10.変なものを見た
敬一クンが枝豆を茹でて、キャベツを籠盛りし、ホクトが一夜干しなど焼いたのをダイニングテーブルに並べて、食事タイムになった。
でもシノさんは自分が招いたコグマのことなど放ったらかしで、すっかりホクトと喋り込んでいる。
「で、アマホクはケイちゃんのどーゆー友達? 同級生? 部活?」
「同級生で部活で幼馴染で婚約者です!」
「はああ?」
思わず俺が変な声を出してしまったら、敬一クンが苦笑しながら顔の前で手を左右に振った。
「幼稚園の頃の話です、ままごとの」
「ままごとじゃない、あれは婚約! 結婚の約束だ! 俺の心は永遠に変わらない!」
「昔からこんなことばっかり言ってるんです、こいつ」
ホクトは真顔で婚約を強調していて、敬一クンは笑って流していて、俺はなんと言っていいのか判らなくなり、口を噤んだ。
「じゃあアマホクも鎌倉の子なん?」
「いえ、俺は名古屋です。ケイは子供の頃、名古屋にいたんです」
「俺の母が亡くなった時、父が多忙だったので、しばらく母の実家の祖父母と叔母が俺の面倒をみてくれてたんです。そのあとお
「ふーん、ナルホドナルホド…」
「幼稚園の頃のケイは、そりゃあ可愛かったですよ! もちろん今も可愛いですけど!」
「ウンウン、そうじゃろそうじゃろ」
ホクトはミナミのことで話を聞きに来たんじゃなかったっけ? と思ったが。
ホクトはミナミのことなど、もうどーでもよくなっちゃってるみたいに敬一クンのことばかり語りまくり、それをまたシノさんが、ふんふん言いながらいくらでも聞いている。
なんなんだろうかこの状態…。
「お兄さんはケイと一緒に寝てるんですって?」
「うん、ベッドの出物がナイんじゃもん」
「ケイ、結構寝相悪いでしょう」
「うんにゃ、そんなこたぁねェよ」
「そうですか? 俺は幼稚園のお昼寝の時、しょっちゅうケイにパンチされましたよ」
「そうなん? 俺はナイなぁ? あー、でも抱きつかれてチューならしょっちゅうされてるナ〜〜」
「えええっ!!」
今度は俺のみならず、ホクトも俺とユニゾンで変な声を出していた。
「ケイ! 婚約者がありながら、そんなことしちゃダメじゃないか!」
「婚約もチューもしてないぞ」
「ケイちゃん寝てっから覚えてねェだけだヨ〜〜」
シノさんがニシシと笑ってるので、ああこりゃフェイクだと気付く。
まったくもう…と思いながら横を向いたら、コグマが、はぁ〜と溜息をついていた。
そういえば普段なら、こういう時に俺とユニゾンするのはシノさんに気のあるコグマのハズなのに、心ここにあらずって感じなのがさすがに気になってきて、俺の
「小熊さん、どうかしたの? なんかいつもと違うんだけど…」
俺の顔を見たコグマは、他のメンツをちょっと伺ってから、落とした声で言った。
「実は僕、変なものを見たんです」
「変て?」
「たぶん、幽霊…」
「ええーっ!!」
「ヘタレン何度もウルセーなあっ、コグマ何の話をしてんだよ!」
「え…、いえ…、あの…、だから…」
「だからなんだっ、早くハッキリ言えっ、苛つくなあ!」
シノさんにガンを飛ばされて、コグマは叫び返すように言った。
「僕、このビルの中で幽霊見ちゃったんですー!」
「はああ? 幽ぅう〜霊ぇえ〜?」
シノさんに呆れ顔をされて、コグマはますます必死に言い張った。
「ホントなんです! 僕がちょっと遅くに帰って来た時なんですけど、いつもと違う気配を感じて上を見たら、エレベーターのシャフト越しに、階段を上に向かって白いものがスゥ〜って! もうビックリしちゃって、部屋で海老坂クンに言ったんですけど、笑われただけで全然相手にしてくれないし!」
