第8話 ミーコとクリスマス。

今夜は、楽しい夕食だった。うまい焼き肉を腹いっぱい食べて、みんなで笑って、おしゃべりしてミーコのうれしそうな顔を見られて、俺も満足の一日だった。

浴室からは、ミーコとメグミの声が聞こえた。相変わらず、楽しそうだ。

そう言えば、泡ブクブクが何なのか、聞くのをすっかり忘れていた。

 洗い物をした母さんが父さんとお茶を飲んでいる。俺は、リビングでテレビを見ていた。

その時、ふと思ったので、考えるよりも先に、父さんに聞いてみた。

「ねぇ、父さん。ミーコは、このまま人間になったままかな? それとも、また、ネコに戻ったりするのかな?」

 これは、俺の真剣で深刻な問題だった。獣医をしている父さんなら、もしかしたら、わかるかもしれないと思った。

だけど、答えは、俺の期待した答えではなかった。

「さぁな、こればかりは、父さんにもわからん」

 やっぱり、そうか・・・ そうだよな。俺は、ガッカリしながらも納得するしかないと思った。

「ミーコが、どうして人間になれたのか? その原因とか理由がわからないと、なんとも言えんな」

 それはそうだろう。それくらいは、高校生の俺でもわかる。

でも、俺としては、人間としていっしょに暮らしていたい。

「ケイタも頭のどこかで、もしもミーコが、また、ネコになってしまったらと、思ったことがあるはずだ」

「イヤ、俺は、そんなこと、考えたことはない。それに、そんなこと、考えたくない」

 これが、俺の答えだった。また、ネコに戻るなんて、そんなこと、絶対にイヤだ。

「ケイタの気持ちはわかる。でもな、もし・・・もしも、また、ネコに戻ったとしても、ミーコはミーコで変わりはない。前にも言ったことを覚えているか? 例えネコでも人間でも、ミーコは、家族の一人に変わりはない。違うか?」

「違わない。ミーコは、ミーコだ」

「その通りだ。だから、もし、ネコになってしまったとしても、ケイタは、今まで通りミーコのお世話をすることに変わりはない。そうだな」

「だけど、俺は、ミーコがネコに戻るなんて、絶対にイヤだから」

 俺は、ハッキリ言った。これが、俺の正直な気持ちだからだ。

「そうね。ミーコちゃんは、ミーコちゃんだもんね。せっかく、人間になれたんだもの、ネコに戻るなんて、きっと、ミーコちゃんだって、イヤだと思うわ」

 母さんの言葉で、救われた気になった。

「ママ、ミーコちゃん、上がるわよ」

 その時、風呂場からメグミの声が聞こえた。

「ハイハイ」

 母さんは、バスタオルを持って、ミーコを迎えに行った。

「あのね、ママさん、きょうは、おふろでアヒルさんをうかべて、メグミちゃんとあそんだニャ」

「そうなの。楽しかった?」

「うん、とってもたのしかったニャ」

 濡れた身体を拭いてもらいながら、ミーコは俺にも聞こえる声で話していた。

そんな声を聞くと、ますますネコに戻ってほしくなかった。

「ごしゅじんさま、アヒルさんは、ガァーガァーってなくニャ」

「そうだな。それじゃ、今度、本物のアヒルさんを見に、動物園にでも行こうか」

「ウニャ、いくニャ。いきたいニャ」

 そう言って、ミーコは、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる。

「今度の日曜日にでも、行ってきたら。お母さんがお弁当を作ってあげるから」

「ウニャ~、うれしいニャ」

 ミーコは、濡れた髪を拭いてもらいながら母さんに抱きつく。

「少し、じっとしろ。髪がグシャグシャになるだろ」

 俺は、ミーコをおとなしくさせる。そして、髪を櫛でとかしながらドライヤーで乾かしてもらっていた。

パジャマに着替えて、風呂から上がったメグミと、買ってもらったクレヨンで、早速、絵を描き始めた。

その間に、俺は、風呂に入る。俺は、浴槽に体を沈めながら、いつまでもミーコといたいと思った。

ミーコは、まだ子供だし、少し大きな赤ちゃんみたいだ。これから、大きくなるだろう。成長したミーコを見てみたいと思ったし、大きくなるミーコの傍にいたいと思った。俺にも兄として、保護者として、御主人様としての自覚が出てきたのかもしれない。

