第2話 ミーコが女の子になった!

 その日は、日曜日だった。寒い朝で、なかなか起きれなかった。

今日は、日曜日だし、ゆっくり寝ていてもいいと思った時だった。

 なんだか、ふとんの中で違和感を感じた。俺のベッドの中には、ミーコがいるはずだった。

なのに、なぜだか、人のぬくもりを感じた。俺は、そっと、掛けふとんを捲って中を見た。そこには、裸の少女が、気持ちよさそうに眠っていたのだ。

「えっ!」

 俺は、夢かと思って、捲ったふとんを元に戻した。

そして、もう一度、今度は、ゆっくり静かにふとんを捲った。

「えーっ!」

 その瞬間、大きな声を上げて、ベッドから転がり落ちた。

「ちょっと、お兄ちゃん、朝からうるさい。今、何時だと思ってるの。今日は、日曜日なんだから静かにしてよ。起きちゃったじゃない」

 文句を言いながら、部屋に入ってきたメグミは、床に転がり落ちて、呆然としている俺を見て言った。

「どうしたの、お兄ちゃん。寝ぼけて落ちたりしないでよ」

「ち、ち、違う・・・」

「なに言ってんの。寝ぼけないでよ」

「ち、違うんだ」

「なにが違うのよ」

「ア、アレ、アレ・・・」

 気が動転している俺は、尻もちをついたまま、ベッドを指さすことしかできなかった。

すると、俺のベッドが、もぞもぞ動き出した。それに気が付いたメグミは、何事かと思いながらふとんを捲った。

「な、な、なによ、この子!」

「し、知らない・・・」

「知らないじゃないでしょ。何してんの。お兄ちゃんの、エッチ、変態、ロリコン」

「ち、違うんだ、そうじゃなくて・・・」

 余りの突然のことに、口が回らない俺は、おろおろするばかりで、腰が抜けて立ち上がれない。

「パパ、ママ、お兄ちゃんが大変。裸の女の子と寝てるよぉ」

 メグミは、階段を駆け下りながら、一階にいる父さんたちに叫んだ。

すぐに、騒ぎを聞きつけた両親が俺の部屋にやってきた。

「どうした、ケイタ?」

「お兄ちゃんが、裸の女の子と寝てるの」

「なんだって!」

 父さんがビックリして、腰が抜けて立てない俺を見下ろして睨みつける。

「なんなのいったい」

 母さんも怒ったような顔をして、俺に詰め寄る。メグミは、完全に俺を変態扱いしている。

その時、俺たちの声に起きたのか、裸の女の子は、顔を出した。

「くあぁ~」

 大きく両手を伸ばして伸びをしながら、あくびをした。

裸の上半身がベッドから出てきた。俺は、瞬間的に顔を逸らした。

それと同時に、メグミが慌ててふとんで彼女の体を隠した。

 しかし、顔を出した女の子は、ふとんをガバッとはがすと、自分の両手を見たり、顔を触ったりした。

そして、俺と目が合うと、ふとんを蹴散らして俺に抱きついて、こう言った。

「ごしゅじんさまぁ~」

「えーーーっ!」

 その場にいた家族全員が声を上げた。

「お、お前は、誰だ・・・」

「あたい、ミーコニャ」

「ミーコ?」

「あたい、にんげんになれたニャ。ごしゅじんさまに、あいたかったニャ」

「ミ、ミーコだって? 何を言ってんだ。ミーコは、ネコだぞ」

「かみさまに、にんげんにしてもらったニャ。ごしゅじんさま、あいたかったニャ」

 そう言って、裸の女の子は、俺に抱きついて離そうとしなかった。

これが、人間になった、ミーコとの初対面だった。


「それで、キミは、ホントにミーコなのか?」

「そうニャ」

 ここは、ダイニング。テーブルを挟んで、父さんと母さんが座り、俺の横にはメグミが座っている。

そして、ミーコと名乗る、小さな女の子は、俺の膝の上に座っていた。

裸なのはまずいので、メグミのシャツを急遽着せていた。でも、サイズがまるで違うので、ぶかぶかだ。

俺の膝の上に座っている、ミーコと名乗る少女は、床に足がつかないので、ブラブラさせながら俺の腕にしがみ付いている。

しかも、俺を見上げて、ニコニコしながら笑っているのだ。

「う~ん、信じられん」

「あなた、ネコが、人間になるなんてことあるのかしら?」

「あるわけないだろ。そんな話は、聞いたことがない」

 俺の向かいに座っている父さんと母さんは、不思議そうな顔をして、女の子を見ている。

