12.ヘンクツ王子・天宮南

 そんなワケで今日もホクトがやってきた。

 彼は竹橋に部屋を借りてるという話なので、ここへ日参して夜まで居続けなのは大変だろうと言ってみたら、竹橋と神楽坂なんて、名古屋と鎌倉に比べたら隣近所も同然ですよと爽やかな笑顔で言っていた。

 よく解らないがスゴイ熱意なのは認める。

 でも今日のホクトは仏頂面で店の中を覗き込み、俺のことをチラッと見ただけで、無視してそのまま出て行こうとした。


「天宮クン、どうしたの?」


 声を掛けたら立ち止まり、不愉快そうに俺を見て、ボソッと言った。


「ヘタレうるさい」


 なにそれと思ってビックリしてたら、キッチンから出てきたシノさんが言った。


「あー! アマミーやっと来たのかよー! 取り置きのキッシュ、カッチカチになっちゃったぞー!」


 えっコレ、ホクトじゃないの!?

ってガン見してしまうくらい、ミナミの顔はホクトの顔とソックリだった。

 従兄弟というより双子みたいで、言われれば確かにコッチのほうが年上のようだが、しかしそれは服装がそんな感じだからで、並べて見たって騙されそうなくらい似ている。

 別々に見たら、絶対区別なんかつかないだろう。

 しかし顔はクリソツでも、態度はまったく似てなくて、ホクトは敬一クンに対してはちょっと変だけど、基本は明るく爽やかなイケメン王子だ。

 対するミナミは、イケメンだけどなんかヤな感じの、根性の曲がった偏屈王子って感じだ。

 ミナミはシノさんが出てきた途端に、チャッと花束とケーキの箱を取り出した。

 デッカイ花束とケーキの箱をそれまでどこに隠し持ってたのか、俺には全然ワカラナイ。

 そしてミナミはまるで猫好きが猫を撫でるように、シノさんの頭をナデナデしながら、

「キッシュでランチさせて」


 と言って、俺の姿なんか見えてないみたいに、そこのテーブルを陣取ってしまった。

 そしてコンビニで買ってきたらしい苺牛乳を飲みながら、シノさんが出してきた真っ黄色なアマミー・スペシャルを食べ始めた。

 なんなんだコイツわ!…と思いつつ、俺は横目でミナミのことを睨みつけ、胸の中で「早く帰れ!」と唱えていた。

 我ながら情けない抗議行動だケド、得体が知れないミナミは不気味で、他にどうしようもなかったのだ。

 俺の念はサッパリ通じず、一時間経ってもミナミはそこにいて、シノさんと喋っていた。

 喋ってたとゆーか、喋ってるのはシノさんばっかりで、ミナミはほとんど何も言わずにシノさんの話を聞いていて、時々シノさんの頭をナデナデしている。

 その様子は、シノさんの浮気どうこうを疑う以上に、ミナミの変さが尋常じゃない。

 聞き慣れたカブのエンジン音が聞こえてきて、しばらくすると、敬一クンが通路から店に入ってきた。

 そしてそこにいるミナミを見て、俺と同じように騙された。


「天宮、今日は随分早いじゃないか」


 俺の時と同じように仏頂面で敬一クンを見上げて、ミナミがボソッと言った。


「ひっどいブス」


 自分がヘタレ呼ばわりされたのにも、突然の失礼さにビックリしたケド、どっからどー見ても男らしい容姿の敬一クンを "ブス" と形容したのには、別の意味でビックリした。


「なんだよアマミー、ブスはねェだろ! ケイちゃんはモッテモテで可愛い俺の弟だぞ!」

「そう」


 敬一クンはブスと呼ばれても気にしなかったのか、または自分がブスと言われたことに気付かなかったのか、パタパタと瞬きをしつつ首を傾げた。


「どうしたんだ天宮?」


 するとミナミは思いっ切りイヤそうな顔をして、敬一クンを睨みつけた。


「似てないよ」

「え?」

「似てないから」

「何が似てないんだ?」

「ケイちゃん、これアマホクじゃなくてアマミーだよ」

「あまみい? じゃあこの人が、天宮の従兄弟で出資者の南さんですか」

「どうもこんにちはー」


 言ってるそばから爽やかな挨拶とともにホクトが店に入ってきて、最初は敬一クンに向かって何か言おうとしたようだケド、言う前にそこにいるミナミに気付いた。


「南! おまえ、今までどこに雲隠れしてたんだ!」

「別に…」

「なんだよ別にって! おまえの所為でこっちはえらい迷惑被ってるんだぞ!」

「天宮、おまえと南さんの顔、ソックリだなあ」


 敬一クンが言った途端に、二人天宮がソックリな動作で振り返って同時に叫んだ。


「似てないから!」

「区別がつかないほど似てるが」

「似てないの!」


 何度やってもセリフも動作もまったく見事にユニゾンしていて、俺とシノさんは同時に吹き出してしまった。

 ミナミはシノさんを恨みがましい目で見るし、ホクトは敬一クンの肩に両手を掛けて、よしてくれと懇願している。

 それでもホクトは伯母さんに頼まれて来ているワケで、ミナミにあれこれと聞きただし始めたのだが、ミナミの返事は箸にも棒にも掛からなくて、ホクトの額に怒りマークがビシビシと増えた。


「どうして伯母さんからの電話に全く出ないんだ!」

「別に…」

「役職の人間が年がら年中早退してちゃ困るだろ!」

「別に…」

「社会人としてその態度はどうなんだ!」

「別に…」

「勝手にこっちへマンション借りて、大手町の部屋はどうする気なんだ!」

「別に…」

「そもそもオマエ、なんで東雲さんのストーカーなんかしてるんだよ!」

「別に…」


 とうとうホクトがキレた。


「俺が伯母さんに現状を伝えたら、伯母さんオマエのことを名古屋へ連れ戻して、二度と東京なんかに来られなくされちゃうぞ!」


 するとそれまではふてぶてしくそっぽを向いていたミナミの眉が、ピクっと上がった。


「ババアに告げ口する気?」

「告げ口なんかしたくないから、まだ何も伝えてないんじゃないか!」

「告げ口したら絶交」

「それ小学生の時からずっと同じ脅し文句じゃないか!」


 ミナミはケータイを取り出してチラッと画面を見ると、スッと立ち上がった。


「じゃあまたるから」


 シノさんに向かってそれだけ言って、そのままスタスタと店から出て行く。


「おいこらー! いっそ本気で絶交しろー!」


 ホクトがいくら叫んでも、振り返りもしなかった。

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