 風呂から上がると、眠くなったミーコを連れて、部屋に行った。

ベッドの中で、ミーコが寝るまで、俺は絵本を読んで聞かせた。

それが、毎晩の日課だった。学校の図書館で借りてきた絵本を毎日読んでやった。

ミーコは、笑ったり楽しそうに俺の下手な絵本の読み聞かせを聞いていた。

中でも、一番のお気に入りは『迷子の子ネコちゃん』という話だった。

 迷子になった子ネコは、自分のウチを探しに街を歩く。

その時に、犬やスズメ、ネズミやカエルなどと知り合って、無事に家に帰るという話だ。

ミーコは、何度もこの絵本をねだった。自分がネコだから、この話が好きらしい。

俺は、ミーコの言う通り、何度もこの絵本を読んで聞かせた。

 そのウチ、ミーコは、寝てしまう。眠りについたミーコをベッドの中で優しく抱きしめて髪を撫でてやる。ミーコの小さな可愛い寝息が聞こえる。可愛い寝顔をすぐ傍で見られることに俺は、優越感を抱くようになった。ミーコを独り占めできる瞬間なのだ。

「おやすみ、ミーコ」

「ムニャムニャ・・・」

 ミーコは、寝言のようなことを言いながら、スヤスヤ寝ている。

俺は、そんなミーコを見ながら、眠りについた。

ミーコの見る夢は、どんな夢なのか?

きっと、俺のお嫁さんになる夢なんだろう。それが、実現するといいなと思う。


 翌朝、俺とメグミは、いつものように学校に向かった。

母さんとミーコに見送られながら行くのも、いまじゃ、すっかり慣れてしまった。

「あのさ、お兄ちゃん、ミーコちゃんのクリスマスプレゼントって決まった?」

 いきなりメグミに言われて、俺は返事に困った。実は、まだ、何も考えてないのだ。

「その顔じゃ、まだ、考えてないよね」

 俺は、返事ができなくて、黙るしかなかった。

「あたし、考えたんだけど、ミーコちゃんのクリスマスプレゼントって、お兄ちゃんと結婚するってのはどう?」

「ハァ? なに言ってんだよ」

「もう、本気にしないでよ。お嫁さんごっこよ。だって、ミーコちゃんは、お兄ちゃんのお嫁さんになるのが夢なのよ。だから、お兄ちゃんのお嫁さんにしてあげるの。どう、いいアイディアでしょ?」

「イヤ、でも・・・」

「大丈夫よ。あたしとママで、ウェディングドレスを作るから。お兄ちゃんは、黙って隣にいればいいだけだから簡単でしょ。ミーコちゃんには、最高のクリスマスプレゼントになると思うんだけどな」

 確かにいいアイディアだけど、お嫁さんごっこなんて、なんだか子供っぽい気がして、あまり気が進まない。

「ねっ、お願い、協力して」

 メグミに言われると、俺も無下に反対はできない。しかも、ミーコのためだし、それで喜んでくれるならお安い御用でもある。何より、クリスマスプレゼントを考えてない俺だから、メグミの考えもいいかもしれない。

「それじゃ、やってもいいけど、どうやるんだよ? 子供用のドレスなんてないだろ」

「大丈夫よ。あたしにいい考えがあるから、任せておいてよ。お兄ちゃんは、お婿さんで、パパにカメラマンしてもらうから」

そう言うと、メグミは、足取りも軽く、学校に歩いて行った。

その後ろ姿を見ながら、俺は、期待と不安が入り混じった、複雑な気分になった。

 俺たちが学校にいる間のミーコは、友だちのネコたちと遊んだり、父さんの動物病院でくつろいでいる。

そして、俺たちが下校する時間になると、校門の前で待っていてくれる。

今日も校門の前でミーコが待っていた。いつものように、俺は、ミーコと手を繋いで帰る。しかし、この日は、ちょっと違った。あらかじめ、メグミからすぐに帰らず、少し寄り道してから帰るようにスマホのメールで言ってきたので、俺は、ミーコを連れて、駅前のハンバーガーショップに向かった。