なのに、自分のこととは全く思っていないらしいその子は、笑顔を崩していない。

 すると、父さんがこんなことを言った。

「キミ、ちょっと、こっちに来てくれないか」

「ウニャ? あたいは、キミじゃなくて、ミーコニャ」

「それじゃ、ミーコ、ちょっと、こっちに来てくれ」

 父さんが立ち上がると、彼女を手招きした。

女の子は、不安そうな顔をして、俺を見ている。その顔が、ちょっと、可哀想になった。

「大丈夫だよ。父さんは、キミ・・・ じゃなくて、ミーコのことをいじめたりしないから、行っておいで」

 俺は、なるべく優しそうな感じで言って、ミーコを抱き上げて床に降ろした。

「ほら、行っといで」

 俺の言葉を信用したのか、ミーコは、父さんの方によちよち歩いて行った。

「母さんも、いいかい」

 父さんは、母さんとミーコを連れて、別の部屋に行った。

いったい、何をするんだろう? 俺にはわからないが、心配はしてなかった。

「ねぇ、お兄ちゃん、あの子、ホントにミーコちゃんなのかな?」

「わからん」

 メグミに聞かれても、そう言うしかない。

「さっき、変態とか言って、ごめん」

「別にいいよ。誰でも、アレを見たら、そう思うからね」

 俺は、メグミに謝られても、特に怒ってはいない。それよりも、ホントにあの女の子が、ネコのミーコなのか、それのが気になっていた。

 少しして、三人が戻ってきた。ミーコは、すぐに俺の膝の上に飛んできた。

父さんたちが椅子に座り直すと、小さく咳ばらいをすると、驚くようなことを言った。

「ケイタ、メグミ、よく聞きなさい。その女の子は、間違いなく、ネコのミーコだ」

「えーーーーっ!」

 俺とメグミの驚きの声が重なった。そして、膝の上の女の子を見詰めた。

「それ、ホントなの?」

 メグミが聞いた。当然の疑問だ。

「今、簡易検査をした。以前、ミーコがケガをしたときに診察した時のカルテと比べたら、血液型やDNAが一致した。簡単な検査しかしてないが、間違いなく、その子は、ネコのミーコだ」

「すごいわ! こんなことって、あるの?」

 驚きながらもうれしそうなメグミとは対照的に、俺は、余りのことに言葉をなくして、ただ唖然とするばかりだった。

どう考えても、ネコが人間になれるわけがない。理屈でも科学的でも医学的にも考えられない。

もしかして、俺たちは、家族揃って、夢を見ているんじゃないかと思った。

 それなのに、我関せずニコニコしながら俺を見て笑っているミーコを見て、これからどうしたらいいのか考えていた。

「それで、ミーコ、ちょっと聞かせてほしいんだけど、どうして、キミは、人間になったんだ?」

 当然の疑問だ。一番聞きたかったことだ。それを父さんが代表して聞いてくれた。

すると、ミーコは、目が飛び出しそうなことを話し始めた。

 膝の上のミーコは、父さんの方に向いて、小さな両手を膝の上に置いて、顔を上げて話し始めた。

「あたいは、ごしゅじんさまのことがだいすき二ャ。あのとき、あたいをひろってくれなかったら、いまごろどうなっていたか、わからない二ャ」

 あのときとは、二年前の冬の雪が降った日に、ミーコを拾った時のことだ。

「あたいは、ごしゅじんさまにひろってもらって、このウチにきた二ャ。ここは、とってもあんしんするところ二ャ。パパさんは、あたいのためにたくさんおせわしてくれた二ャ。ママさんは、いつもおいしいごはんをくれるニャ。

メグミちゃんは、いつもあたいとあそんでくれる二ャ。ごしゅじんさまは、まいにち、あったかいふとんでいっしょにねてくれる二ャ。あたいは、このウチにひろわれて、とてもしあわせニャ」

 思いもしなかった言葉だった。ネコのミーコが、そんなことを思っていたとは、知らなかった。

確かに、ウチは家族揃って動物好きだし、小さかったミーコのことをとても可愛がった。俺だって、可愛くて仕方がない。毎日、いっしょに寝ているのも本当のことだ。

「だから、まいにち、ねるときに、かみさまにおねがいした二ャ。あたいは、にんげんになりたいニャ。にんげんになって、ごしゅじんさまとたくさんおはなしたいニャ。にんげんになってごしゅじんさまのおよめさんになりたいニャ」

