第7話 ミーコ、字を書く。

 冬休みになった。俺は、毎日、ミーコと遊んでやるつもりで、いろいろ考えていた。しかし、そうもいかない。俺は、大学受験の勉強もしないといけない。

いくら、エスカレート式で上がれるとはいえ、試験は試験だ。

悪い点を取れば、当然、不合格になってしまう。

浪人なんて絶対できない。受験勉強もがんばらないといけない。

 俺が勉強をしている間は、メグミがミーコの遊び相手をしてくれた。

とは言っても、広場でかけっこしたり、外を二人で走り回っているだけだ。

それでも、ミーコもメグミも走るのが好きなので、それだけで楽しそうだった。

 ひとしきり、外で走り回ってきた二人が帰ってきた。

「ただいま」

「ただいまニャ」

 俺は、リビングで勉強していた時だった。

ミーコをメグミに取られたみたいで、実は、帰ってくるのをイライラしながら待っていた。

「おかえり」

「ごしゅじんさま、メグミちゃんは、すっごくあしがはやいニャ」

「そうなのか?」

「あたいもまけそうニャ」

 そう言うミーコは、うれしそうな顔をしていた。それを聞いて、俺は、ちょっと嫉妬した。

俺もミーコを楽しませてやりたい。ミーコの楽しそうな顔が見たいのに・・・

「お兄ちゃん、ミーコちゃん、すごいのよ。すごく足が早いの」

 メグミは、うっすら額に汗が光っていた。陸上部の短距離のエースが言うんだから

ホントにミーコは、足が早いのだろう。俺も走りたい。でも、足が遅い。

とてもミーコの相手は、出来ないだろう。それが、悔しかった。

 喉が渇いたという二人は、揃って冷蔵庫から冷たいお茶を飲んでいた。

「こんど、ごしゅじんさまもいっしょにはしるニャ」

「無理無理、お兄ちゃんは、足が遅いから、ミーコちゃんの相手にならないわよ」

 メグミもメグミだ。なにも、ミーコにそんなことを言わなくても・・・

「それは、ざんねん二ャ。あたいは、ごしゅじんさまとはしりたかったニャ」

「だってさ。お兄ちゃん、どうする? 少しは運動でもする」

 体力は、メグミに勝てるわけがない。それをわかっているのに、兄の俺を舐めてる。

「よし、それじゃ、今度は、ミーコもひらがなの勉強するか」

「するニャ」

 俺は、話を変えて、ミーコの書き取り帳を開いた。

勉強なら、俺のができるはず。まして、ひらがなの書き取りだ。

ミーコの勉強は、俺の担当だ。

 ミーコは、テーブルを挟んで向かい合って座った。

「それじゃ、昨日の続きからな」

 昨日は、か行だったので、今日は、さ行の書き取りだ。

ところが、ミーコは、すらすら書いている。ペンを握る手は。ぎこちないけど、

手本を見ながら一生懸命書いているので驚いた。

いつの間に、こんなに書けるようになったんだろう・・・

 すると、メグミがミーコのノートを覗きながら言った。

「ミーコちゃん、上手になったでしょ」

「えっ?」

 俺は、訳がわからず、思わずメグミを見上げて言った。

「お兄ちゃんが勉強しているときに、あたしが教えてあげたのよ。もう、ひらがななら、ほとんど書けるのよ」

「ホントなのか?」

「ウソだと思うなら、ミーコちゃん、自分の名前を書いて見せてよ」

「ハイニャ」

 そう言うと、ミーコは、ノートの余白に『みーこ』と自分の名前をサラッと書いて見せた。

ま行なんて、まだ、俺は教えてないぞ。俺は、ビックリしてミーコとメグミを交互に見やった。

「どう、すごいでしょ。ミーコちゃん、頭いいのよ」

 そう言って、ミーコの頭を優しく撫でるメグミが、羨ましくなった。

それは、俺の役目なのに、俺の知らないところで、メグミは、ミーコの先生をしているらしい。

「ミーコ、ホントに、ひらがな書けるのか?」

「まだ、ぜんぶは、かけないけど、よめるようになったニャ」

 ミーコは、そう言って、大きな目を更に大きくして言った。

実際、俺がひらがなを見せると、ミーコは、ちゃんと、声に出して読み上げ始める。

「あ、い、う、え、お。か、き、く、け、こ・・・」

 これじゃ、俺の出番がないじゃないか。

「ちょっと、メグミ・・・」

 俺は、メグミを連れて、キッチンに連れて行った。

「あのさ、ミーコに勉強を教えるのは、俺の役目だろ」

「あら、余計なお世話っていうの? あたしだって、早く、ミーコちゃんがひらがなを読めるようにしたいと思ったから教えただけじゃない。お兄ちゃんは、受験勉強で忙しいんだしさ。あたしが代わりにやっただけよ」