「お腹空いてるだろ?」

「うん、すいてるニャ」

 母さんが作る弁当では、足らないらしい。ミーコは、食いしん坊なのだ。

「ちょっと、寄り道して帰ろうか」

 そう言って、駅前のハンバーガーショップに入った。

ミーコは、ハンバーガーは、大好きなのだ。

俺は、席にミーコを座らせて、ハンバーガーのセットを買ってきた。

今日は、てりやきバーガーとココアのセットだ。

ミーコは、袋を破くと、早速、一口齧った。

「ウニャウニャ・・・ごしゅじんさま、とってもおいしいニャ」

 ミーコは、相変わらず、ウニャウニャ鳴きながら食べる。口元が、ソースだらけだ。

「口を拭いて」

 俺は、ナプキンでミーコの口を拭いてやる。しかし、大口を開けて食べるので、また、口元がソースだらけになる。

でも、ミーコは、おいしそうにニコニコしながら食べるので、注意もできない。

そして、ミルクたっぷりのココアを飲む。

「ごしゅじんさま、これは、あまくておいしいニャ」

「それは、ココアって言うんだよ」

「ココア? おぼえたニャ」

 幸せそうな顔を見ていて飽きない。ミーコは、何でもおいしそうに食べてくれる。

ハンバーガーを食べると、手を繋いで、散歩しながら帰る。

時計を見ると、一時間くらい経っていた。歩いていると、途中の公園で、白ネコで化け猫のシロに話しかけられた。

「そこの飼い主」

 いきなりだったからビックリして足が止まった。見ると、知らないウチの家の壁に乗っているシロと目が合った。

「シロ」

「今日のミーコは、ご機嫌だな」

「うん、ごしゅじんさまとハンバーガーをたべたニャ」

「そうか、それは、よかったな」

 ミーコとシロが会話を始めた。

「人間、ミーコの夢をかなえてやれよ」

「わかってるよ」

 俺は、面倒に思って、軽く答えた。ネコと会話するなんて、どう考えてもやっぱりおかしい。

「わしは、お前を信じているぞ。必ずかなえてやれよ。人間としての悔いを残さないようにな」

 それだけ言うと、シロは、壁の向こうに消えてしまった。

いったい、なにを言いたかったのか? 悔いを残さないようにって、どういう意味なのか?

この時の俺は、まったくわからなかった。でも、それは、いずれ来る、悲しい別れの始まりだったのだ。


「ただいま」

「ただいまニャ」

 俺たちは、家に着くと、玄関を開けながら言った。

「お帰り」

 出迎えてくれたのは、メグミだった。

「早めに帰宅したの。やることあったから、部活は、サボっちゃった」

 そう言って、メグミは笑った。手を洗いに洗面所に行くミーコを見てからメグミが言った。

「お兄ちゃん、ありがとね」

「それで、もう、できたのか?」

「クリスマスまでには、出来るから」

 いったい、何を作っていることやら、俺には、さっぱりわからないし、聞いても教えてくれない。

手を洗ってきたミーコと俺は、夕飯ができるまで、ひらがなの練習をすることにした。

 今日は、ば行とぱ行だ。ミーコには、難しいかもしれない。

それでも、ミーコは、ノートに何度も書いて練習している。

 しばらくすると、母さんが帰宅した。

「ただいま。今、夕飯を作るからね」

「ママさん、おかえりニャ」

「今夜は、すき焼きよ」

「ミーコ、今夜は、すき焼きだって。楽しみだな」

「うん、たのしみニャ」

 ミーコは、そう言って、うれしそうに言った。だけど、ミーコは、すき焼きは、まだ食べたことがないので知らない。

果たして、ミーコは、すき焼きというのを食べてくれるだろうか??

