹きかけて、卵を付けて、一口食べる。
「ウニャウニャ・・・ごしゅじんさま、これは、すごくおいしいニャ。ママさん、これは、すごいニャ」
「アラアラ、そこまで言わなくてもいいのよ」
母さんもまんざらでもない顔をして、ミーコに肉や野菜を取り分ける。
ミーコは、よく冷ましてから、それを口に頬張り、ご飯を食べる。
「ムニュムニュ・・・ ごはんがいくらでもたべられるニャ」
ミーコは、習ったばかりの箸を器用に使って、ご飯を食べる。
「もうすぐ、クリスマスね。ミーコちゃん、楽しみにしててね」
「うん、たのしみにしてるニャ」
ミーコは、メグミに笑顔を向けた。
「おい、メグミ、いったい、何をしてるんだよ?」
俺は、すき焼きに夢中のミーコを気にしながら、こっそりメグミに聞いてみた。
「当日までのお楽しみよ。きっと、お兄ちゃん、ビックリするから」
そう言って、メグミは、ミーコに負けじとすき焼きに箸を伸ばす。
クリスマス当日は、相当ビックリするらしい。いったい、何をするんだろうか??
俺は、なにも想像がつかない。
夕食が済むと、メグミはミーコと風呂に入る。そのタイミングで、母さんに聞いてみた。
「母さん、クリスマスにメグミは、何をする気なの?」
「決まってるでしょ。ミーコちゃんの夢をかなえてあげるのよ」
「そうは言っても、何をするんだよ」
「ミーコちゃんの夢は、ケイタのお嫁さんになることでしょ。もう、忘れたの?」
「忘れてないけどさ・・・」
「だったら、黙って見てなさい」
母さんは、そう言って、楽しそうに片づけをしていた。
そばで見ている父さんも、なんだか楽しそうだ。
「父さんは、知ってるの?」
「カメラマンは、任せておけ。最高の一枚を撮ってやる」
父さんの隠れた趣味は、カメラなのだ。仕事が獣医だけに、撮るのは動物の写真が多いが、いったい、何を撮る気なのだろうか?
ミーコとメグミが風呂から上がると、交代で俺が風呂に入る。
風呂に入っているときにもいろいろ考えるが、何をしようとしているのか、まるで見当もつかない。
その後、着替えて、俺はミーコと部屋に戻った。
いつものように、絵本を読み聞かせる。今夜の絵本は『ニャンコの冒険』だった。
毎日、飼い主を迎えに駅まで行くネコの話だった。家から駅までは、ほんの数分の距離でもネコにとっては、車も走っていれば、人もたくさん歩いている。
危険もたくさんあるだろう。ネコにとっては、毎日が大冒険なのだ。
そんな話が、ミーコは、好きだった。
「あたいも、ごしゅじんさまをむかえにいつもぼうけんしてるニャ」
「そうだな。いつも、ありがとな」
そんなたわいのない話をしながら、今夜も眠りについた。
そして、学校は、冬休みに入り、今夜はクリスマス・イブだ。
街中が、クリスマス一色で、待ちゆく人たちも浮かれている。
俺は、母さんに頼まれた鶏肉など、今夜の夕飯の買い物に、ミーコを連れて行く。
その間に、メグミと母さんは、クリスマスケーキを作っている。
この日は、父さんも仕事を早めに切り上げて、ウチで準備をしている。
買い物は、ほんの一時間ほどで終わった。俺とミーコは、買い物袋を抱えて帰宅した。
「お帰り。ちょうど、準備ができたところよ。余り暗くならないうちに、先にやるから、ケイタは、スーツに着替えてきなさい。ミーコちゃんは、こっちでお着替えよ」
母さんに言われて、俺は、首を傾げながら部屋に戻って、スーツに着替えることにした。少し前に親戚の結婚式に出るときに、買ってもらった礼服だった。
あのとき以来、一度も袖は通していなかった。
そんな大袈裟なことをしなくてもと思いながら、ネクタイを何度も結び直した。
心配した父さんが部屋に見に来た。
「なんだ、ネクタイも一人で結べないのか?」
「だって、あの時しか、やったことがないんだからしょうがないじゃん」
「まったく、就職したら、毎日、ネクタイするかもしれないだろ。今のウチから、慣れておけ」
そう言って、父さんは、ネクタイを結んでくれた。
