第4話 ミーコの誕生日。

 ペットコーナーは、生き物がいるだけに、独特のにおいがする。

でも、俺は、そんなニオイが好きだった。しかし、ミーコは、俺以上に反応していた。ネコだけに、動物のニオイに敏感らしい。俺の手を引っ張るようにぐんぐん進んでいく。

「ミーコ、落ち着け」

 俺の言葉も耳に入らないらしい。ちょっと興奮しているみたいだ。

特に、ネコのケージの前に行くと、顔を付けるようにして覗いている。

「ニャ~ン」

 ミーコが中の子ネコに向かって鳴いた。すると、子ネコも反応するように小さな前足をケージに引っ掛けてカリカリしていた。

「ごしゅじんさま、このこ、かわいいニャ」

「そうだな。でも、ミーコだって、可愛いぞ」

「ウニャ。うれしいニャ」

 ミーコは、そう言って、目を細めている。

他にも、犬やウサギ、インコや熱帯魚売り場を、楽しそうに眺めては、ネコの言葉で話しかけていた。

ミーコは、姿は人間だけど、中身はネコだから、動物の言葉がわかるのかもしれない。

「ミーコ、この子たちの言葉って、わかるのか?」

「わかるニャ」

 ミーコは、あっさり言った。

「それじゃ、このワンちゃんは、なんて言ってるんだ?」

「あたいがなんで、にんげんになっているのか、きいてるニャ」

「それで、ミーコは、なんて言ったんだ?」

「かみさまにおねがいしたら、にんげんになったっていったニャ」

「それで」

「ぼくもおねがいしてみるっていってるニャ」

 そう簡単に人間になれるとは思えないけど、ミーコを見ると、それもできるかもと思ってしまう。

いろいろ見て歩いたが、やっぱり、同じネコのところが、一番興味があるらしい。

ネコのいるケージからなかなか離れようとしない。

「いいひとにかわれるといいニャ」

「そうだな。きっと、いい飼い主が現れるよ」

「ごしゅじんさまみたいなひとだと、このこもうれしいニャ」

 ミーコに逆に褒められると、なんだか照れ臭い。4歳の女の子に褒められる俺も俺だけど・・・

「ごしゅじんさま、これは、あたいがたべてたごはんニャ」

 キャットフードのコーナーを見て、走り寄った。

確かに、それは、ウチで買っているもので、ミーコが毎日食べている物だった。

「ミーコ、よく聞け。お前は、もう、人間なんだから、これからは、俺と同じものを食べるんだよ」

「もう、これは、たべられないニャ?」

「そうだよ。だって、ミーコは、人間だろ」

「そうニャ。あたいは、にんげんにゃ」

 ミーコは、ちゃんと俺の言うことをわかってくれるみたいで、感心してしまう。

「何か、欲しいものがあれば、買ってやるよ」

 俺は、そんなミーコに、何か喜ぶものを買ってあげたくなった。

ミーコは、アレコレ見ながら、ある物を選んだ。

「これがいいニャ」

 そう言って、手にしたのは、ネコ用の首輪だった。

「これ、かわいいニャ。あたいもほしいニャ」

 それは、赤くて鈴が付いた首輪だった。俺は、それを手にした。でも、それはミーコには無理だった。

ネコ用の首輪だから、小さいんだ。今のミーコの首には短すぎる。

俺は、しゃがんでミーコと同じ目線になって、言い聞かせるように言った。

「いいか、ミーコは、もう人間だろ。だから、首輪なんてしなくていいんだよ」

「ウニュ~・・・ でも、かわいいからほしいニャ」

「でもな、ミーコの首には、短いだろ」

 そう言って、首輪をミーコの首に回してみる。短すぎて首に回らない。

それを感じたミーコは、すごくガッカリした顔をした。

悲しそうな顔は見たくなかった。ミーコは、いつだって、笑っている方が可愛い。

そんなミーコを見て、俺は、あることを思いついた。

「それじゃ、俺が、ミーコに合う首輪を作ってやる。それでどうだ?」

「ごしゅじんさまがつくるニャ?」

「そうだよ。もっと可愛いのを作ってあげるから、今は、我慢してくれ」

「すずもつけてくれるニャ?」

「つけてやるよ。もっと、大きいのを付けてあげる」

「やったニャ。あたい、うれしいニャ」

 とたんに笑顔になったミーコを見て、ホッとした。だけど、首輪って、どうやって作るんだ?

