第6話 ミーコのピンチ。

 父さんの動物病院に着いた。ちょうどドアに『休憩中』の札があった。

昼の診察時間が終わって、休憩しているところだった。

俺は、そのドアを開けると、受付で休憩中の、顔見知りのお姉さんがビックリしていた。

「ケイタくん!」

「父さんは?」

「奥にいるけど・・・」

「ありがとう」

 俺は、ビックリして固まった受付のお姉さんにお礼を言うと、奥の事務所に飛び込んだ。

父さんは、テレビを見ながら昼食を食べているところだった。もちろん、母さんの手作り弁当だ。

「どうした、ケイタ?」

「ミーコを見てくれ」

 いきなり飛び込んできた俺を見て、父さんも驚いていた。

「いったい、どうしたんだ?」

「ミーコがケガをしたんだ。見てくれ」

「それは、大変だな。とにかく、そこに座りなさい」

 父さんは、箸を置いて、白衣を着ると、ミーコを診察台に乗せた。

「いったい、どうした? 怒らないから、言ってみなさい」

 父さんは、ガーゼで擦りむいた膝を消毒しながら言った。

「あのね、おおきないぬにおいかけられて、ころんだニャ」

「どんな犬だ?」

「くろくておおきないぬニャ」

「黒くて大きな犬ねぇ・・・」

 父さんは、少し考えながら、ミーコの膝を消毒している。

「痛いか?」

「だいじょうぶニャ。あたい、つよいから、なかないニャ」

 そういうミーコも、グッと唇を噛み締めて、俺の手をぎゅっと握っている。

きっと、痛いのを我慢しているんだろう。こんな小さな子をいじめる奴は、見つけ出して必ず仇を取ってやる。

俺は、ミーコを見ると、そう思わずにいられなかった。

 父さんは、擦りむいた膝にバンソーコーを貼って、土で汚れた顔や腕を拭いてくれた。

「ミーコ、こっちを向いて」

 ミーコは、言われたとおりに顔を向けると、少し赤くなっている頬にクリームを塗ってくれた。

「よし、これで、大丈夫だ。骨は折れてないし、心配ない」

「パパさん、ありがとニャ」

「ミーコ、これからは、気を付けるんだぞ」

「ハイニャ」

 ミーコは、そう言って、ニコッと笑った。

「それじゃ、ケイタは、学校に戻りなさい」

「えっ! でも、ミーコが・・・」

「学校を飛び出してきたんだろ。先生が心配してるから、すぐに戻りなさい」

「でも・・・」

「ミーコは、お母さんに迎えに来てもらうから、ケイタは、すぐに学校に戻るんだ」

 そう言われて、俺は、ミーコを見た。

「あたいは、だいじょうぶニャ。ごしゅじんさまは、がっこうにいくニャ」

「だけど、一人で大丈夫か?」

「もう、だいじょうぶニャ」

 ミーコは、ずっと握っていた俺の手をそっと離した。

俺は、笑って手を振っているミーコを見ると、足が進まない。

ウチまで、俺が付き添ってやりたかった。

「いいから、早く戻りなさい」

 父さんにきつく言われて、俺は、仕方なく病院を後にした。

「ミーコ、またな」

「バイバイニャ」

 ミーコは、笑って手を振っていた。元の笑顔に戻っていたので、俺は、安心した。

そのまま、俺は、学校に戻ることにしたけど、足取りは重かった。

学校に戻って、先生に言い訳しないといけないし、突然飛び出したクラスの友だちからもいろいろ聞かれるだろう。

なんて言ったらいいか、考えていた。メグミがうまく説明してくれているといいんだけど・・・


 そんなことをぼんやり考えながらトボトボと歩いていると、不意に声をかけられた。

「そこの人間」

 俺のこと? 名前ではなく、いきなり人間と呼ばれて、自分のこととは思えなかった。気のせいかと思って、一度立ち止まった足を、再び歩き出すと、また、声が聞こえた。

「お前じゃ、お前。わしが呼んでおるんじゃ、ちょっと待て」

 今度は、気のせいじゃない。周りを見ても、歩いているのは、俺しかいない。

「誰だよ?」

 俺は、周りを気にしながら言うと、一匹の白いネコが、木の上から落ちてきた。

「ビックリした・・・ なんだ、ネコか」

「ビックリさせてすまん。お前さんは、ミーコの飼い主じゃな」

 俺は、再び、周りを見渡した。誰も周りに人はいない。それじゃ、誰がしゃべっているんだ?

