第3話 ミーコと初めての買い物。
ショッピングセンターに入ると、中は暖かかった。
外が寒かっただけに、ホッとする。
「ウニャ~」
ミーコは、足を止めて上を見たり、周りを見たり、目を皿のようにしていた。
見るものすべてが初めてのことだけに、興味津々という感じだ。
「いろんなものがある二ャ」
それからというもの、二階までのエスカレーターに乗るまでが大変だった。
子供特有の『アレはなに? これはなに?』と、質問攻めが続いた。
それでも、メグミも俺も、ミーコの質問に、丁寧に答えてやった。
ミーコは、頷きながら目を更に大きくして見ている。
そして、やっとエスカレーターまでたどり着いた。
「アニャ、かいだんがうごいてるニャ!」
ミーコは、生まれて初めて見る、エスカレーターに驚いていた。
ウチにも階段はある。ネコだったミーコは、身軽に階段を自由に上り下りしていたが、ウチの階段は動かない。
「これは、エスカレーターって言うんだ。よく見て、転ばないように、タイミングを見て乗るんだぞ」
そう言って、ミーコの手をつなぎ直した。つまずいて転んだら大変だ。
ミーコは、真剣な顔をして、動く段差を見ている。
俺とメグミは、ミーコの手を持って、体を持ち上げるようにして、動く段差に乗せた。
「行くぞ、一、二の、三」
出てきた段差に無事に乗れた。
「すごいニャ、かいだんがうごくニャ」
ミーコは、楽しそうに笑った。まずは、無事にクリアだ。
「上に着いたら、降りるぞ。一、二の、三」
そう言って、ミーコを両手を軽く持って、二階のフロアに着地した。
「おもしろかったニャ。また、のりたいニャ」
「大丈夫だよ。また、乗るから」
俺は、ニコニコしているミーコに言った。
「さて、靴売り場は、どっちだ?」
俺は、辺りを見渡した。
「あっちよ」
メグミに言われて、二階のフロアを右に曲がった。
ブランドショップがいくつも並ぶお店を見ながら少し歩くと、靴売り場が見えてきた。
紳士用、婦人用と並ぶ靴の向こうに、子供用の靴売り場があった。
「さて、どれがいいかな?」
「ミーコちゃんは、どれがいい?」
「う~ン、あたい、くつははじめてだから、わからないニャ」
それはそうだろう。ネコは、いつだって、裸足だから靴など履いたことがない。
棚を見て回ると、小さな子供用の靴が並んでいた。
「これなんか、可愛いんじゃない」
メグミが手にしたのは、赤くて小さな可愛い靴だった。
小さすぎて、とても本物には見えない。おもちゃの靴にしか俺には見えなかった。
「あっ、これが、かわいいニャ」
ミーコは、俺の手を離すと、一直線に走り出すと、棚に並んであった靴を手に取った。
「アラ、可愛いじゃない」
「これがいいニャ」
ミーコがその小さな靴を手にして、俺の前にやってきた。
それは、オレンジ色の靴で、ネコのイラストが描いてあった。
なるほど、ネコの絵にひかれたのか。俺は、納得した。
「これでいいのか?」
「うん、これがいいニャ」
「それじゃ、履いてみよう」
俺は、そこにあった小さな椅子に座らせて、サンダルを脱がせて、靴を履かせてみた。
「ちょっと、大きくない?」
「そうだな。靴は、足に合った方が履きやすいからな」
すると、メグミは、その靴を持って、店員さんの元に走った。
少しすると、小さめの同じ靴を持ってやってきた。
「ミーコちゃん、これを履いてみようか」
メグミに言われて、ミーコは、靴を履いてみる。
「脚が入ったら、少しトントンしてみるんだ」
俺は、そう言って、靴を半分履かせて、つま先を床にトントンするように言った。
ミーコは、俺の言ったとおりにやってみると、足がスルっと靴にはまった。
「どうだ、きつくないか?」
「だいじょうぶニャ」
「それじゃ、これにするか」
「ミーコちゃん、少し歩いてみて」
メグミに言われて、ミーコは、両足に履いた靴で床に降りた。
すると、変わった音がした。イヤ、声か・・・
『ニャ~』
「なんか、音がしなかったか?」
俺は、周りを見た。どっからか、ネコの鳴き声が聞こえた。
「やぁね、お兄ちゃん。ミーコちゃんの履いてる靴よ」
「靴?」
すると、ミーコが歩くたびにネコの鳴き声がした。
『ニャン、ニャン』
なるほど、靴から音がするのか。子供用ならではの仕組みだ。