手芸なんてやったことないから、母さんに聞いてみようと思った。

 その後も、店内を歩きながら、ミーコは、楽しそうだった。

地下の食品売り場は、ミーコには、ニオイがあり過ぎて、心配だったので、そこはやめておく。

 一通り見てから、1階のフロアに戻った。

「疲れただろ。ちょっと休んでから帰ろうか」

 俺は、そう言って、ミーコをソファに座らせた。

俺は、ミーコから目を話さないようにしながら、次に来た時のためにフロアガイドのパンフレットを探しに行った。

エレベーター脇にあるのを発見して、一冊手にして、ミーコの元に急いだ。

「お待たせ」

 そう言って、ミーコを見ると、眠くなったらしく、居眠りをしていた。

お腹が一杯になったのと、歩き疲れたんだろう。こっくりこっくり、居眠りをしているミーコを見るとなんだか微笑ましくて、とても起こす気にはなれなかった。

 俺は、ミーコを起こさないように気を付けながら、背中におんぶした。

背中に背負っても、まったく重さを感じない。それくらい、ミーコは小さかった。

俺の背中に寄りかかって、小さな寝息が耳元に聞こえてきた。

「まだまだ、子供だな」

 俺は、自分のことを棚に上げて、ミーコを背負って、ウチに帰ることにした。


「ただいま」

 俺は、ミーコを起こさないように、静かに玄関の扉を開けて中に入った。

「お帰り、遅かったわね。メグミは、先に帰ってるわよ」

「えっ? まったく、メグミの奴・・・」

 俺は、文句を言ったが、母さんは、笑ってこう言った。

「怒らないの。メグミも気を使ったのよ」

 それはわかっているけど、そこまで気にしなくてもいいのにと、この時は思った。

もっとも、二人きりでいたときのミーコの喜ぶ顔や、俺の背中で寝ている寝顔を独り占めにできたことがうれしかった。

「ミーコちゃんは?」

「寝ちゃった」

 俺は、そう言って、背中で寝ているミーコを見せた。

「アラアラ、疲れちゃったのかしらね」

 俺は、ミーコを起こさないようにしながら、静かに中に入って、リビングのソファにそっと寝かせた。

「お兄ちゃん、帰ってきたの?」

 2階から、大きな足音をさせて、メグミが降りてきた。

「シーッ! ミーコが寝てるから、大きな声を出すな。起きちゃうだろ」

 俺は、唇に人差し指を当てて注意した。

「ごめん」

 メグミは、声を落としてそう言った。

母さんが、ミーコに毛布を掛けてあげていた。

「ウニャウニャ、おなかいっぱいニャ・・・」

 寝言なのか、ミーコは、口をムグムグさせながら言った。

「可愛い」

 メグミと母さんが、寝ているミーコを見て、頬を緩ませながら言った。

「ケイタにしては、いい買い物してきたわね」

「あたしがいたからよ」

 母さんの言葉に、メグミがどや顔で言った。

確かにその通りだ。俺一人だったら、とてもこんなに買い物はできなかっただろう。

 時計を見ると、夕方の15時を少し過ぎていた。そんなに歩いていたのかと、自分でも驚く。アレだけ歩き回ったら、ミーコも疲れたに違いない。

起きるまで、寝かせてやることにして、買ってきた物を整理することにした。

 ところが、それは、すでに母さんとメグミがしていたのだ。

「もうやったわよ。お兄ちゃんが帰ってくるまで、待てなかったんだもん」

 メグミは、笑いながら言った。俺的には、それがちょっと悔しかった。

先を越されたのが、悔しかったのだ。

「メグミが小さい頃のことを思い出すわね。こんなに小さい服を着ていたんだもんね」

 母さんは、ミーコの服を見ながらしみじみとした口調で言った。

ミーコの服などは、俺のタンスの引き出しに入れて、整理も終わった。

「それで、どうだったの?」

 メグミは、ミーコと二人きりで、あの後どうなったのか、興味津々で聞いてきた。

母さんもそれが聞きたかったらしく、テーブルを挟んで聞いてくる。

俺だけの秘密にしようと思ったけど、それでも、誰かに話したくて、聞いてもらいたくて、メグミと別れた後のことを話してしまった。

すると、二人は、寝ているミーコを起こさないように、声を殺して笑い転げた。