「いいか、今日は、ちゃんとミーコを見てやれよ」
「どういう意味?」
「ケイタは、花婿として、花嫁のミーコをちゃんと見てやれっていう意味だ」
そう言われても、俺には、ピンとこない。いくら結婚式とはいえ、真似事でホントではない。
ここまで、やることなのかと、俺は、まだ、実感がわかなかった。
「鏡を見て、髪もきちんとしろ」
父さんは、ヘアースプレーで、いつもボサボサの短い髪をきれいに整えてくれた。
「よし、こんなもんだろ」
そう言うと、父さんと俺は、一階に降りた。
リビングに行くと、そこには、いつもの壁に弾幕がかけてあった。
『ミーコちゃん、ケイタくん、結婚おめでとう』
そんな弾幕を見て、俺は、目を丸くした。
「ちょ、ちょっと、これ・・・」
「いいでしょ。あたしが作ったのよ」
俺は、言葉が続かなかった。なんと言ったらいいのかわからない。
メグミは、ドヤ顔で胸を張っている。父さんも感心しながら笑っていた。
「お兄ちゃんも結構、いい線いってるよ」
「バ、バカ・・・」
メグミにからかわれて、恥ずかしくなる。
「お兄ちゃんは、そこに待ってて。今、花嫁さんを連れてくるから」
そう言うと、母さんとメグミがミーコを連れて来た。
「ハイ、お待たせ。どう、ミーコちゃん、きれいでしょ」
そう言って、母さんの前に出たミーコを見て、俺は頭から雷が落ちたように体が硬くなった。
「お兄ちゃん、なんか言うことあるでしょ。しっかりしてよ」
メグミが俺に囁いた。だけど、俺は、口が動かなくて、パクパクさせることしかできなかった。
目の前のミーコは、白いドレスを着ていた。もちろん、まだ小さい子供だ。
ホントのウェディングドレスではない。見た目にもわかる手作り感満載だった。
それでも、フリルが付いた裾が広がったドレスで、胸が大きく開いて、白く輝くネックレスが見えた。
シースルーのドレスから延びた小さく細い腕には白い手袋をして、頭にはティアラが乗っていた。顔には、薄いブーケがかかって、恥ずかしそうに俯いている。
「ミーコちゃん、顔を上げて。花嫁さんでしょ」
母さんに言われて、ミーコが顔を上げる。
俺は、ミーコの顔を見て、口を開けたまま固まってしまった。
余りにもきれいだったからだ。可愛いとか、そんなレベルは、はるか遠くに通り過ぎた。見た目は、俺の腰にも届かないほど小さな子供だ。
でも、そのドレス姿は美しかった。
「並んで並んで」
メグミに言われて、俺の隣にミーコが並んだ。
「ミーコ、この台に乗りなさい」
父さんが椅子を持ってきて、その上にミーコを乗せた。
初めて俺とミーコの顔が同じ高さになった。
見ると、ちゃんとメイクもしていて、薄いピンク色の口紅まで塗っている。
「お兄ちゃん、しっかり」
メグミに言われて、俺は、やっと現実に戻ることができた。
「ミーコ、きれいだよ」
「ごしゅじんさま・・・ あたい、およめさんになれたニャ」
「なれたよ。ミーコは、俺の花嫁さんだ」
「うれしいニャ。ゆめがかなったニャ」
俺は、ミーコを見ながら言った。父さんが、しきりに手を上げる仕草をする。
俺は、それに気が付いて、そっと、顔を覆っているブーケを上げた。
その下からは、今まで見たこともない、きれいなミーコの顔が現れた。
メイクをしているとはいえ、きれいで可愛くて、もう、言葉に言い尽くせないほどだった。
「ミーコ、大好きだよ」
「うれしいニャ。あたいも、ごしゅじんさまがだいすきニャ」
お互い見つめ合うと、ミーコの瞳に小さな涙が光るのを見た。
いつものミーコなら、飛び上がって喜んだり、俺に抱きついてくるのに、この時は、静かでおとなしい。
「あたい、ごしゅじんさまのおよめさんになれたニャ」
「そうだよ。ミーコは、お嫁さんになれたんだよ」
ミーコは、小さく頷いた。
「よぅし、こっち向いて、笑って」
父さんが声をかけてくるので前を向いた。すぐにカメラのシャッターの音がした。
「もっと笑って」