ミーコは、ネコの鳴き声がするのが面白いのか、その場で足踏みを始めた。
『ニャ~、ニャ~』
その度に聞こえるネコの鳴き声。おもしろそうに歩くミーコ。
満足そうなその顔を見て、俺も笑ってしまった。
「ミーコちゃん、それでいい」
「いいニャ」
ミーコが喜ぶなら、俺も安心する。まずは、靴はこれでいいとしても、これだけってわけにもいかないだろう。
俺とメグミは、普段に履けるように、子供用のサンダルも買った。
会計を済ませて、値札を取ってもらって、その場で靴に履き替えさせた。
ミーコは、嬉しそうに靴を履いて歩き始めた。
『ニャ~、ニャ~』
歩くたびに靴から聞こえる鳴き声に、ミーコは楽しそうだった。
その後は、三階で服を買う。エスカレーターの前に来ると、ミーコは、またしても真剣な目をして動く段差を見ていた。
「もう一度、行くぞ。一、二の、三」
そう言って、俺とメグミは、ミーコの手をつないで、段差に乗せる。
「だいじょうぶニャ。ひとりでのれるニャ」
ミーコは、そう言うと、俺たちの手を離して、一人で段差に乗ろうとする。
うまくタイミングが合わないのか、いくつか段差をやり過ごす。
見ているこっちのがハラハラしてくる。転ばないように心の中で祈る。
「ウニャ!」
ミーコは、掛け声とともに軽くジャンプすると、下から出てくる段差に飛び乗った。慌てて後を追う俺とメグミ。うまく乗れて、ホッとする。
「ごしゅじんさま、ひとりでのれたニャ」
「ミーコは、上手だな」
そう言って褒めると、大きな目を細めてうれしそうだ。
「前を見て、今度は、降りるぞ。転ぶなよ」
楽しそうなミーコとは反対に、俺は、ハラハラしどおしだった。
もしも、転んだりしたら大変だ。
しかし、メグミは、そんな俺とは反対に、ミーコを黙ってみているだけだった。
「メグミ、ミーコ、大丈夫か?」
「お兄ちゃんは、心配性ね。ミーコちゃんなら、大丈夫よ。ほら、見てみなよ」
俺は、エスカレーターを上がっていく、ミーコの後姿を見る。
間もなく三階だ。三階のフロアに近づいてくると、ミーコは、膝を軽く曲げると、ピョンと飛び上がってフロアの床に足を付けた。
「できたニャ」
そう言うと、ミーコは、クルッと回って、俺たちを見た。
「よくできたな。えらいぞ、ミーコ」
「ウニャニャ・・・」
ミーコは、嬉しそうに笑った。何でもすぐに覚えるミーコは、賢いなぁと、関心仕切りだ。
そして、三階の洋服売り場を三人で歩いた。
「子供服売り場って、どこにあるんだ?」
服は服でも、子供服など、今の俺には、まるで興味がないので、どこにあるのか、わかるはずもない。
少し歩くと、フロアの中ほどに子供服が並んでいた。
「この辺ね」
メグミが周りを見渡して言った。
「それじゃ、まず、下着から買わないとね」
「えっ、下着・・・」
「当り前じゃん。ミーコちゃんは、パンツとか持ってないのよ」
「そりゃ、そうだけど・・・」
俺は、一瞬、ドキドキしてしまった。そんな俺など構わず、メグミはミーコの手を引いて、下着売り場に向かった。
「お兄ちゃん、なにしてるのよ。こっちよ」
「イヤ・・・ それは、メグミに任せるよ」
「なにを言ってるのよ。お兄ちゃんは、ミーコちゃんの御主人様でしょ。ちゃんと、見てあげないとダメじゃん」
「でも、その・・・ 下着というのは、なんというか・・・」
ドギマギしている情けない俺だった。
「なにを赤くなってるのよ。パンツは、パンツでも、子供用なのよ。もしかして、恥ずかしいの?」
「イヤ、そういうわけじゃ・・・」
下を向いて、言葉もだんだん小さくなってくる。
確かに下着は下着でも、子供用なのだ。大人の女性用の下着を買うわけじゃない。
別に恥ずかしがることはない。でも、ミーコは、女の子なのだ。子供は子供でも、女には変わりない。
せめて、男の子ならいいけど、子供とはいえ、女の子用のパンツを買うなんて、恥ずかしくて男の俺にはどう考えても無理だ。
「どうしたニャ?」
ミーコが靴を鳴らしながら俺を見上げた。
「なんでもない。それじゃ、行こうか」
俺は、そんなミーコに変に気を遣わせることに抵抗があって、気を取り直した。
とはいえ、実際に売り場に行ってみれば、小さく縮こまった人形の洋服みたいな小さな下着がズラッと並んでいて足を踏み入れるのには、かなり勇気がいった。