「お兄ちゃん、最高!」

「それは、大変だったわねぇ」

 二人に笑われても、不思議と腹は立たない。

それより、そんな初めて尽くしのミーコを独り占めできた優越感のが勝った。

「それでさ、母さんに頼みがあるんだけど・・・」

「アラ、珍しい。ケイタがお母さんに頼みって、何かしら?」

「実はさ、ペットコーナーで・・・」

 俺は、ペットコーナーで首輪が欲しいと言われたことを話した。

「いいわよ。でも、それは、ケイタが作らないとダメでしょ」

「それはそうなんだけど、そんなの作ったことないし、不器用だしさ」

「なにを言ってるのよ。ケイタは、ミーコちゃんの御主人様でしょ。それに、自分で作るって約束したんだからケイタが作らないで、どうするのよ。作り方くらい、教えてあげるから、自分でがんばりなさい」

「それと、もう、ミーコちゃんは、ネコじゃないんだから、首輪じゃなくて、チョーカーとか言ったら」

「チョーカー?」

 俺が聞き返すと、メグミは、呆れたようにスマホで実物の画像を見せてもらった。

「こういうのよ。首輪なんて言ったら、女子にモテないわよ」

 俺は、メグミに見せてもらったチョーカーというのを記憶することに必死だった。

どう見ても首輪だが、かなりおしゃれで可愛い。ミーコは、喜ぶだろうか??

「とにかく、ウチにもミシンがあるんだから、教えてあげるからがんばりなさい」

 母さんに言われて、自分でやるしかないなと、改めて感じた。

「それで、ミーコちゃんをおんぶした感想はどうだった?」

 メグミに言われても、感想なんて恥ずかしくて言えない。

「あたしもおんぶしてみたいなぁ・・・」

 メグミは、俺を羨ましそうな目で見る。そんなに羨ましく思うようなことだろうか? そんなことを思っていたら、玄関が開いて、父さんが帰ってきた。

「ただいま」

「シーッ、ミーコちゃん、寝てるから起こさないように」

 メグミが口に人差し指を立てて、父さんに注意する。

「すまん、すまん、それより、ケイタ、いるならちょっと庭に出てこい」

 何の用かと思いながら、俺は、リビングのソファで寝ているミーコのそばを静かに通り過ぎて、ドアを開けて庭に出た。すると、父さんは、庭の隅にある物置小屋を開けて、中に入っていった。物置なんかに何の用だろう? 

あの中は、捨てるに捨てられないものがしまってある物置だ。

すると、中から何かを持って、父さんが出てきた。

「あった、あった。捨てずに取っておいてよかった」

 父さんが手にしたのは、メグミが小さいときに使っていた、子供用の椅子だった。

「これをミーコ用に使えると思ってな。まだ、使えるし、どうだ?」

「いいんじゃないかな」

「だったら、これは、父さんからのプレゼントってことにしよう。悪いがケイタは、これをきれいに拭いてくれないか」

「わかった。やるよ」

 俺は、父さんがミーコのことを考えていてくれていることが、すごくうれしかった。俺は、すぐに雑巾で小さな椅子を隅から隅まで、きれいに磨き上げた。

ミーコは、喜んでくれるだろうか? ちゃんと、一人で座ってくれるだろうか? それが心配だった。

いつまでも、俺の膝に座って食事をしていることはできない。一人で食事ができるようにならないといけないんだ。

俺は、この椅子に座って、ご飯を食べているミーコのことを想像しながら、椅子を拭き続けた。

その後、その椅子は、玄関の隅に隠して、ミーコを驚かしてやろうと思った。

 椅子を拭き終えて、部屋に戻ると、母さんが夕飯の支度をしていた。

その時、不意にミーコが目を覚ました。

「フニャ~・・・」

 目を覚ますと、大きく伸びをして、あくびをして、目を擦っていたミーコは、俺を見ると、すぐに飛んできた。

「あたい、ねちゃったニャ」

「いいよ。ゆっくり寝てたな」

 しかし、ミーコは、俺からすぐに離れて、洗面所の方に歩いて行く。

手でも洗うのかと思ったが、そうじゃないことに気が付いて、声をかけてみた。

「ミーコ、どこに行くんだ?」

「おしっこ」

「えっ!」

 一瞬、まずいと思った。ミーコは、一人でトイレで用が足せるのか?