「だから、それが、余計なお世話だって言うんだよ」

「あたしが、ミーコちゃんと仲良くしてるから、やきもち焼いてるんでしょ」

「バ、バカ、そんなんじゃないよ」

「お兄ちゃんは、ミーコちゃんを独り占めしたいんでしょ。気持ちはわかるけどさ、女は、女同士のがいいときもあるのよ」

 メグミは、そう言うと、話を勝手に終わらせて、ミーコのところに戻っていった。

なんだか悔しい。ものすごく悔しい。ミーコを取られた気分になって、勉強どころじゃない。

 俺は、リビングに戻ってくると、ミーコの隣に座ったメグミは、先生になったつもりで、手を取って、ひらがなの書き取りを教えていた。

だから、それは、俺の役目なのに・・・

でも、何も言えない自分が歯がゆい。

 俺は、自分のノートや参考書を抱えて、自分の部屋に行った。

「なんで、メグミの奴・・・」

 俺は、自分の机に座ると、独り言のように口走っていた。

でも、次の瞬間は、自分の情けなさと人としての小ささに、後悔と反省が自己嫌悪に陥った。

 そんな俺の目に入ったのは、まだ、作りかけのチョーカーだった。

「よし、これを作って、見返してやる」

 俺は、気を引き締めて、チョーカー作りに集中することにした。

後は、留め金を付ければ完成なんだ。もう少しだ。がんばって、ミーコの気持ちを俺に向けてやる。

俺は、そんな気持ちで作った。だけど、そんな気持ちで作っていいのだろうか・・・

複雑な心境で、俺は、作り続けた。早く、ミーコの喜ぶ顔が見たい。

それだけだった。それ以外に、不純な思いは欠片もない。理由は、それだけで十分だ。

 こうして、夜になったころに、それは完成した。


 俺は、完成した真っ赤なチョーカーを持って、階段を下りて一階に行った。

「あら、ケイタ、いたの。何回も呼んだのに、返事をしないから、出掛けているのかと思ったわ」

 母さんは、すでに帰っていて、夕飯の支度をしているところだった。

母さんが呼んだ声すら聞こえてなかった自分に、ビックリした。それほど、集中していたのかもしれない。

 リビングの方に目を向けると、テレビを見ながら、ミーコはメグミとお絵かきに夢中だった。

「これは、ネコちゃんね」

「そうニャ」

「これは、ワンちゃんかしら?」

「そうニャ。メグミちゃんは、くわしいニャ」

「ミーコちゃんの絵が上手なのよ」

 なんだか、さっきより、楽しそうじゃないか。

でも、これを見せたらどうなるか・・・

俺は、後ろに隠したチョーカーを持って、リビングに行った。

「ミーコ、あのさ・・・」

「そうそう、ミーコちゃん、代わりの赤いスカートを買ってきたから、履いてみて」

 俺の言葉を遮って、母さんがリビングに入ってきた。

そして、袋の中から、真っ赤な赤いスカートを出して見せた。

「ウニャ! かわいいニャ」

「でしょ。この前、破れちゃったから、代わりのを探してたら、可愛いのがあったから、買ってきたのよ」

 そう言うと、早速、ミーコは、今履いている水色のスカートを脱ぐと、赤いスカートに履き替えた。

「ほら、とっても似合うわ」

「やっぱり、ミーコちゃんは、赤が似合うわね」

 ミーコもお気に入りらしく、スカートを翻しながら、くるくる回っている。

「うれしいニャ。ママさん、ありがとうニャ」

「どういたしまして」

「おれいに、なにか、おてつだいするニャ」

「いいのよ。ミーコちゃんは、メグミとお絵かきしてなさい」

「ダメ二ャ。あたいもなにかするニャ」

 そう言って、母さんの足にすり寄って離そうとしない。

「それじゃ、これで、お箸の練習してちょうだい」

 そう言うと、子供用の小さな箸をミーコに渡した。

「みんなと同じように、ご飯を食べたいでしょ」

「たべたいニャ」

「それじゃ、お箸の持ち方を練習しましょうね」

「ハイニャ」

「メグミ、教えてあげなさい」

「ハ~イ」

 母さんに言われて、リビングからメグミがやってきた。

ちょっと待て。それは、俺がやることじゃないのか?

