俺の彼女は、ネコ娘。
山本田口
第1話 ミーコとの出会い。
俺の名前は、秋山ケイタ。高校三年生のどこにでもいる男子学生だ。
家族は、父と母に二つ年下の妹で、名前は、メグミという。
兄妹揃って、下の名前が、カタカナというのが珍しいというか、とにかく目立つ。
父の仕事は獣医だ。近所でも有名な動物病院の院長をしている。
母は、地元の病院で薬剤師をしている。両親は、揃って忙しい。
おっと、もう一人・・・じゃなくて、一匹というか、ウチには、ネコを飼っている。赤い縞模様が可愛いメス猫だ。家族の一員として、我が家のアイドルだ。
父の影響なのか、ウチは、子供のころから、家族全員、動物が好きだった。
俺は、大人になったら、父の跡を継いで、獣医になるつもりだ。
だから、受験をして、大学に獣医学部がある付属の高校に入った。
妹のメグミは。動物園の飼育係になるのが夢らしく、高校を卒業したら動物専門学校に通うらしい。
話を戻すと、ウチで飼っているネコの名前は、ミーコという。
赤い縞模様のトラネコで、シッポが長くてきれいで可愛い。
目が、クリクリしてて大きいのがチャームポイントで、家族全員を癒してくれる存在だった。
そのミーコは、実は、捨てネコだった。
今から二年前の冬のある日のこと。俺は、高校の合格発表を見に行った帰りのことだ。もちろん、合格した。俺は、入学手続きの案内を手にして帰宅していた。
その日は、東京では珍しく、雪が降っていた。道は、真っ白になって、深々と降る雪に震えながら帰宅した時のことを今でも覚えている。
俺は、傘を刺しながら、帰りを急いでいた。歩きなれた道を歩いていても、
その日は、真っ白の雪に覆われていて、なんだか知らない道を歩いている気分だった。
それでも、合格したことを早く親に知らせたくて、帰りを急いでいた。
転ばないように注意しながら、早足で歩いていた時のことだった。
たまたま通りかかった電柱のゴミ捨て場から、ネコの鳴き声が聞こえた。
俺は、思わず足が止まった。空耳かと思ったが、どこからか小さなネコの鳴き声が聞こえた。
「ニャ~ン」
俺は、真っ白な雪に積もったゴミを、手袋をした手でかき分けてネコを探した。
こんな寒い日に、しかも雪が降っている。きっと、凍えているだろう。
俺は、ゴミをかき分けてネコを探した。でも、見つからなかった。
俺は、鳴き真似をして鳴いてみた。
「ニャ~ン、ニャ~ン」
すると、俺の声に反応したのか、またしても、ネコの鳴き声が聞こえた。
俺は、冷たいのも気にせず、ゴミ置き場周辺を探し回った。
「あっ!」
思わず声が出てしまった。雪に埋もれて、小さな子ネコがいた。
「おい、大丈夫か?」
それは、片手でも十分すぎるくらいの、小さな子ネコだった。
やっと、目が開いたくらいなのか、小さなその目で、俺を見て鳴いた。
「ニャ~ン」
俺は、いてもたってもいられず、震える子ネコを両手で包むと、雪の中を傘も刺さずに一目散に走った。
目指すは、父の動物病院だ。父さんなら、助けてくれると思った。
俺は、真っ白い息を吐きながら、転ばないように注意して、雪の中を走った。
「待ってろよ。すぐに助けてやるからな」
俺は、両手で優しく包んだ子ネコに声をかけた。
「ニャ~ン」
小さく鳴く子ネコの小さな命を、なんとしても助けなければと思った。
こんな寒い日に、生まれて目が開いたばかりの子ネコを捨てるなんて、許せないと思った。
ノラネコが産んで、そのままなのかもしれない。子供を育てない母ネコなんてもっと許せない。
また、飼いネコが生まれたからと言って、捨てるような人間は、断じて許せない。
俺は、雪で髪が白くなるのも関係なく、父のもとに急いだ。
息を切らせながら、動物病院にたどり着くと、診察が終わったところだった。
俺は、ドアを開けて、中に入った。
「あら、ケイタくん、どうしたの?」
顔馴染みの受付のお姉さんが、雪まみれの俺を見て驚いていた。
「父さんは?」
「中にいるけど」
「ありがとう」
俺は、そう言って、診察室のドアを開けた。
「どうした、ケイタ?」
父さんは、母さんが作った弁当を食べているところだった。
雪まみれで息を切らしている俺を見て、父さんも驚いている。
「父さん、助けてくれ」
「助ける? 何を・・・」
「子ネコを拾ったんだ。雪の中で、ゴミ置き場に捨てられていた」
そう言って、両手で包んだ子ネコを見せた。
「ネコだって? どれ、見せてみろ」
父さんは、俺の手から、震える子ネコを受け取ると、机の上に置いた。
「ニャ~ン」
子ネコは、震えながら鳴いていた。その声が切なくて、俺は、胸の奥が痛んだ。
「どうなの、父さん」
診察している父さんは、子ネコの体をあちこち触りながら、聴診器を当てたりしている。
「飼いネコかノラネコかわからないが、生後三日か四日くらいかな?