周りを見れば、子供のために買いに来た、若いお母さんらしい人しかいない。
店員も女性ばかりで、男は俺だけだった。
「ミーコちゃん、どれがいいかな?」
「う~ン・・・」
靴もそうだが、ネコは、下着なんて履かない。そんなミーコに、下着を選ばせるのは、ある意味、ハードルが高い。
二人していろいろ見ていると、メグミがあるパンツを手にした。
「これなんか、可愛いんじゃない」
そう言って、手にしたのは、お尻の部分にネコの絵が描いてあるパンツだった。
「アニャ! それがいいニャ」
ミーコは、ネコに反応するらしい。それはそれで、当たり前だけど・・・
「可愛い。こんなに小さいバンツ履くんだね」
メグミは、それからも、イラスト付きのパンツをいくつか手にした。
「どれもかわいいニャ」
ミーコとメグミは、あれこれパンツで盛り上がっていた。
だけど、男の俺は、居たたまれない。早くこの場から逃げたかった。
そんな俺をおもしろがっているメグミは、俺とミーコを見比べながら、何枚かカゴに入れた。
会計を済ませて、やっと一息つくことができた。
「ごしゅじんさま、かおがまっかニャ」
ミーコが俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だから。何でもないって。次、行こう」
そんな俺を見て、メグミは、クスクス笑っていた。
「まだ、子供だから、ブラはいらないし、タンクトップみたいなインナーもあったほうがいいわよね」
「えっ?」
「ホントにお兄ちゃんて、頼りにならないわね。もっと、勉強しないと、彼女とかできないわよ」
メグミに言われても、何も言い返せない俺が、ちょっと情けない。
「でも、お兄ちゃんには、ミーコちゃんていう、彼女がいるから、いいのか」
妹にまで、からかわれて兄の立場がない。
その後、子供服の売り場で、インナーとか、Tシャツ、ブラウス、スカートやズボンに靴下などなど、一通りの服を何枚も買い揃えた。服を買うだけで、こんなに疲れるとは、思わなかった。
自分の買い物なら、疲れることはないけど、人の物となると、気を遣う。
特に子供用だし、相手はミーコだ。気疲れするなぁと、早くも息が上がりそうだ。
両手に袋一杯に買い物を済ませた俺たちは、一休みしようと、フロアの隅にある椅子に座った。
「後は、日用品とか、雑貨よね」
まだまだ、買い物は続くらしい。俺は、ヘトヘトなのに、メグミもミーコも、まだまだ元気モリモリだ。
「お兄ちゃんは、そこで休んでて。ミーコちゃん、ちょっと、こっちに来て」
メグミは、そう言うと、ミーコの手を取って、女子トイレに向かった。
「ハアァ~、なんか、疲れた」
俺は、そう呟くと、自然と顔が下に向いてしまった。
買い物は楽しいというが、それは、自分のためであって、人のためだと気を遣う。
それは、ミーコであっても、同じことらしい。まだまだ俺は、オコチャマなんだな。そんな自分を思い知らされた。
「お待たせ」
しばらくすると、メグミとミーコが戻ってきた。
「着替えてきたのよ。どう、お兄ちゃん」
そう言って、自分の後ろにいたミーコを俺の前に引き出した。
「えっ、えーっ!」
思わず声が漏れて、後ろに倒れそうになった。
目の前にいたのは、まぎれもないミーコだった。でも、家から来た時のミーコとは、見違えるほど、きれいで可愛かった。
「ミ、ミーコなのか?」
「当り前でしょ。ミーコちゃんじゃなかったら、誰なのよ」
メグミが笑いながら言った。
目の前にいたのは、どう見ても、天使のように可愛い小さな女の子だった。
赤い釣りスカートに胸にハートマークをあしらったTシャツを着て、ピンクのジャンパーを着ているミーコだった。
「ほら、黙ってないで、何とか言ってあげなさいよ」
メグミに言われて、ハッと気が付いた俺は、ありきたりな言葉しか出てこなかった。
「可愛いよ。ミーコ、とっても似合ってるぞ」
「うれしいニャ」
ミーコは、ニコッと笑うと、その場でクルッと回って見せた。
短いスカートが翻って、俺には、本物の天使に見えた。
こんな可愛いミーコを見たら、疲れなんてあっという間に吹っ飛んでしまった。
「ミーコ、ホントに、可愛いぞ」