なんで、それまでメグミにやらせるんだ?

「母さん、それは、俺が教えるから」

「いいのよ。メグミのが、女の子だから、教え方も優しいからね」

 なんで、俺じゃダメなんだ・・・ 俺にだって、それくらい教えてやれるのに。

なんだか、また、悔しくなってきた。ミーコの隣で、箸の使い方を教えているメグミに、またしても嫉妬してしまった。

そんな自分が、すごく醜く思えてきた。こんなことで、妹に嫉妬するなんて、俺は、最低な兄だ。

 そう思うと、自然と下を向いてしまう。すると、母さんが言った。

「ケイタには、他にすることあるでしょ」

「わかってるよ。受験勉強だろ」

「バカね。違うわよ。ミーコちゃんとたくさん話をすることよ」

「話? それなら、いつもしてるよ」

「ケイタは、ミーコちゃんのなんなの?」

 そんなの決まってる。俺は、ミーコの御主人様だ。何をわかり切ってることを聞くんだという顔をすると母さんは、意味深な顔で笑うと、こう言った。

「ケイタも、ミーコちゃんの御主人様としては、まだまだね」

 どういうことなのか、さっぱりわからない。母さんは、夕飯作りを再開するし、答えがわからないままモヤモヤする気持ちばかりが膨れ上がった。それどころか、チョーカーを渡すタイミングを逃してしまった。