「お前さんは、わしの声が聞こえるはずじゃ」

 確かに聞こえた。そのしわがれた、老人のような声だった。

そして、ゆっくり下を見た。足元にちょこんと座っている、白いネコが目に入った。

「まさか・・・」

「そうじゃ、お前さんは、わしの声が聞こえるはずじゃ」

「えーーーーっ!」

 俺は、一気に後退った。逃げようと思ったけど、足が動かなかった。

なんで、ネコの声が聞こえるんだ? そんなバカな・・・ 俺は、夢でも見ているのか。イヤイヤ、俺は、起きている。俺は、学校に戻る途中なんだ。

「お前さん、ミーコの飼い主じゃろ。わしの名前は、シロ。そこの角のタバコ屋で飼われている」

 直接頭に響くその声は、はっきり聞こえる。

思い出すと、確かに、その角を曲がると昔ながらのタバコ屋さんがあった。

今時、珍しいタバコ屋さんで、いつも店番をしている、おばあさんがいた。

そのおばあさんの膝の上だったり、ガラスケースの上だったり、そこに白いネコがいるのも見ている。そのネコのことなのか?

「お、俺は、ミーコの飼い主だけど、それがどうした?」

「わしらが目を離したすきに、ミーコにケガをさせてしまって、すまないことをした」

 いきなりそう言われて、頭が混乱した。ミーコがケガをしたことを、なんで知ってるんだ? てゆーか、このネコは、ミーコとどういう関係なんだ?

「ちょっと、ついてきてくれんか。時間は、とらせん」

 そう言うと、白いネコは、立ち上がると歩き出した。何度か振り向いて、付いてこいという感じで俺の方を見ている。俺は、誘われる感じで、白いネコの後について行った。

 少し歩くと、小さな児童公園に着いた。そこには、たくさんのネコたちが集まっていた。見ただけでも数十匹だ。こんなにたくさんのネコたちを見たのは、初めてなので、驚くよりも怖くなった。

俺は、尻込みして、公園の中に足を踏み出すことができなかった。

「心配ない、お前さんには何もしないから、安心して入ってこい」

 そう言われても、ネコの大群の中に、一人で入っていくには、勇気がいる。

すると、足元に、ミーコに似た茶色の縞模様にネコが、小さく鳴いた。

「ニャオ~ン」

 一度鳴くと、俺を見上げる。その目は、ミーコのように丸くて大きかった。

そして、ネコの大群が、一斉に左右に別れて、俺が歩くための道を開けてくれた。

俺は、そのネコに誘われるままに、少しずつ歩いた。周りのネコたちは、みんなおとなしい。

「わしは、この町内のネコたちを守っている、猫又という」

「猫又?」

「100年も生きると、シッポが二つに割れて、人の言葉を話せるようになるんじゃ」

 そう言って、振り向くと、白くて長いシッポが二本に別れていた。

「それって、妖怪?」

「人間たちは、そうとも言うが、正確には、妖だな」

 俺には、妖と妖怪の区別がつかない。

「このネコたちは、この町内に住んでいる、飼いネコや野良ネコたちじゃ。わしらは、みんな、ミーコを見守っていたんじゃ」

「ミーコを?」

 いったい、どういうことなんだ?

