第2話 ハクサ族の反乱
ラーマが興隆する以前、ハクサ族の地は商業都市として繁栄していた。
港周辺には毎日かかさず多くの船が荷下ろしの順番待ちをしており、下ろした積み荷は馬車や荷車に移し替えられ、それでも余った荷物は仮の倉庫に運ばれていく。
街に行けば毎日欠かさず市が立ち、多くの買い物客や観光客でごった返していた。
だが、永遠に続くかと思われた繁栄は、時代の移り変わりとともに衰退していった。
周辺の民族や内陸部の部族の人口が増え勢いが増していくと、その繁栄にも陰りが見え始めていた。ラーマ共和国がハクサ族の地を属州にしたのはそんな矢先だった。
ラーマはハクサ族の地を属州にしたあとも、ハクサ族の民族感情を刺激しないよう軍団の駐屯を控えていた。
ハクサ族の地は税の厳しい取り立てにより、ハクサ族の商人たちは以前のような生活が困難になっていた。さらに、政治や外交だけでなく司法権でさえラーマ人たちに牛耳られ、ハクサ族の商業都市は衰退していた。
ある年、ラーマ共和国の属州となっていたハクサ族たちの同盟市は大規模な反乱を起こす。
そのきっかけは、ラーマから派遣されていた属州総督の命により、ハクサ神殿の宝物を使って都市のインフラ整備をしようとしたことから始まった。
「ラーマ人たちを皆殺しにしろ。」
「生かして本国に返すな。」
「誇りあるハクサ族のために戦うのだ。」
このことはハクサ教の組織を通じてハクサ族の者たちに広まっていった。
しかし、ハクサ教といっても教内には穏健派から過激派まで多くの派閥が存在していた。最初に行動を起こしたのは過激派だった。
彼らはラーマが作った神殿などの公共物を破壊して回る。
ラーマは良くも悪くも多神教国家であったが、それはラーマの最高神の下に他の民族の神々が存在するという力こそ正義の神話が生み出されていた。
対するハクサ教は、唯一一つの神で信仰されていたが、それも力こそ正義の神であった。
古代の戦争が神々の戦いと言われる
戦争とは、強い神を持つ民対強い神を持つ民の代理戦争なのだ。
これが小さな一部族の神なら、二度と反撃できないほど打ちのめされて屈服することになるが、過去、大繁栄していたハクサ族の一大勢力を潰すのは簡単ではない。
だが、ハクサ族に気を使っていたラーマも、
ここに強い神を持つ者同士の戦争の火ぶたが切って落とされる。
〇 〇 〇 ラーマの神対ハクサの神の代理戦争
最初に動いたのはラーマ共和国のフロレス属州総督だった。
「ラーマの神々に対する冒とくを許すわけにはいかない。暴動の首謀者を捕らえろ。」
それまで、ハクサ族の民族感情に気を使って、ハクサ族の商業都市エールにラーマ軍の駐屯兵を入れることはなかった。フロレス属州総督は5千人のラーマ軍団の兵とともに商業都市エールに入り首謀者を捜索させた。
首謀者はすぐにつかまった。
「お前が今回の犯罪の主犯か。何か言い残すことはあるか。」
フロレスは、身柄を拘束されて身動きのできない首謀者を前に勝ち誇ったかのように言い放つ。
「俺の死によって反乱の火ぶたは切って落とされるだろう。」
死を覚悟したその男は精一杯の巨勢を張る。
実際問題、ここまできたら大きな戦いになるのは避けようがなかった。もし戦いを避けたければ、もっと前に手を打つべきだったのだ。
「言いたいことはそれだけか。処刑しろ。」
見せしめのために公開処刑が行われる。
首謀者が処刑された話は、ハクサ教を通じてハクサ族の人々に広まった。
とうとう来るべき時が来たのだ。ハクサ教のすべての宗派が反ラーマの名の下に立ち上がり、ハクサの地のいくつかの都市がハクサ軍の傘下に
「くそう、逆効果だったか。」
フロレス属州総督は首謀者を処刑したことを後悔したが後の祭りだ。
慌てたフロレスは軍団を率いて反旗を翻した都市の攻略に乗り出す。
しかし、鎮圧のために向かった先で、奇襲と食糧不足のために全滅した。
地元の農民たちに食糧の供給を拒否され、飢えとハクサの住民たちの度重なる襲撃によって疲弊していき、ハクサ軍と対峙したときには、ラーマの軍団は戦いどころではないほど疲弊していたのだった。
事態を重く見た執政官ゲロネは、将軍ウスアヌスに5個軍団を与え、ウスアヌスに命じてハクサ族の反乱の鎮圧に向かわせた。本来なら執政官本人が鎮圧に向かうべきであったが、反ラーマの機運は全土に拡大し、同時に元老院内の派閥抗争と主導権争いが勃発する。
ラーマの首都ポロネースでは派閥同士の抗争が始まり、背信と裏切りにより血で血を洗う事態に発展していた。
2年後、ウスアヌスによるハクサ族の鎮圧は順調に進んでいたが、別の属州の地で属州総督が独立を
ラーマは大混乱となった。さらに他の属州総督が独立に向けて動き出す報告が入ると、手の打ちようがなくなったネゲロ執政官は自刃した。