鳴く元気はあるから大丈夫だろう。でも、寒いから、体を温めてやらないとダメだな。それと、エサだな。触った感じ、親のミルクも飲んでないみたいだから痩せてるな」
「どうしたらいい?」
「このネコをどうするつもりだ?」
「決まってるだろ。ウチで飼うんだよ。いいだろ、父さん」
父さんは、俺の言葉に首を捻って、額に皴を寄せて、すぐには返事をしない。
「いいだろ父さん。俺が、ちゃんと世話をするから。それに、こんなに小さいんだぜ。このままだったら、死んじゃうだろ」
「飼うかどうかは、母さんにも聞いてみないと、父さんには、なんとも言えない。
それでも、元気になるまでならいいか。その代わり、ちゃんと世話をするんだぞ」
「うん。約束する」
俺は、父さんの一言が、うれしかった。
「ところで、高校の方は、どうなったんだ?」
「決まってるだろ。ほら」
俺は、カバンの中から、合格通知と入学案内のパンフレットを見せた。
「ケイタ、おめでとう。これから、がんばれよ」
父さんは、うれしそうな顔をして言った。
それよりも、今は、この子ネコだ。俺は、ネコを抱きしめると、部屋を出て行った。
「それじゃ、また、後で。父さん、ありがとう」
そう言って、診察室のドアを開けて出て行こうとすると、父さんが止めた。
「待て、ケイタ。これを持って行け。使い方は、説明書をよく読んで使うんだぞ」
そう言って、俺に渡してくれたのは、ネコ用のミルクと小さな哺乳瓶だった。
「やり方は、わかるな」
「もちろん。俺は、父さんの息子だぜ。獣医の子供なんだから、それくらいできるよ」
俺は、そう言って、ミルクと哺乳瓶をカバンに詰めると病院を後にした。
肩からカバンをかけて、両手に子ネコを優しく抱きしめて急いで帰った。
これが、ミーコと出会った初めての瞬間だった。
ウチに帰った俺は、タオルで包んて、子ネコの体を温めた。
タオルで濡れた身体を何度も拭いた。
すると、きれいな赤い縞模様がくっきり表れた。なんてきれいなネコなんだろう・・・
俺は、そう思うと、なんとしてもこの命を救ってやりたくなった。
俺は、ミルクの缶に書かれた説明書を何度も読んで、ぬるめのお湯にミルクを適量溶かし、小さな哺乳瓶に入れて、よく振った。
「もういいかな」
俺は、手の甲に一滴ミルクを垂らして温度を確かめる。
「よし、今、飲ませてやるからな」
俺は、子ネコの体をタオルで優しく包んで、哺乳瓶を口に咥えさせた。
最初は、嫌がっていたけどミルクの味がすると、自分から哺乳瓶を咥えた。
子ネコは、お腹が空いていたのか、夢中でミルクを飲み始めた。
「よしよし、たくさん飲めよ」
俺は、そんな小さな子ネコを見て、なぜだか頬が緩んでいた。
「ただいま」
そこに、妹のメグミが帰ってきた。
「お兄ちゃん、高校どうだった?」
「合格に決まってるだろ」
「よかったね。てゆーか、なにしてるの?」
小さな子ネコを抱えて、ミルクをあげている俺を見て、メグミは、不思議そうな顔をした。
俺は、軽く事情を話して聞かせると、メグミも目をキラキラさせて覗き込んだ。
「可愛い! まだ、赤ちゃんじゃない」
「そうだよ。だから、俺が、育てるんだ」
「えー、お兄ちゃんが? 無理無理、出来っこないって」
「そんなことないよ。俺が拾ったんだから、俺が育てる」
「いいけど、たまには、あたしにも抱かせてね」
そう言って、メグミは、二階の自分の部屋に入っていった。
子ネコは、ミルクをたくさん飲んで、満足したのか、小さな手足を動かした。
床に降ろしても、まだ、満足に四本の手足で立つことができなかった。
「お腹が一杯になったら、眠くなるから、ベッドで寝ような」
俺は、子ネコを抱いて、自分の部屋に戻ると、ベッドに寝かせた。
毛布を掛けてやると、子ネコは、俺を見上げて、あくびをした。
「クアァ~」
「やっと、元気が出て来たみたいだな」
「ニャ~ン」
子ネコは、俺を見て、小さく鳴くと、眠くなったのか眠ってしまった。
その後、母さんも帰宅して、合格したことを知らせると、すごく喜んでくれた。
父さんも早めに帰宅して、今夜は、俺の合格祝いをしてくれた。
その時、俺は、子ネコのことも話した。
母さんは、貰い手が見つかるまでという約束で、しばらくウチで飼うことを許してくれた。父さんもそれに賛成だった。メグミは、ウチで飼いたいという感じで、俺と意見が合った。
俺は、このネコを飼いたかった。俺の中では、すでに、名前も決めていた。
「ミーコを飼ってもいいだろ」
「ミーコって?」
「あのネコの名前」
「もう、名前を付けたの?」
呆れる母さんだったが、俺は、何度も頭を下げて頼んだので、何とか許してもらえた。志望の高校も合格した日だけに、母さんも許してくれた。