「飼い主のお前さんが留守の時は、わしらがミーコの遊び相手をしながら、見守っていたんじゃよ」

「それじゃ、このネコたちは、ミーコの友だちってこと?」

「簡単に言えば、そう言うことじゃな」

 ミーコが前に言っていた、友だちとは、このネコたちのことだったのか。

「そのミーコが、人間になって現れたときは、みんな驚いた」

 そりゃ、そうだろ。飼い主の俺だって、ビックリしたくらいだ。

「ミーコは、いつも飼い主のお前さんのことを、自慢しておった。いつか、自分も人間になって、お前さんの嫁になりたいと言っておった。それが、ホントに、人間になって、ミーコの夢がかなったわけじゃ」

「それは、うれしいけど、それじゃ、どうして、ミーコは、人間になったんだ?」

「詳しいことは、わしにもわからん。しかし、ミーコは、試されているのかもしれんな」

「試す?」

 俺には、意味がわからず、聞き返す。この頃になると、俺は、普通にネコと話すようになっていた。

「ネコと人間の関係は、長い歴史がある。昔から、ずっとネコは人間のそばにいた。

中には、人間に恋をするネコもいた。しかし、種族が違うし、生きる年数も違うから、それはできない」

 確かに、人間はネコより長生きする。もっとも、目の前にいる、猫又とか言う、妖もまれにいるらしいけどそれは、かなり珍しいのではないだろうか?

まさか、ミーコも100年生きると、こんな姿になるんだろうか?

「ミーコは、人間になって、飼い主のお前さんと幸せになれるのか、神様に試されているんじゃないだろうか?」

「ハァ? そんなこと信じられるわけないだろ」

「それじゃ、ミーコが人間の姿になったのは、なぜじゃ?」

「それは・・・」

 そう言われると、俺にも返事ができない。思い出すと、ミーコは、夢の中で人間になりたいとお願いしたら翌朝、目が覚めたら、人間になっていたと言っていた。だけど、そんなことってあるんだろうか?

「そんなミーコにケガをさせてしまったこと、ここにいるネコたちを代表して、お前さんにお詫びする。本当に、すまん」 

 そう言って、白いネコは、項垂れた。

「それじゃ、聞くけど、ミーコをいじめた犬って、どこの犬なんだ?」

「そのことじゃが、それは、わしらに任せてくれんか」

「任せるって、どういうことだよ。俺は、ミーコの御主人様なんだぞ。ミーコの仇は、俺が取る」

 俺は、決めていた。ミーコをあんな目に合わせたやつは、犬だろうが、人間だろうが許せない。

飼い主として、御主人様として、仇を取らないで、誰が取るというんだ。

「お前さんは、手出しをしてはいかん」

「なんでだよ。俺は、ミーコの・・・」

「わかってる。だが、お前さんは、人間なんだ。人間のお前さんが、そんなことをしたら、逆に動物虐待とか言いがかりとか、お前さんの家族にも迷惑がかかるかもしれん。そんなことは、ミーコは、望んでおらん」

「それじゃ、どうするって言うんだよ」

 俺は、腹が立ってきて、言い返した。

「ニャ~オ!」

「ニャオォ~ン」

「ニャ~ゴ」

 ネコたちが一斉に鳴き出した。俺は、鳴きだしたネコたちを見下ろした。

何を鳴いているんだ? もしかして、俺に怒っているのか?

 俺が不安そうにしていると、白いネコが言った。

「ミーコの仇は、わしらが取る。それなら、誰も文句はないはずじゃ。ネコのすることだからな」

「しかし・・・」

「ネコのことは、わしらネコたちで片づける。ミーコにケガをさせた犬のことは、わかっている。

飼い主のお前さんは、黙って見ているがいい。決して、手を出してはいかんぞ」

そこまで言われると、俺は、言い返すことができなかった。


 そこで、ハッと気が付いた。

「学校に戻らなきゃ」

 俺は、そのことに気が付いて、公園を急いで出て行った。

「話は、また、今度。ミーコのこと、ありがとう」

 それだけ言って、学校に急いだ。

学校に着いたのは、五時間目が終わるころだった。

教室に入るのと同時に、チャイムが鳴った。そして、俺は、そのまま、職員室に行った。

 頭の中では、さっきの猫又の話とか、ミーコのこととか、考えることが多くて、

先生に言い訳することなど、考える余裕がなかった。

 ところが、職員室に入ると、担任の先生は、こんなことを言った。

「小さい子供を預かっているなら、先に言ってくれればよかったのに。さっき、妹さんが説明にきてな、ケイタを探して学校まで歩いてきたってことだから、今日のことは、勘弁してやる」