「そうそう、そんな感じ。これを箸で摘まんでみて」

「ウニュ~」

「できるじゃない。その調子よ」

「おはしって、むずかしいニャ」

「慣れれば、簡単よ」

 ミーコは、箸の練習をがんばっていた。


「ただいま」

「お帰りなさい」

 父さんが帰宅した。入ってくるなり、ミーコに話しかけた。

「ミーコ、お土産だ」

「パパさん、おかえりニャ」

「開けてみなさい」

 言われたミーコは、不思議そうな顔をしながら、小さな箱を手にすると、袋を開け始めた。

「あっ! クレヨンニャ」

 中から出てきたのは、24色の新しいクレヨンだった。

「ミーコは、絵が上手だからな。これで、たくさん絵を描くといいよ」

「パパさん、ありがとニャ」

 ミーコは、嬉しそうにクレヨンを胸に抱いたまま、父さんの足に抱きついた。

「よしよし、ミーコは、絵を描くのが好きなんだな」

「だいすきニャ。パパさんをかくニャ」

「そうかい。それじゃ、上手に書いてくれよ」

「まかせるニャ」

 父さんもうれしそうな顔をしている。なんだか、オレだけ出遅れた気がして、チョーカーを渡すタイミングがわからない。

「もうすぐ、夕飯ですよ」

 母さんがそう言うと、父さんは、部屋に入っていく。

「それじゃ、これは、あたしからのプレゼントね」

 俺が、チョーカーを渡すタイミングをはかっていると、横からまたしてもメグミが口を出してきた。何かと思えば、真っ赤なリボンだった。

「ウニャ~! リボン二ャ」

「この前、壊れちゃったから、新しいの買ってきたのよ。前より大きくて、目立つでしょ」

 そう言って、ミーコの後ろ髪を一つにまとめて、リボンを付けてやった。

「ほら、見て」

 メグミに鏡を見せられたミーコは、嬉しそうに何度も振り返って見ている。

今度のリボンは、前より大きいので、前からでもリボンをしているのが見える。

「かわいいニャ。メグミちゃん、ありがとうニャ」

「喜んでもらえてよかったわ」

 ますます、俺のチョーカーを渡すタイミングがない。

うれしそうなミーコを見ながら、ちょっと複雑だった。

すると、ミーコが、俺の方を振り向くと、こんなことを言った。

「ごしゅじんさま、あたい、ホントにうれしいニャ。みんなにやさしくしてもらえて、あたいは、しあわせなネコニャ」

 その言葉にグッときた俺は、黙ってミーコの首にチョーカーを巻いた。

「ごしゅじんさま・・・」

「遅くなってごめんな。約束のものだ」

 そう言って、ミーコの首にチョーカーを嵌めると、鏡を見せてやった。

「・・・・・・」

「どうした、ミーコ。首が苦しいのか?」

 なぜだか、鏡を見詰めたままミーコは、黙ってしまった。不安になった俺は、いっしょに鏡を覗くと、ミーコの大きなつぶらな瞳に透明の何かが光っているのが見えた。

「ミーコ・・・」

「ごしゅじんさま、ありがとうニャ。あたい、このくびわ、だいじにする二ャ」

「イヤ、その・・・」

 俺は、急にしおらしくなったミーコを見て、言葉が出なかった。

「あたい、ホントにうれしいニャ。これで、あたいは、ホントにごしゅじんさまのネコになったニャ」

 そう言うと、俺に抱きつくと、小さな声で泣き始めた。

「お、おい、ミーコ・・・」

「ウニャ~、ウニャ~・・・」

 俺は、どうしていいかわからず、ミーコの肩を優しく撫でるしかできなかった。

「よかったね、ミーコちゃん。お兄ちゃんもやるじゃん。見直したわ」

 メグミに言われると、かなり照れる。

ミーコは、俺から離れると、鼻をすすりながら、手で涙を拭っている。

「ほらほら、ハンカチ」

 俺は、自分のハンカチをズボンのポケットから出して、ミーコの涙を拭いた。

「可愛いじゃない。ケイタにしては、よくできてるじゃない。サイズもピッタリみたいね」

 母さんがミーコの首を見ながら言った。

ミーコは、余程うれしかったのか、胸を張って、首を上げて見せた。

 細い皮に真っ赤なリボンを巻いて、首の部分に小さな鈴もつけて『ミーコ』と名前を彫った。サイズもピッタリでよかった。何より、ミーコのうれしそうな顔を見ると、今まで自己嫌悪に陥っていた俺の気持ちもどこかに吹き飛んだ。

