11.変なものが出た

 あれ以来ホクトは、毎日店に来ている。

 ミナミのマンションも見に行ってるようだが、それは最初にチョイと立ち寄ってくるだけで、あとはずぅ〜と店にいて、カフェが忙しい時はチャチャっと如才なく手伝ってくれたりするが、暇だと例の調子でシノさんとお喋りしてるし、敬一クンがいればもう、ずぅ〜と取っ付いている。

 日参してくるのは、経営の細部を確認しないと、伯母さん…つまりミナミの母親が納得してくれないから…と理由を述べてるが、どう見てもそれは取ってつけたタテマエで、敬一クンに会いに来てるだけにしか見えない。

 日によってはそこにエビセンまで加わるから、そうなるともうバリバリな空気になって、俺は一緒にいるだけでヘトヘトになる。

 だがシノさんはホクトとエビセンの両方と仲良くしてるし、両方が同時に居る時は更に楽しそうにしてるし、敬一クンは周囲がどんな空気になってても、それに全く気付かないようだ。


 そんなこんなで俺もすっかり忘れかけていたのだが。

 ホクトとエビセンがブッキングして、そのまま皆でシノさん宅で夕飯を食べたので、すっかり疲れた俺は、少し早めに自分の部屋へ戻ることにした。

 シノさんと敬一クンだけなら片付けまで手伝うケド、ホクトもエビセンも元々高スキルな上にライバル心があるらしく、やたら牽制し合って俺が出来るような作業なんかさっさと片付いてしまうから、俺が抜けても平気だろう。

 そう思ってペントハウスを出たら、エレベーターのボックスが五階に無かった。


 俺がメゾンに入居する時、部屋はまだ全部空室だったので、特権として好きな部屋を選ばせてもらった。

 なんとなくペントハウスに近い階のほうが良いような気がして、俺は四階のB室を選んだ。

 あとになって、店から部屋に戻るときに、四階は失敗だったと思ったけど。

 というのも、このビルに付いているエレベーターは、超が付くほど骨董品な、古式ゆかしいシロモノだからだ。

 シノさんは、リフォーム時に最新のものと取り替えようかと思ったらしいのだが、業者のヒトに「無理」と言われてしまったらしい。

 無理な理由は、建物の構造的な問題らしいのだが、なんせ業者のヒトの説明をシノさんから又聞きしただけなので、詳細は不明である。

 でもってその骨董品のオンボロエレベーターは、シャフトの外枠も昇降ボックスの内枠も、鋼鉄で出来たシースルー構造で、レールが付いている外扉と内扉は、人間が自力で開閉する。

 ビルの出入り口もエレベータの外扉も、黒い鋼鉄がアール・デコ調のデザインだけを見れば、かなり洒落ててモダンなのだが。

 放置された時間の分だけ、モダンさよりもボロさのほうが際立っている。

 最近は敬一クンがきちんとメンテをしてくれているので、変な位置で止まっちゃう回数は激減しているが、シノさんが一人で管理していた頃は、ボタンを押して即座に動くことのほうが稀だった。


 以前のように俺とシノさんと敬一クンしか暮らしていなかった頃は、晩メシの後にペントハウスを出たら、ボックスはそこにあった。

 最近はメゾンに住人が入居しているので、ボックスが使いたい時に無いってこともままあって、だから俺はそこにエレベーターが無いことをあんまり気にしないで、ワンフロアりるだけだから…と、階段を使った。

 り始めた時から奇妙な違和感を覚えていたのだが、でも具体的にはっきりと言葉に表すことが出来るわけでなく、なんというか「なんか変だな〜?」と無意識に思っているような感じで、俺は階段をりていた。

 そうして五階と四階の途中にある踊り場に行き着く前に、なんだか、奇妙な白っぽい影が、目の端に映ったような気がした。

 しかしきちんと目線をやっても、そちらにはなにもいない。


 赤ビルの階段は、エレベーターを囲むようにして側面が階段、後ろ面には階段と踊り場、前面が各階の部屋の廊下って配置だ。

 前述のとおりエレベーターはシースルー構造なので、ボックスに遮られない限りは、シャフト越しに下階の階段や廊下が見える。

 そこで改めて四階の階段や廊下を見直そうとして、俺はボックスが四階に止まっていることに気が付いた。

 最初に感じた違和感は、五階のホールから見た時に、エレベーターシャフトの中にボックスの天井が見えていたから感じたものだったのだ。

 四階は俺以外に乗降する人間はいないはずなのに、俺が五階で飯を食っている間にエレベーターが四階で止まっているなんて、アリエナイ。

 それら諸々の考えがバーッと脳裏をよぎり、半ばパニックを起こしたところでトドメにコグマの話を思い出し、俺は思いっ切り「ぎゃーーーーーーーー!!」と叫んでしまった。


 そのまま階段で腰を抜かしていたら、俺の悲鳴を聞いたシノさんと敬一クンとホクトとエビセンと、三階の部屋をシェアして住んでるハルカとミツルもやってきたので、俺は思わず「幽霊が出た!」と言ってしまった。

 シノさんと敬一クンは幽霊は不審者の見間違いと思ってて、ホクトは不審者の正体はエビセンじゃないかと疑ってて、エビセンは幽霊なんてありえないと笑ってて、ハルカとミツルは幽霊話自体を知らなくて、そこに俺が「幽霊が出た!」と言ったものだから、すっかり面倒なことになった。

 シノさんはただ面白がってるだけだったケド、敬一クンは真面目に対応を考えるべきだと言うし、それならビルの住人で自警でもするかとエビセンが言うと、自分も自警に加わるとホクトが言い出し、そんじゃ若いもんが率先してやれとシノさんが言って、ハルカとミツルも自警団に加わらされた。

 もっとも若いといったところで、ハルカとミツルは俺とシノさんよりは若いが、現役大学生の敬一クン達よりずっと年上だし、結局自警団は赤ビルの住人全員参加になってしまった。

 幽霊が出るというだけでもイヤなのに、わざわざ夜に幽霊を探して回るなんて、どうしてそんなことしなきゃならないのか。

 俺は泣くほどイヤだったけど、全員参加を決めたのがシノさんだったから、不可避決定だった。

 翌日の夕食で、シノさん命名キングオブロックンロール神楽坂自警団の、幽霊対策巡回当番ミーティングをすることになってしまった。

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