 俺は、想定外の対応に、言葉もなかった。と同時に、メグミに感謝だ。

俺だったら、どうやってもそんな説明はできなかっただろう。

「今日はいいから、帰りなさい。クラスの友だちには、先生の方から説明しておくから。鞄と持ち物は、妹さんが預かっているから、一年生の教室に寄ってから、いっしょに帰るといいぞ」

「ハ、ハイ、ありがとうございました」

 俺は、先生に何度もお礼を言って、メグミの教室に走った。

すると、教室の前で、俺のカバンを持ってメグミが待っていてくれた。

「メグミ・・・」

「遅いよ、お兄ちゃん」

「ごめん」

「ほら、お兄ちゃんのカバン。帰るわよ」

 俺は、メグミに言われて、カバンを抱えて二人で学校を後にした。

なんとなく、早足になるのは、俺もメグミもミーコのことが心配だったからだ。

「メグミ、先生に説明してくれて、ありがとうな」

「そうよ。言い訳考えるの大変だったんだからね」

 歩きながらメグミに言うと、明るく笑いながら返事をした。

ただ、俺の頭の中では、さっきの白猫というか、猫又の話で一杯だった。

そのことをメグミに言うか迷ったけど、今は、言わないでおこうと思った。

「ミーコ、大丈夫かな」

「大丈夫よ。パパが付いてるでしょ」

「だけど・・・」

「まったく、お兄ちゃんて、ミーコちゃんのことになると、人が変わるね」

「そうかな?」

「そうよ。ミーコちゃんが来てから、お兄ちゃんて、すごく変わった気がする」

 そう言われても、俺には、自分がどう変わったのかわからなかった。

こうして、俺たちは、いつもよりも早く帰宅した。

「ただいま」

 メグミが玄関を開けながら言うと、すぐに、ミーコが飛び出してきた。

「メグミちゃん!」

「ミーコちゃん、大丈夫だった」

「うん、あたいは、だいじょうぶニャ」

 ミーコは、顔や膝にバンソーコーを貼っていたけど、いつもの元気なミーコに戻っていてホッとした。

「あっ、ごしゅじんさま、おかえりニャ」

 そう言って、ミーコは、俺に抱きついてきた。

「ミーコ、もう、痛くないか」

「へいきニャ」

 そう言って、俺に抱きつくと、足をバタバタさせる。

「おとなしくしてないと、膝にばい菌が入るぞ」

「ウニャ?」

 ミーコに注意しても、わからない様子で、むしろおもしろそうにしている。

「お帰りなさい」

 部屋の奥から、母さんが顔を出してきた。

「帰ってたの?」

「お父さんから連絡をもらって、ミーコちゃんを迎えに行ったのよ」

 それを聞いて、俺は、ホッとした。ケガをしているミーコが一人で帰っていたらと思うと心配で仕方がなかった。

それに、よく見ると、ボロボロの服から、ちゃんと着替えていた。

 以前買った、ブルーのスカートにイチゴのプリントシャツを着ていた。

「着替えたのね」

「そうよ。お父さんから連絡をもらって、病院に行ったときは、ビックリしたわよ」

 それから、母さんは、ミーコと帰宅して、顔を拭いたり、髪をとかしたり、着替えさせたらしい。

俺とメグミは、一度部屋に戻って着替えて、ミーコとお絵かきしたり、テレビを見ていると、父さんが珍しく早めに帰ってきた。

「ただいま」

「パパさん、おかえりニャ」

「ミーコ、傷は、痛くないか?」

「もう、へいきニャ。パパさんがなおしてくれた二ャ」

 そう言うと、父さんがミーコの頭を撫でてくれた。

なのに、急にミーコが悲しい顔をすると、大きな目から大粒の涙をポロポロ流し始めた。

「ミ、ミーコ、どうした。傷が痛いのか?」

 俺は、慌てて聞いたが、ミーコは、小さく頭を横に振りながら言った。

「ごめんなさいニャ・・・ パパさんがかってくれたおようふく、やぶけちゃったニャ。ママさんがつくってくれた、おべんとうもダメになったニャ。メグミちゃんがくれたおリボンもこわれちゃったニャ、ウニャ~ン・・・」