それからは、箸の使い方の練習をして、夕飯ができるのを待つことにした。

その間、メグミは、母さんと何やらひそひそ話をしている。何を話しているのか気になる。その後、父さんが帰宅して、お楽しみの夕飯ができた。

 テーブルにカセットコンロを用意して、鍋に肉と野菜を入れてグツグツ煮込む。

それをミーコは、興味深そうに見ている。鼻をクンクンさせて、うまそうなニオイを嗅いで、自然とよだれが出てきた。

「ミーコ、まだ、早いぞ」

 そう言うと、ミーコは、恥ずかしそうによだれを拭いた。

「さぁ、もういいわよ」

「いただきます」

「いただきますニャ」

 母さんの声で、俺たちは、箸を伸ばす。

「ミーコ、そのまま食べると熱いから、卵を付けて、フーフーしてから食べるんだぞ」

 俺は、ミーコに食べる見本を見せると、ミーコは、俺の真似をして食べ始める。

フーフーと息を何度も吹きかけて、卵を付けて、一口食べる。

「ウニャウニャ・・・ごしゅじんさま、これは、すごくおいしいニャ。ママさん、これは、すごいニャ」

「アラアラ、そこまで言わなくてもいいのよ」

 母さんもまんざらでもない顔をして、ミーコに肉や野菜を取り分ける。

ミーコは、よく冷ましてから、それを口に頬張り、ご飯を食べる。

「ムニュムニュ・・・ ごはんがいくらでもたべられるニャ」

 ミーコは、習ったばかりの箸を器用に使って、ご飯を食べる。

「もうすぐ、クリスマスね。ミーコちゃん、楽しみにしててね」

「うん、たのしみにしてるニャ」

 ミーコは、メグミに笑顔を向けた。

「おい、メグミ、いったい、何をしてるんだよ?」

 俺は、すき焼きに夢中のミーコを気にしながら、こっそりメグミに聞いてみた。

「当日までのお楽しみよ。きっと、お兄ちゃん、ビックリするから」

 そう言って、メグミは、ミーコに負けじとすき焼きに箸を伸ばす。

クリスマス当日は、相当ビックリするらしい。いったい、何をするんだろうか??

俺は、なにも想像がつかない。

 夕食が済むと、メグミはミーコと風呂に入る。そのタイミングで、母さんに聞いてみた。

「母さん、クリスマスにメグミは、何をする気なの?」

「決まってるでしょ。ミーコちゃんの夢をかなえてあげるのよ」

「そうは言っても、何をするんだよ」

「ミーコちゃんの夢は、ケイタのお嫁さんになることでしょ。もう、忘れたの?」

「忘れてないけどさ・・・」

「だったら、黙って見てなさい」

 母さんは、そう言って、楽しそうに片づけをしていた。

そばで見ている父さんも、なんだか楽しそうだ。

「父さんは、知ってるの?」

「カメラマンは、任せておけ。最高の一枚を撮ってやる」

 父さんの隠れた趣味は、カメラなのだ。仕事が獣医だけに、撮るのは動物の写真が多いが、いったい、何を撮る気なのだろうか?