こんなことなら、もっと、早く上げればよかった。

「あぁ~ぁ、やっぱり、お兄ちゃんには、負けるなぁ・・・」

 メグミが俺を見て言った。でも、それが、どう言う意味なのか、分からない。

「なんのことだよ?」

「だって、いくらあたしやパパたちがプレゼントしても、やっぱり、ミーコちゃんにとっては、お兄ちゃんが一番なんだもん。なんだか、妬けちゃうわ」

 俺は、正直言って、すごく驚いた。まさか、メグミが俺のことをそう思っていたなんて、思いもしなかった。

むしろ、俺の方が、メグミに嫉妬していたのに・・・

「そんなことないと思うけど・・・」

「見てみなよ。ミーコちゃんを。こんなにうれしそうな顔してるの、見たことないよ」

 そういわれて、ミーコを見てみると、一人で鏡を見ながら自分の首に嵌められた真っ赤なチョーカーをいろんな角度から見ていた。

そんなミーコを見ると、そうなのかなと思ったりして、自信を取り戻した気にもなる。

「えへへ、ごしゅじんさま、ありがとニャ。あかいくびわは、あたい、だいすきニャ」

「そ、そうか。そりゃ、よかったな。でも、リボンもよく似合うぞ」

 俺は、メグミに聞こえるように言った。

「うん、リボンもだいすきニャ。でも、ごしゅじんさまのくびわが、いちばんニャ」

 そう言って、首を振った。鈴がチリンチリンと鳴って、耳に心地よく聞こえる。

「おっ、ケイタ、やっとできたのか?」

 父さんが着替えて部屋が出てくると、自分の椅子に座りながら、ミーコを見て言った。

「パパさん、リボンももらったニャ」

「よく似合ってるぞ」

「それと、くびわももらったニャ」

 ミーコは、しきりに首を見せつけている。そんなにうれしかったのか・・・

ネコにとって、首輪は、飼い主のペットになったという証ともいうけど、今のミーコは、ペットではない。

一人の人間だから首輪という言い方は、多少気になるけど、ミーコがうれしいなら、

それはそれでいいかなと思う。

「今日は、うれしいことがたくさんあるな」

「おれいに、パパさんがくれた、クレヨンで、みんなのえをかくニャ」

 そう言って、ミーコは、大事そうにクレヨンを抱きしめた。

「ハイハイ、もう、ご飯だから、クレヨンは置いてきなさい」

「ハイニャ」

 ミーコは、素直に言うと、クレヨンをリビングのテーブルに置いて、キッチンに戻ってきた。俺は、ミーコの体を持って、専用の子供用の椅子に座らせた。

そして、ミーコを挟んで、俺とメグミが左右に座る。今夜の夕飯は、鉄板焼きだ。

テーブルの真ん中にホットプレートが置かれると、母さんが用意した、肉や野菜が並んでいる。父さんがスイッチを入れて、油を引いて、熱くなったところで、肉と野菜を焼き始める。すぐに、ジュージューとおいしそうな音とニオイがしてきた。