俺は、思わず立ち上がると、ミーコを抱きしめたくなった。
「まったく、お兄ちゃんて、ホントに親バカなんだから・・・」
メグミは呆れたように言うと、笑い声をあげた。
「よし、それじゃ、買う物買ったし、帰るぞ」
俺は、そう言って、ミーコの手を握ろうとすると、メグミが言った。
「なにを言ってるのよ。まだ、日用品とか買ってないじゃん」
「まだ、なんか買うのか?」
「ミーコちゃん用のスプーンとか、お箸とか、いろいろ他にもあるじゃない」
そう言われると、俺もいろいろ思いつくものがある。
「それじゃ、今度、一階だな」
ミーコのそんな姿を見たら、疲れたなんて言っていられない。元気を取り戻した俺は、ミーコの手を取って歩き出した。もちろん、ミーコに合わせてゆっくりと・・・
それから一階に戻った俺たちは、ミーコ用の日用品や雑貨などを買った。
「ミーコ、他に、何か欲しいものはあるか?」
「う~ン、わかんないニャ」
それもそうだ。そんなに一度に聞かれても、人間になったばかりのミーコにわかるわけがない。
これから少しずつ、欲しいものも増えていくだろう。その時に、買ってやればいいんだ。
「それじゃ、帰るか」
俺は、そう言って、出口に向かおうとした。
すると、メグミが俺に言った。
「あっ、いけない。あたし、用事を思い出したから先に帰るね。荷物は、あたしが持って帰るから、お兄ちゃんは、ミーコちゃんともう少し、付き合ってあげて」
「お、おい、メグミ・・・」
俺から荷物を奪い取ると、両手に抱えた荷物を掲げてこう言った。
「二人きりにさせてあげるんだから、がんばってよ。お兄ちゃん」
俺は、頭の中が一瞬にして、真っ白になった。
「それじゃ、ミーコちゃん、また後でね。お兄ちゃんと、デートしてきてね」
「ありがとニャ」
ミーコは、デートの意味などわからないのに、嬉しそうに頷いている。
「バイバイ、ミーコちゃん」
「バイバイニャ」
そう言って、手を振るメグミに、大きく手を振り返すミーコを見て、俺は立ち尽くしていた。
さて、これからどうする? 俺は、自分に聞いてみた。でも、何も答えるはずがない。手を繋いだミーコを見下ろすと、俺を見上げているミーコと目が合った。
「少し、散歩でもするか」
「うん」
口から出た言葉が散歩とは、我ながらボキャブラリーの少なさに呆れた。
その時だった、ミーコのお腹が、ぐうぅ~と鳴った。
そうか、もう、お昼だ。お腹も空くわけだ。そう言えば、俺もミーコも、朝の騒ぎで朝ご飯を食べてなかったことに気が付いた。
時計を見ると、昼の1時をとっくに過ぎていた。お腹も減るわけだ。
「ミーコ、お腹、空いたか?」
「うん、オナカペコペコニャ」
「それじゃ、なんか食べるか」
「うん」
「なにを食べたい? 何でもいいぞ」
ちょうど、一階フロアにいるので、フードコートがあるから、そこなら俺でも金額的に心配ない。
しかも、今日は、父さんの財布を預かっているので、多少、高くても大丈夫だろう。
「なにがいい?」
「う~ン、カリカリかニャンちゅ~るがいいニャ」
「イヤ、そういうんじゃなくて、もっと、違うもので」
それは、いつも食べている、キャットフードとネコ缶だ。
でも、今のミーコには、人間の食べ物なんて、わからない。
「それじゃ、向こうに行って、見てから決めようか」
そう言って、俺は、ミーコと手を繋いで、フードコートを目指した。
五階のレストラン街は、値段的に学生の俺には無理だけど、一階のフードコートなら、学生でも食べられる金額だし、ときどき友達と寄り道しているので慣れている。
そこなら、ミーコでも食べられるものがあるだろう。
一階の奥まで進むと、そこには、ハンバーガー、たい焼き、たこ焼、アイスクリーム、ジュースなどがある。
通路を見ながら歩いているだけで、おいしそうなニオイがする。
「なんか、おいしそうなニオイがするニャ」
ネコのミーコは、ニオイに敏感らしく、鼻をクンクンさせて、ニオイを嗅いでいる。
「なんか、食べたいものはあるか?」
「みんな、おいしそうで、あたい、わからないニャ」
俺たちは、通路を歩きながら、食べている人たちやお店の様子を見ることにした。
その時、俺は、あることに気が付いた。ミーコは、スプーンならともかく、
箸やフォークは、使えるのだろうか?