「えーーーーっ!」

 その場にいた家族四人が同時に声を上げた。父さんも母さんも、驚きの余りに、口を開けたままポカーンとした顔をしていた。メグミは、俺とミーコを交互に見やって、目を白黒させている。

肝心の俺は、膝の上のミーコを、黙って見詰めることしかできなかった。

 無言で静まり返るリビングに、ミーコの声が聞こえた。

「ごしゅじんさまは、あたいのこと、きらいニャ?」

 クリクリした大きな瞳で見つめられ、不安そうな顔を見ると、答えは一つに決まってる。

「そんなことは、ないよ」

「それじゃ、あたいのこと、すきニャ?」

「も、もちろん、好きだよ」

「やったー! あたいもごしゅじんさま、だいすきニャ」

 そう言って、俺の腕に絡みついて、頬ずりを始めた。その感じは、どう見ても、ネコのミーコだ。俺に甘えるときは、いつも体を擦りつけてスリスリしてくる。

「それじゃ、あたいをおよめさんにしてほしいニャ」

 イヤ、それは無理だろう。好きは好きだが、それとこれとは、別の問題だ。

ミーコは、ネコだし、まして、見た目が幼児なのだ。どう見ても、四歳か五歳くらいにしか見えない。

 すると、母さんが助け舟を出してくれた。

「ミーコちゃん、よく聞いてね」

 そう言って、母さんは、ミーコを見ながら優しく語りかけるように話を始めた。

「あのね、ミーコちゃんは、ケイタのお嫁さんには、慣れないのよ」

「ウニャ!」

 意味がわかったのか、見る見るうちに、ミーコの目から涙が溢れてきた。

そして、俺を見上げると、本格的に泣き始めた。

「ウニャ~、ウニャ~・・・ あたい、ごしゅじんさまのおよめさんになりたいニャ・・・」

 ミーコが大粒の涙を流しながら、泣き出すのを俺は、どうしていいかわからない。

「ウニャ~、ウニャ~・・・ ごしゅじんさまのおよめさんになりたいニャ~」

 涙と鼻水で、顔がぐしょぐしょだった。鼻を啜り上げ、涙を小さな手で何度も拭っている。

それでも、後から後から、涙が止まらなかった。母さんは、そんなミーコに優しく語り続けた。

「ミーコちゃん、今は、お嫁さんになれないのよ。だって、ミーコちゃんは、まだ、子供でしょ。ケイタだって、大人じゃないのよ。だから、お嫁さんになれないの」

「それじゃ、どうすれば、なれるニャ?」

「そうね、ミーコちゃんが、大きくなって、ケイタも大人になって、その時になってもまだ、ケイタのことが好きだったら、お嫁さんになれるわよ」

「ウニャニャ」

 それを聞いたミーコは、涙目で俺を見ながら、嬉しそうに笑った。

「だからね、ミーコちゃんは、たくさんご飯を食べて、大きくならないとね」

「うん、あたい、いっぱいたべて、おおきくなるニャ」

 そう言って、嬉しそうに俺を見上げた。その顔は、ホントにうれしそうだった。

だけど、そんなことって、ホントにできるのか? イヤ、やっぱり、出来ないだろ。

ミーコは、ネコなんだぞ。でも、姿形は人間の女の子だ。

言葉も話せるし、俺たちの言葉もわかる。だったら、人間じゃないか。

「よかったね、ミーコちゃん」

「うん」

「だったら、もう、泣かないのよ。せっかくの可愛い顔が、台無しよ」

 そう言って、メグミがティッシュで涙と鼻を拭いてくれた。

目と鼻を真っ赤にしながら、それでも、よほどうれしかったのか、元の笑顔で俺を見上げるミーコ。そんな顔で見られたら、俺は、もう、どうすることもできない。

情けないけど、そんなミーコに、なんて言ったらいいのか言葉が見つからなかった。

 というのも、俺は、この年になるまで、女子と付き合ったことがなかった。

好きな女の子に片思いとか、告白するとか、デートをするなど、まったく経験がない。そんな俺に、お嫁さんになりたい女の子が現れるなんて信じられない。

とは言っても、相手は、女は女でも、幼児だし、ホントはネコだし、異性として感じるほどではない。

 すると、ミーコの顔をティッシュで拭きながら、メグミが肘で俺を軽くコツいた。

「お兄ちゃん、よかったわね。可愛い彼女ができて」

「バ、バカ・・・」

「お兄ちゃん、ミーコちゃんを泣かせたら、あたし、承知しないからね。兄妹の縁、切るから」

「な、なにを言ってんだよ」

 俺は、顔を引きつらせながら言ったが、メグミは、真面目な顔をしているので、それ以上は言えなかった。

意味もわからず、ミーコは相変わらず、俺の腕に絡みついて足をブラブラさせながら笑っている。

「それで、これから、ミーコちゃんをどうするの?」

 メグミが父さんと母さんに聞いた。そこも、問題だ。俺が聞きたいことの一つだ。

「いいか。ネコであろうが、人間であろうが、ミーコは、我が家の家族の一員には、変わりないだろ。だから、これからも、ミーコは、みんなといっしょに暮らしていく。反対の者はいるか?」