しかし、ミーコは、洗面所に置いてある、ネコ用トイレに歩いて行くので慌てて止める。

「ミーコ、お前のトイレは、これじゃない」

「ウニャ? あたいのトイレは、これニャ」

「違うんだって。ミーコは、もう、人間だから、人間のトイレでするんだよ」

「ウニュ? あたい、わかんないニャ」

 そう言うと、我慢しているのか、足をモジモジしだした。

「母さん、ちょっと、来て~」

 俺は、母さんに助けを呼んだ。いくらなんでも、トイレまで、俺が教えるわけにはいかない。男ならまだしも、ミーコは、女の子だ。それは、無理だろう。

「ミーコ、もうちょっと、我慢できるか?」

「ウニュ~、もう、がまんできないニャ・・・」

「母さん、まだぁ~」

 俺は、もう一度呼ぶと、手をエプロンで拭きながらやってきた。

「ミーコがおしっこだって。頼むよ、助けてやって」

「アラアラ、大変、大変。ミーコちゃん、こっちよ」

 母さんは、ミーコの手を引いて、人間用のトイレに連れて行った。

俺は、ホッとして、リビングに向かった。すると、そんな俺を見て、メグミと父さんが笑っている。

「ケイタは、御主人様なんだろ。ちゃんと、トイレも教えてやらなきゃダメだろ」

「そうよ。なにも、恥ずかしがることないじゃん。ミーコちゃんは、まだ、子供なのよ」

「バ、バカ・・・ そんなの出来るわけないだろ」

 俺は、自分でも、顔が赤くなっているのがわかるくらい、熱くなっていた。

少しすると、ミーコが母さんとトイレから出てきた。

「どう、わかった?」

「わかったニャ、ひとりでできるニャ」

「そう、ミーコちゃんは、賢いわね」

 そう言って、母さんに頭を撫でてもらうと、ミーコは嬉しそうに目を細めている。

「ごしゅじんさま、あたい、一人で、おしっこできるようになったニャ」

「そうか、偉いなミーコは」

 そう言うと、ミーコは、ニコニコしながら俺の足に絡みついて、頬を擦りつけてきた。そんな仕草は、やっぱりネコにしか見えない。だけど、可愛いから許す。

 それからは、夕飯ができるまで、ミーコは、メグミと遊び始めた。

「ミーコちゃん、お絵かきしようか」

「するニャ」

 メグミは、自分の部屋からスケッチブックとクレヨンを持ってきて、ミーコの前に置いた。

「これで、絵をかいてみようか」

 そう言うと、ミーコは、クレヨンを持って、スケッチブックに色を塗り出した。

俺が、上から覗き込むと、メグミが言った。

「あたしが昔に使っていたのよ。ミーコちゃんに使ってもらおうと思って、押入れから引っ張り出したの」

 メグミもメグミで、ミーコのことを考えているようで、うれしかった。

もちろん、ミーコは、初めてのことだから、絵というよりも、ただ色を塗っているだけで、落書き以前のものでしかない。

それでも、ミーコは、絵を描くということが気に入ったのか、いろんな色のクレヨンで遊び始めた。

 絵を描くというなら、字も覚えたほうがいいんだろうか? せめて、平仮名くらいは、書けるようにした方がいい。

読み書きがわかれば、もっと、人間としての自覚が出てくるのではないだろうか?

「ねぇ、父さん、ミーコにさ・・・」

「ケイタに言われなくても、わかってるから安心しろ」

 父さんは、俺が言い終わらないうちに、言葉を遮った。

そして、席を立つと、カバンから何かを取り出した。それは、ひらがな練習帳だった。

「これをやるから、ミーコに教えてみたらどうだ」

「俺が?」

「当り前だろ。ケイタは、御主人様だろうが。少しずつでいいんだ。いきなり、全部なんて書けないし読めない。最初は、ア行の5文字から、毎日、ゆっくりでいいから、読み書きさせるようにしたらどうだ」

「でも、そんなことしたことないし、どうやっていいかわからないよ」

「家庭教師になったつもりで、教えてやればいいんだ。最初は、ケイタが書いて見せてやることから始めたらどうだ。ミーコは、物覚えがいいから、きっと覚えるはずだ。そうだな。うまくできたら、ご褒美をやるようにしたらいい」

「ご褒美?」

 犬や猫の躾じゃないんだから、出来たらご褒美なんて、どうかと思う。

「そんなに難しく考えることはない。ミーコは、ケイタに褒められるのが、一番のご褒美だから、出来たらたくさん褒めてやるんだ。それだけでいいんだよ」

「そうかな・・・」

 俺は、なんとなく自信がなかった。物で釣るのは、どうかと思うけど、褒めるだけでいいというのも、なんとなく物足りない気がした。

それで、ミーコは、ちゃんと覚えてくれるだろうか?