そして、この日から、ミーコは、家族の一員として、我が家で暮らすことになった。正式にネコを飼うのは初めてだったので、躾が翌日から始まった。
トイレの場所を覚えさせたり、爪を研がないようにしたり、毎日がネコとの戦いだった。
しかし、ミーコは、頭がいいのか、俺の言うことをいつも素直に聞いてくれた。
トイレも一日で覚えてくれて、粗相をすることはなかった。
エサも毎日、残さず食べて、すくすく育っていった。
それから二年たって、今じゃ、すっかり大きくなって、立派なネコに成長した。
親バカと言われようが、飼い主バカと言われようが、ミーコは美人だ。
きれいな縞模様に大きな目。長いシッポとスラッと伸びた手足。きれいで、スマートでスタイル抜群だ。美人ネコと言ってもいいと俺は思っていた。
もちろん、そう思っているのは、俺だけではない。
昼間は、両親は仕事で、俺とメグミは学校なので、ミーコは一人ぼっちでお留守番。
それでは寂しいし、退屈だと思った父さんは、玄関のドアにキャットドアを作ったくれた。
これなら、ミーコは、好きな時に、家と外を出入りできるようになった。
俺が学校に行っている間にミーコが外で何をしているのか、俺は知らない。
仲良くなったネコ同士で遊んでいるのかもしれない。友達だってできたかもしれない。
まさか、好きになったオスネコがいて、結婚を前提に付き合っているとか・・・
イヤイヤ、それは、飼い主の俺が許さん。どこのネコだか知らないやつと結婚だなんて飼い主の俺が許すわけにはいかない。ミーコのお婿さんは、飼い主の責任として、俺が見つける。
母さんは、毎日、カロリーと栄養のバランスを考えて、エサを作ってくれる。
カリカリのドライフードとネコ缶を混ぜて与えている。
ミーコは、肉も魚も好きで、何でもおいしそうに食べてくれる。
たくさん食べて、大きくなってほしいと、俺は、いつも思っている。
妹のメグミは、暇さえあれば、ネコじゃらしでミーコと遊んでくれる。
ウチには、いろいろなネコのおもちゃがある。それは、全部、メグミが買ってきた物だった。齧ると音が出るネズミのおもちゃとか、同じ形のネコの縫いぐるみとか、
ミーコは、いつもメグミと遊ぶのが好きだった。
だけど、一番慣れているのは、俺だ。それは、誰よりも自信があった。
家に誰もいないときは、外で日向ぼっこしていたり、他のネコたちと遊びまわっているミーコだが、俺が帰ってくる時間になると、決まって、玄関の前でチョコンと座って待っていてくれる。
玄関を開けると、俺の足元にまとわりついて離れようとしない。
リビングのソファでテレビを見ているときも、自分の机で勉強をしているときも、
ミーコは、いつも俺の膝の上にいる。俺の膝が、ミーコの指定席なのだ。
そんな時は、ミーコの背中や頭を優しく撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて、喉をゴロゴロさせている。そんなミーコが、可愛くてたまらないのだ。
食事の時は、もちろんミーコも一緒に食べる。
もっとも、椅子に座って、テーブルでというわけにはいかないけど・・・。
床に置いたお皿にエサを入れると『ウニャウニャ』と、なぜかわからないけど、
鳴きながらおいしそうに食べる。人間の食べ物は、ネコにあげてはいけないという、
獣医の父さんの方針で、ウチは、どんなに欲しがっても与えたりしない。
でも、ときどき、父さんの目を盗んで、マグロの刺身だったり、茹でただけの鳥のささ身などをこっそりあげたりしている。そんなときも、ミーコは『ウニャウニャ』言いながら、いつもおいしそうに食べる。
寝るときもいっしょで、毎日俺のベッドの中で寝ている。
俺がベッドに潜り込むのを確認してから、ピョンとベッドに飛び乗ると、
ふとんの中に頭から潜り込む。そして、俺の胸のあたりで丸くなって寝る。
それがミーコにとっても、俺にとっても、一番気持ちがいい時だった。
学校でイヤなことがあっても、ミーコには何でも言えた。
友達とケンカした時や、先生に怒られたときでも、ミーコに話すとなぜだか気持ちがスーッとした。
そんな時でも、ミーコは、俺の顔を見ながら黙って話を聞いてくれた。
ミーコは、俺にとって、なくてはならない存在になっていた。
俺だけじゃない。父さんも母さんも、メグミだって、ミーコのことは、可愛がってくれる。
もはや、家族の一員なのだ。俺たち家族にとっては、癒されるだけでなく、なくてはならない存在なのだ。
いつまでも、ウチにいてほしいと思っている。
ところが、ある日の冬の朝のこと、ミーコが、人間の女の子になって現れた。
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