 ミーコとメグミが風呂から上がると、交代で俺が風呂に入る。

風呂に入っているときにもいろいろ考えるが、何をしようとしているのか、まるで見当もつかない。

 その後、着替えて、俺はミーコと部屋に戻った。

いつものように、絵本を読み聞かせる。今夜の絵本は『ニャンコの冒険』だった。

毎日、飼い主を迎えに駅まで行くネコの話だった。家から駅までは、ほんの数分の距離でもネコにとっては、車も走っていれば、人もたくさん歩いている。

危険もたくさんあるだろう。ネコにとっては、毎日が大冒険なのだ。

そんな話が、ミーコは、好きだった。

「あたいも、ごしゅじんさまをむかえにいつもぼうけんしてるニャ」

「そうだな。いつも、ありがとな」

 そんなたわいのない話をしながら、今夜も眠りについた。


 そして、学校は、冬休みに入り、今夜はクリスマス・イブだ。

街中が、クリスマス一色で、待ちゆく人たちも浮かれている。

俺は、母さんに頼まれた鶏肉など、今夜の夕飯の買い物に、ミーコを連れて行く。

その間に、メグミと母さんは、クリスマスケーキを作っている。

この日は、父さんも仕事を早めに切り上げて、ウチで準備をしている。

 買い物は、ほんの一時間ほどで終わった。俺とミーコは、買い物袋を抱えて帰宅した。

「お帰り。ちょうど、準備ができたところよ。余り暗くならないうちに、先にやるから、ケイタは、スーツに着替えてきなさい。ミーコちゃんは、こっちでお着替えよ」

 母さんに言われて、俺は、首を傾げながら部屋に戻って、スーツに着替えることにした。少し前に親戚の結婚式に出るときに、買ってもらった礼服だった。

あのとき以来、一度も袖は通していなかった。

そんな大袈裟なことをしなくてもと思いながら、ネクタイを何度も結び直した。

 心配した父さんが部屋に見に来た。

「なんだ、ネクタイも一人で結べないのか?」

「だって、あの時しか、やったことがないんだからしょうがないじゃん」

「まったく、就職したら、毎日、ネクタイするかもしれないだろ。今のウチから、慣れておけ」

 そう言って、父さんは、ネクタイを結んでくれた。

「いいか、今日は、ちゃんとミーコを見てやれよ」

「どういう意味?」

「ケイタは、花婿として、花嫁のミーコをちゃんと見てやれっていう意味だ」

 そう言われても、俺には、ピンとこない。いくら結婚式とはいえ、真似事でホントではない。

ここまで、やることなのかと、俺は、まだ、実感がわかなかった。

「鏡を見て、髪もきちんとしろ」

 父さんは、ヘアースプレーで、いつもボサボサの短い髪をきれいに整えてくれた。

「よし、こんなもんだろ」

 そう言うと、父さんと俺は、一階に降りた。

リビングに行くと、そこには、いつもの壁に弾幕がかけてあった。

『ミーコちゃん、ケイタくん、結婚おめでとう』

 そんな弾幕を見て、俺は、目を丸くした。

「ちょ、ちょっと、これ・・・」

「いいでしょ。あたしが作ったのよ」

 俺は、言葉が続かなかった。なんと言ったらいいのかわからない。

メグミは、ドヤ顔で胸を張っている。父さんも感心しながら笑っていた。

「お兄ちゃんも結構、いい線いってるよ」

「バ、バカ・・・」

 メグミにからかわれて、恥ずかしくなる。

「お兄ちゃんは、そこに待ってて。今、花嫁さんを連れてくるから」

 そう言うと、母さんとメグミがミーコを連れて来た。

「ハイ、お待たせ。どう、ミーコちゃん、きれいでしょ」

 そう言って、母さんの前に出たミーコを見て、俺は頭から雷が落ちたように体が硬くなった。

「お兄ちゃん、なんか言うことあるでしょ。しっかりしてよ」

 メグミが俺に囁いた。だけど、俺は、口が動かなくて、パクパクさせることしかできなかった。

目の前のミーコは、白いドレスを着ていた。もちろん、まだ小さい子供だ。

ホントのウェディングドレスではない。見た目にもわかる手作り感満載だった。

それでも、フリルが付いた裾が広がったドレスで、胸が大きく開いて、白く輝くネックレスが見えた。

シースルーのドレスから延びた小さく細い腕には白い手袋をして、頭にはティアラが乗っていた。顔には、薄いブーケがかかって、恥ずかしそうに俯いている。

「ミーコちゃん、顔を上げて。花嫁さんでしょ」

 母さんに言われて、ミーコが顔を上げる。

俺は、ミーコの顔を見て、口を開けたまま固まってしまった。

余りにもきれいだったからだ。可愛いとか、そんなレベルは、はるか遠くに通り過ぎた。見た目は、俺の腰にも届かないほど小さな子供だ。

でも、そのドレス姿は美しかった。

「並んで並んで」

 メグミに言われて、俺の隣にミーコが並んだ。

「ミーコ、この台に乗りなさい」

 父さんが椅子を持ってきて、その上にミーコを乗せた。

初めて俺とミーコの顔が同じ高さになった。

見ると、ちゃんとメイクもしていて、薄いピンク色の口紅まで塗っている。

「お兄ちゃん、しっかり」

 メグミに言われて、俺は、やっと現実に戻ることができた。

「ミーコ、きれいだよ」

「ごしゅじんさま・・・ あたい、およめさんになれたニャ」