「ハイハーイ、あたし、大賛成よ」

 メグミがうれしそうに手を挙げた。それを見た、ミーコも真似した手を上げる。

イヤ、ミーコは、手を上げなくていいんだ。俺は、黙って上げたミーコの右手を下ろした。

「母さんはどうだ?」

「また、子育てができるなんて、お母さん、幸せ者ね」

 母さんまで、賛成なんだ。俺もメグミも、親の手がかからなくなっている。

子育ては大変で、手がかかるけど、なくなるとそれはそれで、寂しいらしい。

「それで、肝心のケイタはどうなんだ?」

「えっ・・・ 俺は、その・・・」

「ハッキリしないか。ケイタは、ミーコの御主人様だろ。最後まで、きちんとお世話をするんだろ。違うか?」

「イヤ、それはそうだけど・・・ミーコは、ネコだし、その、あの・・・」

「ケイタ、今度、ミーコちゃんをネコだなんて言ったら、お母さん、怒るわよ」

「ご、ごめんなさい」

 俺は、すぐに謝った。でも、ミーコは、相変わらず、ニコニコしているだけだった。

「ケイタ、お前の考えはどうなんだ?」

「俺は、いいと思う。だって、ミーコのこと、俺も好きだし」

「それじゃ、決まりだな。よかったな、ミーコ」

「うん、よかったニャ」

 そう言って、ミーコは、俺の腕にしがみ付くと、嬉しそうに頬ずりをしている。

「よし、それじゃ、今日は、日曜日だし、まだ、昼前だから、混む前に行ってこい」

 そう言って、父さんは、財布を俺の前に置いた。何のことかわからない俺は、父さんと財布を見比べた。

「相変わらず、ケイタは、勘が鈍いな。そんなんで、ミーコをちゃんと世話できるのか? 父さんは、心配だぞ」

 父さんが、そう言うと、母さんが言った。

「そのお金で、ミーコちゃんの服とか靴とか、日用品を買ってきなさいって言ってるのよ」

「えっ?」

「だって、ウチには、もう、子供服はないでしょ。メグミが子供の頃に着ていた服なんて、とっくに捨てちゃったからね。それで、子供服とか買ってきなさい」

 そういう意味だったのか。なんか、ホッとするような、微妙に複雑な心境だった。

「でも、俺、子供服とか買ったことないし、女の子の服なんて知らないし母さんが買ってきてよ」

「バカもん。ケイタは、ミーコの御主人様だろ。ちゃんとお世話をするって言ったじゃないか。ケイタがやらないでどうするんだ」

「そうよ。駅前のショッピングセンターに行けば、子供服でもなんでも揃うから早く行ってきなさい」

 父さんと母さんに言われても、俺には、まだ自信がなくて、テーブルの上の財布を手にできなかった。

「まったく、お兄ちゃんは、情けないわね。見てられないわ。しょうがない、あたしも手伝ってあげる。ミーコちゃん、いっしょに可愛いお洋服を買いに行きましょう」

「うん、いくニャ」

 メグミの一言で、俺は、救われた気がした。一人で行くことになったら、どうすることもできない。ミーコは、うれしそうに微笑んでいる。

ミーコのその笑顔に、俺は、何度癒されたことか・・・

ネコの時も、人間になった時も、その可愛さは変わらない。

なんだか、俺も、だんだんミーコのことを愛おしいと思う気になっていった。


「それじゃ、ミーコちゃん、ちょっとこっちに来て」

「ウニャ?」

「その恰好じゃ、お外に出られないでしょ。もう少し、ちゃんとした服を着ましょうね」

 母さんがそう言って、ミーコを手招きした。

いったい、何をするつもりなのか、俺にはピンときてなかった。

「ミーコちゃん、お着替えするのよ。ママのところに行って」