「今度は、見つめ合ったりして」
みんな調子に乗って、俺たちをはやし立てる。
「ミーコちゃん、きれいよ」
「ミーコちゃん、お嫁さんになれてよかったね」
母さんたちに言われて、ミーコは、初めてうれしそうに笑った。
「最後は、誓いのキスよ」
「えっ! キスって、ちょっと・・・」
さすがにそれはできない。しかも、親や妹の前でなんて無理だ。
「頬っぺたでいいのよ」
メグミが小さな声で言いながら、自分の頬を指さす。
そう言うことかと、俺は、ホッとした。
そして、ベールを上げて、ミーコの顔を見ながら言った。
「ミーコ、愛してるよ」
そう言って、ミーコの頬に優しく唇を付けた。
すると、ミーコが突然俺に抱きついてきた。乗っていた椅子が転がる。
「お、おい、ミーコ・・・」
「ウニャ~ン、あたい、うれしいニャ。ごしゅじんさまのおよめさんになれてよかったニャ。パパさん、ママさん、メグミちゃん、ありがとニャ。あたい、いっしょう、わすれないニャ」
ミーコは、大感激している様子で、俺は圧倒されてしまった。
ミーコにとっては、最高のクリスマスプレゼントになったようで、俺もホッとした。
その後は、ミーコをお姫様抱っこをしたり、俺と抱き合ったりする写真を何枚も撮られた。
「これくらいでいいだろ。ミーコも気が済んだようだし、そろそろ食事だ。ケイタ、着替えてこい」
父さんに言われて、俺は、部屋に戻って部屋着に着替えた。
ミーコもメイクを落として、いつもの服に着替えてきた。
それぞれがいつもの席に落ち着くと、鳥肉が焼き上がったらしい。
その前に、母さんが手作りのクリスマスケーキがテーブルに並んだ。
「さぁ、いただきましょう」
母さんが取り分けてくれて、俺たちは、ケーキから食べた。久しぶりに食べる、母さんの手作りのケーキだ。
「あぁ~、うまいなぁ。食べたのって、俺が小さいころ以来だよな」
「そうね。ケイタもメグミも大きくなったから、作ったのは、久しぶりね」
母さんも感慨深いみたいで、ホッとしながら一口食べる。
その横では、はやくも口の周りをクリームまみれにしながら、夢中でケーキを食べているミーコがいた。
「ムニャムニャ・・・ おいしいニャ。ごしゅじんさま、ケーキは、おいしいニャ」
さっきまで静かだったミーコが、ウソのように、いつもの賑やかなミーコに戻っていた。俺は、そんなミーコを微笑ましく思いながら見ていた。
その後に出てきた、鳥の丸焼きも、ミーコは、おいしそうに食べ始めた。
「きょうは、とってもいいひニャ」
ミーコは、モゴモゴと口を動かしながら言った。
「ミーコちゃんは、お嫁さんになれてよかったわね。これが、あたしたちからの、クリスマスプレゼントよ。気に入ってくれたかしら?」
「もちろんニャ。ありがとうニャ」
その一言で、すべてが報われた気がした。俺も満足だった。
「お兄ちゃんも、お疲れ様」
「イヤイヤ、俺は、何もしてないから」
「なに言ってるのよ。これは、リハーサルよ。本番は、後に取っておくから、忘れないでよ」
「おいおい・・・」
メグミが本気交じりに言うので、俺は、慌てて否定した。
「お兄ちゃん、前にも言ったわよね。ミーコちゃんを泣かせたら、兄妹の縁を切るって」
メグミの一言に、背中が一瞬冷たくなった。でも、ミーコを泣かせようとは思っていない。
ミーコにとっては、今日という一日は、忘れられない一日になったと思う。
それは、俺も同じだ。きっと、俺も忘れないだろう。
そんなことを思っている横で、ミーコは、チキンにかぶりついていた。
「ウニャウニャ・・・ おにくは、おいしいニャ」
ミーコのそんな顔を見ていると、難しいことは、どうでもよくなった。
このまま素直に成長すると、どうなるんだろう? 大きくなったミーコを想像しようとしても、頭に思い浮かぶのは、今のままの小さな可愛いミーコだった。
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