「ウスアヌス殿。執政官が自刃した模様です。」
「なんだと、これはハクサ族の鎮圧どころではなくなったぞ。」
「選挙ですか・・・。」
「それもあるが、次の執政官次第では、我らの軍団は反逆者として討伐対象になっても不思議はないのだぞ。」
「そんな、私たちは執政官の命令でここまできて戦っているのですよ。」
「その執政官が自刃していなくなったのだ。」
「そんなことで反逆者の汚名を
「とにかく、一度ラーマの首都に戻るのだ。」
ラーマの歴史は古く、政治体制も王政から共和政や帝政と時代によって常に変換し続け、それゆえに法は膨大な量になっていた。
通常は新しい法が適用されるのだが、政治体制が変わると古い法が持ち出されることもあった。政変時では、有力者たちでさえどんな理由で突然反逆者にさせられるかわからないのだ。
ウスアヌスは慌てて船をかき集めると、追い詰めつつあったハクサ族との戦いを放棄してラーマの首都ポロネースへと帰還する。
首都ポロネースは貴族同士の派閥争いにより混乱し、元老院でさえ機能しておらず、混乱を抑えるための軍団さえ組織できずにいた。
将軍ウスアヌスが5個軍団を率いてポロネースに帰還すると、市民たちは大歓迎で出迎えた。ハクサ族との戦いでは連戦に連戦を続けた話がラーマ中に広まっていたからだ。
将軍ウスアヌスは、早速に有力者たちを訪ねて元老院を開かせ、平時の最高権力者である執政官をも凌ぐ独裁官に任命された。
・ ・ ・
独裁官に任命されたウスアヌスは政治権力を掌握すると反乱した属州の制圧に乗り出そうとするが金がなく、軍を編成し、軍を維持するための食料を調達する資金力がなかった。各属州はラーマ本国への送金を遅らせて動きを見ていたのだ。
軍を編成することができなければ反乱の鎮圧は不可能だ。いくら国が大きく軍が強くても、資金と物資がなければ国として成り立たない。ラーマ共和国は崩壊の危機を迎えていた。
そこにひょっこり現れたのが、ハクサ教と敵対関係にあったケール教のタートン司教であった。
「資金と物資や兵站維持の人員が無くては反乱軍の鎮圧はできますまい。ケール教の存在を認めていただけるのなら、資金や物資は無利子でお貸しいたしましょう。」
「それはありがたいが、お前たちの望みは本当にそれだけか。」
ウスアヌス独裁官は念を押すことを忘れなかった。後で追加の条件をつけられても困るからだ。
「ご存じかとは思いますが、我がケール教はハクサ教から
タートン司教はほとほと困っているといった表情で静かに語る。
「お前たちの神は何を望んでいる。名誉か、土地か、それとも国か。」
このとき、ウスアヌスはラーマの神々とハクサ教の神との代理戦争を意識していた。
「我らの主は何もお望みではありません。我らは信仰の自由と生きるための希望と慈しみの愛を万人に分け与えることを願っております。ハクサ教のように反乱を企んでいるわけではありません。」
・・・やれやれ、そのハクサ教に殴り込みをかけたのはケール教ではないか。しかし、今はそんなことをいってるときではないか。資金と物資のために妥協するしかないか。
ウスアヌス独裁官はラーマの危機を打開するために、資金や物資の借り入れの対価としてケール教の保護をする約束した。
・ ・ ・
ラーマの歴史は政争の歴史でもある。
派閥同士の抗争に加え、50以上もある各属州も様々な派閥のために動き始めていた。
見せしめのため、独裁官ウスアヌスが独立しようとした勢力を打ち負かし略奪と粛正の限りを尽くすと、一斉に服従の意志を示し始めた。
これにより、再びラーマは一つにまとまった。
だが、一大勢力のハクサ族だけは抵抗の意志を曲げなかった。
「追い込まれた我々ハクサ族を救ったのはハクサ教の神の力によるものだ。今度こそ成り上がりのラーマを叩きのめして独立を勝ち取るのだ。」
対するラーマも膨大な資金と物量を駆使し、大軍を組織してハクサの地に乗り込むとハクサ族の軍を次々と打ち破る。ハクサ族に味方した都市は徹底的に略奪と破壊の限りを尽くされ、降伏した者、捕らえられた者たちは奴隷として売られ、指導者層はすべて処刑された。
だが、ハクサ族たちへの報復はこれだけでは済まなかった。二度と反乱しようという気を起こさないよう、反乱に加担した者とその家族は捕らえ次々と処刑された。さらに、ハクサ教の神殿や教会はすべて取り壊され財物は持ち去られた。
その結果、ハクサ族は世界各地に離散し、後に放浪の民として生きることになる。
ラーマに反旗を翻した民族として、ケール教と敵対し神の使徒ケールをラーマに売った宗教として。
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