ジハード--信徒たちの戦い=信仰の努力--短編全3話
白山天狗
第1話 ミサ聖祭
人はいつから神のようなものに頼り、祈り、貢物までするようになったのだろうか。
人によって神が創造されると、いつの間にかその神を奉り崇めるために祭事が行われ、その地域に住む遊牧民、都市国家や領域国家の行事の中心的な存在として扱われていった。
人口の増加とともに各地に人が集まりだすと、各地区ごとに様々な神が生まれる。
各地に神々が作り出されると、そこに具体的な物語や成り立ちなどのストーリーを語ることによって明確で具体的な言葉による神話が生まれた。その神話は時間とともに信ぴょう性が増して伝承され、毎年行われるその行事は伝統となった。
〇 〇 〇 ジハード(信仰の努力)
日差しが温かくなり始めた春の日のこと。ラーマ共和国の首都ポロネーズの一角にあるケール教会ではミサ聖祭が行われていた。
「過去の罪を悔い改め、神に償いの祈りを捧げ改心すれば、神はきっと許しを与えてくれましょう。」
シーンと静まり返った教会で、多くの信徒たちを集め、ペランス司祭によるミサ聖祭が行われていた。
ミサ聖祭は感謝の祭儀とも呼ばれ、神と結んだ契約の更新が行われる。
教会に集まった者たちは皆静まり返り、不気味なほど一心不乱に数分間の黙とうを捧げていた。
「皆、顔を上げてください。たったいま、神の許しが下りました。」
ウォォォォォォォ。
ペランス司祭の言葉が終わると同時に信徒たちが一斉に行動を始める。ある者は武器を掲げ、ある者は松明に火をつけ、気勢を上げる。
「ジハード(信仰の努力)。」
各信徒たちは口々に叫びながら思い思いの武器を取る。
過去の罪を悔い改め
対するハクサ教会側では、ケール教が襲撃してくるという動きを察知していて、武装した信徒たちが集まっていた。
「来たぞ。追い返せ!」
同じ日にミサ聖祭をおこなっていたハクサ教会の信徒たちも、
戦いは熾烈を極め、多くの死傷者を出した。
しかし、ハクサ教から派生したケール教の信徒の数は圧倒的だった。
首都ポロネース内にハクサ教が所有していた建物は、圧倒的多数のケール教徒たちに取り囲まれ、少数のハクサ教徒たちは建物内に立てこもる。
この二つの宗教は普段から仲が悪かった。いや、敵対していたといった方が良いだろう。
「ケール教はハクサ人のためのハクサ教の下部組織に過ぎぬ。献金でため込んでいる財産はすべてハクサ教に上納すべきだ。上納しないのならば破門処分にする。」
「なんだと、我らは閉鎖的なお前たちとは数十年前に縁を切り、ケール教として独立しているのだ。そんな義理などあるか。」
「ならばなぜ、ケール教の聖書は未だにハクサ教と同じものを使っているのだ。」
「神の使徒であるケール様が説いた教えこそが、聖書を伝承するにふさわしいのだ。」
「ケールなどただの反逆者ではないか。」
「ケール様に批判されたハクサ教の者が、ラーマの反逆者としてラーマに売ったからだ。ハクサ教徒たちのその罪は永遠に消えることはない。」
〇 〇 〇 ハクサ教
もともとハクサ教は海商を主な
ハクサ族の人々は、ラーマ人が信仰する神殿の神々とは違う、独自の民族の存在価値を示すためのものとして信仰し、厳しい律法(生活の掟)の元で生活していた。
厳しい律法とは、安息日の土曜日に仕事をするのが罪となったり、厳しい食材の規制のことだ。休みたくても貧しい身の上の者は働くしかなく、食うや食わずの生活を送っている者は食材に関係なく食べないと生きていけない。
大勢を占める貧しいハクサの民たちは律法を守っていては生きていけないのだ。
そんな中、本当に必要なのは律法を守ることではなく、信仰をすることだと主張する者が現れた。それがケール司祭だった。
律法とはハクサ族の先祖たちが作った伝統であり、他民族からすればばかばかしい話でもある。しかし、信仰を守るということならば、他の民族たちにも受け入れられる。
いや、実際は逆だったのかもしれない。律法を守ることのできないハクサ族の農民たちが、一心不乱に神に許しを請う姿を見て認識を改めたのがケール司祭なのかもしれない。
そして、結果的に他の民族でも受け入れられる素養ができあがっていったかもしれない。
その真実は闇の中だ。
さらにケール司祭は、中央の神殿を頂点として君臨し贅を尽くす神官者たちを批判した。
ハクサ教のトップが贅を尽くすのでなく、ハクサ人だけでなく他民族の貧しい者たちのために金を使うべき、と主張したのだ。
しかし、それは多くのハクサ教の役職者たちから否定される。
だが、ケール司祭はそれでも多くの人々にハクサ教の教えを説き、貧しい者たちのために寄付を募り、炊き出しなどを行っていた。
人々は彼を農村のケールと呼んでいた。
『右の頬を叩かれたら左の頬を差し出しなさい。』