「お兄ちゃん、これ見てよ。ミーコちゃんが書いたのよ」

 そう言って、メグミが見せたのは、俺の顔だった。

見た目は、幼稚園児が書いたレベルの絵だ。画用紙一杯に大きな顔をした俺だった。

でも、特徴をよくつかんでいて、パッと見で自分だとわかる。それくらい似ていた。

「どう、似てるでしょ」

「これ、ミーコが書いたのか?」

「そうよ」

 俺は、その絵をミーコに見せた。

「これ、俺なのか?」

「そうニャ、ごしゅじんさまニャ」

「よく書けたな。偉いぞ」

 大袈裟に言いながら、頭を優しく撫でてやった。

すると、ミーコは、嬉しそうに目を細めて、喉をゴロゴロ鳴らしながら、俺にスリスリしてくる。

褒めるだけで、こんなに喜んでくれるなら、もしかしたら、平仮名も書けるようになるかもしれない。

 それからも、ミーコは、クレヨンでいろいろと書いている。

中でも、ネコや犬など、動物が好きらしい。メグミも自分の顔を書いてもらって、嬉しそうだった。

 なるほど。子どもの才能を伸ばすには、褒めて伸ばすというのがいいのか。

どっかで聞いたことがあるフレーズを思い出した俺は、少しずつその気になっていった。

「それじゃ、今度は、字が書けるようになろうか」

「じ? それは、なんニャ?」

「自分の名前くらい、書けるようになりたいだろ?」

「なりたいニャ」

「それじゃ、これから、ゆっくり覚えてみようか」

「あたい、がんばるニャ」

「よし、ミーコは、頭がいいから、すぐに書けるようになる。書けるようになったら、たくさんいい子いい子してあげるから」

「やったニャ! ごしゅじんさまに、ほめてもらえるニャ」

 ミーコは、字を書くということは、わかっていないけど、俺に褒められることはうれしいらしい。

だったら、すぐに書けるようになるだろう。俺は、すぐにでも、教えてあげたくなった。


「みんな、夕飯ができたわよ」

 母さんの声で、みんながテーブルに集まった。

ミーコは、俺の膝の上にちょこんと座る。すると、父さんが、さっき物置から出してきた子供用の椅子を持ってきた。

「ミーコ、これは、父さんからのプレゼントだ。いつまでも、ケイタの上に乗ってないで、これに座って、一人で食事をするようにしなさい」

 そう言って、俺とメグミの間に椅子を置いた。俺は、ミーコを抱き上げて、その椅子に座らせる。

座高が高いので、それに座っても、ミーコの胸がテーブルより上に出るので、食事もしやすい。

「ウニャ、あたいのいすニャ」

「そうだよ。これは、ミーコ専用だ」

「パパさん、ありがとニャ」

 そう言って、ミーコは、椅子に座ると、嬉しそうに笑っていた。

「それ、あたしが子供の頃に使ってた椅子よね」

「物置にしまってあったのを思い出したんだ。ミーコにちょうどいいかと思ったんだよ」

 メグミが懐かしそうに言うと、父さんが話を付け加えた。

「よかったね。ミーコちゃん」

「うん。メグミちゃんのいすなら、あたい、だいじにするニャ」

「ありがとね」

 そう言って、メグミは、ミーコの頭を優しく撫でる。ミーコは、嬉しそうに目を細めて喉を鳴らしていた。

「ねぇ、ミーコちゃん、これは、あたしからのプレゼントよ」

 そう言うと、今度は、メグミが妙なことを言い出した。

何かと思ったら、隠し持っていた袋から、赤い大きなリボンを取り出した。

「ミーコちゃんに似合うと思って、買ってきたのよ」

 そう言うと、肩まで伸びているミーコのオレンジ色の髪を一つにまとめると、ポニーテールのようにしてリボンで止めた。すると、今まで見えなかった小さな耳が見える。ミーコの耳は、とても小さくて可愛かった。