「わかったニャ」

 メグミに言われて、ミーコは、俺の膝からピョンと飛び降りると、とことこ歩きながら、母さんの後について行った。

「それじゃ、あたしも着替えてこよう」

 そう言って、メグミも二階の自分の部屋に行った。

「ほら、何をボーっとしてんだ。ケイタも着替えて来い。ミーコに恥をかかすな。お前は、ミーコの御主人様だろ」

 父さんに急き立てられて、俺も自分の部屋に行った。そうは言っても、買い物に行くだけなので特におしゃれしていくほどのことじゃない。俺は、いつものジーパンにシャツを着て、ジャンパーを羽織って、一階に降りた。

少しすると、メグミが降りてきた。

「お待たせ、ミーコちゃんは?」

「まだみたいだぞ」

 俺は、何気なく言ったが、目の前のメグミを見て、目が点になった。

彼氏とデートに行くのかというような、おしゃれな服に着替えていたのだ。

 ヒラヒラの水色のジャンパースカートに、ネコのイラストが付いたシャツに、コートを着ていた。

「なんだ、その恰好は?」

「アラ、いいじゃない。お出かけだもん。久しぶりのお買い物でしょ。ちょっとくらい、おしゃれしてもいいじゃん」

 単純に、買い物に行くだけなのに、このはしゃぎっぷりは、俺とメグミとでは、かなり温度差がある。

「ハイ、お待たせ」

 母さんがミーコを連れて戻ってきた。

「あらぁ、ミーコちゃん、可愛いじゃない」

 メグミの声がして振り向くと、そこには、可愛い小さな女の子がいた。

「ミーコか?」

「そうニャ」

 ミーコは、少し恥ずかしそうに俺を見た。

「サイズが合わないから、大変だったのよ」

 母さんは、そう言いながらも、顔は笑っていた。

メグミのTシャツをつまんで首元を合わせている。そうでもしないと、ブカブカなのだ。

袖は、半袖なのに、肘まで隠れている。下は、短パンを履いていたが、腰がゆるゆるなので、ベルトで落ちないように締めていた。それでも、膝まで隠れてしまう。

寒くないように、上着を着せていたけど、袖を何回も折っていた。

それでも、手が見えない。やっぱり、ミーコは、小さな女の子なのだ。

こんな姿を見たら、早くサイズに合った服を着せてやりたくなった。

「靴は、どうする?」

「サンダルでいいんじゃないか。履くものないだろ」

 メグミに言われても、それしか選択肢がない。

「ミーコ、行くぞ」

「ウニャ」

 ミーコは、明るく笑って、俺の後についてきた。

玄関で靴を履いていると、ミーコは、裸足のまま玄関に降りてしまった。

「待て、ミーコ。裸足じゃ冷たいだろ。靴を履くんだ」

「くつって、なんニャ?」

 そうか、ミーコは、ネコだったから、いつも裸足だった。だから、靴なんて履いたことがないから、靴を知らないんだ。

とは言っても、今は、ミーコの足に合う靴は、ウチにはない。

「人間は、外を歩くときは、靴を履くんだ。これから、ミーコも靴を履かないとダメだぞ」

「わかったニャ」

「とりあえず、今は、これを履いて」

 俺は、靴箱から、サンダルを出した。そして、ミーコの足を持って、サンダルを履かせた。それでも、大人用なので、ミーコの足には、全然大きすぎる。

とりあえず、買い物をするまでの我慢だ。俺は、自分に言い聞かせた。

「それじゃ、行ってきます」

 そう言って、俺は、玄関のカギを開けようとすると、ミーコがいきなりしゃがんだ。何をしているのか不思議に思って下を見ると、ミーコがキャットドアから出ようと頭を突っ込んでいた。