きっと、使えないだろう。使ったことがないんだ。だから、箸を使う食べ物は、避けた方がいい。ラーメンやチャーハンなどは無理だろう。
となると、手で食べられるものがいい。
たい焼きとかたこ焼がいいか? それじゃ、余りお腹も膨れないだろうし、味が甘すぎるとかしょっぱかったりする。
ミーコは、肉や魚が好きだから、フライドチキンかハンバーガーがいい。
フライドチキンは、骨があるから、ミーコには、危ないかもしれない。喉に詰まらせたら大変だ。ここは、ハンバーガーが無難な選択だろう。
「ミーコ、ハンバーガーでもいいか?」
「ハンバーガー?」
そう聞かれても、わかるわけがない。
「パンに肉が挟まっているんだ」
俺は、身振り手振りを交えて説明するが、ミーコにはピンときてないみたいだ。
だったら、食べればわかるだろうと思って、空いている席を探した。
二人掛けのテーブルを見つけて、ミーコをそこに座らせた。
「これから、食べ物を買ってくるから、そこに座っておとなしく待ってるんだぞ。すぐに戻ってくるからな」
「わかったニャ」
そう言い残して、俺は、お店のカウンターに行った。
列に並んで、待っている間も、気が気でないので、チラチラ後ろを見て、ミーコを確認する。ミーコは、椅子に座って、足をブラブラさせながら、周りを見ていた。
順番が来て、俺は、二人分のハンバーガーセットを注文した。
二つのトレーを持って、ミーコが待つ席に戻った。
トレーをテーブルに置いて、ミーコを俺の膝の上に座らせた。
そして、ハンバーガーを一つミーコに持たせた。
「いいか、この紙をはがして食べてみな」
俺は、ハンバーガーの包み紙をはがす真似をした。
物覚えが早くて賢いミーコは、俺のすることを見て、同じようにする。
小さな手で、包み紙はがすと、ハンバーガーが顔を出す。
ミーコは、最初は、不思議そうな顔をして、ニオイを嗅いでいる。
「食べてみな。そんなに熱くないから、大丈夫だろ」
そう言うと、ミーコは、小さな口で一口齧った。
「ウニャ!」
「どうした、熱かったか? おいしくなかったか?」
俺は、慌ててミーコの顔を見た。
「ごしゅじんさま、これは、とってもおいしいニャ」
そう言うと、一口、二口と、次第に夢中に食べ始めた。
「ウニャ、ウニャ・・・」
ミーコは、口をもごもごさせながら食べている。
ネコの時から、何かを食べるときには、声が出るのは、人間になってからも変わらないらしい。
「ごしゅじんさま、おいしいニャ」
「そうか、よかった。遠慮しないで、たくさん食べろ」
「ウニャ、ウニャ・・・」
ミーコは、おいしそうにハンバーガーを頬張った。
「ゆっくり食べないと、喉に詰まるぞ。口の周りを拭いて」
俺は、そう言いながら、ナプキンでケチャップだらけの口を拭いた。
「おいしいニャ、おいしいニャ」
ミーコは、ホントにおいしそうに物を食べる。それは、ネコの時から変わらない。
「一度、置いて、これを飲んでみな」
俺は、食べかけのハンバーガーをトレーに置かせて、カップに入った飲み物を渡した。
やっぱり、ミーコは、最初はニオイを嗅ぐ。これは、ネコの時の習性なんだろう。
初めて見るものは、とりあえずニオイを嗅がずにいられないらしい。
カップを手に取ると、ストローを咥えさせた。
「吸ってみな」
ミーコは、俺の言うことに素直に従った。息を吸い込む。
「ウニュ・・・ なにも出てこないニャ」
「もっと強く吸うんだ」
「ウギュゥ~・・・ウニャ!」
ミーコは、口をすぼめて、勢いよく吸い込んだ。
「ごしゅじんさま、これは、みるくのあじがするニャ」