「ほら、可愛くなった」

 そう言うと、リボンを付けた髪を鏡で見せた。

「ウニャ、かわいいニャ」

 ミーコは、そう言って、何度も鏡を見ている。確かに、真っ赤なリボンは、ミーコに似合う。髪が、オレンジ色の縞模様だけに、とても目立って可愛い。

「よかったな、ミーコ」

「うん。メグミちゃん、ありがとニャ」

「どういたしまして」

 ミーコは、うれしそうに微笑んで、メグミに言った。

ミーコは、余程うれしかったのか、何度も手でリボンを触っている。

「かわいいニャ。うれしいニャ」

 そう言って、ミーコは、終始ニコニコしている。

「ミーコちゃん。あなたの誕生日っていつだかわかる?」

 突然、母さんがそんなことを言った。ミーコの誕生日なんて、俺もわからない。

「たんじょうびって、なんニャ?」

「ミーコちゃんが生まれた日よ」

「ミーコは、自分が生まれたのは、いつか、覚えているか?」

 それは、俺も知りたい。誕生日がわかれば、何かプレゼントでもあげたい。

しかし、ミーコは、少し考えてから、思いもよらないことを言った。

「わかんないニャ。あたいは、うまれたときのことはおぼえてないニャ」

 それは、予想外の一言だった。いくらネコでも、生まれたときのことは記憶にあると思った。

「ミーコのお母さんは?」

「う~ン、わかんないニャ。めがあいたときは、もう、いなかった二ャ。たくさんないて、ママをよんだけど、いなかったニャ」

 そんな話を聞くと、誰もそれ以上のことが聞けなかった。ということは、ミーコの母親は、ミーコを生んですぐに育児放棄をしたということか?

「ミーコのママは、どうしたんだ?」

「わからない二ャ。あたいは、すぐに、どっかにすてられたニャ」

 そんなことってあるか! 生まれて間もないミーコを人間が捨てたということか?

俺は、そんな飼い主は、断固として許せない。無責任にも程がある。俺は、だんだん腹が立ってきた。

父さんたちも、ミーコの過去を聞いて、言葉もない。暗くなりかけた雰囲気だった。

 なのに、ミーコは、笑いながらこう言った。

「でも、あたいは、ごしゅじんさまにひろってもらったニャ。

だから、それでいいニャ」

「ミーコ・・・」

 俺は、その一言で、救われた気になった。あのとき、雪が降る寒い冬に、ミーコを拾った時のことを思い出した。

雪に埋もれたゴミ捨て場から小さく鳴いているミーコを拾い上げた。

体を温めて、ミルクを飲ませて、一晩中、俺のふとんの中で抱いてやったこと。

その時のことが、鮮明に思いだした。

「あたいは、ごしゅじんさまにひろってもらわなかったら、どうなってたかわからない二ャ。だから、あたいは、ごしゅじんさまがだいすき二ャ。それに、このウチで、かってもらって、とってもしあわせニャ。だって、パパさんもママさんも、メグミちゃんもあたいのこと、とってもやさしくしてくれる二ャ。だから、このウチにきて、あたいは、しあわせなネコニャ」

 俺は、思わずミーコを抱きしめたくなった。メグミは、ミーコの頭を撫でながら言った。

「ミーコちゃん、これからも、ずっと、ここにいていいんだからね」

「ありがとニャ」

 メグミの一言で、俺は、泣きそうになった。それをグッと堪えたのは、俺が男だからだ。ミーコの前で男が涙なんて見せてはいけない。悲しい過去を笑って話すミーコの前で、泣くのは反則だ。