「ごしゅじんさま、でられないニャ」

 そうか、今までミーコの出入り口は、キャットドアからだった。

玄関の扉を開けて、俺たちのように出入りしたことがないから、開け方とか知らないんだ。ということは、そこから教えないといけないのか・・・ 

こりゃ、先が思いやられそうだ。

なのに、メグミは、後ろでそんな俺たちのことを、クスクス笑いながら見ているだけで、なにを言わない。

「ミーコ、もう、そこからは、出入りできないんだ。お前は、もう、人間なんだから、体も大きいし、入れないだろ」

 すると、ミーコは、立ち上がると、顔を傾けて俺を見上げている。

「いいか、これから、外に出るときは、こうやってドアを開けるんだぞ」

 俺は、そう言って、ドアノブを回して、玄関のドアを外に押し開いて見せた。

「簡単だろ。やってみな」

「うん」

 そう言うと、ミーコは、少しだけ背伸びをして、ドアノブを小さな両手で握って、

何度かガチャガチャとノブを回す。しかし、初めてのことで、なかなか開かない。

「がんばれ、ミーコ」

 思わず、そんな声が出てしまった。

すると、ドアノブを下に押すと、静かに開いた。

「あいたニャ」

「そうそう。よくできたな」

 俺は、そう言って、ミーコのオレンジ色の髪を撫でた。

「ごしゅじんさまにほめられたニャ」

 ミーコは、うれしそうな顔をした。俺に褒められると、うれしいんだ。

だったら、これからドンドン褒めてやれば、すぐに俺たちと同じことができるようになる。

「パパさん、ママさん、いってくるニャ」

「ハイ、行ってらっしゃい」

「ついでに、昼飯でも食べてきなさい」

 両親に見送られて、俺たちは、家を後にした。

ウチから駅前のショッピングセンターまで、歩いても10分もかからない。

最近できた複合施設のショッピングセンターは、服や靴から、日用雑貨など、すべて揃う。

五階建ての施設で、五階はレストラン街で、何でもおいしいものが食べられる。

 一階は、フードコートで、ファストフードがあるので、学生の俺でも気軽に寄れる。実際、学校帰りに友だちとよく立ち寄っている。

 地下の食品売り場は、老舗のお店もあれば、あらゆる食料品が売っている。

俺たちの住む地域は、新興住宅街なので、いわゆる商店街がない。

なので、ここに住む人たちは、すべてここを利用している。

駅から直結なので、雨に濡れる心配もない。周りは、高層マンションが立ち並び、

プチセレブな人たちがたくさん住んでいる。

もっとも、俺の家は、それとは関係なく、普通の住宅街にあった。

 事実、俺の住む家は、普通の二階建ての一軒家で、築30年はたっているらしい。

父さんが母さんと結婚した時に建てたそうだ。もう少しで、ローンが終わると言っていた。

 その後、父さんは、家の近くに独立した動物病院を開業した。

御多聞にもれず、ペットを飼っている人が多い。普通に歩いていても、犬を連れている人たちを見かける。

それだけに、父さんの動物病院もそれなりに繁盛しているらしい。

 ショッピングセンターまでは、俺の足なら、数分で着く。外は少し寒いし、日曜日だから人も多いだろうから、早く済ませようと、俺は、普段よりも早足で歩いた。

 冬の風が頬に冷たかった。12月だから、もうすぐ、クリスマスだなと、のんきなことを考えながら歩いていた。

そんな時だった。後ろを歩いているメグミが声をかけてきた。

「お兄ちゃん、ちょっと待ってよ」

 そう言われて振り向くと、俺のずっと後から、ミーコが小さな足で、大きなサンダルを引きずりながらちょこまか歩いているのが見えた。

「ご、ごめん」

「まったく、お兄ちゃんは・・・ ミーコちゃんは、慣れないサンダルで一生懸命歩いているのよ。少しは、ゆっくり歩いてあげなよ」

「そうだったな。ごめん、ミーコ」

「あたいは、だいじょうぶニャ。でも、にほんあしだと、うまくあるけないニャ」

 そういうことか。ネコは、四足歩行だ。俺たち人間のように、二本の足だけで歩いたことはない。

初めての二足歩行に、ミーコは足がついて行けてないんだ。

「ミーコ、ゆっくりでいいからな」

 そう言って、俺は、ミーコに合わせて、ゆっくり歩くことにした。

それでも、まだ、四歳ほどの幼児に合わせて歩くのは、かなりゆっくりした歩調になる。慣れない二足歩行に、バランスを崩しながら、時には転びそうになりながらも、ミーコは、一生懸命歩いていた。