 そう言うと、大粒の涙を流して、泣き始めた。

「ウニャ~ン、ウニャ~ン」

 俺は、そんなミーコを見て、胸が張り裂けそうだった。

ミーコは、俺たち家族のことをたくさん考えていた。それを、壊されたことに、腹が煮えくりかった。

 だけど、俺は、どうしていいのかわからなかった。抱きしめて慰めてあげたい。

でも、なんて言えばいいのかわからない。

「ミーコ、大丈夫だから、もう泣くな」

 俺は、そう言うしか言葉が見つからず、ただ、抱きしめてやることしかなかった。

「ごしゅじんさまぁ・・・ごめんなさいニャ」

「バカ、ミーコが謝ることはないんだ。ミーコは、悪くないから、泣くんじゃない」

「ウニャ~ン、ウニャ~ン・・・」

 それでも、ミーコの涙は止まらなかった。ミーコの気持ちを思うと、俺まで悲しくなってくる。俺は、ミーコを抱きしめて、頭を撫でてやるしかなかった。

母さんもメグミもかける言葉が見つからない様子で、黙って下を向いている。

「ミーコ、泣くんじゃない。ミーコは、強い子だろ。服なんて、また、買えばいいんだ。弁当は、また、作ってもらえばいい」

 父さんが大きな声でミーコに言った。

すると、ミーコは、顔を上げて、父さんを涙目で見上げていた。

「ミーコちゃん、リボンは、もっと可愛いの買ってあげるからね」

 メグミが優しくに語りかける。

「だから、もう、泣かないで」

 そう言って、ミーコの涙をハンカチで拭ってくれた。

「そうね。ミーコちゃん、お弁当、明日も作ってあげるからね」

 母さんが言うと、ミーコは、真っ赤な目で小さく頷いた。

「いけない、夕飯のオカズを買ってきてないわ。ミーコちゃんを迎えに行ったから、スーパーに寄らなかったのよ」

「たまにはいいんじゃない。ピザでも取れば」

 母さんが話を変えて言うと、メグミがあっけらかんと言った。

「よし、それじゃ、みんなで寿司でも食べに行くか?」

 父さんが明るい声で言った。

「いいの?」

「今夜は特別だ。ミーコは、お昼を食べてないんだろ?」

 そう聞かれて、ミーコは、小さく頷いた。まだ、涙と鼻を啜っている。

「それじゃ、腹が減ってるだろ。ミーコは、寿司を食べたことないけど、好きだろ?」

「すきニャ。たべてみたいニャ」

「だったら、食べに行こう」

「でも、今日は、日曜日じゃないわよ」

「だから言っただろ。今夜は、特別だ」

 メグミが言うのを父さんが返した。

「やった、ミーコちゃん、今夜は、御馳走よ」

 メグミがうれしそうに言うと、ミーコも釣られて笑った。

「大丈夫なの、あなた?」

 母さんが財布の心配をする。それは、俺も同じだ。

我が家は、寿司といえば、回転寿司が定番だった。寿司の出前なんて、俺が小さい頃に取ったことがある程度でわざわざ寿司屋に家族揃って食べに行くなんて、記憶にはない。

「それがな、この前、手術したネコの飼い主さんが寿司屋をやっていて、お礼に食べに来てくれって検査で来るたびに言ってくるから、いつか行こうとは思っていたんだ」

「だったら、サービスしてくれるかも?」

「こら、メグミ。そんなことは、言うもんじゃない」

「ハ~イ、ごめんなさい」

 父さんとメグミの会話を聞いて、ミーコが笑った。

「それじゃ、ケイタもメグミも着替えて来い」

 そう言われた俺たち二人は、急いで部屋に戻って、外出着に着替えた。

戻ってくると、ミーコもジャンパーを母さんに着せてもらっていた。

「ミーコ、可愛いぞ」

「ありがとニャ」

 やっと、ミーコにいつもの笑顔が戻った。ミーコに涙は似合わない。

いつもそうやって、明るく笑っていてほしい。だから、ミーコを泣かせたり、悲しい思いをさせたやつが許せなかった。

 こうして、俺たちは、五人揃って、父さんの後について、近所のお寿司屋さんに行った。

「こんばんわ」

「いらっしゃい。あっ、先生」