ミーコを悲しませてはいけないんだ。ミーコに、俺の涙なんて見せてはいけない。

「だったら、今日が、ミーコちゃんのお誕生日にしましょう」

 母さんの一言に、俺もメグミも驚いて、母さんを見詰めた。

「だってそうでしょ。今日は、人間に生まれた日でしょ。だから、今日が、ミーコちゃんのお誕生日ね」

「それいい! ミーコちゃん、今日が、ミーコちゃんのお誕生日なのよ」

「きょうは、あたいがうまれたひニャ。うれしいニャ」

 ミーコは、嬉しそうに言うと、両手をバンザイするように振り上げた。

「ケイタは、どうなの?」

「ミーコ、誕生日、おめでとう」

「ありがとニャ、ごしゅじんさまにいわってもらったニャ。あたい、すごくうれしいニャ」

 ミーコは、椅子から飛び上がって、俺に抱きついてきた。

「わかったから、危ないから、椅子に座ってろ」

 俺は、ミーコの体を受け止めて、椅子に座り直した。

「それなら、今日は、お誕生日のパーティーね」

 母さんは、そう言うと、冷蔵庫から大きな箱を取り出してテーブルに乗せた。

「きっと、そう言うと思って、用意してよかったわ」

 そう言って、箱を開けた。

「すごーい!」

 メグミがそれを見て声を上げた。それは、誕生日ケーキだった。

イチゴが乗った生クリームがデコレーションしていて、真ん中にチョコで『ハッピーバースデー・ミーコちゃん』と書かれていた。

母さんのナイスアイディアに、俺は、うれしくてたまらなくなった。

「母さん、ありがとう」

「バカね。ケイタが言うことじゃないでしょ」

 そう言われても、俺は、母さんに感謝の言葉を伝えるしかできなかった。

そんな母さんの気持ちが、俺は、たまらなくうれしい。

「ママさん、これは、なんニャ?」

「そうね。ミーコちゃんは、見た事ないし、知らないのよね。これは、誕生日のケーキよ。甘くておいしいから、みんなで食べましょう」

「なんか、おいしそうなニオイがするニャ」

 ミーコは、鼻をクンクンさせてケーキのニオイを嗅いでいる。

「お父さんは椅子で、メグミはリボン。母さんは、ケーキで、ケイタは、何かないのか?」

 父さんに言われて、俺はハッとした。そうだ。肝心の俺は、ミーコにプレゼントを用意してない。てゆーか、そんなこと、まったく考えていなかった。

「もしかして、お兄ちゃん、なにも用意してないの?」

「えっ、あっ・・・イヤ、その・・・」

「まったく、だらしがないな。それでもご主人様か」

 父さんとメグミに言われても、返す言葉がない。

「だいじょうぶニャ。あたいには、ごしゅじんさまがいるから、それだけでいいニャ」

 ミーコの言葉が胸に突き刺さった。何もしてない自分が情けなかった。

「いいのよ。ケイタは、後でプレゼントするのよね」

 それを聞いて、俺は、また、ハッとした。

「あら、ケイタ、忘れたの? ミーコちゃんに、チョーカーを作ってあげるんでしょ」

 そうだ。そうだった。ミーコに似合う首輪・・・じゃなくて、チョーカーを作るんだった。

「そ、そうだよ。ミーコに似合う、チョーカーを作るから。もう少し待っててくれ」

 俺は、そう言って、ミーコに両手を合わせて謝った。

「へいきニャ。ごしゅじんさまがいるだけで、あたいは、しあわせニャ」

 なんとしても、すぐに作らなきゃ。そして、ミーコの喜ぶ顔が見たい。

「あなた、蝋燭に火をつけて」

「しかし、蝋燭を何本たてるんだ?」

 普通なら、年の数だけ火をつける。でも、ミーコは、今日が誕生日だから、一本なのか?