「ミーコ、ほら。手を繋いで」

 俺は、横を歩くミーコに左手を差し出した。

「ありがとニャ」

 ミーコは、俺を見上げると、俺の差し出した手を握った。

その手は、小さな紅葉のような手だった。それでも、俺の大きな手をギュッと強く握りしめている。

ミーコの温かみと、手のぬくもり、がんばっているその気持ちがダイレクトに伝わってきた。俺も思わず、握り返した。

「ミーコちゃん、あたしも手を繋ごう」

「うん」

 ミーコは、差し出したメグミの手も握った。三人で手を繋いで歩いていると、なんだか寒さなんて気にならなくなった。横を見ると、メグミと目が合った。

「なんだか、楽しいね」

「そうだな」

「手を繋いで歩くなんて、子供の時以来だもんね」

 メグミも楽しそうに笑っていた。

そんな俺たちを見ながら、ミーコもニコニコしている。下を見ると、ミーコと目が合った。

「たのしいニャ。ごしゅじんさまとメグミちゃんと、てをつないであるくなんて、すごくたのしいニャ」

 今にもスキップしそうな感じさえした。それほどミーコは楽しいんだろう。

俺たちは、ミーコに合わせるように、ゆっくり手を振りながら三人で並んで歩いた。

俺たちの横を足早に通り過ぎる人たちなんて、まったく気にならなかった。

別に追い抜かれてもいいじゃないか。俺たちは、ミーコのペースに合わせて歩けばいいんだ。

「ミーコ、寒くないか」

「だいじょうぶニャ。あたいは、ネコだから、これくらいさむくないニャ・・・ 

ヘックシ!」

 言ったそばから、クシャミをした。

「ほら、だから言っただろ。もう、ミーコは、ネコじゃないんだから、寒いと風邪をひくぞ」

 そう言って、俺は、首に巻いていたマフラーをミーコに巻いてやった。

「あったかいニャ。ごしゅじんさまのニオイがするニャ」

 そう言って、ミーコは、微笑んだ。そう言われると、なんだか照れ臭くなる。

「お兄ちゃん、顔が赤いよ」

「バカ、からかうな」

「それより、たまには、マフラーも洗濯した方がいいよ」

 そう言われると、返す言葉がない。俺のニオイは、そんなに臭いのか?

ミーコは、ニコニコしながら、ゆっくりした足取りで歩いた。

 こうして、やっと駅までつくと、ショッピングセンターの前は、すでに大勢の人が行きかっていた。やはり日曜日の昼前となると、人手も多くなるらしい。

「ミーコ、手を離すなよ。迷子になったら、大変だからな」

「わかったニャ」

 ミーコが俺の手を強く握ってきた。この手を離してはいけない。この手は、俺とミーコを繋いでいるんだ。

俺がこの手を放したら、ミーコが不安になるだろう。初めて人間になったミーコを不安にさせてはいけない。

俺は、そう思うと、なぜかそんな使命感みたいなものが沸き起こってきた。

「ごしゅじんさま、ひとがたくさんいるニャ」

「そうだな」

「すごいにゃ、アレは、なんニャ?」

 今のミーコにとっては、見るもの聞くもの、すべてが初めてのことだ。

なにからなにまで、興味津々で、目をキョロキョロしている。

「ちゃんと前を見て歩かないと転ぶぞ」

 そう言うと、ミーコは、前を向き直した。

「アニャ・・・」

 言ったそばから、ミーコは、見事に転んでしまった。

「だから言っただろ。ちゃんと前を見てないから、転ぶんだぞ」

「うん」

「痛くない? ケガしてない?」

 メグミがミーコを助け起こしながら言った。

「だいじょうぶニャ。あたい、つよいからいたくないニャ」

 俺は、ミーコの服を軽く叩いて、埃を落としながら、ケガをしてないか足を見る。

幸い血が出るほどのことではなくて、ホッとする。

「痛くないか?」

「へいきニャ」

 そう言って、ミーコは、転んだことすら楽しいと思うように、笑って見せた。

「やっぱり、まずは、靴から買った方がいいんじゃないかしら?」

 メグミの意見に賛成した俺は、まずは、子供用の靴を買いに行くことにした。

「靴売り場は、二階ね」

 メグミがフロア案内を見て教えてくれた。まずは、靴を買いに行こう。

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