「お言葉に甘えて、家族でやってきました」

「どうぞ、どうぞ。こちらへ」

 商店街の中にあるお寿司屋さんだった。場所は知ってはいたけど、入ったことはなかった。

威勢のいい、板前さんが主人なのだろう。カウンターから出てきて、俺たちを迎えてくれた。

 俺たちは、テーブル席に案内されて、いつものように、ミーコを挟んで、俺とメグミが座り正面に父さんと母さんが座った。

「ウチのタマを助けてくれて、ホントにありがとうございました。おかげで、もうすっかり元気になって娘も喜んでます。ホントに、先生には、お礼のしようがなくて、今夜は、たっぷりサービスするから、ジャンジャン食べて行ってくださいよ」

 お店の主人は、嬉しそうに言って、父さんと母さんは、ちょっと照れているようだった。父さんと母さんは、ビールを注文して、俺たちは、ジュースを飲んだ。

 父さんは、ここのペットのネコの話をしていると、ミーコは、父さんを尊敬の眼差しで見詰めていた。ネコを助けたことが、ミーコには、うれしかったらしい。

「パパさんは、すごい二ャ。とてもえらいニャ」

「そんなことはないよ」

 父さんも少し恥ずかしそうにしていた。ミーコに褒められると、誰でもうれしくなるらしい。

「イヤイヤ、ホントに、先生は、すごい名医なんだよ。どこの獣医も見てくれなかったのに、先生は、ちゃんと見てくれて、命を助けてくれたんだから。感謝しきれないよ」

 お店の主人もそう言って、父さんをすごく褒めている。

そんな父さんを見ると、俺もなんだか誇らしい気持ちになって、俺も父さんみたいな獣医師になりたいと思った。

 話に夢中になっていると、俺たちのテーブルに、刺身の船盛が運ばれてきた。

「これは、俺と娘からのほんのお礼の気持ちだから、遠慮しないで、食べてくれ」

 お店の主人は、そう言って、嬉しそうだった。

「それじゃ、遠慮なく」

 父さんと母さんも、申し訳ないような顔で言うと、早速、箸をつける。

「ミーコも食べなさい。ここのお魚は、おいしいよ」

 父さんが言うと、ミーコは、目を輝かせていた。

ネコの本能なのか、魚を見ると、目がキラキラする。

「ミーコ、よだれ」

 俺は、ふきんでミーコの口元を拭いてやる。

はやくもミーコは、戦闘態勢だった。なれない箸で、刺身をつまんでそのまま口に入れる。

「ウニャニャ~・・・おいしいニャ」

 ミーコが、うれしい悲鳴を上げた。

「そうかい、うまいかい。そりゃ、よかった。遠慮しないで、バンバン食ってくれよ」

 お店の主人もうれしそうだ。

「ウニャウニャ・・・」

 それからというもの、ミーコは、すごい勢いで刺身を食べ始める。

「ごしゅじんさま、おいしいニャ」

「そうか。よかったな。だけど、ゆっくり食べろよ」

 ミーコは、ムシャムシャおいしそうにお刺身を食べる。その顔を見ると、俺もメグミも釣られて食べる。

「ムニャムニャ・・・このおさかなは、おいしいニャ。ごしゅじんさま、あたい、しあわせニャ」

 ミーコは、ホントにうれしそうな顔で言った。俺は、そんなミーコの顔を見るのが好きだ。何でもおいしそうに食べるミーコを見ていると、心が癒される。

 そんな時、父さんがお店の主人にミーコの話をした。

「ご主人、ちょっと聞くけど、この辺で、黒い大きな犬って、見たことないか?」

「黒い犬ねぇ・・・ どうかしたんですか? なんか病気でもしたんですか?」

「そうじゃないんだよ。なんか、小さい子供を追いかけて、ケガをさせたらしいんだ」

 それは、ミーコのことだ。俺は、父さんと店の主人の話に耳を傾けた。

「それなら、三丁目に越してきた人じゃないか? 越してきたときに、出前を届けに行ったんだけど、すごく大きな黒い犬がいて、俺も吠えられて、大変だったよ。それも、庭に放し飼いしてるんだよ。ありゃ、危ないよ。アソコの飼い主は、犬にちゃんと躾してるのかね?」