「今日が誕生日だから、一本でいいのよ」

 母さんが言うので、父さんが真ん中に蝋燭を一本たてると火をつけた。

「それじゃ、セ~ノ」

 メグミの声に合わせて、みんなで歌った。

「ハッピバースデートゥユー。ハッピバースデー、ミーコちゃん。ハッピバースデートゥーユ~」

 そして、四人で軽く手を叩く。でも、どうしていいのかわからないミーコは、俺たちを見ている。

「ミーコ、この蝋燭の火を息を吹いて消すんだ」

「フウゥ~ってするのよ」

 メグミと俺が、説明する。ミーコは、見よう見まねで、息を拭く。でも、初めてのことでうまく消せない。

「もう一度。フ~ってしてみろ」

「フゥ~・・・」

 ミーコは、何度か息を拭くと、蝋燭が半分くらいになったところで火が消えた。

もう一度、パチパチと手を叩くと、ミーコは、嬉しそうに笑った。

「よくできたな。偉いぞ、ミーコ」

 そう言って、頭を撫でながら褒めると、ミーコは、ニコニコ笑っている。

「また、ごしゅじんさまにほめられたニャ」

 母さんは、ケーキを切り分けて、それぞれのお皿に乗せて前に置いた。

「これは、ミーコの分だから、食べていいぞ」

「ウニュ・・・」

 ミーコは、初めて見るケーキを不思議そうに見ている。

「こうやって食べるんだよ」

 俺は、フォークで小さくケーキを切って、一口食べて見せた。

「やってみるニャ」

 そう言うと、ミーコは、小さな子供用のフォークを握って、ケーキに突き刺した。

そして、おもむろに口に入れた。

「ウニャウニャ・・・ ごしゅじんさま、これは、すごくおいしいニャ」

 不思議そうな顔だったミーコが、途端に笑顔になった。

「あまくてすごくおいしいニャ」

 ミーコは、フォークを不器用ながらも、うまく使いながらケーキを頬張る。

「ウニャウニャ、おいしいニャ。おいしいニャ」

 ミーコは、口元をクリームで白くさせながら嬉しそうにケーキを食べていた。

「ミーコ、口にクリームが付いてる」

 俺は、母さんが用意してくれたナプキンで口の周りを拭いてやる。

「ごしゅじんさま、すごくおいしいニャ。ママさん、ありがとうニャ」

「いいのよ。たくさん食べなさい」

 おいしそうに食べるミーコを見て、俺たちもケーキを食べる。

今まで食べたケーキの中で、一番おいしく感じた。

「さぁ、出来たわ。今日は、御馳走よ」

 母さんは、テーブルに料理を並べた。鶏のから揚げとお刺身の盛り合わせだった。

「おいしそうなニオイがするニャ」

 ミーコは、目の前に並んだ料理を見て目をキラキラさせている。

ネコの頃から、ミーコの好きなものは、鶏肉と魚だった。その時の記憶はあるのだろう。ニオイだけで、早くも興奮している様子だ。

「ミーコちゃん、一杯食べてね」

「ママさん、いただきますニャ」

 俺がから揚げを取り分けると、フォークでそれを口に入れる。

「あついニャ・・・」

 揚げたてのから揚げは熱い。ミーコは、ネコだから、猫舌なんだろう。だから、熱いのが苦手なのだ。

「さっきみたいに、フーフーして、冷ましてから食べるんだよ」

 すると、ミーコは、思い出したかのように、フォークで刺したから揚げに息を吹きかける。

「フー、フー、」

 何度も何度も息を吹きかけて、少し冷めてから、口に入れた。

「ムグムグ・・・ おいしいニャ」

 ミーコは、おいしそうにから揚げを食べ始めた。

「魚もあるぞ」

「ウニャ、それもたべるニャ」

 ミーコは、お刺身をフォークで突き刺してしょうゆもつけずにそのまま口に入れた。

「ウニャウニャ、おさかなもおいしいニャ」

 ミーコに箸の使い方も教えないといけないかも。俺は、ミーコの食べ方を見てそう思った。

「ハイ、ご飯も食べてね」

 白いご飯もミーコは、大好きだった。特に、ご飯にかつお節を乗せただけの、通称ネコまんまも

ミーコの大好物の一つなのだ。

「いただきますニャ」

 ミーコは、小さな茶碗に盛られた、湯気が立つ白いご飯を手に取ると、フォークで食べようとする。

「ちょっと待て。熱いから、フーフーしてから食べろ」

 俺は、慌てて食べようとするのを止めた。ミーコは、ご飯にフーフーしてから、小さく一口食べる。

「ムニャムニャ・・・おいしいにゃ」

 ミーコは、それからもから揚げにお刺身にご飯と、小さい体なのにたくさん食べた。ミーコの食べっぷりに釣られて、俺たちも食べた。どちらかといえば、小食のメグミでさえ、いつもより多く食べている。母さんの料理のうまさと、ミーコのおいしそうに食べるのを見て、今日の夕飯は、一段とおいしく感じられた。

それに、一人増えただけで、テーブルが賑やかだった。

 俺たちの家族は、いわゆる友達家族的な感じで、仲もよく何でも話せる関係だ。

食事の時も、ほとんど全員が一つのテーブルを囲んで食べる。

今日あったことを話したりしながら、賑やかで楽しい食事の時間だ。

でも、今夜に限って言えば、ミーコ一人いるだけで、さらに笑い声が絶えなかった。

「ミーコ、ご飯が付いてる」

 俺は、ミーコのほっぺたにご飯粒をついているのを取りながら言った。

「ありがとうニャ」

 ミーコは、口をもごもごさせながら言った。口一杯にご飯を詰め込み、おいしそうに食べている顔を見ると

このウチにきたことが、ミーコにとって、どんなに良かったのか、その気持ちがわかる気がした。


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