「海老坂!?」
ホクトは幽霊よりも、エビセンの名の
「海老坂は小熊さんと部屋をシェアして、ここに住んでるんだ」
「ええええーっ!!」
ホクトは今更のようにコグマをしげしげと見て、左手で口を押さえ右手でコグマを指差して、
「あー…、もしかしてこちらの
「違います! 僕はただルームシェアしてるだけ! それ以外のコトなんて、全っ然っ、まったくっ、なんっにもっ、ないんです!」
「ホントに?」
「ホントのホントのホントですっ!」
コグマはもう汗びっしょりで、エライことになっている。
その様子から俺は、コグマは見た目や普段の態度に反して実はかなりのビビリなのではないかと思い、更にコグマは部屋をシェアしてからようやく、エビセンがケダモノの目をしていることに気づいたのかな…と察した。
一方、ホクトの
「じゃあそれ幽霊なんかじゃなくて、不審者じゃないのかな。既に怪しい奴がいるみたいだし!」
と言った。
「ああ不審者かぁ〜。いるかもなぁ〜、近頃変なの多いから」
シノさんが言うと、敬一クンも頷いた。
「そういえば町内会の回覧板に、不審者に気をつけるよう書いてあったな」
「だよな」
そのままシノさんと頷きあっている。
「そんな、不審者なんかじゃありませんよ! だって僕は三階に登るまで全然足音なんて聞かなかったし! いくらエレベーターがアレだからって、メゾンの住人でエレベーター使わないヒトなんています?!」
「だってコグマ、見掛け倒しのビビリじゃし」
「そんな、ヒドイ!」
「事実ぢゃ〜ん」
コグマが訴えるような目で俺を見るのだが、俺はそんな目で見られたって困るのだ。
なぜなら俺は、ぶっちゃけオバケの類がコワイ。
だからこのビルにそんなモノがいるなんて考えたら、一人で自分の部屋に帰れなくなるので、絶対に「幽霊なんてアリエナイ!」の
「そうだな…小熊さんの言う通り、住人に若い女性がいるわけでも無し、こんな老朽ビルに、わざわざ不審者が入って
「何言ってるんだよケイ! 若い女性でなくたって身の危険はあるんだぞ、常に備えてなきゃダメだ! 海老坂みたいなのが、寝てるとこに侵入してくるかもしれないぞ!」
「そういうものか?」
「そういうものだよ!」
ホクトが敬一クンに力説している。
言われてみれば、シノさんに擦り寄りたくて侵入してくる奴くらい、いくらでもいそうな気がしてきた。
オバケもコワイが、そんな強姦魔みたいのに侵入されるのもイヤだし、しかもそれがエビセンみたいのだったら…と想像したら、うわあむっちゃコワイっ!
「イヤだぁ! え、え、海老坂クンみたいな不審者なんてっ! そんっなオソロシ過ぎるコト言わないでっ!」
考えただけで気絶しそうなほどコワイ話なのだが、口に出して言ったら確実にシノさんにどやされるので、俺は黙って我慢していた。
だが、その俺が思ったまんまのことをコグマが口に出して言っている。
やっぱりコグマは、ルームシェアを始めちゃってから、エビセンのコワさを知ったようだ。
「何言ってんだ、このビビリぐま! そもそもエビちゃん、最初からオマエの部屋にいるぢゃんか!」
「わああ!」
マジでコグマが泣きそうになったので、俺はそっと言ってやった。
「ダイジョウブだよ、今まで一緒にいても食われなかったんだから、きっと小熊さんは食われないよ…」
「ホントにこのままでダイジョウブでしょうか!」
コグマが縋るような目で俺を見るので、うんうんと頷いてやった。
そして、きっとコイツこれから俺の友達になるんだろうなあと思った。
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