 三丁目に越してきた人か。新しい住人なら、家も新しいはずだから、見ればわかるはずだ。明日見に行って、文句の一つも言ってやろうと思った。

「ところがさ、さっき、出前に行った帰りに前を通ったら、放し飼いになってる犬が、ボロくずみたいになってて通る人に吠えてくるのに、俺を見たら、シッポを巻いて逃げるんだぜ。こっちがビックリだよ」

 そんな話を聞いて、俺は驚いた。いったい、何があったんだろう?

その時、猫又の白いネコに言われたことを思い出した。

 まさか、あのネコたちが、ミーコの仇を取ったのか? 俺には、手を出すなといった。

ネコのことは、ネコたちで話を付けるといった。そんなことを考えていると、今度は、握り寿司が出てきた。

「自慢の寿司だ。ガッツリ食べてくれ」

「こんなに食べきれないよ」

「心配しないでくださいよ、先生。ちゃんと、箱に詰めてお持ち帰りできますよ」

 そう言って、店の主人は、胸を張った。

「ミーコちゃん、お寿司も食べてみて」

 メグミと母さんに言われて、ミーコは、手で寿司をつまむと、口に入れる。

「ムグムグ・・・ウニャ、おすし、おいしいニャ」

 ミーコは、ニコニコしながら言った。かなり気に入ったらしい。

実際、店の主人の握るお寿司は、ホントにおいしかった。

俺もメグミも夢中で食べ続けた。こんなにうまい寿司は、食べたことがない。

「ウニャウニャ・・・おすし、おいしいニャ」

 ミーコは、ホントによく食べる。しかも、おいしそうに・・・

「ミーコちゃんは、お魚好きね」

「ハイニャ、だって、あたいはネコニャ。おさかなは、だいすきニャ」

 母さんが感心していったのに、ミーコは、あっさり言う。

ネコという自覚は、たぶん消えないのかもしれない。人の姿をしているけど、中身はネコなんだ。ホントに、ミーコは、不思議なネコだ。

 アレだけあった刺身と寿司も、結局、全部きれいに平らげてしまった。

ほとんど、ミーコが食べたようなものだった。

あんな小さな体のどこに入るんだろう?

「おなかいっぱいニャ。ごちそうさまニャ」

 ミーコは、満足したのか、父さんと店の主人に、丁寧に頭を下げて見せた。

「小さいお嬢ちゃん、よく食べたね。あんなにおいしそうに食べてくれると、握りがいがあるよ。こちらこそ、ありがとよ」

 そう言って、店の主人もうれしそうだった。

「パパさん、ごちそうさまニャ」

「もう、元気になったか?」

「ハイニャ、あたいは、いつもげんきニャ」

「そうか。それじゃ、また、可愛い服を買いに行ってきなさい」

「それと、ケイタは、早くミーコちゃんのチョーカーを作ってあげなさいよ」

 母さんに言われて、俺は頷くしかできなかった。約束したチョーカーを作らないと。

俺たちは、お寿司屋さんを出ると、外は、もう真っ暗だった。

夜空を見上げると、珍しく星が見えた。冬の夜空は、星が見えるというけど、ホントらしい。

ミーコは、俺とメグミと手を繋いで帰った。

「見てみろ。星がきれいだぞ」

 そう言って、上を見上げると、ミーコも顔を上げた。

「ホント二ャ。とってもきれいニャ」

「もうすぐ、クリスマスね。お兄ちゃん、ミーコちゃんに、何かプレゼントするんでしょ」

「えっ・・・も、もちろんだよ」

 俺は、メグミに言われてちょっと焦った。チョーカーも作らなきゃいけないのに、

クリスマスプレゼントなんて、まったく考えていなかった。

「チョーカーで誤魔化さないでよ。アレは、アレ。それは、それだからね」

「わかってるよ」

 痛いところを突かれて、俺は、言葉を濁した。とは言っても、何を上げれば喜んでくれるのか

俺は、さっぱり考えつかなかった。メグミは、何か考えがあるのかもしれない。


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