ミーコは、鼻をクンクンさせて、前のめりにしてニオイを嗅いでいる。

「ミーコ、落ち着け。焼けたら、お皿に取るから、おとなしくしてろ」

「あたい、おにくもすき二ャ。はやくたべたいニャ」

「火傷するから、おとなしくして」

 俺は、ミーコを椅子に座らせるが、待ちきれないミーコは、顔をホットプレートの前に出してくる。そんなやり取りを見て、メグミは、小さく笑っている。

「お兄ちゃんて、ミーコちゃんのママみたいね」

 見てるなら、笑ってないで、ミーコを止めてほしい。

「ハイハイ、もう焼けてるわよ」

 母さんの合図で、焼けた肉をミーコのお皿に取り分けた」

練習したばかりの箸で肉を掴むと、口に入れる。

「ちょっと、ストップ。熱いから、フーフーしてから食べろ。口の中を火傷するぞ」

 俺は、慌てて口に入れようとするミーコを止める。

ミーコは、素直に言われたとおり、箸で摘まんだ肉を、目の前にしてフーフーと息を何度も吹きかける。

そして、舌を出して、肉を少し舐めて温度を確認する。

「ウニャ」

 そして、ミーコは、一口で肉を食べた。

「ウニャウニャ・・・」

 ミーコは、まだ熱そうな肉を頬張りながら、声を出している。

「大丈夫か? 熱くないか?」

 心配して聞いたのに、ミーコは、ニコニコしている。

「おいしいニャ。おにく、おいしいニャ」

 口に入れた肉を飲み込むと、早くも次の肉を取ろうとする。

「慌てないで。熱いから、冷ましてから食べなさい」

 俺は、何枚か肉をミーコの皿に取り分ける。そして、ミーコは、フーフーしながら肉が冷めてから口に入れる。

「ムニュムニュ・・・ おいしいニャ」

「ミーコちゃん、お肉ばかりじゃなくて、野菜も食べなさいね」

 母さんに注意されて、ミーコは、玉ねぎやキャベツなども食べる。

「ごしゅじんさま、やさいがあまくて、おいしいニャ」

 ミーコにとっては、野菜は、生で食べるものだけど、焼いて食べるのもおいしいことを知ってほしい。

「ミーコちゃん、ご飯もあるよ」

「ウニャ、わすれてた二ャ。あたい、ごはんもだいすきニャ」

 ミーコは、白いご飯がよほど口に合うのか、いつも食べている。

母さんがつくる弁当も、ご飯粒は、一粒も残していない。おにぎりでも、ご飯は好きらしい。習いたての箸使いで、不器用ながらも箸を使いながら、ご飯を食べている。

「ミーコ、箸を上手に使えるようになったな」

「メグミちゃんにおしえてもらったニャ」

「そうか。メグミは、ミーコの先生だな」

「そうにゃ。メグミちゃんは、あたいのせんせいニャ」

 ミーコに言われて、今度は、メグミが照れる番だ。メグミは、返事の代わりに、ご飯を頬張った。

「ミーコ、ご飯つぶ」

 俺は、口の端についたご飯つぶを取った。

「ごしゅじんさま、ありがとニャ」

 そう言って、舌を使って器用に口の周りを舐める。

その後も、ミーコは、肉をモリモリ食べて、ごはんもお代わりした。

「ウニャウニャ・・・ごはんもおにくもおいしいニャ」

 満足したミーコを見ていると、俺も釣られて食べすぎてしまう。

だけど、それ以上に感じているのは、家族で焼き肉パーティーをすることが、ものすごく久しぶりだったことだった。

小さい頃は、父さんも母さんも、よくホットプレートで焼き肉を焼いたり、お好み焼きを焼いたりみんなでワイワイ言いながらおいしく夕食をしたことがあった。

それが、いつの頃からか、俺もメグミも大きくなって、家族揃って、ホットプレートで食事をすることもなくなった。俺の家族は、仲が良くて、ケンカもしたことがない。夫婦喧嘩や親子喧嘩なども、俺もメグミも、見たこともない。

それでも、家族揃って焼き肉を自宅でするなんて、いつ以来だろうか・・・

俺は、そんな昔のことを思い出していた。

「お兄ちゃん、何を考えてるの? 食べないと、お兄ちゃんの分も食べちゃうわよ」

 メグミに言われて、昔のことを振り払うように一度頭を振って、肉に箸を伸ばした。

でも、メグミも俺と同じようなことを思っていたに違いない。

向かい合って食べている父さんと母さんの表情を見ているメグミも、楽しそうに見えた。

「ウニャウニャ」

 そんな俺たちの思いなど知らないミーコは、相変わらずおいしそうに食べている。

こんな楽しい食事が毎日できるなんて、胸が一杯になりそうだった。

 母さんの作る食事は、俺だって、世界一おいしいと思う。

でも、それ以上に見えない味付けが、この団らんなんだ。それは、ミーコのおかげなのだ。

「あつっ!」

 そんなことをぼんやり考えていたら、横に座っていたミーコが、肉を吐き出した。

「ほら、だから言っただろ。慌てないで、フーフーしてから食べろって」

「ごめんニャ」

「水を飲んで、口を冷やして」

 ミーコは、冷たい水を一口飲んだ。そして、お皿に乗っている肉を箸で摘まんで、フーフーしてから、口に入れた。

「ウニャウニャ」

「熱くないか。口の中を火傷してないか?」

「もう、だいじょうぶニャ」

 ミーコは、口をモゴモゴさせながら笑顔で言った。

心配ばかりかけているけど、そこが可愛さでもある。そんなミーコの横顔を見ていると、ホッとしてくる。

「あなた、もうすぐクリスマスでしょ。今年は、久しぶりに、クリスマスケーキを焼いてみようかしら?」

「それはいいな。母さんのケーキを食べるのも、何年振りかなぁ・・・」

「ケイタやメグミが小さかったころは、ときどき作っていたものね。大きくなってからは、作らなくなったし、今年は、ミーコちゃんもいるし、やってみようかしら?」

「それは、いいな。楽しみにしてるぞ」

 父さんと母さんで盛り上がっているけど、クリスマスケーキを母さんが焼いてくれるのか?

俺とメグミは、顔を見合わせて、昔のことを思い出していた。

 まだ、俺たちが幼稚園とか、小学生の頃は、毎年、クリスマスは、母さんが手作りケーキを作ってくれていた。

他にも、クッキーやお菓子もおやつ代わりに焼いてくれたっけ・・・

そんなこともあったなと、俺も子供ながらに昔を思い巡らせていた。

「それじゃ、今年は、ママのケーキが食べられるのね?」

「久しぶりだから、うまくできるかわからないけど、お母さん、がんばってみるわ」

 そう言って、母さんは、ガッツポーズを見せた。今から、やる気満々のようだ。

「よかったわね。ミーコちゃんが好きな、ケーキがまた、食べられるわよ」

「ウニャ、あたい、ケーキもだいすきニャ」

 ミーコがさらに喜んだ。

「それじゃ、今年は、久しぶりにクリスマスらしいクリスマスでもしてみるか。確か、昔使っていた、

クリスマスツリーが物置にあるはずだぞ。何年かぶりに飾ってみるか」

「それいい! パパ、飾り付け、あたしがやる」

 メグミも調子に乗って、やる気を見せる。ミーコにとっても、初めてのクリスマスだから、それもいいか。

果たして、今年のクリスマスは、どうなることやら・・・

クリスマスまで、あと一週間だった。


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