まだ文明社会が発達していない時代において、相手に弱みを握られたり舐められたりすれば立場は格段に悪くなる。右の頬を叩かれたら10倍以上にして返さなければ自分の立場どころか死に直結することになる。
力こそ正義であり、力を持つ者こそが神に等しい者として尊敬の対象になるという思想や考え方が、今日のラーマ共和国の
ケール司祭の思想はラーマ共和国の宗教思想とはまったく正反対のものであった。それゆえに、力の無い者、力及ばず屈辱を強いられている女たちや奴隷のような者たちの多くに受け入れられていった。
決して反ラーマから発達していった宗教ではないのだ。
ケール司祭の説教は、力を崇拝し多くの力強い神々を奉るラーマの国の権力者たちにはまったく理解されなかった。それはハクサ教内でも同じであった。
ある日、ケールは神殿を頂点とするハクサ教体制の批判をする。この批判は、ハクサ教の指導層たちが独占していた富を、貧しい者たちにも分け与えるべきという簡単な話であったが、利権を独占していたハクサ教の指導層たちは激怒した。
ハクサ教の指導層たちは上納金や寄付金から多額の報酬を受け取っていたのだ。
その後ケール司祭は、ハクサ教の指導層によって、ラーマ共和国への反逆者として引き渡され公開処刑される。
ケール司祭が処刑された後、ケール司祭によってハクサ教に入信したハクサ人以外の者たちは、ハクサ教から破門され排除された。
だが、多くの弱い者たちを受け入れる宗教がこれで終わるわけはなかった。彼らの多くはケール司祭を
ここに、それまで国や民族の存在意義を示すためのものでしかなかった宗教の中に、人種や民族を問わず、すべての人々を救うための宗教が生まれることになった。
〇 〇 〇 ケール教徒の乱
この日、焼き討ちにあったのはハクサ教の教会だけではなく、ラーマの貴族たちが伝統的に信仰していた神殿などの建物も壊され火をかけられた。
その火はアッという間に都市中に広がり、首都ポロネースの半数以上の家屋を焼き尽くす。
ラーマの首都ポロネースは大混乱に陥った。
「この騒ぎを起こしているのはどこのバカ貴族だ。ここ数年は貴族の派閥同士の争いもなく平和に過ごせていたのに。」
「奴隷たちの反乱かもしれん。気をつけろ。」
「剣闘士の脱走かもしれんぞ。興行師は何をしていた。」
ラーマに警察のような組織はない。貴族や有力者たちの私兵団が犯人を捜すために、燃え上がる街の中を
数日後、ラーマの大火は収まり、大火の首謀者であるケール教のペランス司祭と扇動したと思われる信徒10名ほどが捕まり投獄された。
時の権力者であったラーマの執政官は、見せしめの意味も含めて即座に死刑を宣告。見せしめのために闘技場で素手で猛獣と戦わされ命を落としていった。
その様子はケール教信徒たちによって克明に記載され、ケール教の殉教思想として後世に残されることになる。
〇 〇 〇 ハクサ族の衰退
ラーマ共和国の属州となったハクサ族の商業都市でのラーマの税の取り立ては過酷を極めた。
その背景にあるのは、ラーマの選挙制度にある。ラーマにはいろいろな官職があり、公職に就くためには必ず選挙が行われる。
ラーマでは選挙での買収は当たり前のことだった。
選挙の度に立候補者から買収用の金を受け取って、それを各地区の被選挙者に分配する「地区分配人」が存在した。
『いかなるものも、ラーマ共和国では買収の対象となる。』
ラーマでは選挙の買収だけでなく、裁判官の買収、税の取り立てを軽減させるための買収、犯罪をもみ消すための買収、徴兵を逃れるための買収など、買収は日常的な事だった。
その根底にあるのは、買収によって物事を
ラーマでは神の力を得ている者こそが正義であった。
こうして様々な日常的な出来事と公職選挙を金で解決してきた末に辿り着けるのが属州総督だ。
属州総督になった者が一番にすることは、属州民たちから限界まで税を搾り取ることだ。属州の総督になれば、属州民からの税を搾り取って自分の物にすることができる。
ここまで出世競争に勝ち抜いてきた属州総督のほとんどの者たちは、巨額な借金を背負っていた。
一年目では、過去の借金を完全に返済することはできない。
二年目でようやく借金を完済し、生活に余裕ができる。
三年目でようやく待ちに待った富豪の仲間入りができることができた。
ラーマの属州統治は過酷を極めていた。税の取り立てには徴税請負人が当てられた。徴税請負人は騎士身分の者が多く属州総督の下で活動していた。
ラーマ本国に収める税金の額に自分たちの取り分を上乗せして徴収するため、その取り立ては過酷を極め、徴税請負人は同胞のラーマ人たちからさえ嫌われていた。
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