そう言うと、目をクリクリさせながら、俺を見上げた。
それは、ミルクシェーキなのだ。少し、ドロッとしている感じなので、ミーコに飲めるか心配だったけど、一度、飲み方がわかれば、後は夢中で飲んでくれた。
「おいしいニャ。あたい、これ、だいすきニャ」
ミーコがおいしいと思ってくれれば、俺もうれしい。
ミーコのうれしそうな顔を見るのが、俺は、楽しくなってきた。
「ほら、これも、食べてみな」
ポテトフライをつまんで口に運んだ。やっぱり、ニオイを嗅いでから、一口食べる。
「ウニャニャ、これもおいしいニャ」
「これは、ジャガイモだよ。ポテトフライって言うんだ」
俺は、説明したつもりだったが、もう、ミーコは、ポテトに夢中で聞いてない。
「ウニュウニュ・・・」
ミーコは、両手でポテトフライつまんで、次々と口に入れる。
「ムグムグ、ごしゅじんさま、おいしいニャ」
「少しゆっくり食べろよ。喉に詰まるぞ」
ミーコは、一度飲み込むと、ミルクシェーキを啜った。
そして、残りのハンバーガーにかぶりつく。
きっと、初めて食べる人間の食べ物が、よほどおいしかったのか、珍しかったのか、
ミーコは、終始、ニコニコしながら食べている。
「おいしかったニャ」
ミーコは、ペロリと食べると、満足そうに言った。
「俺のも食べてみるか?」
「ウニュ~、それは、ごしゅじんさまのぶんニャ」
「それじゃ、半分ずつしようか」
「ウニャ!」
ミーコは、少し困った顔をしたが、すぐに笑顔に戻ったので、俺は、ハンバーガーを半分に切ってミーコに与えた。ミーコは、同じようにニオイを嗅いでから、食べ始めた。
「ウニャ、これは、かわったあじがするニャ」
俺のは、てりやきバーガーだった。甘辛いソースが、俺は好きだった。
ミーコも、気にいったようで、口の周りをソースだらけになりながらも夢中で食べてしまう。
口をモグモグさせて、口の周りを舌で舐めている。ネコの習性は、人間になっても消えないようだ。俺は、ナプキンでミーコの口の周りを拭いてやった。
「これも飲んでみな」
俺は、自分の分のオレンジジュースの入ったカップを持たせた。
ミーコは、ストローを咥えると、ジュースを啜った。
「ウミャ! これは、とってもあまいニャ」
「これは、オレンジジュースだよ。おいしいか」
「おいしいニャ。にんげんののみものもたべものも、ぜんぶおいしいニャ」
ミーコは、生まれて初めて食べる人間の食べ物を、おいしそうに食べている。
そんなミーコが喜んでいる顔を見ると、俺もうれしくなった。
「おなかいっぱいニャ。ごちそうさまニャ」
「よし、それじゃ、片づけてくるから、ちょっと待ってろよ。そこを動くなよ」
「うん」
大きく頷くミーコを椅子に座らせて、俺はトレーを片付けに行った。
戻ってきても、ミーコは、周りをキョロキョロしている。
見るものすべてに興味がある様子だ。俺は、ミーコを床に降ろして、手を繋いで、店内を歩くことにした。
ミーコは、目につくものすべてに「アレはなに、これはなに」と、聞いてくる。
俺は、それにいちいちわかりやすく説明した。それが、ミーコは理解しているかどうかわからないが
人間世界に興味を持ってくれれば、これからの生活に役に立つと思う。
「そうだ。ペットコーナーに行ってみるか」
「ペットって、なんニャ?」
「犬とか猫とか、動物を売ってるところだよ」
「ウニャニャ、いくニャ」
ミーコは、目を輝かせて言った。俺は、ミーコの手を引いて、屋上のペットコーナーに向かった。
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