「なれたよ。ミーコは、俺の花嫁さんだ」

「うれしいニャ。ゆめがかなったニャ」

 俺は、ミーコを見ながら言った。父さんが、しきりに手を上げる仕草をする。

俺は、それに気が付いて、そっと、顔を覆っているブーケを上げた。

その下からは、今まで見たこともない、きれいなミーコの顔が現れた。

メイクをしているとはいえ、きれいで可愛くて、もう、言葉に言い尽くせないほどだった。

「ミーコ、大好きだよ」

「うれしいニャ。あたいも、ごしゅじんさまがだいすきニャ」

 お互い見つめ合うと、ミーコの瞳に小さな涙が光るのを見た。

いつものミーコなら、飛び上がって喜んだり、俺に抱きついてくるのに、この時は、静かでおとなしい。

「あたい、ごしゅじんさまのおよめさんになれたニャ」

「そうだよ。ミーコは、お嫁さんになれたんだよ」

 ミーコは、小さく頷いた。

「よぅし、こっち向いて、笑って」

 父さんが声をかけてくるので前を向いた。すぐにカメラのシャッターの音がした。

「もっと笑って」

「今度は、見つめ合ったりして」

 みんな調子に乗って、俺たちをはやし立てる。

「ミーコちゃん、きれいよ」

「ミーコちゃん、お嫁さんになれてよかったね」

 母さんたちに言われて、ミーコは、初めてうれしそうに笑った。

「最後は、誓いのキスよ」

「えっ! キスって、ちょっと・・・」

 さすがにそれはできない。しかも、親や妹の前でなんて無理だ。

「頬っぺたでいいのよ」

 メグミが小さな声で言いながら、自分の頬を指さす。

そう言うことかと、俺は、ホッとした。

 そして、ベールを上げて、ミーコの顔を見ながら言った。

「ミーコ、愛してるよ」

 そう言って、ミーコの頬に優しく唇を付けた。

すると、ミーコが突然俺に抱きついてきた。乗っていた椅子が転がる。

「お、おい、ミーコ・・・」

「ウニャ~ン、あたい、うれしいニャ。ごしゅじんさまのおよめさんになれてよかったニャ。パパさん、ママさん、メグミちゃん、ありがとニャ。あたい、いっしょう、わすれないニャ」

 ミーコは、大感激している様子で、俺は圧倒されてしまった。

ミーコにとっては、最高のクリスマスプレゼントになったようで、俺もホッとした。

 その後は、ミーコをお姫様抱っこをしたり、俺と抱き合ったりする写真を何枚も撮られた。

「これくらいでいいだろ。ミーコも気が済んだようだし、そろそろ食事だ。ケイタ、着替えてこい」

 父さんに言われて、俺は、部屋に戻って部屋着に着替えた。

ミーコもメイクを落として、いつもの服に着替えてきた。

それぞれがいつもの席に落ち着くと、鳥肉が焼き上がったらしい。

その前に、母さんが手作りのクリスマスケーキがテーブルに並んだ。

「さぁ、いただきましょう」

 母さんが取り分けてくれて、俺たちは、ケーキから食べた。久しぶりに食べる、母さんの手作りのケーキだ。

「あぁ~、うまいなぁ。食べたのって、俺が小さいころ以来だよな」

「そうね。ケイタもメグミも大きくなったから、作ったのは、久しぶりね」

 母さんも感慨深いみたいで、ホッとしながら一口食べる。

その横では、はやくも口の周りをクリームまみれにしながら、夢中でケーキを食べているミーコがいた。

「ムニャムニャ・・・ おいしいニャ。ごしゅじんさま、ケーキは、おいしいニャ」

 さっきまで静かだったミーコが、ウソのように、いつもの賑やかなミーコに戻っていた。俺は、そんなミーコを微笑ましく思いながら見ていた。

 その後に出てきた、鳥の丸焼きも、ミーコは、おいしそうに食べ始めた。

「きょうは、とってもいいひニャ」

 ミーコは、モゴモゴと口を動かしながら言った。

「ミーコちゃんは、お嫁さんになれてよかったわね。これが、あたしたちからの、クリスマスプレゼントよ。気に入ってくれたかしら?」

「もちろんニャ。ありがとうニャ」

 その一言で、すべてが報われた気がした。俺も満足だった。

「お兄ちゃんも、お疲れ様」

「イヤイヤ、俺は、何もしてないから」

「なに言ってるのよ。これは、リハーサルよ。本番は、後に取っておくから、忘れないでよ」

「おいおい・・・」

 メグミが本気交じりに言うので、俺は、慌てて否定した。

「お兄ちゃん、前にも言ったわよね。ミーコちゃんを泣かせたら、兄妹の縁を切るって」

 メグミの一言に、背中が一瞬冷たくなった。でも、ミーコを泣かせようとは思っていない。

ミーコにとっては、今日という一日は、忘れられない一日になったと思う。

それは、俺も同じだ。きっと、俺も忘れないだろう。

 そんなことを思っている横で、ミーコは、チキンにかぶりついていた。

「ウニャウニャ・・・ おにくは、おいしいニャ」

 ミーコのそんな顔を見ていると、難しいことは、どうでもよくなった。

このまま素直に成長すると、どうなるんだろう? 大きくなったミーコを想像しようとしても、頭に思い浮かぶのは、今のままの小さな可愛いミーコだった。



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